第36話 己との決戦、暴走の境界
漆黒の大聖堂に、紅黒の閃光が何度も弾けた。
アリエル・ローゼンベルクと「影の分身」の剣は同じ力を宿しており、その激突は空間そのものを歪ませていく。
瓦礫と化した床を踏み砕きながら、二人は互いに斬り結んだ。
剣閃ごとに因果の糸が燃え、壁の根が震える。
「無駄だ、アリエル」
分身が冷ややかに囁く。
「私とお前は同じ。“終わり”を抱えている。戦えば戦うほど、裂け目は大きくなる。それが滅びの道だ」
アリエルの胸が疼き、黒い紋様がさらに広がる。視界が赤黒に霞み、鼓動が狂う。
「分かってる……でも私は、終わるために戦ってるんじゃない!」
剣を叩き込む。だが分身の刃も同じく紅黒に輝き、完全に受け止める。
火花が弾けた瞬間、衝撃でアリエルの体が吹き飛び、床に叩きつけられた。
「アリエル様!」
リリアが駆け寄ろうとするが、分身から伸びた黒い鎖が彼女を弾き飛ばす。
カリサも駆け込み、大槌を振るうが、刃で一蹴され、血を吐きながら倒れた。
「仲間を巻き込むだけだ」
分身は冷淡に告げ、アリエルへ歩み寄る。
「抗っても、結末は一つ。お前の身も魂も、やがて廃墟に呑まれる」
アリエルは呻きながらも膝を突き、震える指で剣を握り直した。
だが胸の裂け目が脈打ち、内側から “影の声” が襲い掛かる。
『……そうだ、諦めろ……私が代わりに担おう……』
「……黙れ!」
立ち上がろうとするが、力が抜けて足が震える。
その瞬間、リリアの声が響いた。
「アリエル様! あなたがどんな姿でも、私たちは共に戦います!」
振り向いた彼女の目に、リリアが倒れた体を起こしながら必死に叫ぶ姿が映る。
その言葉は、暗闇に沈みかけた意識に光を差し込んだ。
――私は、ひとりで戦っているんじゃない。
アリエルは歯を噛み、最後の力を振り絞る。
剣に紅黒だけでなく、微かな金色の光が差した。
それは仲間の想いが糸のように繋ぎ、剣へ宿った証だった。
「私は未来を失った。でも、“今を繋げる力”は……まだ、ここにある!」
絶叫と共に斬り上げた刃は、分身の鎖を寸断した。
その瞬間、分身の動きが一瞬だけ止まる。
「……何だ、この光……?」
アリエルはその隙を逃さず突進し、剣を振り抜いた。
分身と刃がぶつかり、互いの身体を紅黒の光が包み込む。
――地下大聖堂が震え、因果の根が悲鳴を上げた。
決着はまだ訪れていない。
だが確かに、“滅びの未来”と真っ向から渡り合う一歩を、アリエルは踏み出したのだった。




