【13】王国の騎士、二人堕つ
13-1◆元エースの傷痕、そして悪魔の共感◆
翌朝の教室。一限目の授業が始まって数10分後。
教室の後方のドアが勢いよく開く。
柴田隼人がやってきた。完全に遅刻だ。
「すみません、先生!昨日、海外ドラマ、観すぎて、身体がまだロサンゼルス時間です!」
彼のその堂々とした遅刻の言い訳に、クラスからくすくすと笑いが起きる。
すかさず、隣の席の斎藤律が冷静にツッコミを入れた。
「お前は、どこに住んどんねん」
その一言で、教室は爆笑に包まれた。
柴田隼人。
このクラスのムードメーカー。Elysionの大幹部。王の側近。
そしてこいつが俺の次のターゲットだ。
俺の脳内に、ミラーの声が響く。
ミラー:「最初の標的は、あのムードメーカーか。いい選択だ。彼の弱点は分かりやすい」
奏:「ああ。単純な男ほど御しやすい駒はない」
その日の放課後。
俺はサッカー部のグラウンドへと向かった。
フェンスの外から練習を眺めている男がいる。
柴田隼人だ。
自分がいるべきだったその場所を、彼はどんな思いで見ているのか。
俺は静かに彼に〈観識〉スカウターの焦点を合わせた。
機能C:思考残響観測メモリー・リーディングを起動する。
俺の脳内に、彼の記憶の断片が流れ込んできた。
中学時代のエースだった頃の輝かしいゴールシーン。
そして高校入学後、素行不良で、
監督と衝突し「もうお前は来なくていい」と告げられた日の雨の風景。
【感情:栄光(過去)、そして深い後悔(現在)】
(…なるほどな。これがお前の本質か)
俺は情報を得ると、静かに彼に近づき声をかけた。
「…やっぱり、好きなんだな。サッカー」
俺のその唐突な一言に柴田は驚いて振り返る。
「…音無?お前がなんでここに…」
その声には、以前のような侮蔑はない。
轟木一派に呼び出され、無傷で帰ってきた俺に対する畏怖と好奇心。
それが彼の態度を、明らかに変化させていた。
「別に。ただの散歩だ。お前こそ、何してるんだ?もう部外者だろ」
俺のそのストレートな言葉に、柴田は一瞬、顔を歪める。
そして自嘲気味に笑った。
「…うるせえよ。分かってるよ、そんなこと」
俺は続ける。
「お前ほどの才能があれば、今頃、ピッチの中心にいたはずだ。悔しいだろ」
「…だから、関係ねえって言ってんだろ!」
柴田が、声を荒らげる。
だがその瞳には、明確な痛みの色が浮かんでいた。
彼は、必死に話題を変えようとする。
「…いや。やっぱ、お前、すげえよ、音無」
「俺なら、あんなことできねえ。教師とか亜里沙とか、全員、敵に回して。
マジで尊敬するぜ。轟木さんとのことも、よくわからねえが、驚いたし」
その言葉に、嘘はなかった。
彼のスカウターには【本心からの尊敬】というタグが浮かんでいる。
俺はその言葉を、静かに受け流す。
「別に。俺のはただの自己満足だ」
そして俺は、初めて彼に真っ直ぐな視線を向けた。
「お前の方がすごいだろ。お前がいるだけで、クラスの空気が明るくなる。それは誰にも真似できない才能だ」
俺のその言葉に、柴田は一瞬、虚を突かれたように目を見開いた。
そして、照れくさそうに頭を掻く。
その時、彼のその明るい仮面の裏に、隠された本当の「悩み」が顔を出した。
彼は、ついに自らの弱点を俺の前に晒した。
「…それより問題は中間試験なんだよ!サッカーとか漫才どころじゃねえんだよ!」
その言葉に、柴田はハッとしたように顔を上げた。
そして堰を切ったように話し始めた。
「…亜里沙に言われたんだよ。Elysionは学力でも、トップじゃなきゃダメだって。
次の試験で赤点取ったら…どうなるか、分かってるんだろうなって…」
彼は、悔しそうに地面を蹴った。
俺は待ってました、とばかりに口を開く。
その声には、最大限の同情とそして彼への「理解」を込めて。
「…馬鹿げてるな」
「は?」
「お前は、芸人になるんだろ?未来のお笑いスターに赤点の一つや、二つ何の関係がある。久条さんは何も分かっていない」
俺のその言葉に、柴田は再び目を見開いた。
彼は初めて、自分の夢を肯定されたのだ。
俺は、彼に数10枚のレポート用紙を差し出す。
「…なら、これ使うか?俺が趣味で作った、ただのヤマ勘の予想問題集だが」
「お前が勉強なんかに、無駄な時間を使っているのを見るのは、俺も気分が悪い」
柴田は呆然とそれを受け取った。
「…音無。お前…」
「…もしこの予想問題集が役に立てば、俺も嬉しいよ」
「…なんで???」
「…未来のお笑いスターに、貸しを作っときたくてな」
「まあ。ただの気まぐれだ。じゃあな」
俺はそれだけを言うと、彼に背を向け立ち去った。
感謝の言葉など、必要ない。
俺が欲しいのは彼の魂、そのものなのだから。
13-2◆王国の頭脳、そして狩人の待ち伏せ
柴田と別れた後。
俺の足は自然と、次の戦場へと向かっていた。
脳内のウィンドウを開き、ミラーへと報告する。
奏:「一人目、確保」
ミラー:「見事な手際だ。で?次は誰だ?」
奏:「斎藤律だ」
ミラー:「情報はあるのか?あのITかぶれ」
奏:「ああ、昼間に観識しておいた。そして驚くことが、分かった。俺は、あいつらを少し誤解していたかもしれない」
ミラー:「何だと?」
奏:「Elysionはただプライドだけが高い集団じゃない。それぞれが本物の天才だ。
柴田が『笑い』の天才なら、斎藤もまた別の分野の天才だ」
ミラー:「面白い。で?斎藤は何の天才なんだ?」
奏:「到着してからのお楽しみだ」
その問いに俺は答えない。
俺はバスに乗り込み、京都の中心地へと向かっていた。
四条烏丸。
オフィスビルが立ち並ぶ、その一角にそれはあった。
ガラスと鋼鉄でできた未来的なタワー。
京都四条ゼロゲート。
天宮財閥が未来の価値を、生み出すために作った事業開発拠点だ。
WEBサイトによると
若き才能が集うIT企業やベンチャーキャピタルが入居する「新しい価値」をゼロから生み出す場所。
奏:「斎藤律は、このビルでインターンをしている。起業家の卵としてな」
ミラー:「ほう。高校生でか。確かに、ただ者じゃないな」
奏:「終了時刻は夜10時。それまで待つ」
ミラー:「待ち伏せか。いい趣味だ」
俺はビルの向かいにあるカフェに入り、一番奥の席に座った。
そこからなら、ビルのエントランスが全て見える。
俺の完璧な観測席だ。
時間の感覚が麻痺していく。
一杯のコーヒーで、二時間以上粘っただろうか。
時計の針が、22時を指す少し前。
俺はカフェを出て、ビルの前の闇へと溶け込んだ。
そして22時ちょうど。
狩りの時間だ。
13-3◆若きCEOと謎の投資家◆
夜10時4分。
京都四条ゼロゲートの自動ドアが静かに開く。
中から、現れたのは斎藤律だった。
彼はスマホで、誰かと話している。
その横顔は、学校で見せるそれとは違い、若きCEOのような自信と知性に満ちていた。
俺は斎藤を、もう一度、観識スカウターでスキャンする
【Target: 斎藤律】
【所属:2年4組 / Elysion(参謀役)】
【クラス内序列:Lv. 68(幹部クラス)】
【基本性格:超・合理主義者】
【学力レベル:C(理論優先・暗記軽視)】
【目標:IT分野での学生起業、若き経営者】
【特記事項:天宮財閥の関連IT企業でインターン中】
【弱点:プライド、自らの情報分析能力への過信】
【思考キーワード:“時間効率” “ビジネスモデル” 】
彼がビルから数歩、歩き出した時。
その視線が、街灯の影に立つ俺の姿を捉えた。
斎藤の足が止まる。
彼は、一瞬、驚いた顔をしたが、すぐに興味深そうな笑みを浮かべた。
彼は電話の相手に「また後で」と告げると、通話を切り、俺の方へとまっすぐに歩いてきた。
「音無奏じゃないか。奇遇だな。こんなところで何をしている?」
「別に。塾の帰りだ」
俺は、用意していた答えを返す。
斎藤は、俺のその言葉を信じたわけではないだろう。
だが、彼はそれ以上、追及せず、面白いおもちゃを見つけた子供のような目で俺を見た。
「こんなところで会ったのも、何かの縁だ。少し一緒に歩かないか」
意外なことに、斎藤の方から誘ってきた。
「俺は最近、少しお前に興味が出てきたんだ。ちょうどいい」
彼の声には、俺への侮蔑はない。
むしろ得体のしれないものを見るような好奇心があった。
俺たちは、並んで夜のオフィス街を歩き始めた。
静寂を破ったのは斎藤だった。
「お前、今日の昼休みも、俺たちのこと見てただろ。何を分析している?」
「別に。人間観察が趣味なだけだ」
俺はまず彼の脳内をスキャンしたデータを元に、先制攻撃を仕掛ける。
「ところで斎藤、お前、面白いものを作ってるみたいだな。未来のGAFAか?」
その一言に斎藤の目が鋭く光った。
「…お前がそういう話に興味があるとはな」
斎藤のその問いに、俺は初めて、口元を緩めた。
「今の時代、学歴より実績と経験だ。俺もそう思う」
俺は、彼の哲学を肯定してみせる。
すると彼は、待ってましたとばかりに本音を漏らした。
「だろ?だから中間試験なんて、本当に時間の無駄だ」
俺はその言葉を待っていた。
「だが斎藤。お前は、一つ見落としているんじゃないか」
「日本の社会では、いい大学の卒業証書はそれだけで『信用』という名の最強の武器になる。それはお前が、将来ビジネスを始める上での最高の『初期投資』だ」
「お前にとって、中間試験は勉強ではない。最小のコストで最大のリターンを得るための『投資活動』なんだよ」
斎藤「…なるほど。そういう考え方も、一理あるな」
「それにだ。ビジネスには人脈が必須だ。一流大学を出ていると、それだけで同じ大学の先輩起業家からも可愛がられる」
俺のその言葉に斎藤の足が止まる。
斎藤「…おまえ、なかなか面白いことを言うな。意外だな」
彼は俺をただの同級生ではない「自分と同じ視点を持つ人間」だと認識し始めたのだ。
彼は、悔しそうに呟く。
斎藤「…だが、俺はその『コスト』を払う時間が惜しい」
俺は、静かに微笑んだ。
「その『コスト』を限りなく、ゼロにする方法があるとしたら…興味はあるか?」
斎藤の目が大きく見開かれる。
「…どういう意味だ?」
俺は例の予想問題集を彼に差し出す。
「俺が作った教師の心理分析による試験予測システム。そのベータ版から出力した予想問題集だ」
斎藤「…アルゴリズムは?」
奏「それは言えない。企業秘密だ。いわばブラックボックスだな」
奏「だが結果は出せるはず。この中間試験予想問題集。その的中率を俺のシステムの優秀さの証明にしたい。信じるか、信じないか。君のその合理的な頭で判断しろ」
斎藤「俺にこれを試してみろと?」
奏:「だからベータテストなんだろう?試してみても何の損もないだろ?」
斎藤は、しばらく俺とレポートを交互に見ていた。
そして、彼はそのレポートをひったくるように受け取った。
企業秘密だという、そのレポートを斎藤は受け取り、俺の顔をじっと見つめた。
その瞳には、もはや侮蔑はない。
ただ未知のテクノロジーと、それを生み出した男への純粋な好奇心だけがあった。
斎藤「もし、これが的中していたら、お前のことを認めてやるよ」
13-4◆女王の懐刀、そしてその弱点◆
翌朝の教室。
俺が席に着くと、すぐに二人の男がやってきた。
柴田隼人と斎藤律だ。
昨日までの彼らとは、明らかに違う。
どこか、ぎこちない尊敬の念が、その目に宿っていた。
「音無。昨日はサンキュな。アレを使って、たまには真面目に勉強しようと思う」
柴田が、頭を下げる。
その隣で、斎藤が静かに言った。
「…この借りは必ず返す。しかし精度が証明されてからだ」
彼らは、それだけを言うと、自分の席へと戻っていった。
教室中の生徒たちが、その光景を信じられないものを、見る目で見ていた。
俺の脳内にミラーの声が響く。
ミラー:「大幹部2名を攻略できそうだな。見事な手際だ。残るは結城莉奈だけだな」
奏:「ああ。どう懐柔するか…まずはデータ収集だ」
俺の視線は、教室の中心で取り巻きと談笑する結城莉奈へと向かう。
俺は彼女に〈観識〉スカウターの全機能を集中させた。
彼女の魂を丸裸にするために。
【Target: 結城 莉奈】
【クラス内序列:Lv. 67(Elysion幹部)】
【学力レベル:C-(見栄で維持)】
【特技:ダンス(SNSでの影響力A+)】
【価値観・こだわり:イケてるグループへの所属、イケてる男子との交友】
【深層心理:久条亜里沙への強い依存。彼女と同じ世界に居続けたいという渇望】
(…なるほどな。結城の弱点。)
俺がそう分析していると、結城たちの会話が聞こえてきた。
取り巻きの一人、美尾敦子が言う。
「莉奈ちゃん、今日の放課後TikTokの撮影どうする?」
「もちろんやるわよ。学校の中庭へ行くわよ。次のダンス選手権で、優勝するためにもっとバズらせないと」
結城は、自信満々に答えた。
(…放課後、中庭。ここだ。ここで彼女を懐柔する)
俺は、静かに次のゲームの脚本を練り始めていた。
そして、放課後を告げるチャイムが鳴り響く。
しばらくしてから、俺は中庭へと向かった。
第十三話お読みいただきありがとうございます。
作者の京太郎です。
今回は、奏の新しい戦い方「懐柔」を描いてみました。
敵を倒すのではなく、その心を支配し自らの駒へと変える。
彼のその悪魔的なまでの手腕に皆様は何を感じたでしょうか。
彼の掌の上で踊らされる二人の大幹部の姿を楽しんでいただけていれば幸いです。
Elysionの幹部はあと一人。
女王の最も近くに仕える最強の懐刀「結城莉奈」。
彼女は、柴田や斎藤のように単純な弱点だけで堕とせる相手なのか。
次回、奏の最後の調教が始まります。
面白いと思っていただけましたら
下にある【★★★★★】での評価
そして【ブックマーク】での応援
よろしくお願いします。
皆様の声が何よりの力になります。
それではまた次の話でお会いしましょう。
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長峯 昌吉
所属:洛北祥雲学園高等部 一年三組
年齢:16歳
肩書き:バスケ部スーパールーキー
家柄:一般家庭出身(工務店経営)
入学形態:スポーツ特待生(奨学金入学)
キャッチコピー:
「不良にも、天才にも愛される、洛北祥雲の“未来のエース”」
■ ビジュアル
身長179cm / 体重70kg
高校1年生とは思えない完成された体格と爆発的なジャンプ力
日焼けした健康的な肌、黒髪ショート
朗らかな笑顔と親しみやすい雰囲気で、誰とでも打ち解けるタイプ
■ 人物像
小学生の頃から近所の轟木剛造に憧れ、自然と弟分ポジションに
轟木の影響で、喧嘩もそこそこ強いが、本人は争いを好まない
明るく人懐っこい性格で、学園内でも先輩・後輩を問わず人気者
バスケットボールの才能は突出しており、中学時代から全国区レベルの実力
高校ではスポーツ特待生枠で入学、入部早々にバスケ部のレギュラー争いに食い込む超新星
■ 学園内での立ち位置
洛北学園の優等生社会において、例外的な“特待生スポーツエリート”
兄貴分の轟木と共に、不良グループにも出入りする
しかし、天宮蓮司に才能を認められたことで、スクールカースト上位とも繋がりを持つ
結果、不良・エリート・バスケ部エース層のすべてに可愛がられる稀有な存在
■ 轟木剛造との関係
幼少期からの絶対的な兄貴分と弟分
轟木の豪快さに憧れ、何かと真似をしたがる
しかし天宮からの影響も受けており、「頭を使った駆け引き」にも興味を持ち始めている
坂元からは「お前は轟木に似すぎるな。ちょっと冷静さを覚えろ」と釘を刺されることも
■ 天宮蓮司との関係
天宮は昌吉の身体能力とセンスを非常に高く評価
練習後にフォームを個人的に指導するなど、兄のように可愛がる
昌吉自身も天宮を“もう一人の兄貴”として尊敬している
■ キャラクター総評
長峯昌吉は、洛北学園でも珍しい**「不良とエリートの橋渡し役」**。
スポーツ特待生という“異物”でありながら、圧倒的な才能と人懐っこさで、どのコミュニティにも受け入れられている。




