【21】三人の王の舞台と無血開城
21-1◆ムードメーカーと聖女、そして配役の闇◆
月曜日の昼休みが終わると、俺は舞台技術チームを集め、週末の進捗を確認した
俺は自分のチームに指示を出すと教室を離れ、視聴覚室へと向かった。
そこでは、役者チームによる最初の本読み稽古が、行われている。
テーブルを囲み、役者たちが座ったまま、台詞とトーンを確認していく。
演出家の天宮、そして舞台監督の久条が、鋭い視線で彼らを見守っていた。
「…素晴らしいわ莉奈。そのオフィーリアの儚さ、完璧よ」
久条が褒める。
「斎藤くんのホレイショーも知的でいいね」
天宮が頷く。
ほとんどの役者は、週末の間に自分のセリフを完璧に頭に入れてきていた。
一人を除いては。
「えーと…『生きるべきか死ぬべきか?それが問題だ』…って言われても、俺まだ生きていたいです!」
主役ハムレット役の柴田が台本を放り出して、ボケる。
役者チームのみんなから、小さな笑いが起きた。
しかし久条の氷のような一言が、その空気を凍らせる。
「柴田くん。あなたの個人的な感想は聞いていないわ。台本通りに読みなさい」
その日の本読み稽古が終わり、時計の針が夜の九時を指す。
「今日は解散だ」という天宮の声に、生徒たちはぞろぞろと視聴覚室を出ていった。
やがて、教室には俺と彼女だけが残された。
白瀬ことり。
彼女は視聴覚室の前方に作られた即席の舞台の上で
自分のたった一言のセリフを何度も、繰り返し練習している。
そのあまりにも健気な姿。
俺はたまらず彼女に声をかけた。
「頑張っているな白瀬…なぜ引き受けたんだ。この役を」
「久条が自らのキャスティング能力を誇示するためだけに、おまえを指名した。断ることもできたはずだ」
俺のその問いにことりは、ゆっくりと振り返った。
誰もいない視聴覚室を静かに見つめる。
そして彼女は小さく呟いた。
「…観客席は遠いから」
「???どういう意味だ?」
そして彼女は、初めて俺の眼を真っ直ぐに見つめる。
その哀しげな微笑みは視聴覚室で、俺の心の全てを貫いた。
「舞台の上にいれば。同じ場所にいられる気がしたから」
「…それだけ」
俺は彼女のそのあまりにも、切ない告白にかける言葉を何一つ持っていなかった。
俺は無意識に彼女に観識スカウターを向ける。
彼女のその言葉の真意をデータとして理解したかったのかもしれない。
だが。
【ERROR: ACCESS_DENIED.】
【警告:対象は観測不能オブジェクトです】
やはりダメか。
この眼は、彼女の魂を覗くことを許されない。
俺はただその事実の重さに立ち尽くすことしかできなかった。
明日はいよいよ体育館で立ち稽古だ。
21-2◆王の気配り、そして最初の壁◆
翌日、火曜日の放課後。
今日も演劇の準備は続く。
放課後のチャイムが鳴ると、山中が興奮気味に話しかけてきた。
「なあ音無!やっぱ演劇にして、正解だったよな!喫茶店とかマジで退屈そうだったし!」
「…そうだよな。僕も、本当に充実感を感じているよ」
俺の同意に、山中は構わず続ける。
「だろ!?俺の役さあ、ハムレットの父の部下って地味だけどさ。結構、セリフあっておいしいんだぜ!これも、全部お前のおかげだよな!」
ミラー:「山中は心の底から、この文化祭を楽しんでくれてるな」
奏:「ああ。あのとき、粘って本当によかったよ」
その時だった。
俺たちの会話に、太陽が割り込んできた。
天宮蓮司だ。
彼は山中に向かって、にっこりと微笑んだ。
「山中くん、昨日の本読み、良かったよ。君の役は物語の鍵になる。期待している」
その王からの直接の言葉。
山中は顔を真っ赤にして、感激している。
俺は彼をスキャンした。
【Target: 山中 駿平】
【感情:純粋な感動(95%) 天宮への忠誠心、急上昇】
(…これが王の気配りか)
その後、俺と天宮、久条はそれぞれのチームと、短いミーティングを行った。
そして、いよいよ今日から始まる「立ち稽古」のため、体育館へと向かった。
もちろん、俺たちが使う体育館は天宮記念アリーナではない。
他の運動部が共同で利用する、ごく普通の体育館だ。
だが俺たちが体育館に到着した時。
舞台として使うはずのステージの上では、演劇部が練習をしていた。
その光景を見た斎藤の怒鳴り声が、響き渡る。
「おい小林!どういうことだ!これは!体育館の舞台を予約しておけと天宮に言われてただろ!」
練習場所の確保を担当していた制作チームの小林は顔面蒼白で震えている。
「す、すみません!うっかり忘れていました」
柴田も声を荒らげる。
「はあ!?俺たちのハムレットより、演劇部の練習が優先だってのかよ!」
ミラー:「…始まったな。最初のトラブルだ。制作チームのミス。つまり責任者は天宮蓮司か」
奏:「ああ。面白い。太陽王はこの最初の壁をどう乗り越える?」
俺は静かにその混沌を観測していた。
このクラスの本当の力が試される時が来たと感じながら。
21-3◆王の奇策、そして影の帝王の寝床◆
役者メンバー全員がパニックと不和の空気に包まれる。
その混沌の中心へと静かに歩いてくる男がいた。
天宮蓮司だ。
彼は、まず震える小林の肩にそっと手を置いた。
そして穏やかな声で言った。
「小林くん。大丈夫だ。君は何も悪くない。心配するな」
「制作の最終責任者である俺が予約の最終確認を怠った。悪いのは全て俺だ。本当にすまない」
そして彼は斎藤と柴田を見つめる
そのあとクラス全員へと向き直った。
その顔には、怒りも失望もない。
ただ太陽のような眩しい笑顔だけがあった。
「おいおい、なんだよ、その顔」
「たかが体育館が使えないくらいで、俺たちのハムレットは終わるのか?」
「俺たちが作ってるのはなんだ?完璧な舞台か?そうじゃないだろ」
「俺たちが作ってるのは『高校生活の最高の思い出』だ」
彼はそこで一度言葉を切る。
そして悪戯っぽく笑った。
「最高の思い出に、失敗はつきものだぜ?むしろ最高のスパイスだ」
「…さあ、どうやって、このスパイスを最高の料理に仕上げるか」
「それこそが俺たち、演出家の腕の見せ所だろ?音無くん」
そして彼はもう一度、斎藤と柴田の眼を真っ直ぐに見て言った。
「律、隼人、どこで練習したらもっと楽しいか?一緒に考えようぜ」
その一言。
そのたった一言で全ての不和は消え去った。
そこにはただ王への絶対的な信頼とそして「この人のためなら」という新しい団結の空気だけが残されていた。
ミラー:「…見たか奏。あれが王の器だ」
奏:「ああ。恐ろしいほどのカリスマだ」
俺はその光景を、ただ戦慄と共に観測していた。
そして彼は、俺の方へと向き直る。
「どこで練習したら楽しそうだと思う?音無くんの意見は?」
(…俺に振るな。俺はこういう時、面白いアイデアを出せないタイプの人間だ)
俺が答えに窮していると、クラスのあちこちから
「空き教室とか?」「中庭は?」などと平凡な意見が出始めた。
その空気を断ち切るように、天宮がパンと手を打った。
「新校舎の屋上で練習しよう」
彼のその一言に全員が、静まり返る。
「高いところで、外で大きな声出して、練習すると絶対に気持ちいいって。今日は最高の天気じゃないか」
そのあまりにも無邪気な提案に、最初に異を唱えたのは山中だった。
「いや天宮くん、そこは使えないって!」
柴田も慌てて付け加える。
「そうだぜ。天宮。そこは学園の裏ボスの根城だぜ」
(…裏ボス。轟木剛造か)
俺の脳内にミラーの声が響く。
奏:「おいミラー。正気かあいつ。自ら虎の穴に入るつもりだ」
ミラー:「あるいは虎を手なずける自信があるのかもな」
だが天宮は、全く動じない。
彼は、ただ太陽のように笑って言った。
「大丈夫だって。俺に任せとけよ」
その言葉には、誰も逆らえない不思議な力が宿っていた。
天宮はそう言うと役者チームと俺、そして久条を連れて歩き出した。
向かう先は新校舎の屋上。
影の王が支配する禁断の場所。
やがて俺たちは、屋上へと続く扉の前にたどり着いた。
そこには錆びついた文字で「立入禁止」と書かれている。
天宮は、その警告を無視して屋上の扉に手をかけた。
21-4◆太陽と影の協定◆
ギィと重い音を立てて扉が開く。
その向こうには影の王の王国が広がっていた。
夕日に染まるコンクリートの上。
轟木剛造、そして坂元要介を始めとした轟木一派のメンバーたちがいた。
屋上に持ち込んだソファに座り、花札をやっているもの、寝転がっている者。
轟木と坂元はダーツを楽しんでいたようだ。
その空気が突然ピリつきだした。
侵入者である俺たちを睨みつける、その視線は鋭い。
轟木は手に持っていたダーツをボードに突き刺すと、ゆっくりとこちらへ向き直った。
その巨体が動くだけで、周囲の温度が数度下がったかのような錯覚に陥る。
彼は俺たちを値踏みするように、一瞥するとその視線を天宮に固定した。
「お前は???…天宮じゃないか。何の用だ。ここは俺たちのシマだぜ」
轟木がゆっくりと一歩前に出る。
彼の後ろに控える坂元たちの肩に、緊張が走るのが見えた。
一触即発。
そのあまりにも危険な空気の中、しかし天宮蓮司は涼しい顔を一つも崩さない。
「やあ轟木先輩。ちょうどよかった。実は俺たち演劇の練習場所がなくて、困ってるんだ」
そのあまりにも場違いな言葉。
轟木一派の連中が「は?」という顔で互いを見合わせる。
坂元でも、その眉をひそめていた。
轟木も、その一瞬、言葉を失う。
「…はあ?」
天宮はそんな彼らの反応を楽しむように、言葉を続けた。
彼は轟木との距離を、さらに一歩詰め、まるで旧友に話しかけるように、その肩を叩いた。
「それで勝手なお願いなんだけど。この屋上の一部だけでいい。俺たちに少しの間だけ貸してくれないかな?先輩たちの邪魔はしないからさ。もし退屈だったら、よければ俺らの未完成で面白い劇のリハでも見物してくれよ?」
そのあまりにも無防備な提案に、最初に動いたのは坂元要介だった。
彼は轟木をかばうように一歩前に出る。
「剛造。別にこいつの戯言に付き合う必要はないんだぜ。まあ、俺らは剛造に従うけどよ」
しかし天宮は、そんな坂元の存在など、まるで意に介していない。
彼の視線は、ただ一人、轟木剛造だけを真っ直ぐに見つめている。
その瞳には絶対的な友好の色だけが浮かんでいた。
「俺らのリハの見学、それも悪くないだろ?」
長い沈黙が落ちた。
太陽のように輝く王と全てを拒絶する影の王。
二人の王が、静かに見つめ合っている。
その言葉に、轟木一派のNO2坂元要介ですら呆気に取られていた。
だが影の王、轟木剛造は違った。
彼はしばらく呆然としていたが、やがて腹の底から笑い出した。
「…はっ!面白い。お前、最高だな、天宮。俺らにそんなこと言うやつ、初めてだぜ」
「いいぜ。好きにしろ。俺らも別に特にここで何かをしてるわけじゃねえ。おまえらのリハ楽しませてもらうよ」
「これだけ広い屋上だ。自由に使えよ」
坂元も呆れたように、笑いながらそう付け加えた。
王と王の交渉はたった数分で終わった。
それも誰も血を流すことなく。
天宮は満足そうに頷くと、役者チームに向き直る。
「よし決まりだな!じゃあ早速始めようか!」
俺はその一部始終を、ただ戦慄と共に観測していた。
奏:「…ミラー。今の見たか。脅迫も交渉もなかった。ただ太陽がそこにいただけだ。それだけで影の王が折れた」
ミラー:「…理解不能だ。俺の論理回路ではこの現象は説明できない」
奏:「ああ。あれは、もはや人心掌握術などではない。世界の法則を書き換える神の御業だ」
俺はその中心に立ち、静かに思う。
(…とんでもないことになったな)
天宮が役者たちに指示を出し稽古の準備が始まったその時だった。
轟木の視線が俺の姿を捉えた。
轟木が、静かに俺のほうへ歩いてくる。
そして俺にだけ聞こえるような、低い声で言った。
「例の件どうなった???近いうちに報告に来いよ」
その瞳には天宮に向けるものとは、全く違う冷たい光が宿っていた。
21-5◆影の王の気配り、そして太陽王の完全勝利◆
こうして俺たちの演劇の稽古は、学園内で最も危険な場所で始まった。
屋上の半分では、轟木一派が寝転がりながら、俺たちを品定めするように見ている。
そしてもう半分では柴田や結城たちが、その異様な視線に怯えながら、ハムレットの最初のセリフを口にする。
あまりにも歪でそして滑稽な光景。
だが稽古は、当然うまく進まない。
役者たちは、轟木一派のその威圧感に、完全に萎縮してしまい、声は小さく動きは硬い。
これでは演劇どころではない。
その様子を轟木と坂元は、楽しそうに眺めていた。
十分ほど経った頃だろうか。
轟木がソファに腰掛けたまま、坂元に話しかけていた。
「おい要介。ありゃダメだな。ガチガチだ」
「いや。まあ当たり前か。俺たちがガン飛ばしてるからな」
坂元も笑っている。
二人は目を合わせると、何かを同意したように頷いた。
坂元がわざとらしく、大きなあくびをしながら立ち上がった。
「あ!そうだ!剛造。やべえ、忘れてた。俺たち、この後大事な用事があったんだった」
轟木も面倒くさそうに立ち上がる。
「そうだったな。行くか」
彼らのその突然の行動に、部下たちが何のことか?戸惑っている。
轟木は俺と天宮の方を見ると、片手を上げた。
「悪いな天宮、音無。俺らは今日、これで帰るわ。リハ頑張れよ」
そう言うと轟木と坂元は、一派を引き連れて、屋上から去っていった。
後に残されたのは、呆然とする俺たちだけだった。
影の王が去ったことで、屋上の空気は一気に緩んだ。
役者たちの表情にも、ようやく笑顔が戻る。
俺たちの奇妙な立ち稽古初日は、こうして静かに幕を下ろしたかに見えた。
だが俺の脳内だけは静かではなかった。
奏:「…ミラー。今の見たか?」
ミラー:「ああ。影の王の意外な『気配り』とでも言うべきか」
奏:「…轟木剛造。やはりただの脳筋じゃないらしいな。面白い」
奏:「…だがミラー。それだけじゃないぞ」
ミラー:「何がだ?」
奏:「結果を見ろ。轟木が自ら出て行ったんだぞ。そして天宮は一滴の血も流さず、轟木一派の機嫌も損ねず、この屋上を完全に俺たちのものにした。この恐ろしい成果に気づいているやつはいるのか?」
ミラー:「…言われてみれば…そうだな」
奏:「ああ。無血開城だ。あいつは全て計算ずくだったんでは?俺たちの前で轟木と対話し、あえて共存共栄を提案する。そして何となく、居心地の悪さを感じさせる。そして自発的に彼らに『気配り』をさせる。全ては太陽王の脚本通りだ」
俺はその底知れない男の器の大きさに、ただ戦慄していた。
第二十一話お読みいただきありがとうございます。
作者の京太郎です。
今回はついにこの物語の二人の王「太陽」と「影」が初めて直接対峙しました。
暴力でもなく策略でもない全く新しい形の王の戦い。
皆様の目にはどう映りましたでしょうか。
奇妙な協定が結ばれた屋上。
そこは演劇の稽古場であると同時に危険な火薬庫となりました。
水面下で進む女王の陰謀。
そして主人公が書き上げる逆転の脚本。
次回いよいよ文化祭の幕が上がります。
面白いと思っていただけましたら
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皆様の声が何よりの力になります。
それではまた次の話でお会いしましょう。




