【9】悪魔の書いた脚本(シナリオ)
9-1◆二つの点、そして一本の線◆
【システムレベル2:詳細情報スキャン開始…】
その無機質な文字列が、表示された瞬間。
ズキンと、こめかみに鋭い痛みが走った。
レベルを引き上げた能力の行使。
その代償。
俺はその痛みに、耐えながらスクリーンに表示される、新しいデータを睨みつけた。
【Target: 長峯 昌吉】
【詳細情報キャリア・ディグ】
【入学経緯:スポーツ推薦(奨学金受給者)】
【出身中学:京都市立鴨川西中学校】
(…奨学金。俺と同じ)
俺の脳裏に、三好のあの下劣なセリフが浮かぶ。
「奨学金野郎」
そうだ。三好は、このような出自の人間を見下している。
この情報は使える。
間違いなく三好を挑発するための最高の「ネタ」になる。
そして。俺の視線は、その次の一行に釘付けになった。
(…鴨川西中学校?)
その名前。どこかで見た。
いや違う。ついさっき見たばかりだ。
俺の脳内のデータベースが、高速で検索をかける。
【データ照合:轟木剛造と同一中学】
(…ビンゴだ)
出身中学も同じ。入学経緯も同じ。
轟木剛造と長峯昌吉。
この二人には共通点が、多すぎる。
この学園では、初めて見た鴨川西中の出身者
互いにとって、特別な存在である可能性は高い。
もし長峰に何かトラブルがあったら、
轟は長峯を守るために、行動を起こすかもしれない。
(…だが)
俺の思考に、冷たい理性がブレーキをかける。
(これは、まだ俺の憶測にすぎない)
(もし万が一、二人の間に何の繋がりもなかったとしたら?俺のこの脚本は全て破綻する)
(…確信が欲しい。99%の推測ではない。100%の絶対的な確信が)
どうする?
どうやって、その最後のピースを手に入れる?
俺はコートの中の長峯を、見つめながら思考の海へと深く沈んでいった。
9-2◆役者の尋問、そして神の視点◆
俺の思考の海に、一つの結論が浮かび上がる。
確信が欲しい。
そのための方法は、単純明快だ。
練習の終わりを待って、直接、長峯昌吉に話しかける。
俺は体育館の脇で、一人息を殺して、その時を待った。
やがて、練習終了のホイッスルが鳴り響く。
数十分後、部員たちが一人また一人と、体育館を後にして帰宅していく。
俺はその中から、長峯昌吉の姿だけを眼で追った。
彼が体育館から出てきた瞬間。
俺は静かに、彼のあとを追い、話しかけた。
「君が長峯昌吉くんだね。今日の練習見ていたよ。僕は2年の音無奏!」
俺はできるだけ、穏やかな先輩を演じて声をかける。
長峯は驚いたように振り返った。
「え?あ、はい!…見てたなんて、恥ずかしいです…」
「いや。本当に素晴らしいプレイだった。見ていて気持ちがいい。一瞬で君のファンになったよ」
俺のスカウターが、彼の反応をデータ化する。
【Target: 長峯 昌吉】
【感情:困惑、しかし、好意的反応(70%)】
【警戒レベル:低下】
(…称賛する。これが一番効く)
俺は、さらに畳み掛ける。
「天宮くんの次のエースは、君で決定だね」
「滅相も無いです!俺なんて、天宮さんの足元にも…!」
【思考スキャン:“天宮”への絶対的な崇拝】
(…なるほど。王への忠誠心は本物か。この学園は天宮を崇拝する者だらけだ)
俺は、駄目押しの一言を放つ。
「はは。謙遜するなよ。実は、俺も奨学金でこの学校に来ているんだ。だから君みたいな努力家はつい応援したくなる」
【感情:驚き、そして強い親近感(90%)】
(最大の弱みを晒す。それが相手の懐に入る最短距離だ)
彼の警戒心が、完全に解けたのを俺は確認した。
そして俺は初めて、本題の呪文を唱える。
「俺の中学にもいたんだ。不器用で力任せだけど、絶対に仲間を裏切らない“熊”みたいなヤツが。
俺はそういう馬鹿正直な『強さ』も嫌いじゃない」
本題の呪文とは?「中学時代」「熊」というキーワードだ。
その瞬間、長峯の瞳が大きく揺らぐ。
俺のスカウターが、彼の深層心理をハッキングした。
機能C:思考残響観測を発動
【思考トリガー:“熊”“中学時代”】
【連想対象:轟木 剛造(鴨川西中・柔道部)】
【深層感情:畏怖、尊敬、そして絶対的な信頼】
(…ビンゴだ)
「轟木剛造」という名前が表示され、
そこに「畏怖、尊敬、絶対的な信頼」という感情が連想され、すぐに結びついていた。
やはり「轟木剛造」と「長峯昌吉」は親密な間柄のようだ。
俺は目的を達成すると、にこやかに長峯に別れを告げた。
「じゃあまたな。試合、楽しみにしているよ」
長峯は、よくわからないながらも、新たなファンの登場に、嬉しそうに、その場に立ち尽くしていた。
まさか自分が今、魂の奥底まで、丸裸にされたとは夢にも思わずに。
俺は、一人静かにほくそ笑んだ。
これで全ての駒は揃った。
9-3◆計画始動、そして最初の罠◆
翌朝
俺は誰よりも早く、教室に足を踏み入れた。
朝日が、差し込む前の静かで青い光。
それが教室全体を支配している。
まるで深海の水底のようだ。
俺はまっすぐに、三好央馬の席へと向かう。
ポケットから取り出したのは、一枚の小さなメモ用紙。
昨日、俺が全ての情報を分析し、そして練り上げた完璧な脚本の招待状だ。
俺は、それを誰にも見られることなく、彼の机の奥深くへと滑り込ませた。
自分の席に戻り、俺は静かに目を閉じる。
(…賽は投げられた)
俺の今回のゴール。
それは
「三好央馬という存在が、虎の威を借る、ただの滑稽な道化であるという事実を、学校全体の共通認識に変えること。
そして三好を1軍から降格させ、観客席に座らせること」
そのための最初の罠は、もう仕掛けた。
やがて教室に、生徒たちが集まり始める。
喧騒が戻ってくる。
そして三好が、取り巻きの富田と田原と共に現れた。
彼は自分の席に着くと、机の中のそのメモに気づく。
怪訝な顔で、それを開く。
そして数秒後。
彼の口元に下劣な、そして満足げな笑みが浮かんだ。
「…フッ。なるほどな」
彼はそのメモを取り巻きたちに見せる。
彼らもまたニヤニヤと、汚い笑みを浮かべた。
俺は観客席から、その一部始終を観測していた。
スカウターが、彼の愚かな内面を映し出す。
【Target: 三好 央馬】
【感情:優越感、独占欲、愚かな自信】
【思考:“好機チャンス到来”】
(…単純な野郎だ)
俺は心の中で、吐き捨てる。
(これが罠だとは、微塵も思わない。自分が選ばれたと信じ込んでいる)
(本当に馬鹿で、そして哀れな道化だ)
俺は静かに、読んでいた本のページをめくった。
ショーの始まりまで、あと数時間。
俺は、ただその時を待つだけだ。
9-4◆特権階級の食べ残し◆
昼休み。
カフェテリアの喧騒。
俺は一人、隅の席で、昼食を摂っていた。
戦場の兵士のように、素早くそして無駄なく。
少し離れたテーブルでは、三好が取り巻きの冨田と田原たちと、騒々しく食事をしている。
彼らの周りだけ、空気が違う。
自分たちが特権階級であるという傲慢な空気。
やがて、食事を終えた三好たちが席を立つ。
しかし彼らのテーブルの上には、食べ終えた食器や、パンの袋がそのまま放置されていた。
王の食べ残しのような無残な光景。
ある生徒が、おずおずと、彼らに近づき、声をかける。
「あの…三好くん。ゴミはゴミ箱へ、食器は返却口までお願いします…」
その言葉に、三好は心底、不思議そうな顔で振り返った。
そして、こう言い放つのだ。
「は?俺が?なんでだよ。それ、お前らの仕事だろ」
「つーか俺たち『Elysion』が、ここで飯食ってやってるだけで、ありがたいと思えよな。
俺たちがいるから、この食堂の格も上がるんだぜ?」
彼は自分が、ゴミを片付けないことが、さも当然の「特権」であるかのように語る。
そのあまりにも、腐りきった論理。
俺は、その一部始終を観測していた。
俺のスカウターが、無慈悲なデータを表示する。
【Target: 三好 央馬】
【感情:傲慢(80%) 特権意識(90%)】
【思考:“雑用は下の人間がやれ”】
その生徒は何も言い返せず、一人で彼らのゴミを片付け始める。
その光景を眺めながら、俺は静かにパンの最後の一口を飲み込んだ。
そして俺は、自らの食器を手に立ち上がる。
返却口へと向かう。
三好たちの汚れた食器の横を、通り過ぎる。
そして心の中で冷徹に最後の審判を下した。
(…確認完了。情状酌量の、余地なし)
(被告人、三好央馬。お前の“実刑”は、確定した)
(これより、刑を執行する)
9-5◆計算された英雄の誕生◆
その日の放課後。それぞれの部活が始まる時間。
俺は一年生の校舎が、見える渡り廊下の窓際に立っていた。
ここからなら、一年校舎から体育館へと向かう、全ての人間を観測できる。
俺はただ待っていた。
脚本の主役たちが、舞台に上がるその時を。
やがてチャイムが鳴り、一年生の教室から、生徒たちが出てくる。
その中に長峯昌吉の姿を見つけた。
彼は一人、バスケ部の練習着を抱え、体育館へと向かう道を歩き始める。
そしてその数秒後。
俺の予測通り、三好央馬が二人の取り巻きを、引き連れて現れた。
彼はまるで、待ち伏せていたかのように、長峯の前に立ちはだかる。
「おいそこの一年。ちょっとツラ貸せや」
三好は、チンピラのような口調で言い放つ。
しかし長峯は怯えない。
彼はただ不思議そうな顔で、首を傾げた。
そして静かにこう言った。
「…すみません。どちら様でしたっけ?」
その瞬間、三好の顔から血の気が引いた。
彼の周りの取り巻きたちも、凍りつく。
三好は震える声で、名乗るしかなかった。
「…二年Elysionの三好だ!」
「ああ、三好先輩ですか。俺に何か用ですか」
長峯のその悪意のない無関心。
それが三好のちっぽけなプライドを、ズタズタに引き裂いた。
彼は必死に、話題を探す。
「お前、最近、天宮くんと仲良いらしいな。調子に乗ってんじゃねえぞ」
「尊敬するキャプテンです。それだけです」
「…チッ」
何一つ、通用しない。
彼の威嚇も、彼の地位も、この一年生の前では無意味だった。
追い詰められた三好は、最後の、そして最も醜いカードを切る。
彼が俺からのメモにより、手に入れたばかりの悪意のナイフ。
「長峯は奨学金野郎」
「…しょせん、お前は金で買われた才能だろうが。奨学金野郎が調子乗るなよ!」
三好の下劣な挑発が、静かな放課後の空気に響く。
その一言で、長峯の穏やかだった表情が一変した。
彼は、ただ静かに三好を睨みつける。
その瞳には、悔しさと怒りの炎が燃えていた。
「…今、なんて言いました?」
「ああ?だから奨学金で…」
「それ以上、言うな!」
長峯が怒りに、声を震わせる。
「俺の努力を馬鹿にするな!」
「黙れ!貧乏くさい奨学金野郎が…」
三好の言葉に、長峯の顔色が変わっていく。
三好は、その反応を楽しんでいる。
「ああ?なんだその目は。図星か?」
「…あんたに何が分かる」
長峯が低い声で絞り出す。
「俺は、あんたみたいに親の金で、この学校に来てるわけじゃない。毎日必死で…!」
「うるせえ!」
三好が長峯の言葉を遮る。
「努力だ?才能だ?そんなもんで天宮さんの隣に立てると思うなよ。あの人の隣は俺の特等席だ。
お前みたいな貧乏人が、気安く近づいていい場所じゃねえんだよ!」
「俺は、ただバスケを頑張ってるだけだ。ほっておいてください」
「それがうざいんだよ!カスが!」
感情を抑えきれなくなった三好の拳が、長峯の頬を殴りつけた。
鈍い音が響く。
次期バスケ部エースの体が、その場に崩れ落ちる。
取り巻きたちが、その周りを囲み、さらに暴行を加えようとした。
その全てを、俺は窓ガラスの向こうから、冷たい瞳で観測していた。
(…かかったな)
俺のスカウターが、ミッションの完了を告げる。
【イベント発生:三好央馬による長峯昌吉への暴行を確認】
【計画達成率:フェーズ1完了】
俺は静かに、その場を離れようとした。
俺の仕事は終わった。
後はこの情報が、轟木剛造の耳に入るのを待つだけだ。
(…いや待て)
俺の足が止まる。
(このままでは、長峯がただでは済まない。三好の暴行が続いたら、大変なことになる)
俺の計画では、彼はあくまで「火種」だ。
ここで、長峰に再起不能なほどの怪我を、負わせるわけにはいかない。
俺は、無我夢中で、三好と長峰の元へ駆け出した。
そして俺は三好のその醜い顔を、真っ直ぐに睨みつけそして言った。
「三好!!!やめろーーーっ!!!」
俺の一言で、三好の動きが止まる。
彼は、信じられないという顔で俺を見た。
「ああ?またお前か!音無?てめえ、なんでここに…」
「見ての通りだ。そしてこれ以上はやめておけ。お前のために言っている」
俺のその言葉が、彼の最後のプライドを刺激したらしい。
「俺のためだあ?ふざけんじゃねえぞ、この陰キャが!」
三好は俺が掴んでいた腕を振りほどくと、今度はその拳を俺へと向けた。
「こいつもだ!やれ!」
三好の号令で、富田と田原たちも、俺に襲い掛かる。
俺は殴られる。蹴られる。
だが俺のスカウターは、冷静にダメージを分析していた。
【被ダメージ予測:軽微】
【急所への攻撃:なし】
(…そうだ。もっとやれ。お前たちのその愚かな暴力が俺を「悲劇のヒーロー」へと仕立て上げる)
その時だった。
「おい何やってんだ、お前ら!」
「やばい人だかりが、できてきたぞ!」
渡り廊下の向こうから、一般生徒たちが集まってくるのが見えた。
その視線に気づいた三好の顔色が変わる。
三好を〈観識〉するスカウターの表示が【怒り】から【焦燥】へと変わるのを、俺は見逃さなかった。
【奏への社会的評価:急上昇中】
これ以上、騒ぎを大きくするのはまずい。
彼のその小物な保身の感情が、ようやく怒りを上回ったのだ。
「…チッ。行くぞ!」
三好は吐き捨てると、取り巻きたちと共に、その場を去っていった。
「音無!長峯!お前ら二人とも覚えてろよ!」
その捨て台詞は、もう誰の耳にも届いていなかった。
俺は埃を、払いながら、立ち上がる。
そして、床に座り込む長峯へと手を差し伸べた。
「大丈夫か?長峯くん」
「あ…はい。ありがとうございます、音無先輩…」
彼は俺の手を取り、おずおずと立ち上がった。
その瞳には、明確な感謝と尊敬の色が宿っていた。
周りの生徒たちが、囁き合っている。
「音無ってやつが、助けたらしいぜ」
「すげえじゃん。あの三好に逆らうなんて」
俺の株が上がっていくのを、俺はただ冷静に観測していた。
これで、轟木一派と三好の火種は生まれた。
そして俺は「正義の味方」という最高の隠れ蓑を手に入れた。
俺は心の中で、静かにほくそ笑んだ。
(最高の舞台じゃないか)
第九話お読みいただきありがとうございます。
作者の京太郎です。
今回は音無奏という男の持つ“怪物性”そのものを描きました。
彼は、もはやただの観客ではありません。
自ら脚本を書き、役者を配置し、そして望み通りの悲劇を作り出す冷徹な演出家です。
彼のその戦いぶりに、少しでも背筋が凍るような感覚を覚えていただけたなら
作者として、これ以上の喜びはありません。
主人公の脚本は、完璧に遂行されました。
しかし、それはまだ序章に過ぎません。
奏が灯した火種は、今まさに轟木一派という巨大な導火線へと燃え移ろうとしています。
次回、哀れな道化に下される本当の「断罪」をお見逃しなく。
面白いと思っていただけましたら
下にある【★★★★★】での評価
そして【ブックマーク】での応援
よろしくお願いします。
皆様の声が何よりの力になります。
これは「集英社小説大賞6」に応募中の作品です!!!
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斎藤 律プロフィール
年齢:17歳(高校2年生)
所属:洛北祥雲学園高等部 2年4組
立場:若き起業家/クラスの戦略家/エリシオン幹部
家族:IT関連企業の創業家
性格:合理主義・冷静沈着・抜群の交渉力
キャッチコピー:
「教室という市場を、もっとも俯瞰している男」
■ 人物像
高校生にして既に小規模ながらITベンチャーを立ち上げた“リアル経営者”
会話は常にロジカルで、損得勘定が明確
感情よりも結果を優先する合理主義者
天宮とも仲が良いが、精神的には「同じ高みの住人」として対等に接している
頭はいいが、学校の勉強は、将来の役に立たないのでは?と考えているため、成績はイマイチ
■ 音無奏との関係
教室という環境をゲーム盤のように捉え、戦略を共有することも
ただし斎藤は“情”では動かないため、時に冷酷に見えることもある




