弟子ではなく
「…………はい?い、今何と?」
再度、大きな声でサラスティアが叫ぶ。
「降参ですわっ!」
ええ……。
「えーと、勝者、ミル・ファーミン」
突然の決着に、観衆も、俺も混乱する中、この決闘の審判を勤めた教師オリヴィアの、どこか魔抜けた声が響いた。
決闘の翌日、学園は一つの噂で持ちきりになっていた。
無論、俺の噂話である。
曰く、一騎当千、天下無双の魔術師が入学したと。
どれだけ話を盛れば気が澄むのだろうか?
俺がやったのは精々入学式の乱闘を止め、その後挑まれた決闘に勝ったくらいである。
やはり俺はこの任務を受けるべきではなかった。そもそも潜入任務は苦手なのだ。
俺の本領は対魔術師戦である。
教室の中、好奇の視線に晒されながら頭を抱えていると、バンっと勢いよく扉を開き白髪青眼の少女、サラスティアが教室に入って俺の元に向かってくる。
「あの件、考えてくれまして?」
「ええっと……」
サラスティアの問いを、曖昧に誤魔化す。
今俺を悩ましているのは噂話だけではなかった。
それは、
「さっさとわたくしを弟子にしてくださいまし!無論、納得のいく金銭はお支払いいたしますわ!」
これである。
弟子など取る気は毛頭ない。
「いえ、私ではサラスティアさんを教えるのに力不足かと」
「そんな事はありませんわ!私の魔術を見事にいなしたあの技術、あれは尊敬に値するものですわ!」
「あれは少し練習すれば誰でも出来るかと……」
「ですから、それを教えて欲しいのです、弟子として!」
何を期待しているのか、キラキラとした瞳でこちらを見つめるサラスティア。
顔が引っ付きそうな距離で訴える彼女を押し返しながら、どう断ろうか考える。
「弟子なんて取れません。私にも色々と事情が……」
「ならば私がその事情、わたくしが解決して見せますわ!弟子として!」
「弟子は取らないと……」
サラスティアは俺の返答を聞くよりも早く動き出してしまった。教室から勢いよく飛び出したのである。
嵐の様な少女である。
……というか、彼女は俺の護衛任務なんて知らないのでは?どうやって解決するつもりなんだ?
そう思っていると、またしてもバンっと勢いよく扉が開く。
扉を開けたのは飛び出たはずのサラスティアだ。
「師匠、ちなみにどんな事情なんですの!?」
…………頭が痛くなってきた。
「師匠、昼食を持ってまいりましたわ!」
授業終わりの昼、昼食を取ろうと席を立つと同時サラスティアが現れる。
手には包みを持ち、背後もう一人見慣れぬ生徒を引き連れている。
「ですから、私は師匠ではないと───」
「いい場所を抑えています、早速参りましょう!」
抵抗虚しく、引きずられる様に教室を飛び出た。
着いた場所は学園の中にある広場だった。
地面には芝生が映え、敷かれたピンク色のシートの上に座りサラスティアは言う。
「さ、師匠も座ってください。ユーノも座りなさい」
「はい、お嬢様」
サラスティアに勧められたので、取り合えずシートに座りユーノと呼ばれた少女を見る。
肩で切り揃えられた桃色の髪、小さな背丈の気配の薄い少女だった。
俺の視線に気づいたのか、サラスティアが納得したような声を出して言う。
「紹介が遅れましたわね、彼女はユーノ、我が家で従者をしておりますの」
「ユーノ・メメントと申します。ファーミン様、お嬢様ともどもよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げるユーノ。
その様子をジッと見て直観的に思った。
…………強いな。
魔術師ではない。感じる魔力量はかなり少なく感じる。だが、その所作、その全てに無駄が無い。
戦士や騎士、というより暗殺者か。
警戒しつつ、挨拶を返す。
「ミル・ファーミンです。気軽にミルと呼んでください」
「了解しました。ミル様」
「さ、二人の挨拶も済んだところで昼食に致しますわ。ユーノが作ってくれたんですの。わたくしも手伝いましたのよ」
サラスティアは手に持った包みを解き、二段重ねの弁当を取り出す。蓋を外して見えた弁当の中身は色とりどりの美味しそうな料理が詰まっていた。
何処からかユーノが取り出した小皿に取り分けながら、昼食が始まった。
「ふぅ、美味しかったですわ」
「そうですね」
本当に美味しかった。これを手作りとは、かなりの料理の腕前だ。
食後のお茶を飲みながら落ち着いていると、緊張した様子でサラスティアが声を上げる。
「そ、それで師匠。相談なのですけど、例の事情というのは、お話していただけますの?」
「それは……」
無理だ。
そもそも護衛任務は極秘だ。仮に極秘でなくとも、『真理の書』が関わるような任務に誰かを巻き込むつもりはない。
沈黙で答えを察したのか、サラスティアは下を向く。
「やはり、駄目ですのね……」
普段の勢いが消え、落ち込んだ様子に心が痛む。
「……何故、魔術を学びたいんですか?この学園には優秀な教師が沢山います。別に私に教わらなくても───」
「駄目ですわ!」
力強い否定。
「それでは、駄目なのですわ……」
「何故……?」
俺の疑問に答える為、サラスティアはポツポツと語り出す。
「わたくしには、仲の良かった友人がいましたの。賢くて、魔術が得意な友人が」
その語りには、深い後悔が滲んでいた。
「わたくしは勝たなければなりませんの、あの友人と仲直りする為に」
「話しをして解決することは出来ないんですか?」
「駄目ですわ。あの子も、わたくしも頑固ですもの。決着を付けなければ納得出来ませんわ。ですから、技術としての魔術ではなく、実戦的な、わたくし一人でも敵を倒す魔術を学びたいのです」
「そう、ですか……」
確かにこの学園で教えるのはあまり決闘向きの魔術ではない。
何故なら魔術師というのは、基本的には単独で戦闘なんてしないからだ。
学園で学ぶ魔術が前衛がいる事を基本とした、高度で強力な魔術に重きを置くのは当然と言えた。
「すみません、こんな話、迷惑でしたわね……」
確かに迷惑だ。任務に集中する為にも、断っておいた方がいいだろう。だが、
「友人として、あくまで友人として、暇な時間を使って教える事なら、出来なくはありません……」
「っ……!!師匠!!」
サラスティアは勢いよく立ち上がり、抱きついてくる。
「ちょっ!?」
「師匠!ありがとうございますわ!!」
年齢の割に発育のいい体が押し付けられ、顔が赤くなる。
「は、離れてください!あと、師匠ではなく友人としてですから!」
「分かりましたわ、師匠!いいえ、ネル!」
とびきり嬉しそうに笑う彼女を見て、少しの間だけなら教えるのも悪くないかも知れないと思った。
「では、本日は古代魔術の授業を行います」
昼食明けの午後、教壇にはモノクルを掛けた初老の女教師が立っていた。
彼女の名はトト・ファンダー。古代魔術を担当とする学園でもベテランの教師だ。
彼女の教える古代魔術とは現代魔術と大きく異なる魔術だ。詠唱を基本とし、速度と自由度を優先した現代魔術と正反対に、刻印と術式により安定性を高め、属人性を取り除き万人に使用可能な魔術を目指した魔術。
それが古代魔術だ。
「では、まず初めにこの中で古代魔術が扱えるものはいますか?」
彼女の質問に、クラスの中に居る数名が手を上げる。
やはり少ないな。
上がった手は、クラス全体から見て僅かなものだった。
それもその筈で、古代魔術とは名前の通り古く、廃れた魔術だ。
何故なら古代魔術は現代魔術に比べて、余りにも遅く弱い。
魔術師の為の魔術というより、魔術師が魔力の少ない魔術師や、非魔術師でも魔術が行使できるような魔術だからだ。
この学園に通う様な優秀な魔術師見習い達は余り優先的に学ぶ事は少ない。
とはいえ、古代魔術も現代魔術にすべてが劣っているわけでは無い。
「はい、結構。やはり古代魔術を習得している人は少ないようですね」
落ち着いた口調で、然程残念とは思っていない様だった。
「もしかしたら、この中には古代魔術を学ぶ事は意味がない、と思っている人もいるかも知れません。なので、最初の授業では、古代魔術の恐ろしさを実際に体験しもらおうと思います」
瞬間、教室の地面が光り輝く。
刻印だ。
教室をよく見てみると、床や壁、天井の至る所に細かい刻印が刻んである。
その刻印を利用してファンダー教師は古代魔術を行使している。
咄嗟に反応したのは数人、即座に立ち上がり魔術、もしくは身につけた魔道具で防御を試みる。
だが、その努力も虚しく教室は光に包まれる。
「…………」
数秒後、光が収まり教室に静寂が訪れる。
警戒心を露わにする生徒達にファンダー教師はにっこりと微笑む。
「これが古代魔術です。今のは教室に刻んである刻印を利用して行使した光を出すだけの単純な魔術ですが、どうでしょう?今のがもし攻撃性の高い魔術だったら」
そう、これこそが古代魔術の恐ろしさだ。
事前準備に必要な手間と技術、その上行使するのにも高度な知識が必須だが、それさえ完璧にこなして仕舞えば、その速度と強度は跳ね上がり、現代魔術で防ぐ事は至難の業だ。
現在は主流ではないものの、古代魔術は確実に有用な物である。
身を持って古代魔術の恐ろしさを知った生徒達はファンダー教師を見つめる。
「では、改めて古代魔術の授業を始めましょう」
にっこりと笑って、古代魔術の授業は始まった。