第12話 古戦場の夜明け、断罪の刃は因果を裂く
月が沈みかけ、夜明け前の空は鈍く赤く染まり始めていた。
かつて幾千の兵が命を落とした古戦場――今、その荒野に再び軍勢が集う。
アリエル・ローゼンベルクは瓦礫の丘から敵陣を見下ろし、深く息を吐いた。
乾いた風が彼女の髪を揺らし、鎧の下で脈打つ心臓が速くなる。
「これが……決着の時」
隣には、剣を握ったリリアと、数名の忠誠を誓った兵士たち。
彼らは王都南門から進軍してきた黒幕マルセル伯爵の兵を、この地へ誘い込むことに成功していた。
背後、瓦礫の影からリリアが問う。
「アリエル様……本当にお使いになるのですか? あの規模の因果断絶を」
「これで終わらせるためよ」
アリエルの声は、炎のように鋭く、どこか儚い。
戦場に響くのは遠くの号令と、武具が打ち鳴らされる音。
その全てが、これから起こる破滅の前奏曲に思えた。
マルセル伯爵が馬上から姿を現す。
「愚かな令嬢よ。因果の刃で歴史を変えられると思うな。
おまえが裂くものは、ただの運命ではない。この国の“礎”そのものだ」
アリエルは一歩、前へ踏み出した。
「礎が腐りきっているなら、壊すしかない――たとえ残るのが廃墟でも、その上に新しい未来を築く」
両手を前に差し出し、紅の瞳を閉じる。
――〈因果断絶〉、最大解放。
空気が重く震え、大地に無数の光の糸が浮かび上がる。
その糸は過去の戦死者たちの怨嗟と、この土地に染みついた血の記憶をまとう。
「断ち切れ――すべての偽りを」
瞬間、戦場は白と紅の光に包まれた。
兵士たちの動きが止まり、槍や剣が虚空に解かれる。
敵の布陣は意味を失い、将の指揮線が軒並み崩壊していった。
だが同時に、アリエルの全身を鋭い氷柱のような激痛が貫く。
視界がかすみ、足元の大地が遠く感じる。
魂の一部が削ぎ落とされる感覚――限界を越えた証だった。
「アリエル様っ!」
リリアが駆け寄り、崩れ落ちそうな体を支える。
しかし、アリエルは瞳を開き、確かに戦場を見据えていた。
「……終わらせるわ。これが私の選んだ結末」
因果の糸が断たれた余波で、マルセル伯爵の兵は総崩れとなる。
だが、伯爵本人はなおも馬上からアリエルを見下ろし、薄く笑った。
「見事だ。だが――これで終わりだと思うな。お前が断ち切った糸の先には、もっと深い闇が待っている」
その声は、勝利の中に不穏な予感を差し込む刃のようだった。
立ち尽くすアリエルの頬を冷たい風が撫でる。
夜が明け、東の空に光が差し始める。
しかしその光は、彼女にとって勝利の輝きではなく、次の戦いの号砲のように感じられた。
「……いいわ。闇が何重に待っていようと、私は進む」
紅の瞳に再び火が宿る。
古戦場は静まり返り、ただ新しい因果の流れだけが、静かに生まれ始めていた。




