第20話 来世を失くした者、芽吹く異変
玉座の間の空気は、まだ白銀の閃光の余韻を孕んでいた。
断ち切られた燐光の鎖は霧のように床へ沈み、静まり返った空間にアリエルの荒い息だけが響く。
膝をついたままの彼女に、リリアが駆け寄る。
「アリエル様……! 血が……」
見ると、左手の甲に黒い亀裂のような紋様が走っている。
熱も冷たさも感じないその跡は、まるで生きているかのようにかすかに脈動していた。
セラフィエルが階段の上からそれを見下ろし、小さく笑む。
「来世を失った証……いや、それだけではないようだな。その“裂け目”はお前の魂そのものだ」
「魂……の裂け目……?」
「本来なら、来世を失った者はゆっくりと力を失い、やがて現世でも消える。だが、お前は逆に“力を得た”。廃墟を統べる主としての力だ」
廃墟――地下牢の老囚人が口にした言葉が脳裏に蘇る。
リリアが不安そうにアリエルの肩を抱く。
「そんな力、望んで手に入れたわけじゃ……!」
「違うわ、リリア」
アリエルは浅く息を吸い込み、紅い瞳でセラフィエルを見上げた。
「私が“選択”した結果がこれなら、利用するまでよ。この力が、あなたたちを討つ鍵なら」
女は愉快そうに微笑む。
「いいだろう。ならば、その鍵の先に待つ扉――開ける覚悟を示してみせろ」
セラフィエルが軽く手を払うと、玉座の背後の壁が静かに回転し、暗い回廊が姿を現した。
回廊の奥からは、地鳴りのような低い脈動が響いてくる。それは血の音とも、心臓の鼓動とも違う、不気味な“因果”の鼓動。
「そこに王家の心臓がある。本当の玉座はその奥だ」
セラフィエルの声が、体の奥にまで染み込んでくる。
アリエルは立ち上がろうとしたが、急に視界がぐらりと揺れた。
視界の端に、“見覚えのない光景”がちらりと差し込む――
廃墟の街、空を覆う裂け目、そしてその中心に立つ自分自身。
「……これは、未来……? 来世……?」
頭の奥で鈍い痛みが弾け、息が詰まる。
「どうしたの、アリエル様!」
リリアの声が遠くなり、黒く塗りつぶされた何かが一歩ずつこちらへ近づいてくる映像が脳裏に広がる。
その影は、確かに自分と同じ顔をしていた。
「廃墟の主は、いずれもう一人の自分と相まみえる」
セラフィエルの言葉が、未来予兆の映像に重なる。
アリエルは両手を強く握りしめ、ゆっくりと息を吐いた。
「……行くわ。その扉の先まで。来世を失った今、私の道はもっと先にしかない」
紅の瞳に灯る光は、決意と……そして、確かに芽吹いた未知の黒。
こうして、アリエルは王家の心臓部へと足を踏み入れた。
その背に、廃墟の影が静かに寄り添っていることに、まだ気づかぬまま――。




