第38話 廃墟の主、顕現
漆黒の大聖堂が震え続けていた。
崩れた床の下からは黒い光柱が幾筋も噴出し、根の鎖がうねりながら天井へ突き上がっていく。
石と糸がきしみ、まるで王都全体が底から持ち上げられるようだった。
「……地上が……揺れている……!」
リリアが蒼白に囁いた。
「奴が……ついに目覚めやがる!」
カリサは大槌を握りしめ、歯を食いしばる。
そして、地下最深から現れた。
それはもはや“存在”と呼ぶのも難しい――形を持ちながら常に揺らぎ、無数の人影と建物の残骸をその体に織り込んだ塊。
巨大な影のような巨躯が、空洞に収まりきらず、壁を押し広げながら姿を現した。
その中心部に空洞があり、灼けるような黒い心臓が鼓動している。
その鼓動に呼応し、アリエルの胸の裂け目も狂ったように脈打った。
「……っ……!」
息が刃のように胸を裂き、膝が震える。
それでもアリエルは、紅黒の瞳を逸らさず見据えた。
“廃墟の主”が言葉ではなく、無数の声を重ね合わせた囁きで空間を占める。
『来世を捨てし娘よ……汝は我の器なり……』
リリアの顔色が失われ、足が竦む。
「……器……? まさか、アリエル様を……!」
アリエルは剣を強く握り締め、血を吐きながら声を張り上げた。
「私は誰の器にもならない! 私は“私”として、この刃であなたを断つ!」
廃墟の主の影が蠢き、無数の腕のように広がって襲いかかる。
石柱を砕き、因果を編んだ触手が天と地を覆う。
「来るぞ!」
カリサが炎槌を振り上げ、リリアが防御の光壁を展開。
アリエルは剣を振るい、紅黒の閃光を走らせた。
触手の一部は切り裂かれるが、主の体は痛痒を感じぬかのように新たな糸を紡ぎ続ける。
「……これは……正面からの力比べじゃ絶対に削り切れない……!」
リリアが汗だくで叫ぶ。
アリエルは胸の裂け目に手を当てた。
痛みを越えた先に、影の囁きがまた訪れる。
『抗えど同じ……ならば共に沈め……』
「黙れ!」
だがその声を拒み、アリエルは紅黒に金を帯びた剣を掲げる。
「沈むのではなく、断ち切る! この王都も、未来も!」
紅黒金の閃光が走り、目の前の触手をまとめて斬り裂いた。
しかし、その代償に胸の紋様は心臓に達しかけ、彼女の呼吸は荒く掠れていく。
カリサが目を見開き、リリアが悲鳴交じりに叫ぶ。
「アリエル様、このままでは……!」
だがアリエルは震える声で、それでも毅然と言い放つ。
「……ここで止めるしかない……これが、私に残された唯一の選択……」
廃墟の主の心臓が、鼓動と共に黒い光を強く放つ。
その光に飲まれれば、王都のみならず世界が滅びに沈むだろう。
紅と黒、そして金を宿した刃を掲げ――
アリエルは真なる決戦へと一歩踏み出した。




