第34話 廃墟の根、守護者との激突
地下迷宮を進むごとに、空気はますます濃く重くなっていった。
壁に絡みつく因果の糸は黒々と光を放ち、触れれば心臓を握られるような冷気を発している。
「……ここが中心に近い」
アリエルは紅黒の瞳を細め、胸の痛みに耐えながら歩を進めた。
やがて、巨大な空洞に出る。
天井も床も因果の根が脈動するように張りめぐり、その中心にはひときわ太い「黒の根」が鎮座していた。
それは王都のすべてを貫き、この国の根幹さえ縛り上げているように見える。
リリアが息を飲む。
「……これが、廃墟の根……?」
その時、地の底から振動が走り、根の表皮が裂けた。
そこから這い出すのは、人型を模して編まれた因果の巨人――
無数の糸で作られた鎧姿の影、〈守護者〉だった。
「来たわね……」
アリエルは剣を構え、黒い紋様に疼きを覚えながら一歩前に出る。
守護者は声を持たず、振るう腕の一撃が大地を砕く。
衝撃波が押し寄せ、リリアとカリサは咄嗟に身を伏せた。
「こいつ……ただの幻影じゃないな」カリサが歯を食いしばる。
「因果そのものに形を与えられた存在……!」リリアが叫ぶ。
アリエルは因果断絶を唱え、紅黒の閃光を剣に孕ませた。
剣閃が守護者の腕を切り裂き、糸が四散したかに見えたが――次の瞬間、裂けた糸は勝手に編み直され、完全に修復される。
「……再生するのね」
胸の奥に焦燥と痛みが広がる。
守護者が次の一撃を振り下ろす。
アリエルは剣で受け止めるが、巨大な質量が圧し掛かり、腕が悲鳴を上げた。
「無茶だろ!」カリサが横から炎槌を叩きつける。
轟音が根を震わせるが、それでも守護者は揺るがない。
リリアが詠唱を重ね、白光で包む。
「アリエル様! この根は再生の核に繋がっています! “断絶”で核そのものを断てば……!」
「分かった……!」
アリエルは全身の力を振り絞り、再び剣を握り締めた。
胸の裂け目が灼けるように疼き、影の声が囁く。
『……貸してやる、だが代償を覚悟しろ』
「代償なんて……もう選んだ!」
紅と黒が混じり合い、剣が灼熱の咆哮を放つ。
〈因果断絶・廃墟覚醒〉――一閃。
その刃は守護者の胸を貫き、根の中心ごと切り裂いた。
黒い糸が悲鳴のように弾け飛び、再生の核が砕け散る。
守護者は断末魔を上げることなく糸屑へ崩れ落ち、空洞に残るのは切り裂かれた鼓動の音だけだった。
静寂。
だがその静寂は安堵ではなく、不気味な予兆を孕んでいた。
カリサが険しい顔で言った。
「……まだ終わっちゃいねえな。根の下から……さらに何かが這い出そうとしてる」
リリアが不安げにアリエルの肩を支える。
「アリエル様、その体……もう限界に近いのでは……」
アリエルは血をにじませながらも、瞳を燃やして答えた。
「限界でも……進む。この根を全て断たない限り、王都は完全に飲まれてしまう」
黒い柱の轟音が再び響き、地下さらに深奥で「何か」が目覚めかけていた。
守護者との戦いは――ほんの前哨にすぎなかった。




