第3話 影を裂く刃、因果の鎖を断つ力
夜深く、冷たい風がローゼンベルク邸の重厚な窓を吹き抜ける。星明かりは薄く霞み、闇がすべてを覆い隠していた。
「明日の晩には、必ず……」
アリエルは小さな書斎の一角に据えた机に突っ伏し、震える手で厚い書物を押さえていた。その目は血のように赤く鋭く光り、心に秘めた決意が静かに燃えている。
あの忌まわしい義母リュシエールの陰謀を暴き、王国の腐敗を断罪するために、最初の一手を打たなければならない。
しかし、それはただの策略ではない。
「因果断絶……」
アリエルは指を軽く組み合わせ、思念を研ぎ澄ます。そう、彼女が授かった特殊異能は、運命の連鎖を切り裂き、未来を形作り直す力。しかしその力はあまりにも重く、使うごとに心の奥底から熱と冷たさが押し寄せた。
「使うたびに、魂の一部が凍っていくみたい……」
自身の代償を知りつつ、アリエルは決意を揺らがせなかった。復讐の炎は彼女の胸に深く根付いている。
明日行われる舞踏会──それは義母リュシエールが王都の上流貴族たちを招き、自らの権力基盤を強固にするための場。ここを叩かなければ、彼女の陰謀はますます強大となる。
「リリア、準備は大丈夫?」
幼馴染であり、信頼できるメイドのリリアが静かに頷いた。
「ご安心を、アリエル様。全て計画通りに進めましょう」
二人の間には、言葉を超えた絆があった。しかし背後の影は、静かに、確実に動いている。
――義妹セレナは冷たく歪んだ笑みを浮かべ、継母に囁いた。
「姉様の余命はもう僅かよ……私たちの未来のために、あの異能を封じてしまいましょう」
その言葉に応えるように、黒いローブをまとった謎の人物が動きを見せ始めていた。
「因果を断つ力とは、形だけの不確かなもの。無駄な抵抗は断じて許さない」
誰も知らない因果の迷宮。アリエルの運命は、いままさに試されようとしている。
深く息を吸い込み、彼女は目を閉じ、呪文のように繰り返した。
「――断ち切れ、私の運命。砕け散れ、偽善の鎖よ」
冷たい因果断絶が今、静寂を裂き、少女の運命を揺るがす第一撃が走り出す。