表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/46

【3】呪われた“神の眼

挿絵(By みてみん)


3-1◆世界の“バグ”?あるいは呪いの“起動”◆

キィンと、耳の奥で鳴り響いていた金属音。

それは、幻聴ではなかった。

絶望に沈み込んでいく、俺の意識とは裏腹に、その不快な音は徐々にそのボリュームを上げていく。


(…なんだ、これは…?)


俺は、俯いていた顔をゆっくりと上げる。

その瞬間、俺は自分の眼が、そして世界が狂ってしまったことを悟った。


ピリリと網膜の上で、静電気が走るような微かな痛み。

視界のその四隅から、淡い青色の光の線が、無数に伸びてくる。それはまるでSF映画の起動シーケンスのように、俺の視界を寸分の狂いもなく縁取っていく。

そして目の前の、教壇に立つ烏丸のその人の良さそうな笑顔の上に、半透明のスクリーンが音もなく、展開された。


(…は?)

俺は瞬きをした。一度、二度。

しかし、その非現実的な光景は消えない。

俺の意思とは無関係に、そのスクリーンには無機質なゴシック体の文字が次々と表示されていく。


【Target: 烏丸からすま 剛志たけし

クラス内影響力:45 (C-)

現在の感情:安堵、自己満足

対あなたへの好感度:50 (E) - 無関心


SINCERITY GAUGE: 分析中…

[■■□□□□□□□□] 21%


そして先ほど彼が、俺に言い放ったあの残酷な言葉。

「我々は、このクラスの“和”を何よりも尊重するべきだ。…分かるな?」


その言葉の、すぐ下に半透明のバーが表示され、そして冷たい電子音が、俺の頭蓋骨に直接、響き渡った。


[SINCERITY: 8%] [DECEPTION: 92%] > 判定:【虚偽】


(…虚偽?)

心臓が、大きく跳ねた。

呼吸の仕方を忘れた。

これは、なんだ。俺の頭はどうなってしまったんだ。これは俺が作り出した都合のいい、解釈か?


混乱する俺の視線が、救いを求めるように教室を彷徨う。

そして一瞬だけ、教室の斜め前の席に座る、白瀬ことりと目が合ったような気がした。

彼女はすぐにその色素の薄い瞳を伏せた。

(…気のせいか。今、一瞬だけ、彼女のその表情のない顔が、僅かに歪んだような…)


いや、そんなはずはない。

この狂った光景は俺にしか、見えていない。

このまるで俺の眼球に、直接装着されたかのような、忌々しい「スカウターのような物体」は。


俺はそのあまりにも非現実的な、情報の奔流の中で、ただ自分の席で身動き一つ取れずにいた。


3-2◆観測と、絶望の“証明”◆

幻覚だ。

疲労とストレスと屈辱が生み出した都合のいい妄想だ。

俺は、そう自分に必死に言い聞かせた。

強く目を閉じる。そしてゆっくりと開く。

しかし、その忌々しい半透明のスクリーンは、まるで俺の網膜そのものに焼き付けられたかのように、消えることはなかった。


(…嘘だろ…)

心臓が、嫌な音を立てて脈打つ。

冷や汗が、背中を伝う。

確かめなければ。これが本物かどうかを。

俺は、震える視線をゆっくりと持ち上げた。

そして、まずその視線の先に、捉えたのは俺を公開処刑にした張本人。

三好央馬。


その瞬間、俺の視界の端で無機質な、電子音が鳴り響く。

【Target Lock: 三好 央馬】

【Analyzing...】

そして奴のその勝ち誇ったような下卑た笑顔の上に、冷たいゴシック体の文字が浮かび上がった。


【現在の感情:優越感、嘲笑】


俺は、息をのんだ。

そうだ。その通りだ。俺が、今奴のその醜い表情から読み取っていた、感情そのものだ。

しかし、それはもはや俺の主観的な「推測」ではない。

絶対的な客観性を持った「データ」として、俺の眼の前に提示されている。


(…まだだ。まだ、信じない)


俺は、かぶりを振ると次に、視線を教室の前方へと、滑らせる。

演劇をやりたい、とあれほど目を輝かせていたあの女子生徒。

彼女はうつむき、自分の机の木目を、ただじっと見つめている。その小さな肩は、かすかに震えているように見えた。

俺の視線が彼女を捉えたその刹那。


【Target Lock: 桜井 恵麻】

【現在の感情:失望、悲嘆】


…ああ。もう疑う余地はないようだ。


これは幻覚じゃない。

これは、俺の感傷が生み出した妄想なんかじゃない。

俺の、この忌々しい眼は、今、この教室に渦巻く人間の醜い感情のその全てを正確に観測し、分析し、そして俺の脳髄に、直接叩きつけてきている。


俺がこれまで「観客席」から、冷笑的に眺めていたこの腐った世界の“真実”そのものを。


3-3◆92%の“虚偽”と、最初の“賭け”◆

「――では今年の文化祭企画は、喫茶店ということで決定でいいかな?」


教壇の上で、烏丸が静かにそして無情にそう宣言した。

タイムリミットだ。

もう誰も、この決定に逆らうことはできない。

教室のその淀んだ「空気」がそう告げている。


(…やめろ。やめておけ!音無奏)

俺の内なる理性が、最後の警告を発する。

(ここで黙っていればいい。観客席に戻れるぞ)


そうだ。

俺は、もう二度と、誰かの人生に関わらないと誓ったはずだ。

あの中学の修学旅行の夜から。


…しかし目の前のこの光景はなんだ?

演劇を願った少女の絶望した顔。

それを、嘲笑う者たちの下劣な笑み。

そしてその全てを、肯定する教師の偽善。


その時、俺の視界の中央で、忌々しいスクリーンが明滅した。

担任烏丸のその穏やかな笑顔の上に表示された冷たいデジタルの数字。


[DECEPTION: 92%]


(…92%の嘘)

俺が、その数字を睨みつけた瞬間。

スカウターの隅に、新しいウィンドウが、音もなく開いた。

LINEのようなインターフェース。

そして、そこに短いメッセージが表示される。


ミラー:「見過ごすのか?この茶番を」

俺は息をのむ。

(誰だ?おまえ)


奏:「…誰だ?お前は」

俺の思考が、そのまま画面にテキストを打ち込んでいく。

即座に、返信が来た。


ミラー:「俺は、お前が描く理想の音無奏だ。ミラーとでも呼べ」

奏:「…理想の俺???ミラー?」

ミラー:「そうだ。お前の対話相手だ。見過ごすのか?この茶番を」

奏:「…黙っていれば、安全だ。観客席に戻れる」


ミラー:「そうか。あの夜と同じように、また黙って圧力に屈するのか?」

その言葉が、俺の心の傷を抉る。


奏:「…うるさい」

ミラー:「なぜ烏丸が嘘をついているか、考えろ。彼の動機は単純だ」

奏:「…なぜなんだ?」

ミラー:「…演劇の準備が、ただ面倒なだけだ。それ以外に理由はない」


その一言。

そのあまりにも、単純な真実。

俺の中で、何かが繋がった。

そうだ。烏丸は、ただ楽がしたいだけなのだ。

そのちっぽけな欲望のために、こいつは平気で生徒の願いを踏みにじる。


奏:「思った通り、やる気のない教師だな」

ミラー:「どうする?92%の確率で嘘つき、そんなやつに屈服するのか?」


奏:「ここで、黙れば俺は、またあの夜と同じ無力な自分を肯定することになる」

ミラー:「それでいいのか?」

奏:「もうそれはごめんだ)

ミラー:「お前ならやれる!」

奏:「…そうだな。やってみるか。賭けるさ。最悪の目が出たとしてもな」

ミラー:「そうだ!前進しろ!」


俺はミラーとの通信を一方的にシャットアウトした。

そしてゆっくりと震える右手を持ち上げた。

そのたった一つの無謀な動きが、この教室の全ての視線を俺へと釘付けにした。


3-4◆正論という名の“凶器”◆

「…どうした、音無。何か意見があるのか?」


教壇の上から、烏丸が俺に問いかける。

その声には、まだほんの少しの驚きとそして厄介な生徒を、いなすかのような余裕が滲んでいた。

教室中の視線が突き刺さる。嘲笑、好奇心、そして侮蔑。

俺は、その全ての視線を、正面から受け止めて、ゆっくりと口を開いた。


「はい、先生」


俺の声は、自分でも驚くほど静かだった。

震えはもうない。

目の前のスクリーンに表示された【虚偽:92%】という絶対的な「事実」が、俺の臆病な心を冷たい、鋼鉄の論理でコーティングしていく。


「先生のおっしゃる通り、我々は“公平性”を、何よりも重んじるべきだ、と僕も思います。…だからこそ、お聞きしたい」


俺は、一度言葉を切り、烏丸のその胡散臭い笑顔を真っ直ぐに見据えた。

そして俺が持つ、唯一の武器を、彼のその偽りの鎧の僅かな隙間へと突き立てる。


「喫茶店という、企画は本当に“公平”なのでしょうか?」


烏丸の眉が、ピクリと動く。

俺の、視界の隅で彼のデータタグが【感情:自己満足】から【感情:疑問】へと、書き換わったのを、確認する。


「演劇であれば、役の大小という不平等が生まれる。先生はそうおっしゃいました。ですがその役割の不平等は、練習という『努力』である程度、埋めることができるかもしれません」

「しかし喫茶店は、どうです? そこでは接客の上手いコミュニケーション能力の高い生徒が、人気を集める。容姿の優れた生徒が、自然と中心になる。それは演劇における、主役と脇役の役割分担よりも、遥かに残酷で、そして個人の力ではどうしようもない、**“才能の不平等”**を、生徒たちにまざまざと、見せつけるだけの舞台にはなりませんか?」


俺は、最後のとどめを刺す。


「先生のおっしゃる『本当の協調性』とは、そういうことだったのでしょうか」


静寂。

烏丸は、何も言い返せない。

俺は、彼の「正論」という名の、その空っぽな武器を奪い取り、そしてその武器で彼の心臓を完璧に、貫いたのだ。

教室の淀んだ空気が、音を立てて、ひび割れていくのを、俺はただ静かに観測していた。


3-5◆観測者の、最初の“勝利”◆

静寂が、教室を支配していた。

それは、もはや怠惰な同意の沈黙ではない。

俺が、放ったたった一つの「正論」という名の凶器が、この淀んだ教室の「空気」を完全に凍りつかせたその結果だった。


俺は、教壇の上の烏丸を見つめ続ける。

彼の、その貼り付けたような笑顔は変わらない。

しかし俺の視界の中央に鎮座する、半透明のスクリーンは、彼の内面の無様な崩壊をリアルタイムで、実況していた。


【Target: 烏丸 剛志】

【感情:自己満足】→【感情:狼狽、焦燥】

【思考:混乱、論理の再構築に失敗】

【クラス支配率:72%】→【クラス支配率:35% (急落)】


…見ろ。

これが真実だ。

これがあんたが、隠していた醜い本音の正体だ。


やがて凍りついた、空気が溶け始める。

氷が軋むような、ひそやかな囁きが教室のあちこちから、聞こえ始めた。

「…マジかよ…正論すぎて、何も言えねえ…」

「てか、音無って、あんなに喋るやつだったんだ…」

「三好も顔、真っ赤じゃん…」

俺のスカウターが観測する無数の感情タグが【嘲笑】から【驚愕】へと、一斉に書き換わっていく。


完全に意表を突かれ、そして論理の逃げ道を全て塞がれた、烏丸は数秒間、無様に口をぱくぱくとさせた後、わざとらしく大きく咳払いをした。

「…ごほん。…まあ、色々な意見があるようだ。この件は、一度持ち帰ってまた明日、改めて話し合おう。今日のホームルームは以上だ」


それは、あまりにも分かりやすい敗走宣言だった。


終業を告げるチャイムが鳴り響く。

生徒たちが、ざわめきながら教室を出ていく。

しかし、俺は自分の席で、身動き一つできなかった。

心臓が痛いほど、速く、そして強く脈打っている。


(…俺がやったのか)

初めて、自分のたった一言で、この教室の「空気」を完全に支配した。

脳が焼き切れるような、全能感にも似た「快感」

しかし、同時に背筋が凍るような悪寒が俺を襲う。

俺はもう二度と、安全な「観客席」には、戻れない。

この教室の全ての人間から、異質な「脅威」として認識されてしまった、その絶対的な「恐怖」。


俺は、今日ここで初めて、このくだらないゲームのプレイヤーになった。

そして同時に、この教室の1軍プレイヤーたちを、敵に回したのだ。

そのあまりにも重い事実だけを、噛みしめながら、俺はただ一人、静かに息を殺していた。

最後まで、読んでくださり、本当に、ありがとうございます。

『教室リーグ』作者の京太郎です。


主人公が、初めて、その呪われた“眼”を世界に向ける。

物語の、本当の始まりであるこの第三話。

皆様の心に、彼がこれから見ていく世界のその歪みが、少しでも伝わっていれば幸いです。


呪われた“神の眼”を手に入れてしまった、主人公。

彼は、そのあまりにも強大な力を、どう受け止め、そしてどう使っていくのか。

次回、教室を支配する女王が動き出します。


少しでも、「面白い」「次が読みたい」と、思っていただけましたら、

下にある【★★★★★】での評価や、【ブックマーク】での応援を、していただけると、今後の、執筆の、大きな、励みになります。


これは「集英社小説大賞6」に応募中の作品です!!!

それでは、また、次の話で、お会いしましょう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

音無おとなし そうプロフィール

■ 基本情報

年齢:17歳(高校2年生)

所属:私立・洛北祥雲学園高等部 2年4組

立場:奨学金特待生

家族:父・音無智明(整形外科医)、姉・音無彩葉

性格:おとなしく控えめで、周囲の空気を読むのが得意。

口癖:「……別に、俺なんか」

■ 人物像

洛北祥雲学園に通う、目立たない普通の高校生。

けれどその内面は繊細で、人の感情や場の空気を過剰に敏感に察知してしまう。

過去のある出来事をきっかけに、なるべく波風を立てず「目立たない生き方」を選んでいる。

しかし、学園内に存在する複雑な階級社会や、

圧倒的なカリスマたちとの出会いを通して、

やがて彼は“ただの傍観者”ではいられなくなっていく。

■ 主な人間関係

*白瀬ことり(同級生・幼馴染)

小学校からの同級生で、唯一自然体で接することができる存在。

二人の間には、過去にまつわる複雑な想いがある。

*天宮蓮司(学園のカリスマ)

圧倒的な人気と影響力を誇るバスケ部キャプテン。

価値観は大きく異なるが、不思議な形で関わりを深めていく。

*久条亜里沙(エリシオンリーダー/白蓮会会長)

学園を裏から支配するカリスマ的存在。

彼女の策略と威光は、やがて奏の人生にも大きく影響を及ぼす。

■ 特徴とテーマ

周囲の「空気」に過敏で、衝突を避けようとする

それでも、大切なもののためには一線を越える決断をすることもある

「臆病者」でも「傍観者」でも終われない――その揺らぎが物語の核

■ キャッチコピー

「空気に支配される世界で、

俺はどんな“自分”でいられるのか。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ