【37】ウィンターカップ開幕!脚本家が祈った日
37-1◆十二月のファンファーレ~冬の戴冠式開幕◆
ウィンターカップ。
冬の全国高等学校バスケットボール選手権大会。
夏のインターハイ、冬のウィンターカップ。
全国の高校バスケに命を懸ける者たちが夢見る、二つの頂点。
そのうちの一つが、今まさに幕を開けようとしていた。
各都道府県を勝ち抜いた六十校が頂点まで最大6試合を戦うトーナメント戦。
一敗すれば終わり──血で血を洗う勝ち抜き戦だ。
12月23日、渋谷区の東京体育館。
ファンファーレが鳴り響き、大会は華々しく開幕する。
やがて、会場の照明が落ちる。
瞬間、地鳴りのような歓声が体育館を揺らした。
巨大スクリーンが闇を切り裂き、スポットライトがフロアを疾走する。
全国から集った六十校の名前が、次々と映し出されていく。
北の王者・北海道代表・・・・
列島を縦断した猛者たちの魂が、ここに集結していた。
そしてアナウンスが響く。
「洛北祥雲学園高等部──!」
俺たち二年四組は応援席の一角に陣取っていた。
山中がメガホンを叩き、興奮で声を震わせる。
「うおお!すげえ熱気だぜ、音無!」
柴田がニヤつきながら、肩をすくめる。
「俺たちの『ハムレット』の方が観客多かったけどな」
斎藤が即座にツッコむ。
「そんなわけあるかっ!!!」
久条は手すりに肘をつき、冷たい目でコートを見下ろした。
「…悪くない舞台ね。天宮くんなら生き残れるわ。私のように」
開会式が終わり、各コートでは試合が始まった。
一回戦、第三試合Cコート。
洛北祥雲学園高等部(京都)
対するは高山学園高等学校(山口)
斎藤が分析を口にする。
「初戦の相手としては、悪くない。だが油断はできない」
結城が手を組み、祈るように目を閉じる。
「天宮くん…頑張って…!」
37-2◆代理顧問と王の演説◆
一回戦が始まる直前。
洛北祥雲学園の、ロッカールームは、重い沈黙に支配されていた。
そこに立っていたのはバスケど素人の代理顧問だった。
天宮は、まず代理顧問である、烏丸の顔を立てた。
「先生。試合前のミーティングを始めます。まず先生から一言お願いします」
烏丸はおずおずと、そしてどこか遠い目で口を開いた。
「えー…諸君。勝敗も大事だが、それ以上にこの東京での経験を楽しんでくれたら、先生は嬉しい」
「…試合が、終わったらあれだ。せっかく東京に来たんだからな。帰りにどこか寄りたい場所とか、あるか?先生は東京スカイツリーとかまだ行ったことないんだが」
「とにかくだ。皆、怪我だけは絶対にするなよ。全国大会だからといって無理は禁物だ。…元気に京都へ帰ること。それが先生との約束だぞ」
そのあまりにも士気を下げる一言。
ロッカールームの空気が微妙な雰囲気に変わる。
長峯ですらその顔を俯かせていた。
その空気を切り裂くように、天宮蓮司が立ち上がった。
彼は、まず烏丸に静かに一礼した。
「――先生。ありがとうございます」
そしてキャプテンは部員たちへと、向き直る。
その瞳には一点の曇りもない、太陽の光が宿っていた。
「みんな!聞いてくれ」
その、たった一言で部員たちの背筋が伸びる。
「監督がいない、俺たちはもう終わりだと思われている。外野には好きに言わせておけ」
「逆に…面白いじゃないか」
「だからこそ俺たちが、最強だと証明するための、最高の舞台。それがウィンターカップだ」
「心に刻み込め!俺たちは、大槻先生不在でも強い!厳しかった練習を信じろ!」
そのあまりにも、シンプルでそして力強い言葉。
この偉大なキャプテンがいれば!何とかなる!
部員たちに闘志の炎が宿っていく。
王は、ただそこに立っているだけで世界を照らすのだ。
「行くぞ!」
「おう!!」
ロッカールームの扉が開き、選手たちが戦場へと向かっていった。
37-3◆王の不在、そして若き獅子の咆哮◆
ウィンターカップ1回戦。
試合開始のブザーが鳴り響いた──が、
コートに天宮の姿は、なかった。
彼はヘッドコーチとしてベンチに立つ。
試合には出場せず、采配に専念する策を選んだのだ。
ヘッドコーチの席には、元プロ選手大槻の姿はない。そこには引率として付いてきただけ、
ど素人の臨時顧問、烏丸 剛志が座る。当然、彼はバスケのことは一切、わかっていない。
そして、コートで躍動するのは一年生の大物ルーキー・長峯昌吉。
天宮の采配は、まさに神懸かりだった。
長峯が相手ディフェンスを裂く。
稲妻のようなドリブル、しなやかな体幹、鋭利なクロスオーバー。
一瞬で抜き去り、豪快なダンクを叩き込む──会場が爆発した。
その直後、ベンチの天宮が動く。たった一つのハンドサイン。
その指示で洛北祥雲のフォーメーションは、一瞬にして変わる。
次の攻撃で、相手のディフェンスは完全に崩壊。
高山学園は、もはや為す術を失っていた。
相手が長峯を警戒すれば的確に選手を交代させる。
投入された控え選手が、面白いように、次々と得点を決めていく。
天宮の采配は、その全てが、完璧に、的中していた。
試合終了を告げるブザーが鳴り響く
結果は圧勝──94対47。
ミラー:「…面白いじゃないか。王様は玉座に座ったままでも、戦場を支配できるらしいな」
奏:「ああ。澄玲さんの言葉に嘘はなかった。そして俺の分析にもな。天宮は選手としても、監督としても超一流だ」
ミラー:「これで影の帝王との約束も果たせそうだな」
奏:「最初の壁はクリアした。……だが、本当の戦いはここからだ」
俺は、コート中央でチームメイトと抱き合い、笑い合う長峯の姿を見つめていた。
その歓喜の渦を、ベンチから静かに見つめる太陽王。
─天宮蓮司。その表情は冷たく、揺るぎない。
だがその眼差しの奥に潜む影は、まだ完全には消えていなかった。
37-4◆影からの声援、そして薄氷の勝利◆
大会二日目。
俺たちは再び、東京体育館の熱狂の渦にいた。
二回戦。相手は山梨代表・信州航空高等学校。
天宮は、昨日と同じくベンチに残る。ユニフォームの上からジャージ、腕組みのまま、静かな獣の目でコートを見据えていた。
序盤は洛北祥雲のペースだった。
長峯が最初の一歩で間合いを奪い、レイアップ、スリー、ミドル──面で削るように加点していく。
山中が叫ぶ。
「いけるぜ!音無!このまま圧勝だ!」
斎藤が冷静に返す
「テンポは完璧だ。だが相手は修正を入れてくる。ここからが本番だ」
第3クォーター半ば。潮目が変わった。
信州航空のダブルチームが長峯を挟み潰しに来る。サイドラインに追い込み、背後からもう一人。
パスはわずかに遅れ、ボールは指の先を滑る。
ショットはリングの内側で二度跳ね、無情にこぼれた。
体育館の空気が、わずかに重たく沈む。
第4クォーター残り9分、57-60。ついに逆転を許す。
ベンチで天宮が立ち上がる。
ジャージの裾に指がかかった、その瞬間──コートの長峯が、肩で荒い息をしながら、手のひらをこちらに突き出した。
「まだ、やれます」
燃え尽きる寸前の、獣のような眼。
その一言がチームの背骨を、もう一度立て直した。
その時だった。
俺たちの、応援席の数段後ろ。
その場には不釣り合いな男たちの、影があった。
轟木剛造と坂元要介だった。
轟木がその熊のような、巨体から腹の底に響く、野太い声で叫んだ。
「聞こえるか長峯!お前はまだ立てるはずだ!俺らの夢も背負ってるんだろうが!」
そしてその、隣でこれまで冷静に戦況を見つめていた、坂元までもが身を乗り出すようにして、叫んだ。
「そうだ長峯!おまえならやれる!天宮に頼るな!こんなところで、満足するな!」
あまりにも無骨で、そして魂のこもった声援。
長峯の瞳に、再び闘志の炎が点火されつつあった。
タイムアウト。天宮はホワイトボードに素早く二本の矢印を書き、声を抑えたまま囁く。
天宮が選手に指示を出す
「エルボーからのショートロール。二線は逆サイドのコーナーを狙え。守りは1-3-1、トラップはハーフで」
再開。ショートロールからのスキップパス──コーナー、刺さる。
スティールからの速攻──叩き込む。
長峯が顔を上げる。
観客席の後方。二人の先輩の姿を見つめる。
(轟木先輩…坂元先輩…)
(そうだ。俺はあの人達の夢を…)
(こんなところで、無様に倒れるわけにはいかねえんだ…!)
その瞬間、鉛のように重かったはずの足が、嘘のように軽くなった。
限界を超えたはずの心臓が、再び熱く燃え上がる。
死闘。最終盤、長峯が軸足だけで相手を外し、フローターを沈めた。
ブザーが鳴る76-75。辛勝。
結城が胸を撫で下ろす。
「…危なかった…。でも、よかった…」
久条は静かに呟いた。
「…危うい勝利ね。王の不在がこれほどチームを脆くするとは」
37-5◆太陽がコートに降り立つ時◆
そして大会三日目:三回戦
相手は優勝候補の一角、東京代表・修専大学付属高等学校。
この試合は、地獄だった。
大槻という巨大な柱を失ったチームは、揺れる。
修専の連続スクリーンからの高速展開に、ローテーションが一手ずつ遅れる。
烏丸はベンチで「ファイト!ファイト!」としか言えない。
意味のない音だけが空気を震わせる。
第3クォーター終了、49-61。
スコアボードの数字は、観客席にいる俺の胸にも重く沈んだ。
斎藤が顔を歪める。
「…ダメだ。完全に流れを持っていかれている。天宮の采配にも限界がある」
柴田が頭を抱える。
「嘘だろ…!俺たちの冬がこんなところで終わるのかよ…!」
その絶望的な状況を、救ったのはやはり王、天宮蓮司だった。
残り8分。天宮が、ゆっくりとジャージを脱いだ。
采配に専念していた太陽王が、この大会で初めてコートに立ったのだ。
その瞬間、空気が変わる。
太陽が、一歩、床を踏む──音が違った。
天宮は最初のポゼッションでピックを呼ぶと、ヘッジの足を一瞬で見切り、スプリット。
ヘルプが来る前にノールックでベースラインへ──ダンク。
戻りざま、手刀のような合図。
そのあまりにも圧倒的な才能の奔流が、相手チームの戦意を根こそぎ、奪い去っていく。
天宮:「サイドピックは“ICE”。縦は切る。最後の3分はスイッチで耐えろ」
次の守備。
サイドのピックをベースライン側に追い込ませ、二人目で挟み上げる。スティール。
天宮のドライブ、そしてステップバック──ネットだけを揺らす。
点差が、削れる。─会場のざわめきが、うねりに変わる。
だが、その代償は大きい。選手として、そして監督として。
二つの重責を一人で背負う、彼の魂は明らかにすり減っていった。
ミラー:「…見たか奏。あれが太陽の本当の戦い方だ。自らの身を削って、世界を照らす」
奏:「ああ。だがこのままでは、あいつは壊れるかもな」
ミラー:「…そうだな。だからこそ脚本家。お前の出番だろ。いつものように敵の弱点をスキャンして、王の負担を軽くしてやれ」
俺は、そのミラーのあまりにも正しい提案に静かに首を横に振った。
奏:「…いや」
ミラー:「…何だ?」
奏:「今回は、できれば何もしたくない。俺は見たいんだ。俺の脚本も、この眼の力もない状況で。あの太陽がどこまで輝けるのかを。俺はただ信じる。天宮蓮司という王の光を」
残り2分、66-66。
修専のエースがトップからのプルアップ。
リムに当たって弾むボールを、長峯が空中で掴み取る。
速攻──天宮へ。
飛び込む二人の間でわずかに減速、ライン際へ運び、背後から走り込んだ松川にリバース・ハンドオフ。レイアップ、決まる。68-66。
残り27秒。修専大学付属高等学校にフリースロー。一本目、決める。68-67。
二本目、外れたボールを押し込まれ、68-68。会場が轟く。
残り14秒、洛北ボール。
天宮がトップでボールを受ける。
時間を溶かし、左に二歩、右へ一つ、フェイク。
相手がわずかに体勢を崩した瞬間、切り裂く。
ヘルプが遅れる。
空中で肩をぶつけられながら、体をひねり、ボードに当てる。ブザー直前、ボールは吸い込まれた。
70-68。
最後の0.8秒、ロングパスは長峯がはたき出す。
ブザーが割れ、歓声が爆発する。
勝った。
だが──ベンチに戻った天宮の呼吸は、浅い。
氷嚢が両膝に載せられ、汗が滴り落ちる。
選手と監督、その二つの重責を初めて一人で背負った代償が、容赦なく肩にのしかかっていた。
第三十七話をお読みいただきありがとうございます。
作者の京太郎です。
最後の戦場、ウィンターカップが開幕しました。
今回は太陽王、天宮蓮司の物語でした。
コーチとして、選手として、自らの身を削り仲間を勝利へと導く。
そのあまりにも気高い王の姿。
そしてもう一つ。
脚本家が初めて、自らの脚本を捨て、仲間を信じた物語でもありました。
神の眼に頼らず、ただの観客として王の光を信じる。
その選択が皆様の目には、どう映りましたでしょうか。
しかし王は傷つき、疲弊しています。
次の準々決勝、果たして彼らは勝ち上がれるのか。
その絶望の淵に、一人の男が現れます。
面白いと思っていただけましたら
下にある【★★★★★】での評価
そして【ブックマーク】での応援
よろしくお願いします。
皆様の声が、何よりの力になります。
それではまた次の話でお会いしましょう。




