第19話 魂の天秤、断絶の果てに
閃光が収まった玉座の間は、燐光の鎖が諸所で千切れ、薄く煙を上げていた。
だが、全てを断つには至らない。
リリアはなおも複数の鎖に絡め取られ、空中に吊られるように動けない。
「くっ……アリエル様、私に構わず――!」
必死の呼びかけに、アリエル・ローゼンベルクは激しく首を振った。
「黙りなさい! あなたを失ってまで残す世界に、意味はない!」
対するセラフィエルは玉座の前で微動だにせず、淡々と告げる。
「己の命と仲間の命。選ばねばならぬのが因果の法則だ。
ここで全ての鎖を断てば、お前は“来世”を完全に失うだろう」
その声は氷のように冷たいが、確かな誘惑でもあった。
来世を失えば、次の転生はない。魂は終わらない彷徨へ落ちる。
胸の奥の凍結は限界を超え、呼吸するたび視界が滲む。
それでもアリエルの決意は揺らがなかった。
「来世なんて……元から賭けに入れてない。私がここにいるのは、今を救うためよ!」
紅の瞳が灼き付くように輝き、剣が高く掲げられる。
全身の血が逆流するような感覚と共に、アリエルは初めて恐怖すら伴わない静かな確信を抱いた。
――〈因果断絶・限界解放〉。
白銀の閃光が玉座の間を満たし、空中に浮かぶ無数の鎖が同時に悲鳴を上げて断ち切られる。
それは過去・現在・未来を繋ぐ糸を一瞬で焼き切る、命と引き換えの刃だった。
リリアの身体が解放され、床に崩れ落ちた。
駆け寄る温もりが指先を包むが、その感覚はすぐに遠のいていく。
「アリエル様! しっかり!」
リリアの震える声が、薄れる意識に届く。
視界の奥で、セラフィエルが初めて小さく目を見開いていた。
「……本当に選んだのか、来世の喪失を。それは王冠ですらできぬこと」
「来世を失っても……今、この瞬間……あなたを止める」
かすれた声で言い切ったその瞬間、アリエルの膝が床に落ちる。
セラフィエルは玉座の階段を一歩降りると、意味深な笑みを浮かべた。
「面白い……その強さ、必ず代価を払う日が来る」
玉座の間に重い沈黙が降りる。
アリエルの胸の奥では、温もりと共に何か大切なものが確実に抜け落ちていく音がしていた。
――この戦いは、まだ終わらない。来世の因果を失った私が、どう変わっていくのかもしれない。




