依頼?
『ほう、暗殺未遂か。十中八九『真理の書』の手引きだろうな』
学園の敷地に建てられない巨大な寮の一室、自室として割り当てられたその部屋の中で宝石に似た通信用の魔道具を使い、第零魔術隊隊長カガリ・トゥーリと会話を交わす。
「俺もそう思います。既にこの学園の中に入り込んでいると思って間違いないかと。……内通者を探りますか?」
『いや、『不滅の魔女』が不在の今、学園内の内通者を炙り出すのは難しいだろう。君は護衛に専念してくれ』
『不滅の魔女』。そう呼ばれるのはリチュル女学園の学園長であるシャデ・ココノエデという老練の魔術師だ。
帝国内外にその名を轟かし、半身を消し飛ばされてなお、死せず戦い抜いた事からその二つ名がついた傑物だ。
しかし学園長という立場だが、訳あって今現在彼女は学園にいない。
二ヶ月前、隣国であるセグムセルム王国の式典に参加した際に『真理の書』の襲撃を受けたのだ。
その襲撃者の中には『真理の書』最大戦力である『十二使徒』の一人、『放浪』と呼ばれる男も含まれており、激しい戦闘の末、『不滅の魔女』と『放浪』の両名とも行方不明となっている。
『放浪』は転移系統の魔術を得意とする。『不滅の魔女』と呼ばれる彼女がやられるとは思えないが、二ヶ月も連絡がないことを考えると、かなり長距離に転移させられたのだろう。
「しかし、奴らを自由にさせるのは危険では?」
『一ヶ月だ。一ヶ月経てば、『不滅の魔女』が帰ってくる。そうなれば、奴の魔術で『真理の書』を炙り出せる』
「『不滅の魔女』」と連絡が取れたのですか?」
『ああ、つい先日連絡があった。どうやら王国の中でも人の寄り付かない山奥に転移していた様でな、人里に帰るのに手間取っていたらしい』
「なるほど」
確かに彼女が帰還するのなら、俺がわざわざ出張る必要はない。
俺の立ち位置は秘密裏の護衛。有事の際に万全に対応する為、俺という存在はあまり派手に動かない方がいい。
……すでに噂話が学園中に広まってしまっているが、まだ俺の評価は学生の範疇だろう。
しかし、一ヶ月で『不滅の魔女』が帰還するという情報は、『真理の書』も手に入れていると思った方がいい。
『真理の書』相手に警戒しすぎるということはない。
この一ヶ月の間、第三皇女を襲いくる魔の手は激しくなるだろう。
『くれぐれも皇女様のことを頼むよ』
「了解です」
話も終わり、通信を切ろうと魔道具に手を伸ばす。
『ああ、一つ言い忘れていた』
「はい?」
手を止め、どこか愉快そうな響きを込めたカガリの声を聞く。
『女装、似合っていたよ』
「っ!?ふざけないでください!」
俺は怒りを込めて通信を切った。
「ミル、どうです?わたくし、成長していますわ!」
サラの背後、そして向かい合う俺の背後に風球が浮かび上がる。
「おお、流石ですね」
いつも通り昼食を早めに済ませ、広場でサラに訓練を付けていた。
今やっている訓練は、自分の死角に魔術を発動させる訓練だ。
背後や障害物越しに魔術を成立させるには、少しばかりコツがいる。
訓練を初めて一週間程度で出来るようになるのは、かなりのセンスを感じる。
「さ、次はどんな訓練をしますの?」
「うーん、……実際に私と模擬戦をしますか」
「模擬戦ですの!?」
彼女の成長スピードなら、座学や基礎訓練よりも模擬戦を通して実践的な使い方を覚えた方が良い。
「やりますわよ!わたくしの成長、見せますわ!」
「いつも見てますよ」
ふんす、と過剰にやる気を出す彼女を諫める。
そんな時だった。
「ミル・ファーミン、少し時間はあるか?」
高い背丈、後頭部に括ったストレートの長い金髪の凛々しく美麗な生徒が声を掛けてきた。
見覚えがある。彼女は確か、第三皇女の護衛だ。
「申し訳ありませんけれど、ミルはわたくしと訓練中ですの」
何故か俺の代わりにサラが答える。
「む、そうか……」
「いえ、大丈夫ですよ」
「そんな!?わたくしとの訓練中ではありませんか!?」
「すいませんサラ、続きは後日という事で」
「そんな!?」
がーん、と落ち込むサラ。
申し訳ないが模擬戦をするには時間が足りないし、そもそも広場では模擬戦は出来ない為、闘技場を借りなければならないので今からは無理だ。
意気消沈したサラに、後日の訓練を約束して護衛の少女と共に場所を移した。
「まずは自己紹介をしようか。私の名前はスズノ・ワコン、第三皇女であるアリア・フォン・ゼドファール様の護衛をしている。実は君にお願いがあってね」
移動してきたのは空き教室の一室、そこに設置されたテーブルに向かい合う様に座っていた。
「お願い、ですか?」
「単刀直入言う、君にアリア様の護衛を手伝ってもらいたい」
「私にですか?」
部外者に護衛を頼むなんて、一体どういう事だ?
「護衛と言っても、アリア様を直接守るわけでは無いよ。あくまで有事の際に手伝ってもらえばいい。基本的な護衛は私や他の護衛が付く」
「……何か問題でもあったのですか?」
「いや、そういう訳ではないさ。ただ、アリア様は人見知りでね、見知らぬ護衛を付けたがらないのさ。だから万が一を考え、影から守ってくれる人材が欲しいんだ」
流石に『真理の書』から狙われているので護衛を増やしたい、とは言わないか。
「話はわかりました。ですが、私の様な何処の馬の骨かも分からぬ人間を護衛にして良いのですか?」
「失礼だが、君のことは調べさせてもらった。この学園に入学する前、君は北部で暮らし、冒険者をやっていたそうだね」
「……はい」
無論、嘘の経歴だ。しかし、全くの嘘という事ではない。
実際に以前の任務先は北部地帯だ。その上、任務の都合、冒険者として活動もしていた。
「そして一年前、『悪竜討伐作戦』に参加している。それだけで最低限の信頼を得るには十分さ」
『悪竜討伐作戦』。
一年前、北部に現れた精神系魔術を使う竜種を討伐する為、冒険者組合と帝国が合同で打ち立てた大規模作戦だ。
ただでさえ存在そのものが強力な竜種が、固有の魔術を使い、人の負の感情を操り殺戮を繰り返していた。
それに対抗する為、戦闘能力のみならず、精神性を含めて選び抜かれたパーティーで作戦は決行され、その作戦に俺は参加していた。
結果無事に討伐は成功した訳だが、大規模な作戦だったため、冒険者協会に正確な記録が残っている。
その記録でも調べ、俺がどんな人間か調査したのだろう。
しかし、俺が善人扱いか。
確かに対『悪竜』では強い精神が求められるが、別に善人である必要はない。
それに飛び抜けた実力者ならば、別の手段で防ぐことも可能だ。
俺や当時同じ任務についていた第零魔術隊の人間は魔術で防いでいた。
なので『悪竜討伐作戦』に参加したからと、信用するのはいささか早計に思える。
そう思ったのが表情に出ていたのか、ワコンはこう付け加える。
「それに、この間の魔道具暴走を止めてくれたのは君だろう?」
「……気付いていましたか」
隠していたつもりはなかったが、流石は皇女の護衛に選ばれる人間と言うべきか。あの一瞬、しかも詠唱もしていない術者を特定するとは。
「それで、受けてもらえるだろうか?勿論報酬は十分な額を支払おう」
少し考え、真っ直ぐ答えた。
「申し訳ありません、私には少し荷が重いです」
「……そうか、突然こんな話をして済まなかった」
しつこく勧誘されることはなく、話はそれで終わった。
短い沈黙を挟み、そして残念そうな表情のワコンに再度謝罪をしながら、教室から出る。
噂話で目立っている以上、護衛になっても変わりは無いかもしれないが、正式な護衛ともなれば警戒は段違いになる。
申し訳ないが、受けるわけにはいかなかったのだ。
それに彼女が知らなくとも、実際には影から護衛するのでいいだろう。
昼の終わりを告げるチャイムが学園に響く。
俺は足早に教室に戻って行く。