第21話 脈動する回廊、暴走の序曲
王城の奥深く――セラフィエルが示した暗い回廊は、まるで巨大な生物の体内のようだった。
壁は石ではなく、半透明の膜のように脈動しており、淡い光が血管のように走っている。
アリエル・ローゼンベルクは剣を握りしめ、慎重に足を進めた。
背後にはリリアとセリオが続く。耳に届くのは、自分たちの呼吸と、この回廊全体から響く重い鼓動だけ。
「この奥に……王家の心臓があるのね」
アリエルが低く呟くと、リリアが小さく頷いた。
「でも、どうしてこんな……生きているみたいな場所が城の中に……?」
言葉を終える前に、回廊の左右の壁から光の糸が一斉に伸び、鋭い槍のような形に変わった。
「下がって!」
アリエルが半歩前に出て、因果断絶を発動させる。
白い閃光が糸を切り払うが、その瞬間――胸の奥の黒い裂け目が激しく脈動し、視界が一瞬真っ黒になった。
「っ……!」
膝が折れそうになるのを堪えると、足元に薄い影が広がっているのに気づく。
それは彼女の影でありながら、僅かに“別の形”をしていた。
「アリエル様……影が……」
リリアが恐る恐る告げる。影の中の“もう一人の自分”が、薄く口元を歪めて笑っているのが見えた。
だが立ち止まる暇はなかった。
回廊の奥から、鋭く澄んだ声が響く。
「やはり来たな――廃墟の主」
現れたのは、黒地に金糸のローブを纏った長身の男。
その顔の上半分は漆黒の仮面に覆われ、目だけが異様に光っている。
「お前は……マルセルの背後にいた者じゃないな」
アリエルが剣先を向けると、男は静かに頷いた。
「我は“記録者”ヴァルシュ。すべての因果を見届け、歴史の終焉を書き留める者だ。
お前がここへ至った時点で、この国の歴史は一度、終わりを迎える」
「終わらせる気なんてない。私は“変える”ために来た」
アリエルの声は低く、しかし紅い瞳は鋭さを増していた。
男は両手を広げ、虚空から無数の因果糸を引き出す。
それらは回廊の鼓動と同期するように光り、牙をむく。
「ならば見せよ、廃墟の主。お前の力が創造か、破壊か――」
次の瞬間、因果糸の豪雨が襲いかかる。
アリエルは因果断絶を重ねて放つが、そのたびに黒い裂け目が広がり、足元の影が厚みを増していく。
「アリエル様! 無理をしたら……!」
「分かってる……でも、退けない!」
因果断絶の閃光が糸を切り裂き、ヴァルシュに迫る。だが男は片手で受け止め、無数の小さな光の粒へと分解した。
「やはり……その力は制御できていない」
ヴァルシュが静かに呟くと、アリエルの背後で影が蠢き、彼女の腕を掴もうと伸びてくる。
――それは“未来の彼女”が放つ黒い手。
「これは……まだ序章だ。廃墟は必ず、お前を呑み込む」
ヴァルシュの言葉と共に、回廊の壁が強く脈打ち、奥から巨大な扉の輪郭が姿を現す。
アリエルは乱れる息を抑え、その扉を見据えた。
「呑み込まれる前に……こじ開ける」
黒い裂け目が脈動し、紅い瞳がさらに深い色を帯びる。
暴走の前兆を孕みながら、彼女は王家の心臓へと歩みを進めるのだった。




