第13話 勝利の影、囁く闇
古戦場に、重苦しい静寂が降りていた。
かつてうねるように響いていた剣戟の音は消え、夜明けの風が土の匂いを運んでくる。
アリエル・ローゼンベルクは膝をつき、荒い息を吐いていた。
〈因果断絶〉の最大規模解放は、彼女から力だけでなく、魂の一部までも削ぎ落としていた。
指先の感覚が薄れ、足元の大地が異様に遠く感じる。
「アリエル様!」
リリアが駆け寄り、崩れ落ちかけた彼女の身体を抱きとめる。
その瞳は必死に感情を抑えていたが、手のひらには震えが伝わる。
「大丈夫……」
そう呟くも、声は掠れ、己自身でも説得力がないと感じた。
周囲では敵兵たちが次々武器を捨て、敗走していく。
だが一人だけ、ゆったりとこちらへ近づく影があった。
マルセル伯爵――。
塵一つ寄せ付けぬ外套を肩にかけたまま、彼は馬を降り、敗者のはずの笑みを浮かべていた。
「見事だ、令嬢。だが……見えているのだろう? その勝利の先に広がるものが」
アリエルは沈む意識を振り払い、睨み返す。
「私は道を切り開くだけ。たとえその先が闇であっても」
伯爵は足元の土を指先でつまみ、風に散らす。
「闇とは、この国そのものだ。お前が断った糸は、王族の血脈にも繋がっている。
つまり……お前はもう、“反逆者”という因果から逃れられない」
その言葉は、勝利の余韻を氷のように冷やし、兵士たちの間にもざわめきを走らせた。
リリアが一歩前に出る。
「脅しですか? そんなもの――」
「脅しではない、宣告だ。王都はすでに動き始めている」
伯爵は背を向け、騎兵を呼び寄せると、薄闇に溶けるように去っていった。
残されたアリエルは、まだ震える手を握りしめ、立ち上がる。
代償で全身は凍りつきそうだったが、紅の瞳には再び火が灯っていた。
「反逆者でも構わない。……必ず、次の一手を打つ」
背後で、古戦場の空気が微かに揺れる。
誰もいないはずの場所から、低い囁きが響いた。
『アリエル・ローゼンベルク……次は、お前の“来世の因果”に触れる番だ』
その声は、マルセルでさえ及ばぬ、もっと深い闇からのもの。
リリアが怪訝そうに振り返った時には、もう跡形もなかった。
戦はひとまず終わった。だが、より巨大な戦いがその背後で静かに口を開けていた。
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