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最底辺の俺が、観測スカウターを使ってエリート学園にはびこるスクールカーストの頂点を目指す  作者: 京太郎
最終章:卒業と旅立ち

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【46】ミラーとの決別、ありふれた日常のはじまり

46-1◆ミラーの正体

図書室の静けさが、ゆっくりと胸の奥まで沈んでいく。


俺は、やっと全部を繋げて理解した。

この半年の下剋上。そのチートなスキル。

―あれは、彼女が“俺のために”用意した優しくて残酷な救済措置だった。


「……白瀬。やっぱり〈観識スカウター〉は君が―俺に与えたものだったんだな」

ことりは小さく頷く。その瞳は逃げない。

「じゃあ―最後の謎だ。ミラーって、いったい何なんだ?」

ことりは目を伏せ、ほんの少しだけ寂しそうに笑った。


「“鏡”。奏くんの中の“教官みたいな声”。

あれの種も、たぶん私なの。奏くんが一人で折れないように、私の願いがあなたの思考の形を借りて、

“鏡像の相棒”になっていたのだと思う」


指先がわずかに熱くなる。

皮肉と冷笑、そして時折、やさしさで俺を押し出してきた相棒。

その冷酷さと優しさ。勝つための設計図と、折れないための支柱。


ことりは続ける。声は淡々としているのに、言葉はやけに温かい。


「私が“与えた”のは、起動の条件と願いの向きだけ。

〈観識能力〉はもともと奏くんの資質が核だったの。

“ミラー”は、その資質が迷いに折れそうになった瞬間に、

『負けないで』という私の願いをナビゲーションに変換して、

奏くん自身の論理で喋るように組み上がった声……たぶん、そういう仕組み」


「でも決して、操ったわけじゃないよ」

ことりははっきり言う。

「選んできたのは、ずっと奏くん自身。私は、背中に“支えの形”を置いただけ。

それがときどき、刃の角度を冷たくしてしまったなら――それは私の罪」


俺は息を吸い、ゆっくり吐く。

勝利至上の相棒。でも、その背骨は優しさでできていた。

思い出す。勝つために切り捨てた瞬間、迷いを叩き落とすあの言葉。

同時に、踏みとどまった夜、誰も見ていない教室で、不思議と温かかったセリフ。

俺を折らないための、彼女の残響。


「わかりやすく言うと、ミラーは奏くんを一人にしないための声だった」

ミラー、それは彼女の祈りが変換された補助線で、俺の資質が創った鏡だった。


「……わかったよ、白瀬」

俺はまっすぐに彼女を見る。

脚本家は誰だったのか。答えは単純で、そして二重だ。


“筆”は俺にあった。

“紙”は彼女が差し出した。


ここまで連れてきた声の出処を受け入れたとき、

胸のどこかで別の声が静かに止む。

それは消失じゃない。返礼だ。持ち主へ、そっと返すみたいに。

次の選択は、もう誰の声にも委ねない。


46-2◆ミラーと特殊能力との決別◆

椅子を引くわずかな音。

俺は立ち上がり、白瀬の前にまっすぐ立つ。

俺は目を伏せる。

「…あのとき助けられなかった。勇気がなかった。あれが俺たちの始まりだった」

ことりは唇を結んだまま、小さく頷いた。


「白瀬、はっきり言う」

「今ここで特殊能力〈観識スカウター〉を捨てる。君がくれた奇跡に感謝してる。だからこそ、これからは自分の目と手で戦う。“用意された強さ”じゃなく、傷ついても己の力のみで戦う本当のヒーローになるために」


ことりの瞳が揺れ、すぐに静まる。俺は続ける。

「君が創ってくれた“ヒーロー”の役は、今日で終わりだ。これからは人間として、そして本当のヒーローを目指して、君の隣にいる」


深呼吸。意識の底へ降りる。

観測ルーチンを停止、優先度を零へ。

返しても、彼女に能力が戻ることはない――この奇跡は“片道”だ。

【権限:返還】

【対象:起源】

【実行しますか?】——はい。

端に残っていたUIの灯りが、ひとつ、またひとつ消える。

線も数値も、薄い膜のように剥がれ落ち、世界は素に戻った。


その刹那、ミラーからの最後のメッセージ。

ミラー:《……いい選択だ、相棒。ここからは素手で行け》

奏:「――さよなら、ミラー」

ミラー:《了解。舞台は任せた》

耳の奥で、拍手にも似た静寂が広がった。


俺は静かに目を開く。

白瀬に向き直り、もう一度だけ、言葉で釘を打つ。

「繰り返す。〈観識スカウター〉は捨てた。これからは自分の力で、必要なら何度でも倒れて、何度でも立ち上がる。君を一人で“創造主”にしない。二人でチートスキルも作られた脚本もない現実を生きよう」


それは俺が彼女に捧げる、最初で最後の、最も誠実な、俺なりの愛の告白だった。


ことりは涙を一粒だけこぼし、しかし笑う。

「……聞いた。受け取った。おかえりなさい。私のヒーロー」


俺は向かいではなく、となりに座る。

指先が触れそうで触れない距離だった。


46-3◆聖域の静寂、日常のはじまり

全ての“呪い”から解き放たれた俺と、全ての“役割”を降ろした白瀬ことりは、ようやくただの「少年」と「少女」に戻った。

涙を浮かべる彼女の冷たい指先に、俺はそっと自分の手を重ねる。力は要らない。

ただ、離さない強さだけ。


ことりは、初めて心の底から笑った。

小学校の夏の日、朝顔の鉢の前で見た、あの陽だまりみたいな笑顔――そのままだ。


長く、そして短かった戦いが、ここで静かに終わる。

そして、俺たちの本当の「日常」が、今、始まろうとしている。


ことりが一冊の本を俺の前へ滑らせた。

花の図鑑。表紙の隅に、小さな白い桔梗。


「覚えてる? 小学校の朝顔」

「忘れるわけない」

ページを開くたび、紙の匂いがゆっくり立ちのぼる。

言葉はいらない。沈黙は、もう気まずさじゃない。

この場所では、沈黙のほうが会話より正確だ。


窓の外で、風が一本だけ木を鳴らす。

図書室の空気はその音をやわらかく受け止め、また静けさを戻す。


俺は小さく、でもはっきりと言う。

「学園のヒエラルキーも関係ない。勝ち負けも——いらない。ふたりでただの現実を生きていこう」

ことりは頷き、机に頬杖をついた。

「うん。…それがいい」


本棚の影は少しずつ長くなり、光は俺たちの輪郭をやさしく曖昧にする。

かつて俺は、この“聖域”を観測不能だと嘆いた。

けど今は、観測できないからこそ、守る価値があると知っている。


——ここが、原点だ。

本を閉じ、ことりの横顔を見る。

「また4月からもここへ来るよ。図書委員長」

ことりは笑う。小さいのに、世界でいちばん大きく見える笑顔で。

「うん。絶対だよ」

図書室の扉は閉じている。外には世界がある。

けれど、いまは、ふたりだけの世界でいい。


図書室の時計が、静かに一度だけ鳴った。

ことりが棚から背表紙のすり減った文庫を一冊抜き、表紙の埃を指先で払って、俺の前へそっと置いた。

「最初の十ページだけでいい。合わなかったら、そこで閉じて」

栞ひもの先に小さな折り目がある。俺は頷き、本を受け取った。

カウンターの小さな抽斗から貸出カードを取り出すと、ことりは黒い細字で図書委員の欄に「白瀬ことり」と記し、続けて借主欄に「音無奏」と記した。


インクが乾くのを待つあいだだけ、時間が少し長くなった。

俺は静かに頷いた。物語は閉じた。そして日常が開いた。


【完】

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