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尾ひれのついた噂話

「見て、あの方よ」「あの噂の!?」「ええ、神童と名高いバンダル家とフムラジ家の令嬢を一方的に倒したと」「噂より随分可愛らしい方なのね」


視線が、痛い。


教室の中、教室に居る少女のほぼ全てから視線を受ける。


完璧に悪目立ちしている。


どうやら入学早々暴れていたあの二人は有名な令嬢だったらしく、それを相手にした俺の噂話が学院中に蔓延している。


しかも、尾ひれのついた噂話だ。


相手をしたと言っても暴れる寸前で止めた程度で鎮圧したのは教師だ。だが、噂では俺があの二人を一方的に倒したことになっている。


噂自体は問題ない。しかしここまで目立つと護衛任務に支障をきたす。


何故なら今回の護衛任務は護衛対象にすら極秘なのだ。上司曰く、『敵を騙すのならまずは味方から』らしい。


冗談めかして言っているが、恐らく帝国に入り込んだ『真理の書』に情報が洩れるのを恐れたのだろう。


そこまで警戒しなければ、暗躍する『真理の書』を騙すことは出来ない。


とにかく、これからしばらくは目立たないように密やかに行動しよう。噂話なんて、少し時間が経てば多くの人間は興味を無くす筈だ。


そう思いながら教室の窓際の角、その席をちらりと見る。


そこには緩いパーマの掛かった長く美しい金髪と大きな碧眼を持つ人形の様に可愛らしい少女、彼女こそゼドファール帝国第三皇女にして、『真理の書』から危険視される程の『血統魔術』を持つアリア・フォン・ゼドファールだった。


寝不足なのか、うつらうつらと船を漕いでいる。


「見つけましたわ、ミル・ファーミン」


いつの間にか机の前、一人の少女が立ち潜入の為に用意した偽名を呼んでくる。


そこに居たのは、入学式で暴れていた二人の少女の片割れ、白い髪と青眼のスタイル抜群の少女、確か名前は……


「サラスティア・バンダルさん……?」


「貴方にお話がありましてよ」


「はあ……」


サラスティアはバンッと机をたたき、教室中に響くように言った。


「どちらが上か、決闘で証明しますわ!」


教室から、音が消えた。


一瞬の間、その後クラス中の人間が一斉に口を開く。


「決闘、決闘ですって!」「こ、これは大変な事になる予感です……!」「わ、私、先生呼んできます!」「やはり噂は本当だったんだわ!」


各々が好き勝手に話し、噂が補強されて拡散されていく。


不味い。このままでは噂話が消えるどころか、さらに尾ひれがついて拡散されてしまう。


「すみませんがお断りさせていただきます」


ハッキリという。


これ以上目立つ訳にはいかない。


「何故ですの!?先日は呼んでも無いのに戦いに割って入ったではありませんか!」


「あれは他の方の迷惑になると思ったからです」


「ですが、あんな戦いではわたくしも貴方も不完全燃焼では!?」


「いえ、別に」


俺は戦闘狂ではない。


「そんな!?」


「では、私はこれで……」


俺は教室から逃げ出そうと席を立つ。


この場所に居ると良くない。確実に噂話が更新されていく。


一度彼女と距離を取り、事態の鎮静化を図るべきだ。


「───わたし、見てみたい」


姦しい教室の中、声が響いた。


小さく、か細いその声は不思議と教室に居る全ての人間に響いた。


その声の主は、後ろの席に居た。


先程まで眠そうだったというのに、今は背筋を伸ばしてこちらをじっと見つめてくるアリア・フォン・ゼドファールがその声を発していた。


ただの一言、それだけで教室の空気が変わる。


決闘を、受けざるを得ないような、威圧的ともいえる空気に。


この学園は、貴族も平民も通う。建前として、学園に通う生徒はみな平等に扱われる。いや、建前だけでなく、少なくとも学園側は平等になるように対応する。


だが、それでも平民と貴族の間には大きな壁がある。貴族の言う事には、平民は大抵逆らえない。


それが王族ともなれば、その言葉に大きな強制力を持つ。


最早俺の意思だけで断れる状況では無くなってしまった。断れば、噂話とは比べ物にならない程の悪評が学園中に広まる事だろう。


俺はしぶしぶ、絞り出すように言う。


「…………分かりました、その決闘受けましょう」






「はーい、ではお二人とも準備はいいですか~?」


広い円状の広場、魔術闘技場と名付けられた場所で眼鏡の教師、噂話の元凶となったオリヴィア・ホットヴァースが呼びかけてくる。


何処から聞きつけたのか、集まった観衆が見守る闘技場の中央でサラスティアと見つめ合う。


「どちらが格上か、ハッキリと証明させて上げますわ」


「はあ」


決闘を申し込まれ、戦う事になってしまった現実に深いため息が出る。


この学園は驚いたことに決闘が校則として定められているらしく、教師もしくは生徒会役員二名以上の立会いの下決闘を行う事が許可されているのだ。


先代の学園長からの教育方針で、実践を通じて魔術に対する理解を深めようという事なのだ。


……決闘、決闘か。


思い出せば、俺が第零魔術隊に入った当初も決闘をしたのだった。


あの時は同期の人間と殺し合い寸前の戦いを繰り広げたのだ。あの時は若く、勝利こそが自分の価値を示す唯一の方法だと思っていた。


俺も成長した。勝利こそ至上なんて今は思っていない。まあ、つまり何が言いたいかというと、この戦い俺は()()()


噂話は俺がサラスティアを倒せる実力者という事で話題になっているのだ。俺がこの場で負けてしまえばあの噂は事実無根の与太話として消化される。


とはいえ、簡単に負けてやるわけでは無い。


学生の実力がどれ程の物か、それを確かめよう。そうすればこれからの学園生活でどの程度の実力を見せればいいか分かる。


「では、行きますよ?─────始めっ」


開始の合図と共に短杖を引き抜き、サラスティアが叫ぶ。


「〈風球(ウィンドボール)〉!」


風の球体を創り出し、相手に叩きつける初歩的な魔術。それが俺に迫りくる。


基本的に魔術を使用する際には詠唱が必要だ。初歩的な魔術とはいえ、詠唱をせず魔術名だけを唱えて発動させた彼女はそこそこ優秀なのかもしれない。それとも学園の生徒はこの程度当たり前なのだろうか?


迫りくる魔術を回避しつつ、周囲の観衆を見る。


ほとんどの人間が驚いているな。やはり学生にしてはかなりの高等技術扱いか。


「〈風球(ウィンドボール)〉!」


避けた俺に対し、もう一度魔術を使ってくる。だが、先程と違いその数は二つに増えていた。


回避先を予測した攻撃だ。だがまだ弾幕が薄いな。


移動速度を少し上げ、魔術闘技場を駆けて回避する。


「っ!?〈風球(ウィンドボール)〉!!」


回避に驚きながらも、さらに魔術を行使する。その数は四つ。


魔術を複数発動させるのも、詠唱破棄と同じく高等技術だ。やはり学生の中でもこの少女は飛び抜けた才能を持っているのだろう。


回避は可能。だが、この数を回避するのは流石に不自然か?


そう思い短杖を構え、魔術を行使する。


「〈風球(ウィンドボール)〉」


サラスティアと同じ魔術。さらに同じ威力で調整したものを一つ作り、向かってくる魔術に向けて当てる。


同じ威力に調整したおかげで完璧に相殺することに成功し、囲うように放たれた魔術に回避する隙が生まれる。そこに移動し、無理矢理回避したという風に見せる。


「くっ!中々やるようですわねっ!」


「サラスティアさんもかなりの使い手ですね」


「ば、馬鹿にしていますわね!?」


いや、かなり本心からの言葉だったのだが。


しかし怒り心頭と言った様子のサラスティアは、短杖を天に掲げ詠う。


「『風よ、大いなる風よ、汝の威風を我が前に示せ』───〈大風剣(ウィンドソード)〉」


頭上、そこに風で作られた大剣が現れる。


大剣は術者の願いに答え敵対者、俺に向かい真っ直ぐ振り下ろされた。


七級魔術か。


俺は僅かに驚く。


魔術には明確な等級分けが為されている。サラスティアが行使したのは七級に分類される〈大風剣(ウィンドソード)〉。


七級と言えば、軍で魔術隊に入るのに必要な最低級の魔術だ。


最低級とは言え、これが扱えれば一端の魔術師として認められる魔術。まさか学生が扱えるとは。


───だが甘い。


確かに魔術として成立はしている。しかしそれだけだ。


術としての強度も、制御も未熟。故に、


「〈風球(ウィンドボール)〉」


俺が作り出した二つの〈風球(ウィンドボール)〉、そのうち一つが〈大風剣(ウィンドソード)〉に直撃し剣筋を逸らす。


そしてもう一つの〈風球(ウィンドボール)〉が逸れた大剣の刃、術として脆い部分に当たり大剣が砕ける。


この様に、十級程度の魔術に容易く打ち負ける。


「そんな……!」


砕けた〈大風剣(ウィンドソード)〉によって発生した風に髪を揺らしながら、動揺するサラスティアを見つめる。


「さあ、次はどのような一手を?」


「くっ……!」


怒り心頭といった様子で俺のことを睨みつけてくる。


今にも魔術を使って襲い掛かってきそうだ。


いいぞ、次だ、次の一手で敗着にしよう。


どのようにやられるのがいいだろうか?


出来れば派手な魔術がいい。俺の今までの経験から分かる、彼女は奥の手を隠している。


さあ、奥の手を使え……!


「ふう……こうなっては仕方ありませんわね」


俺の願いを実現するように、彼女はふっと息を吐き出して、


「─────降参ですわ!」


潔く負けを認めた。



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