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下される任務

「……これは一体、どういう事なのでしょうか?」


豪奢な椅子に腰かけ、ペンと書類の山が置かれた机の上に肘を置き手を組んだ女に問いかける。


その女の背は高く、キリリとした瞳と微笑を浮かべながら長い赤髪を後頭部でひとまとめにしており、その細い体を包む黒を基調とした帝国軍軍服と合わさりどこか近寄りがたい雰囲気を持っていた。


何処か威圧的なその女は長い手足を大仰に振り回し、芝居がかった様子で言った。


「どうもこうも、君の持つ命令書の通りだが?ミル・ファンドーリ殿」


俺は手に持つ命令書を握りつぶしたい気持ちを必死に抑え、目の前に座る女、俺の所属する帝国魔術師第零魔術隊の隊長であるカガリ・トゥーリを睨み付けた。


「何故、私が潜入任務なのかと言っているのです」


「おや、任務が不服かい?君は以前にも潜入任務をこなしたことがあったと思うが」


「ええ、確かに潜入任務の経験はあります。ですが今回の任務は承服しかねる」


「そんな、訳が分からないな。一体どんな理由でこの任務が嫌なんだい?」


言葉とは裏腹ににやけづらのカガリをつい拳が出そうになる。


……落ち着け、この女の話を真面目に聞くな。


「理由?そんなの決まっているでしょう。潜入先が───女学院だからですよ!」


バンっと指令所を机に叩きつけて叫ぶ。


「そうだね」


「そうだねじゃないです!分かってますか、()学院ですよ!?」


「それで?」


「私は男です!それも今年で二十になる男だ!」


「大丈夫、問題ないさ」


「問題大ありでしょうが!」


聞く耳を持たぬ上司を説得しようと、声を張り上げて説明する。


「今回の任務は女学院に潜入し、今年入学予定の第三皇女の護衛とあります。ただの護衛任務ならまだしも、女学院に潜入など()が出来る訳ないでしょう!?」


「変装すれば解決だろ?」


「する訳あるかこの馬鹿上司!」


敬語も忘れて話の通じない上司を怒鳴りつける。


「おいおい、鏡を見たことは無いのかい?君の容姿ならバレる心配はそうそうないよ」


「っ!?」


カガリの反撃に、思わず言葉に詰まる。


小さな背丈、華奢な体付き、白銀の髪に大きな瞳、これまでの人生で少女に間違われること数知れずの俺は、確かに女装でもすれば容姿だけを考えれば潜入は可能かもしれない。


「しかし、俺は男です。何か問題が起きるかもしれないでしょう!」


「君に限ってそんな問題は起こさないさ」


全幅の信頼が垣間見える瞳に、出そうとしていた否定する言葉が口から出てこない。


「そ、それなら、他に潜入が得意な人間を派遣するのはどうですか?私は潜入より戦闘の方が得意です。護衛も出来なくはないでしょうが、やはり本職人間の方が良いのでは!?」


「うん、確かに私も当初はそう考えていた」


「それなら───」


「───だが、それでは駄目なのだよ」


俺の言葉に被せる様に、カガリは強い言葉で否定する。


先程の間でのどこかふざけた様な気配は消え去り、まるで戦闘前のような張り詰めた空気が部屋を包む。


「端的に言おう、第三皇女を狙っているのは只の賊ではない。『真理の書』の連中だ」


「……本当ですか?」


『真理の書』。それは帝国のみならず、俺達の住むデラド大陸全土に根差すテロ組織だ。その存在は凶悪で、大陸にあるほぼ全ての国家を敵に回してなお暗躍を続けるほどだ。


しかし、『真理の書』の目的は既存秩序の崩壊による闘争、はっきり言って第三皇女を狙う意味が分からない。仮に第三皇女に害をなせたとしても、帝国内で多少騒ぎになるだろうが奴らの望む闘争が起きるとは思えない。


「ふむ、君の思う疑問は分かる。だが、これは確かな筋からの情報だ。私の想像になるが、恐らく第三皇女であるアリス様の『血統魔術』が狙いだと思われる」


『血統魔術』。それは選ばれた血族のみに発現する固有魔術だ。


普通の魔術では再現不可能と言われる特殊な魔術で、例外なく強力な魔術だ。帝国皇室の人間は、千差万別の『血統魔術』を習得している。


帝国は『血統魔術』を強力な戦力として考えており、例え帝国民であってもその詳細は秘匿されている。第三皇女であるアリア様の『血統魔術』も無論、軍部の人間である俺にすら知らされていない。


「奴らはアリア様の『血統魔術』について何か知っていると?」


「ああ、恐らくだがね。『真理の書』の連中はアリア様の『血統魔術』を警戒している。奴らが出張ってくるというのなら、我々も生半可な戦力は出せない。それ故、我が第零魔術隊の中でも随一の術師である君に指令が下ったというわけだよ」


「成程……」


確かに『真理の書』を相手にするというのなら、潜入能力よりも戦闘能力を優先した人選というのは間違いでは無いだろう。


しかし、女学院に潜入か……。


「本当に私が行くんですか?」


「勿論、君以上の適任はいないよ」


満面の笑みで、任務は下された。






姦しい少女たちの声が響く。


眼前には巨大な学び舎、これから通う事になるリチュル女学園の姿が見える。


校門を過ぎたその先には、女学院の制服である青いジャンパースカートを着た多くの女生徒が歩いている。俺はその中に堂々と混ざる。


……バレてないよな?


不安で心臓がどくどくと脈打っている。


平常心だ。もしバレたとしても任務だ、やましい事ではない。……筈だ。


自分に言い聞かせながら深呼吸をしながら歩いていると、


「はん!このすっとん娘っ!」


「な、なな、この牛女っ!」


激しく言い争う、二人の少女の声が聞こえる。


少し先の方で声を上げるのは、真新しい制服に身を包んだ二人だ。おそらく新入生だろう。


一人は白髪青眼で、体凹凸がハッキリしたスタイルの良い少女。もう一人は黒髪黒眼で華奢で細身の少女だ。


二人は周囲の視線も気にせず、互いに罵り合う。


何事かと周囲の少女達が見つめる中、二人の少女の言葉だけでは収まらない怒りが、遂には制服から短杖を取り出し構え始める。


「その減らす口を塞いであげましてよ!」


「こちらのセリフです!まさか、私に魔術で勝てた試しがないことをお忘れかしら?」


「それも今日までですわ!」


不味いな、二人とも本気のようだ。


実戦で鍛えられた瞳が、両者の体に流れる魔力を捉える。


魔術とは自身の体に流れる魔力を用いて奇跡を起こす技だ。


起こす奇跡は術者により威力も現象も変わるが、明らかに冷静ではない二人の少女が周囲を慮って行動するとは思えない。


俺は反射的に、二人よりも早く魔術を行使する。


「〈爆光(フラッシュ)〉」


強烈な光が、二人の少女の間に発生する。


「「ッ!?」」


爆光(フラッシュ)〉は鎮圧用の魔術だ。物理的な攻撃力は無く、ただ強い光によって敵を一時的に行動不能にする。


俺は二人が目を回している隙に、両者の間に移動して短杖を構える。


「っ、何者ですの!?」


「邪魔!」


数秒経ち、ようやく視界が戻った二人は俺を見ていきり立つ。


「大事な入学式にこれ以上暴れるようなら、お……私が相手になります」


第三者の俺が間に立つ事で、冷静になれと訴える。


入学早々この二人も悪目立ちしたく無いだろう。


しかし俺の予想は、呆気なく裏切られる。


「……なるほどなるほど、いいでしょう、二人とも私が相手して差し上げます」


「不本意ですけど全くの同意。まとめて病院送りにしてあげる」


「……はあ」


俺はため息を吐いた。


どうしてこんなにも血の気が多いのか。仲良くすれば良いのに。


二人を相手にするの自体は問題無い。じゃじゃ馬お嬢様相手に負ける程落ちぶれてはいない。


問題なのは勝ち方だ。あくまで学生らしい勝ち方でなくてはいけない。


何故なら今回の任務は護衛対象にすら内密の潜入なのだ。圧倒的実力差で勝利してしまい、疑念を持たれてはならない。


……どの程度の実力だ?


教育機関に一度も身を置かず、実戦のみで実力を磨いてきた弊害でどのくらいが学生の平均的な実力なのか分からない。


本来なら速攻で勝負を決めたいところだがしょうがない。後手で対処するか。


「吹っ飛びなさい!」


「燃え尽きろ!」


二人の少女が体内の魔力を練り上げ、白髪の少女が風を起こし、黒髪の少女が炎を放った。


そして俺は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()大きく後方に飛び跳ねた。


「きゃっ!?」


「やぅっ!?」


二人の少女は地面が形を変えた出来上がった大きな手に掴まれ、悲鳴を上げながら拘束される。


かなりの練度の高い魔術だ。無駄が無く、速度威力ともに申し分ないな。


周囲を警戒しつつも術を観察していると、カツカツと足音を立てて紺のローブを着た杖を持ち眼鏡を掛けた女性が現れる。


「はーい、頭を冷やしましょうね~」


どうやら彼女が術者の様だ。


「は、離しなさい!」


「く、このっ!」


ジタバタと暴れる二人だが、土で出来た巨人の手は微動だにしない。


「駄目ですよ?入学早々暴れるような悪い子にはお仕置きです」


眼鏡の女性がトンっと杖で地面を叩く、すると巨人の手が光と共に雷を帯び、爆発音に似た音を立てて発光する。


土と雷の魔術、その二つが合わさり二人の少女はぐったりとうなだれ沈黙する。


「そこの方、この二人を保健室に運ぶの手伝って頂けますか?」


眼鏡の女性、恐らくこの学園の教師と思われる人物は有無を言わさずこちらに指示を飛ばしてくる。


「……分かりました」


特に逆らう気はないが、今からこの二人を保健室に運ぶと入学式には間に合わないだろう。


少しばかり残念に思いながら、少女を回収して保健室に連れていくのだった。





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