魔道具
「相談といっても、具体的にはどうするんですか?ワコンさんにも言ったのですが、クラスが違うのであまり直接的な手伝いは出来ませんよ?」
「ええ、直接魔道具の点検などは難しいでしょう」
せめてクラスが同じで、一緒に授業を受ける事ができるなら取れる選択肢は多かっただろうが、現状では暴走した魔道具に対する対処法を教える事ぐらいが限界だろう。
なので、受け身ではなく、こちらから攻める。
「魔道具の改造をして欲しいんです」
「……本気ですか?そんな事、学園からの許可が下りるとは思えませんが」
「はい、許可されないでしょうから、無断でやっていただければと」
「……私、貴方の事を少し勘違いしていたかも知れません」
ドン引きして表情のナノ。
「大丈夫です、もしバレたとしても危険な改造でもなければ怒られるくらいで済みます」
「そういう事ではないんですが……。まあいいです、貴方に借りを作ったのは私です、大人しく従いましょう」
「ありがとうございます。それでは、改造する内容なんですけど────」
こうして、ナノの協力を取り付けて対策を打つ事になった。
「───開きました」
ガチャリと音を立て、学園にあるほぼ全ての魔道具が置いてある保管室の鍵が開く。
「下手な貴族の館より厳重と言われる保管室の鍵を破るとは。貴方本当に何者ですか?」
確かに保管室の鍵は厳重だった。物理的な構造も複雑だが、それ以上に何重にも刻まれている防護魔術が厄介だ。
正規の手順を踏まなければ、警報と共に複数の魔術が襲い掛かるのだ。
まあ、第零魔術隊として訓練を積んだ俺にとっては然程難しいものでは無かった。
「冒険者としての経験ですよ。長年ソロで活動していたので、盗賊の真似事が出来るだけです」
「真似事レベルじゃないですが……」
「そんな事より、早く中に入りましょう。此処は目立ちます」
疑惑の目を向けてくるナノを急かし、保管室の中に入った。
保管室の中は、背の高い複数の棚が規則正しく並び、膨大な魔導具が収められている。
「さ、手早く始めましょうか」
改造を始めて小一時間、真剣に作業は進めているが、進捗は一割にも達していない。
「協力するとは言った手前、こういう事は言いたくありませんが、めんどくさいですね」
保管されている魔道具の数は数えるのも馬鹿らしい程で、ナノが思わず愚痴をこぼしたくなるのも理解できる量だった。
「取り合えずは直近の授業で使われそうなものからやっていきましょう。残りは後日という事で」
「ここにある全ての魔道具を改造しなければいけないと思うと、気が滅入ります」
「確かに、少しこの量は厄介ですね」
想定以上に魔道具の量が多い。
あまり時間を掛けて改造すると、相手にこちらの作戦が読まれる可能性がある。
ナノには悪いが、次の休日辺りに一気に済ませてしまいたい。
そう思いながら作業を進めていると、
─────ガチャリ。
扉の鍵が開く音が聞こえる。
「もがっ!?」
即座にナノの手を掴み、口をふさいで棚の後ろに身を隠す。
腕の中で暴れるナノを押さえつけ、耳元で静かにするように囁く。
誰だ?
陰から少しだけ体を出し、扉の方を見る。
入ってきたのは見慣れた女性、魔道具科の担当教師だ。
どうやら魔道具の点検に来ているらしく、魔道具を順々に点検している。
不味い、このままでは隠れている俺達の方までくる。
見つからないよう、ゆっくりと移動することにする。
腕の中のナノに、移動するように小声で伝える。
耳元で言ったせいでくすぐったかったのか、ビクリと震え、顔を赤くするナノに睨まれる。
「すみません、急だったので……」
腕を離すと、小動物のようにバッと距離を取られる。
「っ…………!!」
赤い顔で肩を震わせ、眉を顰めて睨み付けられる。
怖いというより可愛らしい姿だったので、あまり威圧感は感じなかったが、彼女の機嫌を相当に損ねてしまったのは理解出来た。
「……すみません」
再度謝罪を口にする。
「……次にやったら許しませんよ」
「気を付けます」
ひと悶着ありながらも、俺達は見つからないように移動を開始した。
「居なくなりましたね」
一時間ほどだろうか、保管室にある魔道具の半分程を点検し教師はいなくなった。
物陰から出て、俺はほっと息をつく。
バレずに対処出来て良かった。気付かれれば、別の作戦を立てなければいけない所だった。
「案外と気づかれないものですね」
「魔道具科の教師ですし、それに保管室は厳重に守られていますから、人が居るなんて思いもしないんでしょう」
「そんなものですか」
魔道具の専門家ならば戦闘経験もそう多くない筈で、隠れた人間を察知する能力が無くとも不思議ではない。
「魔道具の改造もバレないようで安心しました。ミルさんと違って私、優等生なので」
俺も優等生のつもりなんだが?
と思ったが、何故か乱暴な噂話ばかりされる俺には文句が口から出せなかった。
「通常の動作には何の影響も無い改造ですからね。点検と言ってもこの量を捌くには簡単な動作チェックが限界です。バレる事はそうそう無いですよ」
俺達が施した改造は単純なものだ。
その効果は魔道具を起動した人間を記録する。ただそれだけの改造だ。
一見しただけでは見付けづらく、起動させても直接的な効果はない。
その程度の改造なのだ。流石に専門家であっても見つけ出すのは難しい。
「遅くなってしまいましたね。今日はここまでにしますか」
窓から覗く空は既に暗くなっていた。
これ以上の作業は時間的に厳しそうだ。
「そうですね、これ以上続けると睡眠時間が減ってしまいます」
「では、また明日もよろしくお願いします」
「おやすみなさい、ミルさん」
「ミル、わたくしに隠し事、していますわよね」
昼食の最中、サラがジッとこちらを見てくる。
「いえ?そんな事はありませんが」
「正直に言ってくださいまし、わたくし知っていますわよ」
「ええっと……」
本当に思い当たる節が無い。一体何の話だろうか?
俺の態度に痺れを切らし、サラが勢いよく立ち上がる。
「ナノと昨日夜遅くまで一緒に居たのを見ましたわ!あれはどういう事ですの!説明を求めますわ!」
「ああ、そういう事ですか……」
ナノと一緒に居たのが見られていたのか。
「どうしてですの!」
「どうして、と言われましても。ちょっと手伝ってもらったんです」
「何をですの!」
両肩を掴まれ、がくがくと揺らされる。
止めて、昼食が口から出る。
「ちょ、ちょっと魔道具に関して相談したんです。サラに迷惑をかけるようなことは何もしてないです」
「…………本当ですの?」
「本当です本当です。ですから揺らすのは止めてください」
落ち着きを取り戻したのか、サラの動きが止まる。
「……わたくし、てっきりミルから見放されたのかと」
「そんな訳ないじゃないですか。サラは私の友人です、理由も無く嫌いになるなんてあり得ないし、例えサラが私の事を嫌いになっても、友人を辞めるつもりなんて無いですよ」
「っ……!!ミルっ!!」
ばっとサラが飛び跳ね、俺の方に抱き着いてくる。
「ちょ!?」
「ミル!疑ってごめんなさいですわ!貴方はわたくしの親友ですの!」
「分かりました、分かりましたから取り合えず離れてください!」
サラの発育の良い体が押し付けられる。
「嫌ですわ!」
離れようとしても、むしろ逆に力強く抱きしめられてしまう。
それ以上抱きしめられると不味い、色々と不味い。俺が男であることがバレてしまう。
「ユーノ助けて!」
近くで影に徹して見守っていたサラの従者であるユーノに助けを求める。
「仲良きことは素晴らしき事です」
駄目だ、この従者、主人に甘いタイプだ。
それから数分、サラが落ち着いて離れるまで、俺は心を殺してこの状況に耐えるのだった。