【14】贈られた毒の林檎
14-1◆夕闇に舞う蝶◆
その日の放課後。
洛北祥雲学園の中庭。
夕陽が傾き、赤く染まる石畳の上で──
結城莉奈は、一人踊っていた。
取り巻きの二人、美尾敦子、福寿由紀乃は、少し離れてスマートフォンで撮影している。
俺は物陰から、彼女に〈観識〉の全機能を集中させる。
【Target: 結城莉奈】
【深層心理:強い葛藤】
【欲望A:ダンサーとしての成功】vs【欲望B:久条亜里沙との関係維持】
【現状分析:両立は不可能。時間的リソース不足】
彼女のダンスは、ただ上手いだけではない。
その動きの一つ一つに、観る者を惹きつける強い力がある。
しなやかな指先。流れるような腰のライン。
時折、見せる挑発的な視線。
それは、高校生という枠を超えた妖艶な魅力と色気に満ちていた。
中庭に吹き抜ける風が、彼女の髪を揺らし
そのシルエットは、まるで夕闇に舞う一匹の蝶のようだ。
物陰から、その光景を見ていた俺は思わず息を呑んだ。
ダンスなど、興味はなかったはずなのに
そのパフォーマンスからは、目が離せない。
(…これが彼女の武器か)
他のダンス部員のそれとは、明らかに違う。
男の視線を、釘付けにする天性の「色気」。
それは計算されたものではなく、彼女の奥底から自然と溢れ出る魅力なのだろう。
俺はタイミングを見計らい、彼女たちの前に姿を現した。
音楽を止め、汗を拭う結城は、少し警戒した表情を浮かべる。
「…何か用?」
最初に声を上げたのは美尾だった。
俺の姿を認めると、あからさまに警戒した表情を浮かべる。
「あんたみたいな観客席の人間が、莉奈ちゃんに気安く話しかけないでくれる?」
結城「いいのよ、敦子」
俺は、率直に告げる。
「君のダンスに見惚れてた。本当にすごい」
その言葉に、結城の頬がほんのり赤らむ。
「…そう?まあね。結構、練習してるから」
「ただ上手いだけじゃない。人を惹きつける力がある。特に…その女性らしさや表現力は群を抜いてる」
俺はあえて、言葉を選び、彼女の最も核心的な才能を褒め称える。
結城は、驚いたように俺を見つめた。
ただ「上手い」と褒められるのとは違う。
俺の言葉には、彼女の努力と才能を深く理解しようとする真剣さが感じられたからだろう。
「…あなた、意外と私のこと見てるのね」
その声には、警戒心だけでなく、ほんの僅かな期待のようなものが混じっていた。
俺は続ける。
「当然だ。あれだけの才能があれば、誰だって目を奪われる」
「君のTikTokいつも見てる。すごいな。プロを目指してるのか?」
その一言に結城の瞳が僅かに揺らぐ。
「まあね。高校生ダンス選手権で、優勝するのが今の目標」
「だろうな。君ならなれる」
俺は断言する。
そして彼女の心の最も柔らかな部分に触れる。
「久条さんのおかげでもあるんだろ?君の動画が最初にバズったきっかけ」
俺のその言葉に、結城の警戒心が完全に解けた。
「…よく知ってるわね。そうよ。亜里沙が広めてくれなかったら今の私はない。本当に彼女には感謝してる」
彼女のその言葉に、嘘はなかった。
スカウターが【久条への感謝:95%】と表示している。
俺は、その献身を肯定する。
「素晴らしい友情だ。だからこそ、悩んでいるんじゃないのか?」
結城「私が?何を悩んでいるっていうの?」
「君にはElysionという大切な場所もある。天宮や久条と同じ京都大学に行きたいんだろ?」
俺は、彼女の夢と現実、そして友情という彼女の全てを肯定する。
その上で、彼女が抱える矛盾をそっと指摘する。
結城は、俯き黙り込んだ。
その沈黙が、彼女の心の葛藤を物語っていた。
「俺が趣味で作ってみたヤマ勘の予想問題集だ。今回は当たりそうな気がするんだ」
俺は、静かに例の予想問題集を差し出す。
「これを使ってくれ。君の才能はもっと別の場所で輝くべきだ。こんな中間試験で足止めされている場合じゃない」
「俺は、君の夢を応援したい。そして君の才能がもっと多くの人に見つかることを願ってる」
結城は、顔を上げ、俺の目をじっと見つめた。
その瞳には、先ほどの警戒心はもうない。
代わりに感謝と、そしてこれまで、誰にも見抜かれなかった自分の内面を理解してくれた人間への信頼のような感情が宿っていた。
彼女は、そっと予想問題集を受け取ると小さく呟いた。
「…ありがとう。音無くん」
その声は、今まで聞いたどの言葉よりも、素直で、そして人間味に溢れていた。
俺は静かに、彼女に背を向け、中庭を後にした。
これで、女王の懐刀も、また俺の刃となるはずだ。
14-2◆女王の最初の疑念◆
結城を懐柔した翌朝の教室。
俺は、自分の席で静かに本を読んでいた。
だが俺の意識は、教室全体へと張り巡らされている。
俺が仕掛けた三つの罠。
その効果を、観測するために。
休み時間。
柴田が俺の席の近くを、通り過ぎる。
彼は一瞬だけ、俺を見るとニヤリと笑い、小さく片目を瞑ってみせた。
それは、新しい共犯者への合図のようだった。
その数分後。
今度は斎藤律が、俺の席の横で足を止めた。
彼は、何も言わない。
ただポケットから取り出した缶のドリンクを俺の机に置いただけだ。
それは、見たこともない海外製の高級なエナジードリンクだった。
そして彼は、俺にだけ聞こえる声で、静かにこう言った。
「…お前のシステム。面白い。見れば見るほど、適格だと予測できる」
「ベータテスト。最後まで、やりきってやる」
彼は、それだけを言うと自分の席へと戻っていった。
俺は、目の前のエナジードリンクを無表情で見つめる。
(…なるほどな。これが合理主義者のお前なりの「礼」であり「契約続行」の意思表示か)
そして結城。
彼女は一日中、俺と決して目を合わせようとしなかった。
だが、その態度の裏にある感情を、俺のスカウターは見逃さない。
【感情:罪悪感(60%) 安堵(40%)】
三者三様の反応。
俺の脚本は、完璧に進行している。
だが、その時だった。
俺は、一つの視線に気づいた。
教室の玉座から、向けられる冷たい視線。
久条亜里沙だ。
彼女は笑顔だった。
しかし俺は〈観識〉で彼女の思考の表層をスキャンする。
【Target: 久条 亜里沙】
【思考プロセス:パターン分析中…】
【検知:“想定外の変数(音無奏)”が自軍の幹部(柴田、斎藤、結城)の行動パターンに微弱な影響を与えている可能性。原因を特定せよ】
(…気づかれたか。さすがだ。早いな)
俺は内心で、舌打ちする。
(しかし女王陛下よ、俺の練り込まれた脚本の秀逸さに、いずれあんたは気付くはずだ)
俺と彼女の本当の戦争は、静かに始まっていた。
14-3◆女王の尋問、そして最初の違和感◆
その日の放課後。
茶道部室『祥雲庵』。
久条亜里沙は、その玉座で、静かにお茶を点てていた。
その前に座るのは彼女の側近、結城莉奈ではない。
莉奈の取り巻きである美尾敦子と福寿由紀乃だった。
女王から直接、呼び出されたのは、当然二人にとって初めてのことだ。
二人は極度の緊張で、顔を強張らせている。
莉奈本人には、この呼び出しのことは知らされていない。
「二人とも、いつも莉奈と仲良くしてくれてありがとう」
久条は完璧な笑顔で、二人に茶器を差し出す。
「あなたたちのような友達が莉奈にいてくれて、私も安心だわ」
そのあまりにも優雅な物腰に、二人の緊張が僅かに解ける。
久条は、その一瞬の隙を見逃さなかった。
「でも今日、莉奈の様子が、少しおかしかった気がするの」
彼女の声は心から親友を心配する響きを持っていた。
「何か悩みでもあるのかしら。あなたたち、何か知らない?」
しかし、その瞳は笑っていない。
氷のように冷たいその瞳が、二人の魂の奥底まで見透かしている。
女王からのその直接の問い。
美尾と福寿のような一般女子生徒が、それに嘘を突き通せるはずがない。
二人は顔を見合わせ、そして恐怖のあまり、全てを白状した。
昨日、中庭で音無奏が現れたこと。
彼が莉奈のダンスの才能と、その悩みを的確に言い当てたこと。
そして最後に彼が、莉奈に謎の「予想問題集」を手渡したこと。
久条は全ての報告を、静かに聞く。
「あなたたち、今日、ここでの私との会話、誰にも口外しないことよ」
美尾「も、もちろんです。久条様」
久条の表情は、変わらない。
(…音無奏)
(またあの男…)
(柴田くんも、斎藤くんも、そして莉奈まで。私の仲間たちが、全てあの男に懐柔されている)
彼女は確信する。
自分の完璧な王国に内側から、亀裂が入れられているという事実に。
そして、その亀裂を入れているのが、ちっぽけな石ころだと馬鹿にしていた存在。
だが不思議と彼女の思考は、怒りではなかった。
なぜ自らの感情が怒りへ向かわないのか?彼女自身も、まだ理解できていなかった。
全ての報告を聞き終えた久条は、優しく口を開いた。
「…そう。良かったじゃない。これであなたたちも莉奈も、天宮くんと同じ大学に行けるかもね」
福寿「いえ 久条さん、私たちがそんな、おこがましい」
「…その音無奏という男。少し興味が出てきたわ。一度、私がお茶にでも誘ってみましょうか」
14-4◆静かなる戦場、そして役者たちの舞踏◆
中間試験という名の、静かなる戦争が始まった。
中間試験の初日。
一限目の現代文。
教室は、水を打ったように静まり返っていた。
聞こえるのは、ペンが紙の上を滑る音だけ。
その音すらも、この静寂の中では一つのノイズだ。
俺は自分の席、教室のど真ん中で、静かに問題を解き進めていた。
俺自身も、またあの「完璧な予想問題集」で昨夜、徹夜で勉強してきたのだ。
解けない問題はない。
俺のペンは、一切の迷いなく解答用紙の上を滑っていく。
その時、俺はふと、背後に座る男の存在を意識した。
天宮蓮司。
(…こいつの答案を、スキャンできれば満点は確実だ。だが…)
俺は、すぐにその馬鹿げた考えを打ち消した。
天宮の席は、俺の斜め後ろ。
この静寂の中、振り返れば不自然すぎる。
試験中に背後を見るのは、怪しい。
(…それに無意味だ。俺には、完璧な予想問題集がある)
二日目の数学と歴史。
そして、最終日の英語と物理。
三日間に渡るその戦場で、俺はただ静かに、ペンを走らせ続けた。
俺の頭の中にある「完璧な予想問題集」。
その答えを、ただ解答用紙へと書き写していく。
それは、もはや試験ではない。
ただの「作業」だ。
そして、最終日の最後の試験が、終了するチャイムが鳴り響く。
解放感と疲労感に満ちた教室。
生徒たちが、それぞれの答え合わせを始める。
俺は、その喧騒の中で、静かに俺の柴田、斎藤、結城たちへと〈観識〉の焦点を合わせた。
【柴田隼人:感情、驚異的な自信、そして俺への感謝】
【斎藤律:感情、冷徹な確信、そして俺への興味】
【結城莉奈:感情、安堵、そして俺への信頼】
(…いい顔をしている)
彼らは今頃、俺が与えた「未来」をその手で書き写したことへの手応えを感じていることだろう。
そのことに気づいているのは、この教室で俺一人だけだ。
脳内のウィンドウを開く。
ミラー:「どうだった?お前の脚本の第一幕は」
奏:「…完璧だ。役者たちは脚本通りに踊ってくれた」
ミラー:「だろうな。で?結果が分かるのは一週間後か。待ち遠しいな。柴田、斎藤、結城からお前への評価が爆上げするはずだ」
奏:「ああ。その日こそが、本当のショーの始まりだ」
そして1週間後、いよいよ中間試験の結果発表当日が来た。
第十四話お読みいただきありがとうございます。
作者の京太郎です。
今回は「言葉」だけで人を支配する、その恐ろしさを描いてみたつもりです。
暴力よりも雄弁な共感。
脅迫よりも効果的な救いの手。
主人公のその歪んだカリスマが、皆様にどう映ったか非常に興味があります。
完璧な脚本は遂行されました。
あとは結果を待つだけです。
次回、第十五話、ついに中間試験の結果が発表されます。
果たして奏の仕掛けた毒林檎は、狙い通りの効果を発揮するのか。
そして全ての結果を知った女王、久条亜里沙は一体何を思うのか。
本当の戦争はここから始まります。
面白いと思っていただけましたら
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よろしくお願いします。
皆様の声が何よりの力になります。
それではまた次の話でお会いしましょう。
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大槻 理人
所属:洛北祥雲学園高等部 体育教師/バスケットボール部監督
年齢:39歳
肩書き:元プロバスケットボール選手
キャッチコピー:
《笑顔の“戦略家”/勝利に憑かれた指導者》
■ ビジュアル
身長183cm、引退後も鍛え抜かれた精悍な体つき
柔和な笑顔がトレードマーク
常にスポーツブランドのジャージ姿、周囲に「親しみやすい印象」を与える
■ 人物像
大槻理人は、洛北祥雲学園の**“勝利の象徴”**として迎えられた元プロ選手。
全国トップクラスの強豪バスケットボール部を率い、多くのスター選手を輩出してきた名将として知られている。
普段は温厚で生徒思いの指導者として振る舞い、保護者や教員からの信頼も厚い。
特に天宮蓮司を溺愛しており、その圧倒的な才能を「学園の誇り」として支え続けている。
しかし、学園内での評価の高さとは裏腹に、彼の過去にはいくつかの**“説明のつかない空白”**が存在する。一部の教員や卒業生の間では、「あの時期に何かがあったらしい」という噂が囁かれるが、公式には一切触れられていない。
■ 学園内での立ち位置
元プロという経歴と、全国上位を誇るバスケ部の実績により、学園内で絶大な発言力を持つ
体育教師であるが、授業はほとんど持たず、指導の大半をバスケ部に集中
理事会からの信頼も厚く、設備・資金・人材など多方面で優遇されている
一見すると「学園が最も頼りにする指導者」のように見えるが、彼の周囲にはどこか**“近寄りがたい緊張感”**が漂っている
■ 天宮蓮司との関係
天宮の才能を誰よりも早く見抜き、徹底的にサポートしてきた
表向きは「最愛の教え子」として尊重しているが、内心では天宮の成功に強い執着を抱いている節がある
学園関係者の間では、「大槻は天宮がいるからこそ今の立場を保てている」と噂されるほど
天宮自身は、なぜここまで特別扱いされているのかを深く考えてはいない
■ 音無奏との関係
過去の“とある出来事”をきっかけに大槻と奏の家族の間には見えない因縁があることが後にわかる。
■経歴
27歳 ケガにより、プロバスケ選手を引退
28歳 洛北祥雲学園高等部よりバスケ部顧問への誘いを受ける
29歳 体育教師 及び バスケ部監督として洛北祥雲学園高等部 就任
それ以来、大槻は高等部バスケ部を全国屈指の強豪に育て上げる
34歳 洛北祥雲学園初等部(小学校)のバスケ部の天宮のことを知る
37歳 天宮の高等部入学を嘆願
大槻就任以来、バスケ部はインターハイ、ウィンターカップで10年連続、全国大会出場




