黒髪の令嬢
夕方、授業も終わり寮に帰ろうと学園を出ると、一人の少女が目についた。
何故ならその少女が、校門の前で誰かを待ち構える様に立っていたからだ。黒目黒髪の、どこか見覚えのある少女だ。
気になりつつもその横を通り過ぎようとしたとき、少女が動いた。
「そこの人、少しお待ちください」
「はい?」
少女がこちらを見て呼び止めてくる。
「貴方がミル・ファーミンさんでお間違いないですか?」
「はい、そうですけど?」
「サラスティア・バンダルに訓練を付けている?」
「……はい」
「成程」
サラの名前を出してきたことで、その少女の事を思い出した。
ナノ・フラムジ。サラと入学早々決闘をしていた少女だ。そしてサラが仲直りしたいと思っている相手でもある。
「何か用でしょうか?」
「はい、少し試したい事がありまして」
魔術の気配。
突然の少女から溢れる魔力を見逃さず、短杖を出す。
─────石球か。
ナノにより無詠唱で宙に創り出され、俺の元に向かってくる砲弾のような石の塊に対して、冷静に対処する。
魔術を行使せず、最小限の動きで回避する。
その回避は予想通りと言わんばかりに、追加で四つの石球が飛んでくる。
走りながら、必要最低限の魔術で対処する事を決め───四方から囲むように迫り上がる地面を認識して、純粋な身体能力で対処するのは難しいを判断、方法を即座に切り替える。
「風球」
石球にではなく、自身の足元に向け魔術を放つ。
瞬間的に大きな風が発生し、俺の体を空に飛ばす。それにより、迫り上がった地面の壁突き破り向かってきた石球を回避し、それでもう一度風球を発動しながら落下の衝撃を殺しつつ着地。
「あら」
回避されたことに、多少なりとも驚いたようだ。
今のは完全に不意打ちだった。地面を迫り上げ、進行方向をふさいだ魔術はサラが直接行使した訳ではない。
「魔道具ですか」
ナノの右手人差し指に嵌った褐色の指輪、それが地面を迫り上げた魔道具だろう。
「回避した上にこちらの手の内まで見抜かれるとは、流石はサラさんに完勝しただけの事はありますね」
「取り合えず、いきなり襲い掛かってきた理由を教えてほしいのですが」
俺は警戒を解かず、ナノを見つめる。
「申し訳ありません、少しばかり確認したかったのです。貴方がサラさんが師事するに足る人物なのか」
謝罪をしながら、理由を説明してくるナノ。
サラが師事するに足る人物か確かめたい?サラとナノは喧嘩をしていたのではなかったのか?
「……お二人は仲がいいんですか?私の記憶では、余り良好な関係では無かったような」
「はい、サラさんとは喧嘩中です」
「それなら何故こんな真似を?」
「喧嘩中とはいえ、単純で純粋なサラさんが騙されているのは気分が良くない。それだけです」
「……仲がいいんですね」
「良くないです」
随分と仲がいいようだ。これなら、決闘なんかせず仲直りできるのではないだろうか?
そんな事を思いつつも、警戒を解いてく。
「そんなに心配なら直接サラに聞けば良かったのでは?」
「心配しているわけではありません。それに、あの子と仲よく話し掛けるなんて出来ません」
「何故です?」
「…………私がサラさんのことが嫌いだからです」
その言葉は、重く、暗い感情の乗った、気軽に踏み込む事を許さないという一言だった。
「いきなり失礼な真似をしてすみませんでした。貸し一つという事で、困った事があれば相談してしてください。協力させて頂きます」
それだけ言うと、ナノは踵を返して立ち去った。
「またか……」
翌日、またもや魔道具に細工が仕掛けてあった。
今回は暴走前に魔道具自体を見つけて回収し、授業前に俺が問題無いように直しておいた。
魔道具の補修など専門では無いので、元の魔道具より多少性能が変わっているかもしれないが、暴走する事は無くなった。
だが、これではイタチごっこだ。
相手は直接姿を見せず、魔道具の改造という間接的な手で攻めてきている。
しかもかなり巧妙な改造だ。今回はたまたま発見できたが、毎回見つけられるとは思えない。
学園側も皇女の護衛達も一度魔道具の暴走があったため、警戒はして魔道具のチェックを厳しくしているが、今回俺が気付くまで対処されていない事を考えると専門的な知識を持つ人間は少ないのだろう。
これは護衛や学園の能力が低い、というわけでは無く、ただ単に魔道具に対する知識と技術を持つ人材が帝国内に少なすぎるのだ。
帝国には建国から魔術師の地位が高く、重用されてきた。そのせいか、魔術師以外にも魔術の恩恵を与える魔道具は魔術師の立場を奪うものとしてあまり好まれていない。
特に魔術師として古くから帝国に仕える者達程その傾向が強く、さらに古くから仕えているためにそういった魔術師は高位貴族が多いのだ。
必然、魔道具に対する風当たりは強く、その研究も教育も他国より遅れている。現在は皇帝陛下の意向で魔道具に対する偏見は薄れ、普及が進んでいるが、それでも直ぐには変わらないのが国家というものだ。
その為魔道具専門家はどこも人材不足であり、この学園でも例外ではなかった。
学園の教師で魔道具専門家と呼べる教師はただ一人である。その教師も膨大な学園の魔導具管理、全学年で魔道具の授業を担当している事を考えればチェックがざるになるのも致し方ないだろう。
しかし魔道具の授業は学園の中で必修であり、週に何度か授業がある事を考えれば早急に対策を打つ必要がある。
協力者が必要だ。
俺が一人、思い当たる人物がいた。
「昨日の今日で呼び出されるとは思いませんでした」
人気の無い空き教室の中、机を挟み目の前に座っているのは黒髪の令嬢、ナノ・フラムジだ。
「突然の呼び出してすみません」
「問題ないです。いきなり襲われたりしなかったですから」
ふふっと笑うナノ。
昨日の襲撃は俺からすれば笑い話ではないのだが……。そう思いつつも、気を取り直して話を進める。
「フラムジさん、魔道具について相談があるんです」
彼女の家、フラムジ家の現当主であるフォルグ・フラムジ伯爵は帝国有数の魔道具作製者であり、伯爵に直接教えを受けたナノ自身も、優れた魔道具作製者だ。
と、以前サラに聞いていた。
故に今回の魔道具暴走への対策を手伝って貰おうと思っている。
その意図が伝わったのか、ナノがこちらをじっと見つめてくる。
「護衛の依頼、断ったのではなかったのですか?」
護衛の依頼?
俺は少し考え、皇女護衛の件だと理解した。
「何故その話をナノさんが?」
「私にも護衛のお話が来ましたから」
「そうなんですか?」
どうやら護衛の話は複数に出していたようだ。
「ええ、私は護衛の話を受けました。それで、貴方にもこの依頼をするという事だったので、本当は顔合わせの際に”お話し“するつもりだったのですよ?」
お話し、つまり護衛の依頼を受けていればその日のうちにナノに襲撃されていた訳か。
幼馴染の為とはいえ、物騒な少女だ。
「話は魔道具暴走について、ですよね?どうして貴方が動こうとするんですか?やっぱり護衛の依頼を受けるんですか?」
「いえ、護衛の依頼を受けるつもりはありません。私では実力不足だと思うので」
「……皮肉ですか?」
笑顔だが、そこはかとない怒りを滲ませてくる。
確かに、不意を突いて襲っても完封された相手が実力不足、なんて言えば皮肉にしか思えないだろう。
「……違います。その、私にも色々ありまして」
「……そうですか。しかし、それならなおさら何故魔道具の相談を?」
「別に、護衛の依頼を受けていなければ手助けしてはいけない、と言うわけではないでしょう?一帝国民として、できる限り協力はしようかと」