第39話 決戦の幕開け、砕けぬ魂
漆黒の大聖堂を震わせながら、“廃墟の主”はその巨躯を揺り動かした。
織り込まれた建物、兵士、市井の人々の残骸――その全てが因果の糸に縫い付けられ、一つの怪物として形を持っている。
ゴウン……ゴウンと心臓の鼓動が響くたび、王都全体が揺れる。
裂け目を抱えたアリエル・ローゼンベルクさえ、その脈動に呼吸を乱した。
「……これが……廃墟の本体……」
紅黒の瞳に金色が揺れながら、彼女は己の剣を握り締める。
主の腕のような触手が大聖堂に降りかかる。その一撃は大地を裂き、根を崩壊させた。
カリサが即座に飛び込み、炎の大槌で受け止めた。
「重っ……! こいつ、力の塊じゃねえか!」
リリアは詠唱を重ね、光幕を展開する。
触手の衝撃波が炸裂するが、彼女の光は民を守る盾となった。
「アリエル様! 私たちは後ろを任されました! あなたは前へ!」
「……ありがとう」
アリエルは荒れた息を抑え、紅黒に金を巡らせた剣を振り上げた。
「――〈因果断絶〉!」
刃が奔ると同時、数本の触手が断裂し、漆黒の霧となって消えた。
しかし、廃墟の主は怯まない。失われた糸が新たに編み直され、さらに太い触手となって再生する。
「再生の速度が速すぎる……普通に斬っていては倒せない!」
リリアの焦りの声。
アリエルの胸が疼き、裂け目から黒い光が漏れ出した。
内なる声が再び囁く。
『……力を解き放てば、一撃で終わらせられる……だがその時、お前はお前ではなくなる……』
アリエルは苦しげに顔を歪めたが、すぐに首を振った。
「私は……一人で戦ってるんじゃない」
カリサが槌を振り回し、触手の群れを弾き飛ばす。
「そうだ! 私がぶち抜く! お前は心臓を狙え!」
リリアが両腕を掲げ、光を集中させる。
「この光で束を固定します! アリエル様、今しかない!!」
アリエルは彼女たちの姿を見つめ、深く息を吸い込む。
胸の裂け目が燃えるように疼くが、その痛みを仲間の声が押し返す。
「……なら、託された“今”を斬り開く!」
紅黒金の剣が放つ閃光は、先ほどとは比べ物にならないほど鮮烈だった。
裂け目から溢れる影の力と、自分自身の意志――相反する二つが奇跡のように一つに融け合い、心臓を目指して一直線に奔る。
刃は確かに、廃墟の主の胸を貫いた。
巨躯が揺れ、黒い霧を撒き散らす。
だが同時に、アリエルの身体も膝をつく。
黒い紋様が心臓を覆い、吐血が唇を染める。
「アリエル様!!」
リリアとカリサの叫びが響く。
廃墟の主は苦悶の咆哮を上げながらも、なお立っていた。
心臓に傷は入ったものの、完全には断たれていない。
アリエルは剣を杖代わりに立ち上がり、息を切らしながらも瞳を燃やす。
「終わってない……まだ……斬り切る……!」
廃墟の主が再び触手を振り下ろす。
三人の決死の戦いは、ついに決戦本番へと突入するのだった。




