【42】太陽王、涙の終幕~脚本家の引退
42-1◆残り七秒の絶望と栄光◆
スクリーンに表示されるスコア。
洛北祥雲学園 86対87 那代工業高校。
那代工業高校が逆転。残り七秒。
洛北祥雲にタイムアウトはもうない。
長峯がゴール下でボールを受け取る。
彼は迷わなかった。監督もキャプテンも見ていない。
ただただ信じていた。
――天宮先輩なら、もう走ってる。
長峯は渾身の力で、敵陣ゴールへ向けてボールを放り投げた。
その先には、すでに天宮が走り出していた。
キャプテンを信じた長峯のファインプレー
その軌道を読んでいた影がある。
北の王・花巻耀平。
二人の天才が、空中で激突した。
重力をねじ曲げるほどの空中戦。
一瞬、時が止まったように見えた。
掴んだのは――天宮だった。
ゴール下。最後の壁。
再び花巻が立ちはだかる。「終わりだ!!!太陽王!!」
その瞬間。天宮の全てが覚醒した。
今大会最高のドライブ。
神の領域の一歩。彼は花巻を、かろうじて抜き去った。
だが、その刹那。天宮の足がわずかにもつれた。
肉体の疲労ではない。
大槻の事件。世界の闇。背負いすぎた責任。
魂が、悲鳴を上げた。
完璧なプレイが、コンマ一秒だけ崩れた。
バランスを崩しながらも、天宮は腕を振り切る。
放たれたボールは、スローモーションのように空を舞う。
アリーナの音が消えた。
心臓の鼓動だけが響く。
仲間たちの叫びも、観客の息も、何も聞こえない。
ただ、ボールの軌道だけを見つめていた。
そして――
ボールは無情にもリングに弾かれた。
試合終了を告げるブザーがアリーナに虚しく響き渡った。
最終スコア87対86。俺たちの王国の敗北。
その瞬間、俺は確かに見た。
観客席にいた白瀬ことりが、泣きそうな顔で立ち去っていくのを。
次の瞬間には、もう彼女の姿はどこにもなかった。
天宮はコートに倒れ込んだまま、動かなかった。
ただその悔し涙に濡れた瞳でアリーナの天井を見上げていた。
ベンチで三上新監督は静かに目を閉じた。
俺たちの冬が今終わった。
42-2◆誇り高き敗北、そして気高き魂◆
天宮はコートに仰向けに倒れ込んだまま動かない。
俺はその光景をただ見つめていた。
ミラー:「…負けてしまった。奏。お前のいない脚本はバッドエンドだったか」
奏:「いや違う。…こんなに美しい敗北を俺は知らない」
やがて選手たちが整列する。
勝者:那代工業高校(秋田)87
敗者:洛北祥雲学園(京都)86
戦い抜いたライバル同士、その目と目が交差する。
そこには、初めから憎悪はない。
ただ死闘を繰り広げた者たちだけの静かな敬意があった。
辻村が望月に言った。
「…お前のスリー。最後まで怖かったぜ」
望月は、ただ無言で頷いた。
篠田が石櫃の肩を叩く。
「…ゴール下。お前との殴り合い。最高だった」
石櫃もまた静かに頷いた。
榊原が上夷に笑いかける。
「…お前の運動量とフィジカル。マジで死ぬかと思ったぜ」
上夷は悔しそうに顔を歪めた。
「…お前こそ、デカすぎるんだよ!バカ」
花巻が長峯の頭を撫でた。
涙を堪えるその頭をくしゃくしゃと。
「…泣くな若獅子。お前は強かった」
長峯は涙声で叫んだ。
「…次は絶対に超えてみせます」
そして最後に二人の王が向き合う。
神谷が静かに言った。
「…天宮。ラストのワンプレー。俺は敗北を覚悟した」
天宮はその悔し涙を拭うと静かに笑った。
「…いや。完敗だ。神谷さん。あなたたちは本物だ」
「ありがとうございました!」
二つの王国が互いに、そして観客席に深く頭を下げた。
万雷の拍手が彼らを包み込む。
結城が涙を流していた。
「…悔しい…。でも天宮くん本当にかっこよかった…」
久条が静かに言った。
「ええ。…王は負けても、なお王だったわ」
柴田と山中は、ただ号泣していた。
斎藤がその光景を見ながら、仁田先輩に言った。
「…紙一重。本当に惜敗だった」
仁田先輩が頷く。
「ああ。だがその紙一重を超えるのが、一番難しいんだ」
そして観客席の後方。
轟木が静かに言った。
「…あいつらは、負けてねえ」
坂元が頷く。
「ああ。バスケ部は、俺たちの誇りだ」
俺は、その全ての声を聞いていた。
そしてただ静かに、拍手を送っていた。
奏:「…ミラー。俺は今、ただただ感動している」
ミラー:「ああ。俺もだ。素晴らしいものを見れた」
42-3◆敗北のロッカールーム、そして最高の仲間たち◆
洛北祥雲学園のロッカールームは静かだった。
誰もが、自分のロッカーの前で動けない。
汗と涙と、そして誇りの匂いがした。
勝者だけが、歴史に名を刻む。
彼らの名前はそこにはない。
だがこの場所に敗北者など、一人もいなかった。
最初に口を開いたのは天宮だった。
彼は、隣に座る長峯の肩を叩いた。
「…悪かったな長峯。最後、俺が決めきれなかった」
その声は悔しさに濡れていた。
だが長峯は、力強く首を横に振った。
「違います。先輩がいたから、俺たちはここまで来れた。来年必ず優勝します」
その会話を三年生たちが聞いていた。
副キャプテンの上夷が静かに笑った。
「…終わりだな、俺たちの高校バスケは」
望月が頷く。
「ああ。だが最高の三年間だった。俺は、もう思い残すことはねえよ」
石櫃も力強く言った。
「おう。いろいろありすぎたけど、最高のチームだった」
彼らの、その顔に悲壮感はなかった。
ただ全てを出し尽くした男たちの清々しい表情だけがあった。
その時、三上が全員の前に立った。
彼の瞳は、赤く腫れていた。
だがその声は、どこまでも穏やかだった。
「…みんな。聞いてくれ」
「俺たちは負けた。日本一にはなれなかった。結果だけを見れば、俺たちの物語はバッドエンドだ」
「だが俺はそうは思わない。この4日間、俺はお前たちから人生で最も大切なことを教わった」
「絶望の淵から這い上がり、仲間を信じ、そして自らの全てを懸けて戦う。その姿がどれだけ美しく気高いものなのかを」
彼はそこで一度言葉を切った。
そして最高の笑顔で言った。
「胸を張れ。お前たちは俺の誇りだ」
「――最高の仲間たちだ」
その言葉にロッカールームは、静かな嗚咽に包まれた。
太陽王も若き獅子も、そして全ての戦士たちが、ただ静かに泣いていた。
彼らの長かった冬が今、本当に終わったのだ。
42-4◆影の帝王の感謝、そして脚本家の卒業◆
試合の熱狂が、まだアリーナを包んでいた。
東京体育館の天井は低く、冬の夜の冷気と、何千人分の呼吸が交じり合って揺れている。
観客たちは少しずつ席を立ち始めていたが、俺たちは誰一人として動けなかった。
ただ、まだ鼓動の音だけが耳を叩いていた。
そんな中。俺の前に二つの大きな影が立った。
轟木と坂元だった。
ミラー:「…ほう。影の帝王が、わざわざあちらさんから挨拶か」
奏:「ああ。…たぶん、俺たちの“約束”の答え合わせだ」
轟木は、あの時と同じ鋭い眼差しで俺を見た。
だが、そこにあったのは怒りではない。
静かで重く、そして熱を帯びた眼だった。
そして低い声で轟木は言った。
「…音無。俺は、今日…救われた」
その言葉に思わず息を呑んだ。
坂元が横で静かに続ける。
「お前が言った通りだったよ。…バスケ部は躍進した。大したもんだぜ」
轟木は拳を握りしめたまま、震える声で言葉を継いだ。
「…俺はずっと、あの日から立ち止まってた。
柔道部が廃部になって、みんなバラバラになって…
何もできなかった自分を、許せなかった。
どんなに笑ってみせても、心の奥ではずっと腐ってた」
その声は震えていた。
彼が背負ってきた数年間の重みが、たった数行の言葉に詰まっていた。
「でも今日、あいつらのバスケを見て…わかったんだ」
「俺は…もう影じゃなくていい」
坂元も小さく笑った。
「お前、今日の試合中、ずっと泣きそうだったもんな」
轟木は少しだけ照れくさそうに、視線を逸らした。
そして、俺の肩に手を置いて言った。
「ありがとう、音無。お前は俺を救ってくれた。…いや、違うな」
「お前がきっかけを作って、バスケ部の光が俺を救ってくれた」
俺は、ほんの少しだけ笑って答えた。
「…俺は何もしてません。全部、バスケ部が勝ち取ったんです」
轟木は大きく頷くと、坂元と視線を交わした。
そして力強く言った。
「…来年だ。長峯も、天宮も、まだチームにいる。
来年は、あいつらが必ず日本一を獲る。俺はそう信じてる」
俺も、まっすぐに応えた。
「ええ。…来年こそ、王国は本当の頂点に立ちます」
それだけ言うと、轟木は俺の肩を一度だけ強く叩いた。
何も言わずに、背を向けて去っていった。
その背中は、もう「影の帝王」ではなかった。
あのとき俺の前に立ちはだかった、憎しみで固められた巨躯ではない。
ただ一人の青年。
過去の鎖を断ち切り、未来へ歩き出す男の背中だった。
ミラーが、静かに呟いた。
「…終わったな、奏。影の帝王との契約」
俺は、ほんの少しだけ肩の力を抜いて笑った。
「ああ。…俺はきっかけを作っただけだ。
本当に轟木を救ったのは、あいつらのバスケだった」
ミラー:「…お前、変わったな。脚本家」
俺は、ふっと息を吐いて答えた。
「そうかもな。もう俺は、脚本家じゃない。
あいつらの物語は、もう俺の手を離れた」
「これからは…観客として見届けるよ。
最高の舞台を、最高の仲間たちが作る、その未来を」
俺はそう言って、少しだけ空を見上げた。
東京体育館の天井は高く、光が淡く滲んでいた。
俺の脚本家としての最後の「仕事」が今、終わったのだ。
第四十二話をお読みいただきありがとうございます。
作者の京太郎です。
一つの長く、そして壮絶な戦いが終わりました。
俺たちの王国は敗れました。
しかしその敗北は、本当にただの敗北だったのでしょうか。
そして脚本家は、ついにその筆を置きました。
自らが筋書きを書くのではなく、ただ仲間を信じ、その物語を見届ける一人の観客になることを選んだのです。
彼のその最後の選択。
皆様の目には、どう映りましたでしょうか。
ディベート大会もウィンターカップも終わった。
全ての戦いを終えた脚本家。
彼が最後に見つけ出す物語の本当の「始まり」とは。
ここから物語は、いよいよ最後の謎。
白瀬ことりの真実へと迫ります。
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皆様の声が何よりの力になります。
それではまた次の話でお会いしましょう。




