【27】玉座のひび割れる音、女王の絶望と覚悟
27-1◆女王の逆転、そして魂の問い◆
「――それでは最終ステートメントに移ります!」
司会者の非情な声が響き渡った。
壇上に立つ、久条の顔には色がない。
誰もが、彼女の敗北を予感していた。
久条がマイクの前に立ったその時だった。
彼女の視線が偶然、観客席に座る一人の少女と交わった。
鳳麗奈。白蓮会の一年生。末っ子である久条亜里沙にとっては、唯一、妹のような存在である。
(嘘でしょ…?あの感情のない機械みたいな男に、私のお姉ちゃんが負けるはずがない…。そんなの絶対に認めない。亜里沙ちゃん。顔を上げて。あなたは私たちの女王でしょ…!)
普段は強気な鳳麗奈が、泣きそうな顔で、ただ必死に手を合わせ、久条の勝利を祈っていた。
その無垢な鳳麗奈の眼差し。それを見た瞬間、久条の心に何かが灯る。
(…そうよ。私が守りたいのは“制度”じゃない。“大切な人達の未来”だ)
彼女は対戦相手である本田に語りかけるのをやめた。
そしてカメラの向こうにいる百人の審査員たちに直接語りかける。
▼最終ステートメント(久条※以下、すべて英語)
「制度は人を守るためにある。ならば人を壊す制度は制度として間違っているのでは?」
「ここからは、カメラの向こう、アメリカにいる高校生審査員の皆さんへ問います」
「あなたの大切な人を深く傷つけるような真実があったとき、それが正義の観点から、公表すべき真実であったとしても、あなたなら”世界に向けて“真実”を叫べますか?」
「自分が同じ立場に立ったと仮定して、投票してください」
会場がどよめく。前列から後方まで、ざわりと波が走った。
それまで本田の論理に鎖で縛られていた空気が、わずかにほぐれていく。
斎藤が呻く。
「…無茶苦茶だ。対戦相手ではなく、審査員の感情に直接、訴えかけた…!」
柴田が前のめりになり、息を詰める。
「…変わった。今、一瞬だけ空気が揺らいだぞ」
そして俺は確信した。
(女王はまだ、沈んでなどいなかった)
続く本田の最終ステートメントは完璧だった。
▼最終ステートメント(本田※以下、すべて英語)
「感情は美しい。けれどそれは人を平等にはしない。私は誰にとっても同じ答えを導く原理を選びます」
その言葉は冷徹で、そしてどこまでも正しかった。
奏:「勝者は?……わからないな。ギリギリで本田か?」
ミラー:「ああ。今のは論理として非の打ちどころがない。女王の反撃が遅すぎたかもな」
司会者が、静かに、しかし確実に会場を制する声で告げた。
「――それでは、最終ジャッジを発表します」
会場の視線が一斉にスクリーンへ注がれる。
空気が一瞬、凍りついたように静まる。
心臓の鼓動だけが耳に響く――そんな錯覚さえあった。
足音も、咳払いも、誰一人として立てない。
司会者が間を置き、数字がゆっくりとスクリーンに表示され始める。
41対41……前列で誰かが小さく息を呑む音がした。
45対45……緊張は臨界点を超え、全員の瞳が一点に吸い寄せられる。
そして――最終結果が表示された。
【53 対 47】
司会者が叫ぶ!
「勝者は……京都代表!久条亜里沙!」
その瞬間、会場が爆発した。
拍手、歓声、悲鳴――あらゆる音が渦を巻く。
柴田が椅子を蹴る勢いで立ち上がり、斎藤が珍しく拳を握って笑う。
結城の頬には涙が光っていた。
薄氷の上を渡るような、大逆転勝利だった。
試合が終わり、互いに一礼したあと。
舞台袖で、久条と本田がすれ違う。
久条は、勝利の余韻を隠すように、微笑みながら言った。
「……私ともあろうものが、初めて少しだけ苦戦したわ、でもあなたの論理は少し冷たすぎるわ」
本田は淡々と、しかしわずかに口角を上げて返す。
「しかし、あなたの物語は少し…“都合が良すぎる”」
二人はそれ以上、何も言わず、逆方向へと歩き出した。
その背中からは、まだ火花の残り香が漂っていた。
27-2◆二連覇達成、その先にあるもの◆
15分の休憩を挟み、決勝戦が始まった。
関西大会の代表枠はすでに決定している。
だがこの場の頂点を決める最後の戦いに、会場の熱は冷めていなかった。
大阪府代表、関西教育大学附属高等学校・野見山修二。
京都府代表、洛北祥雲学園・久条亜里沙。
奏:「いつもの女王に戻ったな」
ミラー:「全国大会出場が決まって、安心したんだろうな」
試合は一方的だった。久条が繰り出す言葉は、観客と審査員の心を同時に揺さぶり、野見山の情熱的な論理を飲み込んでいく。
結果は――【71対29】
圧勝。女王は、自信を取り戻したまま頂点に立った。
昨年に続き関西大会二連覇。
その栄光を称える表彰式が終わると、俺たちは会場のロビーで落ち合った。
「いやー女王様、マジでかっこよかった!」
柴田が興奮気味に言う。
「準決勝、こっちの寿命、縮まったけどね!」
結城が、冗談めかして胸を撫で下ろした。
久条は涼しい笑みを浮かべ肩をすくめる。
「何を大げさな。女王が負けるわけないでしょう?」
しかし斎藤がその言葉に鋭く切り込んだ。
「あの女王様が結構、焦ってたように見えたがな」
久条は長い髪を払って、涼しげに笑う。
「苦戦は演出よ。…ギリギリの方がスリルがあって楽しいでしょ」
奏:「…女王は、いつでも女王らしい」
ミラー:「ああ。決して弱みは見せない。それが彼女の矜持だ」
山中が純粋な笑顔で、久条に駆け寄る。
「とにかく全国大会出場、おめでとうございます!久条さん」
「そうそう、勝てればそれでいいよな!」
柴田も続く。
その仲間たちの言葉に、久条のその完璧な笑顔が一瞬だけ揺らいだ。
「ええ。確かに、何とか勝てたわ」
仲間たちが息を呑む。久条は続ける。
「でも全国には、本田以上の強敵がいると聞いているわ…私にも何か対策が必要ね…」
その言葉は仲間たちへの、そして俺への新しい脚本の始まりを告げる合図だった。
27-3◆東京の天才、そして女王の絶望◆
関西大会から、わずか一週間後。
祇園のクラブ『Club Lotus』のVIPルーム。
久条亜里沙は、巨大なスクリーンに映し出される一人の少女を食い入るように見つめていた。
東京代表、神崎沙羅。その東京予選の映像だ。
隣に立つ斎藤が、冷徹に分析結果を告げる。
「…データは出揃った。東京予選の四試合、全て95得点以上での圧勝。…弱点が見当たらない」
ソファに座る鳳麗奈も、また勝負師の目で呟いた。
「…迷いがないわね、神崎さんの瞳。自分の正しさを、強さを微塵も疑っていない」
久条は何も言わない。
ただ画面の中で、完璧な弁論を繰り広げる、その少女の姿に、純粋に感心していた。
論理を突きつけるのではない。相手の言葉を受け止め、反転させ、逆に意見を自らの陣営へ引き入れる――そんな戦い方だった。
画面の中で神崎沙羅が、対戦相手を完膚なきまでに打ち破る。
神崎沙羅が堂々と聴衆を見渡し、笑顔で締めくくった。
その笑みは、挑発でも傲慢でもない。純粋な自信の証だった。
久条が静かに映像を止めた。
「彼女について…報告を聞かせて」
斎藤がファイルをめくりながら、淡々と続ける。
「東京・開明学館高等部二年。昨年は海外留学で不参加。今年が初の全国出場だ。…家柄はごく普通。両親とも公務員。後ろ盾はゼロだな。俺らと全く違う環境で育ってきた」
鳳麗奈がその言葉を引き継ぐ。
「だからこそ、強いのよ。彼女、私たちのような『生まれながらに全てを持つ者』に対して、おそらく敵意を持っている。彼女の武器は、そのハングリー精神、そのものだわ」
論理で敵を測る斎藤と、感性で本質を嗅ぎ取る鳳。
その二人が、揃って最大級の賛辞と警戒を贈る少女――神崎沙羅。
久条は小さく息を吸い込み、視線だけで続きを促した。
「他には?」
鳳麗奈が、間髪入れずに言葉を足す。
「神崎さんは、本物の叩き上げよ。学内ではディベート部の部長で、生徒会副会長。そして校内では誰よりも人気があるらしいわ。後ろ盾のないことを除いては、いわば女性版の天宮様のような存在ね」
久条の声がわずかに低くなる。
「弱点は?」
一瞬の沈黙。
その後、斎藤が端的に告げた。
「……現状、ない」
スクリーンの中で神崎沙羅の完璧な笑顔が凍りつくように静止している。
久条はその笑顔を見つめながら初めて自分以外の「異質な女王」の存在を明確に意識した。
だが彼女の心にあったのは恐怖ではない。
心の奥底から湧き上がる歓喜だった。
(退屈な戦いは終わった)
(ようやく私の魂を燃やすに足る相手が現れた)
27-4◆女王の最後の切り札◆
神崎沙羅の映像を前にした『Club Lotus』のVIPルームは、重い沈黙に支配されていた。
しばらくすると斎藤律が静かに、立ち上がった。
「悪いが、俺はそろそろ失礼する。東京の商社とのオンライン会議があるんでね」
彼は久条を励ますように、軽く肩を叩く。
「まあ俺らも、できることは何でもサポートするからよ」
斎藤はそう言うと、部屋を出ていった。
残されたのは、久条と鳳麗奈。
麗奈は静かにスマホを取り出すと、ある人物に電話をかけた。
「もしもし瑠璃さん?…ええ。亜里沙様がお待ちです」
電話を切ると、彼女は久条に向き直る。
「亜里沙ちゃん。今から音無奏の件で大事な報告があるわ。瑠璃さんに説明してもらうから、少し待っててね」
しばらくすると一条院瑠璃が、VIPルームに姿を現した。
その手には一通の厳重に封をされた封筒。
「亜里沙様。お待たせいたしました。…例の件の最終報告です」
久条は静かに頷く。
瑠璃は語り始めた。
音無奏の奨学金。その裏にあった学園と彼の父親との密約。
そして、その密約には何らかの「事件」があったはず。
そのあまりにも醜く、そして隠蔽された真実の全てを。
久条はただ黙って、その報告を聞いていた。
その完璧な笑顔は崩れない。
だがその瞳の奥で、何かが静かに壊れていくのを、鳳麗奈だけは感じ取っていた。
なぜ学園は音無智明に、便宜を図る必要があったのか???
全ての報告が終わった時、久条は、ただ一言だけ呟いた。
「…そう。それが彼の裏側なのね」
その声は、氷のように冷たかった。
27-5◆前夜の邂逅、2人の才媛◆
全国大会、前日の12月12日金曜日。
決戦の舞台となる天宮記念ホール。
久条は最終確認のため、その場所を訪れていた。
がらんとした客席。
静まり返った、灯の消えたステージ。
その神聖なまでの空気の中で、彼女は一人で精神を集中させていた。
その時だった。
舞台の反対側の袖に立つ、一人の少女に気づいた。
神崎沙羅だった。
彼女もまた、この戦場の下見に来ていたのだ。
二人の視線が初めて、交差する。
先に口を開いたのは、神崎沙羅だった。
彼女は太陽のような笑顔で、久条へと歩み寄る。
「あなたが洛北祥雲の久条亜里沙さん?噂はかねがね。お会いできて光栄です」
その言葉に久条は、女王の笑みを返す。
「ええ。あなたが東京の神崎さんね。わざわざ京都までご苦労様」
「素晴らしいホールですね。さすが天宮財団。…明日、この舞台であなたと戦えるのが楽しみです」
二人の間に静かな火花が散る。
言葉は丁寧。
しかし、その奥にあるのは、互いのプライドを懸けた戦士の覚悟。
久条は感じとる。
この女を倒してこそ、自分は本当の女王になれるのだと。
二人は静かに、一礼すると、それぞれの出口へと向かった。
明日から始まる2日間の決戦での再会を誓いながら。
第二十七話をお読みいただきありがとうございます。
作者の京太郎です。
今回はほとんどの物語を「女王」久条亜里沙の視点から描いてみました。
絶対的な強者の「驕り」生まれて初めての「絶望」そして全てを捨ててでも勝利を掴もうとする「覚悟」。
彼女はもはやただの敵役ではない。
この物語のもう一人の主人公です。
皆様の目には彼女の生き様はどう映りましたでしょうか。
絶望の淵に立たされた女王。
そして彼女が手に入れたあまりにも汚れた「最後の切り札」。
そんな彼女の前には、神崎沙羅という巨大な壁が立ちはだかります。
勝利のために彼女が選ぶ最後の一手とは?
敵と敵が手を組む。
次回から始まる全国大会編。
最高の物語を約束します。
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皆様の声が、何よりの力になります。
それでは、また次の話でお会いしましょう。




