第29話 王都大乱、織り手の影
因果兵器が崩れ去った広場は、瓦礫と炎の中で人々の歓声に揺れていた。
だが勝利の喜びは一瞬。
王都全体がざわめいている――各区で同時に火の手が上がり、鐘が乱打され、至る所で蜂起と鎮圧がぶつかり合っていた。
「……始まったのね」
アリエル・ローゼンベルクは胸を押さえ、震える息を吐いた。
肩口まで広がった黒い紋様が熱を放ち、皮膚と魂を焼くように疼く。
しかし瞳は揺らがず、紅と黒の光を宿したまま。
カリサが火槌を携え、瓦礫の上に立つ。
「王都が燃えてる……民が戦ってる……でも、このままじゃただの内乱で潰し合いだ」
リリアが縋るようにアリエルを見る。
「方向を示すのは、あなたしかいません。アリエル様、旗をもう一度――」
その時だった。
空が裂ける。
王城の塔から光の糸が奔り、王都全域を覆うように走る。
まるで街そのものを操糸人形に変えるかのごとく。
ヴァルシュの声が空に響き渡った。
「記録は偏ってはならぬ。ゆえに、民草もまた、同じ因果に従うべきだ」
人々の体に光の鎖が絡み、その動きを止めていく。民衆の武器が次々と落ち、目の光が虚ろになる。
「ッ……民まで操る気!?」
アリエルが剣を構えたが、影の声が内側で警告する。
『今の力では広域の断絶は不可能。無理すれば、お前ごと焼き切れる』
セラフィエルの声が、王城の尖塔から凛と響く。
「廃墟の主よ。お前が影を抱えた時点で、この国には新たな秩序が必要となった。
その秩序の名は――徹底統御」
彼女の足元から黒と白の糸が網のように広がり、王都の四方を囲む。
空と地が因果の網で覆われ、街全体が巨大な牢獄に変わりつつあった。
「……牢獄……」
リリアが絶望をにじませる。
アリエルは紅黒の瞳で広場を見回した。
鎖に捕らわれた民もいる。だが、中には必死に抗い、糸を断ち切ろうと叫ぶ者たちの姿もある。
「まだ……負けてない」
足元に影が揺れ、自分の黒い声が囁く。
『選べ。民を解き放つか、王家の因果を討つか。同時にはどちらも救えない』
またしても究極の選択。
アリエルは震える唇を引き結び、低く告げた。
「……私は、抗う人々と共に進む。操り人形にはさせない」
剣を振り上げた瞬間、紅黒の閃光が奔流となり、広場一帯の因果糸を断ち切った。
呻き声と共に人々の瞳に再び光が戻り、歓声が沸く。
だが代償は大きい。黒い紋様が胸元にまで広がり、アリエルは吐血しながら膝をつく。
セラフィエルが塔の上から薄く笑い声をもらした。
「いいわ、その選択。だが、この牢獄を破りきれぬ限り、お前たちはここで窒息する」
ヴァルシュの羽ペンが空を走り、次の“記録”を描き始める。
王都全域に、さらなる大乱の影が迫っていた。




