第40話 逆襲の咆哮、終焉への選択
廃墟の大聖堂に、怒り狂った咆哮が響き渡った。
アリエルの一撃で穿たれた心臓の傷口から、黒い霧が嵐のように吹き出していく。
大地が裂け、天井を破り、地上へと黒の波動が伸びていった。
「……王都が……飲まれる……!」
リリアの声が絶望に染まる。
セラフィエルとヴァルシュが地上の尖塔から俯瞰し、その光景を見ていた。
「……目覚めが速いわね。副産物とはいえ、この廃墟の心臓は興味深い」
「記録に値する刃が差し込まれた……だが、まだ完全には断たれていない」
彼らは介入せずただ見届けていた。
地下。
カリサが大槌で触手を弾き飛ばしながら歯ぎしりする。
「数が増えてやがる……! アリエル、こっちまで守れねぇぞ!」
アリエルは剣を支えに、膝を突いたまま息を荒げる。
紅黒金の光はまだ刃に宿っているが、身体は限界を告げていた。
裂け目からは黒い光が溢れ、左胸全体を覆い尽くそうとしている。
――心臓を覆い切られたら、本当に私は私を失う。
だけど止めなければ、王都も、みんなも……。
吐血しながらも唇を歪め、声を張り上げた。
「カリサ! リリア! 私がもう一度、心臓を狙う。その隙を……作って!」
リリアが震える目で彼女を見た。
「無茶です、アリエル様! これ以上は――」
「分かってる……でも、代償を恐れてたら、この戦いに勝てない!」
リリアは唇を噛み、カリサは荒々しく頷いた。
「――ああ。なら撃ってみせろ! 私が全部ぶち割ってやる!」
触手の群れが一斉に襲いかかる。
リリアの光がそれらを束ね、カリサの炎槌が一気に弾き飛ばす。
その一瞬の道を――アリエルが走る。
胸の裂け目が悲鳴を上げ、全身を黒が侵食する。
視界が滲み、耳鳴りが鼓動と混ざる。
「……私は……滅んでもいい……!」
その叫びと共に剣を振り上げる。
紅黒の刃に金が融け、荒れ狂う光となって迸った。
〈因果断絶・滅界閃〉――彼女がこれまで決して解き放たなかった“破滅を孕む最終の断絶”。
刃は廃墟の主の心臓を深く斬り裂き、轟音と共に空洞全体を揺るがした。
地上でも黒柱が震え、王都の人々が空を見上げる。
「やったのか……!?」
「光が……!」
一瞬、絶望に覆われた都に希望が走る。
だが――廃墟の主の咆哮は終わらない。
裂けた心臓はなおも鼓動し、断ち切られたはずの糸が狂ったように再生を繰り返す。
リリアが蒼白に呟いた。
「……まだ足りない……!」
カリサが血まみれの口元で呻く。
「どんだけ斬られりゃ倒れるんだ、こいつは!」
アリエルは剣を杖に、その場に崩れ落ちた。
黒い紋様は胸を完全に覆い、心臓の鼓動すら影に飲み込まれかけている。
――視界が赤く染まり、声が遠のいてゆく。
仲間の声も、地上の人々の叫びも、一つの遠い残響のように混ざる。
影の声が、最後のように囁いた。
『……一撃で終わらせたいなら、お前の全てを寄越せ……』
アリエルは震える唇を動かし、かすかに笑った。
「それでも……私は、私を……譲らない」
意識は揺らぎながらも、その瞳はまだ燃えていた。
廃墟の主の逆襲により、大聖堂全体が崩壊を始める。
決戦は、さらなる極限へと突入していく。




