第28話 因果兵器、空を裂く声
戦火は膨れ上がり、王都広場全体が灰と炎の渦と化していた。
アリエル・ローゼンベルクは剣を振り抜き、押し寄せる近衛をなぎ払う。
隣ではカリサの大槌が火炎を纏い、轟音と共に地を穿つ。
「押し返せ！ ここが転機だ！」
その叫びに民兵たちの士気は上がったが、すぐに向こう側から重低音が轟いた。
空が裂けるような音。
広場を覆う蒼い幕が展開し、その中央から巨大な“器械仕掛けの魔導兵”が現れた。
漆黒の蒸気を吐き出し、重厚な体には無数の因果糸が縫い込まれている。
リリアが狼狽の声を上げる。
「あれは……新王都兵装、〈因果兵器〉……！」
カリサの顔も険しくなる。
「ただの兵器じゃない。命を操る法則そのものが埋め込まれている……！」
兵器の胸部が開き、光が収束する。次の瞬間、広場の一角が蒼白に消失した。
消える――焼かれるのではなく、存在そのものが“なかったこと”になる攻撃。
民兵の一人が悲鳴を上げる。
「仲間が……無かったことに……！」
アリエルは紅黒の剣を構え直し、因果断絶を一閃させてその攻撃を遮った。
だが反動で胸の裂け目が裂けるように痛み、膝をつきかける。
「無理するな！」
カリサが肩を支える。
アリエルは苦笑して息を吐いた。
「無理してでも……あれは必ず止める！」
因果兵器の頭部から、歪んだ声が響く。
「命は記録にすぎず、不要な頁は削除される」
それはヴァルシュの声。彼の記録者としての力が兵器に宿っていた。
「……記録に従わせるつもり？ ふざけないで！」
紅黒の光が剣に収束し、振り下ろされた瞬間、兵器の鎧が幾筋もの閃光に裂けた。
しかし完全には止まらない。因果の糸が形を維持しようと再び閉じ始めていく。
「これを……根源から断たなければ！」
アリエルは裂け目の痛みに耐え、影の声を呼び起こす。
胸の奥で、黒い自分が囁く。
『……貸してやる。この力を』
次の瞬間、紅と黒が一点に混ざり合い、彼女の剣はかつてない奔流を放った。
光の奔流は因果兵器を粉砕し、広場全体を震わせた。
だが代償は重かった。
黒い紋様は肩口まで広がり、アリエルは膝をつく。
リリアが叫ぶ。
「アリエル様！ 身体が……！」
彼女は震える唇で、それでも笑った。
「まだ……戦える……解放者として、必ず」
広場を覆う煙の向こう、王都の塔の上でセラフィエルが微笑んでいた。
「……順調に廃墟へ沈んでいくわね。廃墟の主が完成する日も近い」
戦乱はまだ序章。
だが、王都全体がその渦に呑まれるのは、もはや時間の問題であった。
