第16話 王城の扉、囁く王冠の因果
王都の中心部――白亜の石で築かれた王城は、夜霧の中に浮かぶ幻のごとく静まり返っていた。
だが、その静けさは眠りではなく、獲物を待つ捕食者の静止だった。
アリエル・ローゼンベルクは北側の下水道口から続く秘密の階段を登りきり、城内の石廊下に足を踏み入れた。月明かりが高窓から差し込み、光と影の縞を床に落としている。
「……音を立てないで」
背後の仲間に短く指示を飛ばし、リリアと共に先に進む。
外套の中で握った手は冷たく、刃と同じ重さの決意だけがそこに宿っていた。
だが、突き当たりの回廊に差しかかった瞬間、足音が二重三重に響く。
兵士ではない。鎧の擦れる音はなく、しかし威圧感だけが確かに迫ってくる。
そこに現れたのは、一人の若い男。
金の髪を後ろで束ね、深い蒼のマントを肩にかけたその姿――第一王子、ルシアン・ヴァレリアであった。
「……お前が、反逆者アリエルか」
彼の瞳は冷えていたが、どこか計測するような光を帯びている。
アリエルは一歩も引かず、視線をぶつける。
「反逆者の名は望んで背負ったものではない。だが、あなたたち王族がどう因果を握り潰してきたのか……見に来た」
ルシアンは口元だけで笑った。
「因果? それは“王冠”が代々受け継ぐ鎖のことだろう。お前の〈因果断絶〉――あれは、その鎖を破壊できる唯一の刃だ」
「……なら、なおさら黙ってはいられない」
アリエルの紅の瞳がわずかに揺れる。
眼前の王子が、まるで“来世の因果”という言葉の意味を知っているように感じたのだ。
彼はわずかに顔を近づけ、低く囁く。
「来世の因果は、我ら王族も支配できぬ領域。だが、その扉を開く鍵は……お前だ、アリエル・ローゼンベルク」
心臓が跳ねた。その瞬間、背後の闇から矢が放たれる。
リリアの短い悲鳴とともに、矢は石壁をかすめる。
王子はひらりと身を翻し、影の中へ姿を消す。
「また会おう、“鍵”の娘よ」
残されたのは、静まり返った廊下と、胸に残る言葉だけだった。
アリエルは剣を構えたまま、ぴたりと足を止める。
「……進むわよ。どうせ向こうも待っている」
リリアが息を整え、頷く。
王城の奥、王冠の座する謁見の間へ。
そこには、まだ名も顔も知らぬ“来世の因果”の主が、きっと立っているのだから。




