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教室リーグ 〜観客席の俺は、観察スキルで下剋上を奏でる〜  作者: 京太郎
第一章:神の眼の覚醒~学園祭クラス会議
4/46

【4】観客”の死と“プレイヤー”の誕生

4-1◆敗者の遠吠え◆


生徒たちは、思い思いに席を立ち、あるいはひそやかな声で先ほどの、俺の「反逆」について、囁き合っている。

その全ての喧騒と視線を、俺はただ無感情に観測していた。

俺の視界の隅では、まだあの忌々しいUIが明滅を繰り返している。


その時だった。

ドン、と乱暴な音を立てて俺の机が揺れた。

見上げると、そこには顔を屈辱と怒りに真っ赤に染め上げた、三好央馬が立っていた。


「おい、音無!!!」

その絞り出すような低い声には、隠しきれない震えが混じっている。

俺の異能スカウターが、彼のステータスを無慈悲に表示した。


【Target: 三好 央馬】

【感情:屈辱(75%)、怒り(25%)】

【脅威レベル:D+(小物)】


「…調子、乗ってんじゃねえぞ、陰キャが」

三好は俺の胸ぐらを、掴まんばかりの勢いで、言葉を続ける。

「てめえみてえな、観客席の奨学金野郎が、少し口答えしたくれえで、何かが変わると思ってんのか? ああん?」


俺は、何も答えない。

ただ黙って、彼を見つめ返す。

その俺の無反応な態度が、彼のちっぽけな、自尊心をさらに傷つけたと見えた。


「…覚えてろよ、音無、必ず今日のことを後悔させてやる」


彼は、それだけを吐き捨てると、子分たちを引き連れて、足早に教室を出ていった。

(…奨学金野郎か)


俺は、三好のその去っていく哀れな背中を見送りながら心の中で、静かに呟いた。

(後悔、それは果たして、どちらのセリフになるだろうな)

俺の、視界の隅で【脅威レベル:D+】の文字がまるで虫けらのように、小さく点滅していた。



4-2◆観客席の、終焉◆


放課後の喧騒が、遠ざかっていく。

ほとんどの生徒が、帰宅や部活のために教室を後にした。

しかし俺はまだ自分の席から、一歩も動けずにいた。

俺の視界の隅では、あの忌々しいUIがまるで俺を嘲笑うかのように、淡い光を放ち続けている。


「…音無。…お前、マジですげえよ」

その静寂を、破ったのは山中駿平だった。

彼はいつものような、軽薄な興奮ではなく、どこか畏怖の念が混じった、真剣な眼差しで俺を見つめていた。


俺の視界が、彼を捉える。

【Target: 山中 駿平】【感情:畏怖(50%)、興奮(40%)、好奇心(10%)】

【対あなたへの好感度:55 (E+) → 68 (B)】


(…好感度、だと? 馬鹿馬鹿しい)

俺は内なる、舌打ちを隠しながら、無言で彼に視線を返す。



「いや、マジで! あの烏丸を正論だけで黙らせるなんて、誰もできねえって!

お前、完全に『Elysion』に喧嘩売ったぞ。…いや、それだけじゃねえ。三好だけじゃなくあの女王・久条亜里沙にもだ」


山中は一気にまくし立てる。

「久条さん、ホントにヤバいって。サトミの件だって、久条さんが動いたからああなったんだろ?

今回、お前、彼女の空気を真っ向からぶち壊したんだぞ? お前、これからどうすんだよ?

もう前みたいに『観客席』で知らんぷりなんてできねえぞ」



山中のその言葉。

それは俺がこの数分間、ずっと考え続けていた「問い」そのものだった。

俺は静かに窓の外へと視線を移す。


ガラスに映る、自分のその無表情な顔。

そして、その顔に重なるようにして表示される半透明のUI。


(…観客席)

そうだ。俺はずっと観客だった。

安全な、場所からこのくだらないゲームを見下ろし、冷笑していた。

しかし今日、俺は自らその席を立った。

そしてこの忌々しい力は、そんな俺を選んだ。


(…もう、戻れないのか)

いや、違う。

(…もう、戻りたくないんだ)

俺は、自分の内なる声に気づく。


もう、二度とあの無力な自分には戻りたくない。

理不尽な「空気」に、ただ流されるだけの石ころにはなりたくない。

俺は、再び山中へと視線を戻した。

そして初めてほんの、少しだけ口の端を上げてみせた。


「さあな。どうなるんだろうな」

その言葉は、彼への返答ではない。

この呪われた力と共に新しい戦場へと、足を踏み入れることを決意した、


俺自身の魂への宣誓だった。



4-3◆盤上の実体◆

いろいろあったが今日も長い1日が終わった。

俺は、いつものように誰にも気づかれないように席を立つ。

だがその隣には予想通り、山中駿平がまだ興奮冷めやらぬ顔で立っていた。


「おい、音無! マジでお前、これからどうするんだよ!?」

彼は俺の腕を掴もうとして、躊躇する。その目は今日の俺の行動への畏怖と、得体の知れない好奇心に爛々と輝いていた。


「どうするも、こうするもない。もう後戻りはできない」

俺は淡々と答える。学校の敷地を出て、駅へと続く並木道に入ると、ようやく少しだけ息がしやすくなった。


「Elysionが動き出すぜ!?」

俺は、山中の言葉に無言で頷く。

彼が言う『Elysion』その本質は、俺がこれまで「観客席」から分析してきた通りだ。

天宮蓮司という太陽を中心に、久条亜里沙が『空気』という名の引力で全てを支配する歪んだ惑星系。

いわば1軍のチーム名である、今日、俺はその引力の法則に、石を投げ込んだ。


その時だった。

並木道の向こうから、聞き慣れた嬌声が聞こえてきた。

数人の女子生徒が、こちらに向かって歩いてくる。その中心には、やはり久条亜里沙。


その隣には結城莉奈。そして取り巻きの女生徒たち。

彼女たちの手には、真新しいTシャツの山が抱えられていた。


白い生地に金の刺繍で、蓮の花の意匠。『Elysion』のTシャツ。

(…あ、あいつらは)

俺の視界には、彼女たちのステータスが瞬時に表示される。


【Target: 久条 亜里沙】

【感情:優越感(60%)、支配欲(30%)、警戒(10%) → 対音無への警戒レベル上昇】

【思考:これでクラスはまとまる。余計な波風は立てさせない】

久条は、俺と山中を視界に入れると一瞬、その笑みを深めた。



その瞳には、まるで「あなたも、これを見なさい」とでも言うかのような、冷たい光が宿っていた。

彼女は、持っていたTシャツの束を、結城に渡しながら、わざと少し大きめの声で言った。


「ねえ、莉奈。明日のホームルームで、選ばれた数名に配る分、確認しておいてね」


「組織の結束は、形からって言うでしょ?これを着ればきっと文化祭の準備でも、みんなの心が一つになるわ」


その言葉の端々には「選ばれた者だけが属する、この絶対的な結束の前に、お前の反逆など、無意味だ」という、無言の圧力が込められていた。


久条たちのグループは、俺たちの横を何事もなかったかのように、しかし明らかに「見せつけるように」通り過ぎていった。

山中は、その光景を呆然と見つめていた。


「…おい、音無。マジかよ…。あいつらElysionTシャツまで作ってやがる。

明日ホームルームで、演劇がどうこう言ったって、もうこのTシャツが『喫茶店』だって空気、完全に作るんじゃないのかよ…」


彼の言う通りだ。明日のホームルームで、演劇の話を蒸し返したところで、

この『Elysion』のTシャツが示す『Elysion』の結束と、それによって形成された「喫茶店」への圧倒的な空気を、覆すのは至難の業だろう。



(…『Elysion』彼らが自分たちをそう呼ぶのは、神話に出てくる楽園の名。

選ばれた者だけがいる場所、か。まさに、彼らの選民意識そのものだ。

彼女は自らの支配を、より強固な『形』で示してくるというわけか)


(『みんなに配る』か。いや、違う。このTシャツが配られ、そして実際に身につけられるのは、久条亜里沙に忠誠を誓った『Elysion』の精鋭たちだけだ。

その選ばれし者たちの結束を示すこのTシャツは、クラスの多くの生徒にとって、喉から手が出るほど欲しい『承認』の象徴でもある。)


俺の思考は、久条の「空気の支配」のメカニズムを完璧に理解し、それを打ち破るための無数のシミュレーションを脳内で開始していた。


山中は、俺の腕を軽く叩いて我に返らせた。

「音無。なあ、 文化祭の出し物、結局まだ決まってねえだろ?

明日のホームルームで決めるんだぞ? きっと、また久条さんたちが喫茶店にしようって空気を作ってくるぜ」


俺は、静かに顔を上げた。

俺の口元には、初めてこの男に向けて、嘲笑ではない、微かな笑みが浮かんでいた。

「さあな。どうなるんだろうな。いずれにしろ俺は、観客席から飛び出てしまった、どうせならこの機会に、少しは演劇案を押してみるよ」

その言葉は、彼への返答ではない。


この呪われた力と共に、新しい戦場へと足を踏み入れることを決意した、俺自身の魂への宣誓だった。



4-4◆女王の盤上操作マニピュレーション◆

放課後。洛北祥雲学園の敷地内、本館の裏手にひっそりと佇む別棟。


久条亜里沙は、その日最後の授業を終えると、数人の取り巻きの女生徒たちと共に、足早に校門を潜り、また学園へ戻ってきた。

その表情は、いつもの完璧な笑顔を保っている。

しかし、その瞳の奥にはさきほどのホームルームで起きた、計算外の「波紋」への冷徹な苛立ちが宿っていた。


彼女が向かうのは、茶道部室『祥雲庵』

学園の奥まった一角にある、質素な外観からは想像できないほど内装の凝った空間だ。

重厚な木の引き戸を開けると、畳敷きの広間には最新の空調が静かに効き、隅にはさりげなくミニバーが設えられている。

表向きは茶道部室だが、そこは『Elysion』の、そして久条亜里沙の「玉座の間」だった。



室内には、既に数人の久条の最も信頼する『Elysion』の幹部クラスの生徒たちが待機していた。

皆、洛北祥雲学園の制服を身につけているが、その表情は彼女の「指令」を待つ部下のようだった。


久条は、優雅に奥の座布団に腰を下ろすと、結城莉奈が淹れた香りの良いお茶に口をつけた。


「今日のホームルームでの、クラスの空気の変動について、報告してくれるかしら?」

彼女の問いかけに、一人の幹部生徒がタブレット端末を操作しながら、淀みなく報告を始める。


それは、クラス全体の感情の推移、主要な生徒たちの反応、

そして「ある生徒が発言した後の『空気の揺らぎ』」について、細かく分析されたものだった。


久条は、その報告を聞きながら、微かに眉をひそめた。

「…で。あの波風を立てた取るに足らない存在、彼は 誰なの?」


その声には、混じりけのない、純粋な苛立ちと、底辺を見下すような侮蔑が混じっていた。

報告していた生徒が、慌ててタブレットの画面を操作する。


「は、はい。音無奏と言います。普段は目立たないのですが、学力は中の上程度で、奨学金で中学から入学しています」


久条は、その名前をまるで耳に痛い雑音でも聞くかのように、静かに反芻した。

(音無奏…そんなのいたっけ?聞いたことないわね)


彼女の脳裏に、昼のホームルームで、烏丸の論理を突いたあの無表情な男の姿が蘇る。

今まで、一度も視界に入れることのなかった存在。まるで、景色の一部だった『観客席』の人間。


(少々厄介な駒かもしれないわ。彼の言葉は、烏丸の論理の脆さを突いた。

だがそれだけでは、まだ『空気』を根底から覆すことはできない。彼はこの『Elysion』の真の力をまだ理解していない。

所詮、ただの名もなき『石ころ』が、偶然、波紋を立てたに過ぎない)


久条の思考は、冷徹だった。彼女の目にはクラス全体が、感情のデータとして映っている。

そして、そのデータをどうすれば最も効率的に操作できるか、無数のシミュレーションが駆け巡る。


「明日のホームルームで、文化祭の出し物が最終決定されるわ。

皆、それぞれの持ち場で『喫茶店』が、このクラスにとって、いかに『調和』と『効率』をもたらすか、改めて周知徹底しなさい。

特に天宮くんの負担を考慮している、という点を強調するのよ。彼の存在が、私たちの選択をより『正しい』ものに見せるでしょうから」


彼女の言葉は、まるで、複雑なプログラムのコードを打ち込むかのように、的確だった。

「そして明日、私が配る『Elysion』のTシャツ。あれが、最終的な『踏み絵』となるわ。

Elysionに忠誠を誓えば、いずれあのTシャツが与えられる。クラスで”ぼっち”になりたくなければ忠誠を誓うしかないのよ」


久条の視線が、一瞬だけ音無奏という「奨学金受給者」という彼女にとっての「異物」の存在へと向けられた。

彼が、自分の知る「普通」のルールから外れた理解不能な存在であることに、久条は少しの苛立ちを覚える。


(音無奏…。観客席の奨学金受給者。…なるほど。身の程を知らない、というわけね。

でも少し生意気な石ころが、紛れ込んだ、ただそれだけのこと)


久条の思考は冷徹だった。彼女のその完璧なチェス盤の上で、これはまだゲームに影響を与えるほどの出来事ではない。


(まず彼に教えてあげなければ。この盤上で彼が本来いるべき場所を。

そして観客が舞台に口出しをすれば、どうなるのかを。…ええ、簡単な仕事よ。

次に彼が何か馬鹿なことを、しでかしたその時にでも)


彼女の意識は、すでに音無奏という、小さな「ノイズ」から離れていた。

彼女にとって、今考えるべきは、週末に天宮とどこへ出かけるか?ということだけ。

彼女のその美しい横顔に、底知れない冷たい笑みが浮かんだ。

雑音はただ、速やかに処理すればいい。

彼女は、まだその「雑音」が、やがて自分の完璧な世界を破壊する、


脅威へと成長することを、知る由もなかった。

『祥雲庵』に差し込む西日が、その冷徹な横顔を、鮮やかに照らしていた。

明日のホームルーム。

彼女は自らが創り出す「空気」によって、音無奏の反逆を完全に押し潰すつもりだった。

第四話お読みいただきありがとうございます。

作者の京太郎です。


観客席から一度、立ち上がってしまった主人公。

もう彼に安住の地はありません。

次々と降りかかる新しい「常識」と「圧力」。

彼の孤独な戦いは、まだ始まったばかりです。


女王、久条が仕掛ける「Tシャツ」という名の同調圧力。

この絶望的な空気の中、主人公は一体どんな「脚本」で逆転劇を見せるのか。

次回教室リーグ第二回戦。

その火蓋が切られます。


面白いと思っていただけましたら

下にある【★★★★★】での評価

そして【ブックマーク】での応援

よろしくお願いします。

皆様の声が何よりの力になります。

これは「集英社小説大賞6」に応募中の作品です!!!

それではまた次の話でお会いしましょう。


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**白瀬 ことり(しらせ ことり)プロフィール

■ 基本情報

年齢:17歳(高校2年生)

所属:私立・洛北祥雲学園高等部 2年4組

立場:図書委員

家族:少しだけ裕福な家庭

性格:おとなしく、穏やかで、物静かな少女。

口癖:「……うん、そうかもね」

■ 人物像

小学校から音無奏と同じ学校に通う、幼馴染の少女。

控えめで感情を大きく表に出すことは少ないが、

彼女の言葉には芯があり、一度決めたことは曲げない強さを持つ。

学園内の派手な人間関係からは一歩引いた場所にいるが、

その独特な存在感はクラスでも目立たぬようでいて、

実は多くの生徒にとって“近づきがたい聖域”のような印象を与えている。

■ 主な人間関係

*音無奏(同級生・幼馴染)

小学生時代からの長い付き合い。

互いに言葉では言い表せない複雑な感情を抱えている。

*一色栞(図書委員長・3年)

ことりが図書委員を続けている大きな理由のひとつ。

穏やかな先輩であり、彼女にとって特別な相談相手。

*久条亜里沙(学園の女王)

クラスでは交わりが少ないが、学園の空気を変える存在として

ことりにとっても無視できない人物。

■ 特徴とテーマ

感情を表に出さないが、心の奥に強い信念を持つ

静かな場所を好み、特に図書室では誰よりも自然体

奏との過去が、現在の彼女に深く影響を与えている

■ キャッチコピー

「静かに佇む、

けれど決して揺るがない心を持つ少女。」

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