第24話 影の決着、因果を抱く者
廃墟の空が鳴動していた。
赤と黒に染まる虚空の中で、二本の剣が激しく何度もぶつかり合う。
響きは幻の王都にも反響し、崩れかけた街が剣声のたびに崩落と再生を繰り返す。
黒いアリエルが低く笑う。
「力は拮抗している。だが、お前の身体はもう限界だ」
アリエル・ローゼンベルクの膝は確かに震えていた。胸の裂け目はこれまでにない速さで脈動し、視界には赤いノイズが走る。
だが、その中で彼女は苦笑すら浮かべた。
「弱さを突かれるのは慣れている……でも、私は倒れるためにここまで来たんじゃない」
剣と剣が再び火花を散らす。だが次の瞬間、黒いアリエルが刃を止めた。
笑みを消し、低く囁く。
「なら問う。お前は何故、来世を捨ててまで今を選んだ? 本当にリリアの命だけが理由か?」
胸に痛みが広がる。答えられない。
だが確かに、自分の決意は“復讐”と“仲間を救う想い”の狭間に揺れ続けていた。
「……私は……」
その時、不意にリリアの声が遠くから届く。
『アリエル様! 私はここにいます! どんな姿になっても、あなたはあなたです!』
その叫びが胸に熱を灯した。
アリエルは剣を下ろし、黒い自分をまっすぐ見据える。
「そうね……私は自分のために戦っている。そして、それを支えてくれる人のためにも進んでいる」
黒いアリエルの瞳に、一瞬だけ揺らぎが生じた。
「……矛盾している。だが、その矛盾こそが人間か」
彼女は唐突に剣を下げ、紅黒の光に溶けていく。
「よかろう。お前が抱えられるというなら、私はお前の一部として残ろう」
身体に冷たい刃の感覚が走り、一瞬息を呑む。
しかし苦痛ではなく、不思議な安定だった。
黒い自分は完全に消滅することなく、胸の裂け目に吸い込まれ、内側へと溶け込んでいったのだ。
静寂。
廃墟の空に亀裂が広がり、世界が再び現実へと戻されていく。
リリアが駆け寄り、涙交じりに笑う。
「アリエル様……! ご無事で……!」
アリエルは頷き、左手を見下ろした。
そこには黒い紋様が消えず残っていたが、不思議と痛みは和らいでいる。
それは影を受け入れた証。
高みからヴァルシュの声が響く。
「……選んだか。影を滅ぼさず抱えること。それが歴史にどんな結末を記すのか、見届けさせてもらおう」
そしてセラフィエルの冷ややかな声が続いた。
「廃墟を抱いた娘……面白い余興になりそうね。だが、選んだ以上は抗い続けること。でなければ、すぐに呑まれる」
アリエルは紅い瞳を細め、玉座の間の残滓を睨んだ。
「怪物と呼ばれても構わない。でも私は、“私”として進む」
王家の心臓はなお脈動を続けている。
そしてその鼓動は、王国中の因果を確かに揺さぶり始めていた。




