【10】道化の退場、そして影の帝王の足音
10-1◆道化の言い訳、そして王国の亀裂◆
翌朝の教室は、昨日の事件の噂で持ちきりだった。
俺が教室に足を踏み入れた瞬間、いくつかの視線が俺に突き刺さり、そしてすぐに逸らされる。
スカウターのパッシブスキャンが、教室に渦巻く無数の感情データを表示する。
畏怖、好奇心、侮蔑。
そしてその全ての中心にいるのは、俺と三好央馬だ。
(…なるほどな)
俺は心の中で、静かに呟く。
(噂という火は、俺が思っていたよりも、燃え広がるのが早いらしい)
(この分だと、俺が何か、仕掛ける必要はなさそうだ。時間の問題だろう。この話が、轟木剛造の耳に入るのは)
俺がそう分析している、まさにその時。
渦中の男、三好央馬が、わざと大きな声で、自らの「武勇伝」を語り始めた。
彼はElysionの精鋭たち…柴田、斎藤、そして結城莉奈を前に、必死に自分の正当性をアピールしている。
「だから俺は、教育してやったんだよ。あの生意気な一年坊主にな」
「最近の奴らはなってない。天宮くんの偉大さが分かってねえ。俺がElysionの代表として、分からせてやる必要があったんだ。これも全部、天宮くんのためだ」
俺は観客席から、その滑稽な独演会を観測する。
スカウターが、彼の本性を表示する。
【Target: 三好 央馬】
【感情:虚勢90% 自己正当化95%】
【思考:“俺は間違ってない。俺は悪くない”】
その哀れな自己弁護を、最初に断罪したのは、柴田隼人だった。
彼はスマホから、一切、顔を上げない。
ただ心底、軽蔑しきった声で、一言だけ吐き捨てた。
「…ダセェな、三好」
「結局、お前抵抗しねえ一年と、ヒョロい陰キャにビビって、逃げたんだろ?天宮くんの名前、汚すなよ」
次に口を開いたのは、斎藤律だ。
彼はタブレットから、冷たい視線を上げる。
「三好。その君の行動によるElysionへの支持率の損失は、マイナス12%だ。どう責任を取るつもりだ?」
そして、最後にとどめを刺したのは、結城莉奈だった。
彼女は完璧な笑顔のまま、立ち上がり三好の耳元で囁く。
恋人のように甘い声で。
「三好くん。その面白い武勇伝は、また今度聞かせてくれる?」
「週末の天宮くんの試合を、Elysionで応援に行く件で、亜里沙から連絡があるみたいで」
「そろそろ行かないと。女王陛下を、待たせるわけにはいかないでしょ?」
三者三様の冷徹な刃。
それに、貫かれた三好の顔から、血の気が引いていく。
彼は、もう何も言い返せない。
自分が所属する王国から、完全に見限られたのだ。
その事実を、彼は今ようやく理解した。
俺はその光景を、静かに観測していた。
道化の役目は、もうすぐ終わる。
あとは処刑人が、現れるのを待つだけだ。
10-2◆女王が見る景色◆
その日の昼休み。
俺が学食の片隅で、日替わり定食を食べていた、その同じ時間。
久条亜里沙は、全く別の世界にいた。
本館の裏手に、ひっそりと佇む茶道部室『祥雲庵』。
その古風な木の引き戸の向こう側は、彼女のためだけに用意された現代的なスイートルームだ。
一分の隙もなく、磨き上げられた琉球畳。
静かに、空気を冷やす最新式のエアコン。
そして壁際に設えられたミニバーには、高級なグラスが並んでいる。
こここそが、彼女の本当の「玉座」だった。
久条は、その玉座で優雅に昼食を摂っていた。
彼女の周りには、結城莉奈をはじめとした、選ばれた数人のElysionの精鋭たちが控えている。
「亜里沙」
結城が、心配そうに口を開いた。
「昨日の三好くんと音無奏の件、このままにしておいていいの?」
久条は、完璧な笑みを崩さない。
「ええ、構わないわ。あんなくだらないもめごと、天宮くんの耳に入らなくてよかったわ」
彼女は続ける。
「幸い、彼は本日、欠席なのだから」
結城は、意外そうな顔で聞き返した。
「そうね。今日は天宮くん、来てないわね。何か特別なご予定でも?」
その問いに、久条は待っていましたとばかりに、口元を綻ばせた。
それは、自分だけが知る世界の真実を、愚かな民に教え諭す女王の笑みだった。
「岡崎に新しくできる天宮財団のコンサートホールがあるの。その設立記念式典よ」
彼女は、一旦言葉を切る。
「今日は総帥であるお父様に『将来の跡取り』として付き添っているの。
国内外の政財界の重鎮や文化人たちが集う懇親会。そこで彼は帝王学を学んでいるのよ」
久条は、優雅にお茶を一口飲む。
そして、こう締めくくった。
「いいこと莉奈。私たちが戦っているのは、たかが学校内のちっぽけな椅子取りゲーム。
でも天宮くんは、これからもっともっと大きくなって世界中で活躍する人間なの」
結城たちは、もはや何も言えなかった。
ただ天宮がいる世界のあまりのスケールに呆然とするだけだった。
久条は最後にもう一度、締めくくる。
「だから、こんなちっぽけなもめごとを、今後も天宮くんの耳に入れる必要はないのよ」
10-3◆処刑人の訪問、そして道化の土下座◆
その日の放課後。
最後のホームルームが終わった直後だった。
ガラッと、乱暴に教室のドアが開かれた。
そこに立っていたのは、見慣れない男。
しかし、その顔を俺は知っていた。
轟木剛造一派のNO2、坂元要介だ。
彼の後ろには、屈強な三年生が数人、立っている。
教室の空気が、一瞬で凍りついた。
坂元は、氷のような瞳で教室全体を見渡す。
そして静かに、しかし有無を言わせぬ声で言った。
「このクラスに三好央馬とかいう男がいるな。…どいつだ?」
誰も答えない。
クラス中の生徒が、怯えたように顔を伏せる。
三好自身も、顔面蒼白になり必死に、気配を消していた。
坂元は、つまらなそうに舌打ちすると、一人の生徒に目をつけた。
クラスの隅にいたヤンキー風の男、熱田真之助だ。
坂元は熱田の元へゆっくりと歩み寄る。
そして何の躊躇もなくその胸倉を掴み上げた。
「おい、お前。三好はどれだ。指を差せ」
熱田は一瞬、抵抗しようとした。
だが坂元のその底なしの瞳に見つめられ、完全に戦意を喪失した。
彼は震える指で、教室の隅を指差した。
「…あいつです」
全ての視線が、三好に突き刺さる。
もう逃げ場はない。
坂元が、静かに言う
「おまえが三好か?なぜ、俺たちがここに来たか?わかるよな?」
三好は、観念したように、その場に崩れ落ちた。
そして、額を床にこすりつける完璧な土下座をした。
「も、申し訳ありませんでした!」
その三好の見事な土下座、クラス全員が目撃してしまった。
坂元は、その哀れな姿を冷たく見下ろす。
そして、彼はたった一度だけ、その足を振り上げた。
ゴッと鈍い音が響く。
坂元の蹴りが、三好の腹部にめり込んだ。
三好は蛙が潰れたような、声を上げて床を転がる。
坂元は、顎で部下たちに指示を送る。
部下たちは、悶絶する三好の両脇を抱え引きずるようにして、教室から連れ去っていった。
まるでゴミを処分するように。
坂元は、最後に一度だけ、教室全体を睨みつけると、静かにドアを閉めた。
後に残されたのは、唖然とするクラスメイトたち。
そして、その一部始終を冷たい瞳で、観測していた俺だけだった。
(…脚本通りだ)
俺は心の中で、静かに呟いた。
(哀れな道化は、舞台から退場した。俺がその脚本を書いた。ただそれだけのことだ)
10-4◆王の尋問そして託された夢◆
坂元に引きずられ、俺のクラスから連れ去られた三好央馬。
彼がたどり着いたのは、新校舎の屋上だった。
フェンスに囲まれただけの殺風景なコンクリート。
そこは轟木一派だけが知る彼らの「城」だ。
三好は、そこに無様に投げ出される。
彼の周りを、轟木一派の三年生たちが静かに取り囲む。
逃げ場はない。
三好は恐怖に震えながら、顔を上げる。
「な、何ですか?一体…!?俺が何か…?」
そして彼は見た。
夕日を背に受け、給水タンクの上に王のように座る男のシルエットを。
轟木剛造。
傍らには、腕を組み、仁王立ちする坂元要介。
静寂を破ったのは坂元要介だった。
彼は三好の胸ぐらを掴み、引きずり起こす。
そして轟木剛造の足元へと突き出した。
「とぼけるな三好。昨日、放課後、一年坊の長峯に手を出しただろうが」
「剛造。こいつが三好だ」
轟木剛造は初めて、その重い口を開く。
その声には意外なことに、怒りはない。
ただ奥底に静かな炎が、宿っている。
「なあ、三好」
轟木剛造は、ゆっくりと語り始めた。
「俺は、長峯のこと、弟みてえに思ってるんだ。俺が柔道で果たせなかった夢を、
長峯はバスケで叶えられるかもしれねえ。俺は、あいつに託してるんだよ」
「だからあいつには、しょうもないことで潰れてほしくねえ。
この学校で、奨学金受給者だってことは絶対に言うな!と俺は再三、忠告してたんだ。言ったところで、いいことねえからな」
轟木剛造は、ゆっくりとしゃがみ込む。
そして三好の目をじっと見据えた。
「…お前、なんで、それを知ってたんだ?」
「まさか、長峯が自分から言うわけねえからな」
その言葉に、三好の顔が僅かな希望に歪んだ。
彼は、これが尋問であると同時に、命乞いのチャンスであると瞬時に理解したのだ。
彼は這いつくばったまま、必死に制服のポケットを探る。
そして震える手で、一枚の小さなメモを取り出した。
「こ、これです!俺がやったんじゃない!」
「こいつが!こいつが俺の机に!」
「だから俺は、ただ事実を…!」
三好は無様に、そのメモを轟木剛造の足元へと差し出す。
坂元要介がそれを受け取り、そして轟木剛造へと手渡した。
轟木剛造は、そのメモを受け取る。
そして、そこに書かれた無機質な一文を静かに読み上げた。
「長峯昌吉は奨学金野郎」
轟木剛造の瞳に、明確な怒りの色が宿った。
彼は、そのメモをゆっくりと握り潰す。
そして三好へと、最後の問いを投げかけた。
「…要介。こいつ誰から、聞いたか吐かせるぞ」
「ああ剛造。やり方は任せろ」
10-5◆尋問と次なる標的◆
「おまえ、誰からこのメモをもらった?」
坂元のその問いが、夕暮れの屋上に響き渡る。
三好は、答えられない。
答えるべき事実を、彼が持っていないからだ。
「わからないんです。本当です」
「…さっさと誰から、聞いたか?言えよ!」
坂元の声が、地響きのように、三好の鼓膜を震わせた。
「本当に知らないんです。メモは机の中に入ってただけなんです」
坂元要介が、隣に立つ部下の一人、高島へと顎をしゃくる。
高島は、静かに頷くと、三好の元へと歩み寄った。
そして無言のまま、その屈強な拳を、三好の腹部へとめり込ませた。
「ぐぶっ…!」
三好は胃液を吐き出し、床を転がる。
しばらく高島から三好への暴行は続く
「おまえ、本当に知らねえのか?」
坂元の声は、氷のように冷たい。
「お、俺は本当に知らないんです!」
「このメモが机に…あの朝、入ってただけなんです!」
三好の悲鳴は、本物だった。
坂元は、その表情から三好が、本当に何も知らないことを読み取った。
轟木は、つまらなそうに舌打ちをすると、質問を変えた。
「…じゃあ聞くが、三好」
「このことを、お前以外の誰が知っている?」
その問いに、三好は一瞬の躊躇もなく、即答した。
まるで蜘蛛の糸に、飛びつくように。
「冨田と田原です!俺のダチの二人だけです!」
自分の仲間を売るのに、彼はコンマ1秒もためらわなかった。
その哀れな姿に、轟木は静かに立ち上がる。
そして、一言だけ命じた。
「要介。その二人を今すぐ、ここに連れてこい」
坂元は、高島に目配せする。
「高島。三好に付いていけ。そして一緒にその二人をここに連れてこい」
「はっ」
高島たち、轟木一派の三年生は、三好を引きずりながら屋上を出ていく。
後に残されたのは、轟木と坂元二人だけとなった。
夕日が、彼らの長い影を作る。
静寂の中、轟木がぽつりと呟いた。
「…要介。もう一つ、気になることがある」
「なんだ?剛造。協力するぜ」
「昨日、三好と揉めていた長峯を偶然、助けてくれた奴がいるらしいな」
坂元が答える。
「ああ。二年の音無奏とかいう陰キャらしい」
轟木は、夕日に染まる街を見下ろしながら、静かに言った。
「音無…そうか」
「そいつにも、一度会ってみてえな。礼を言いたい」
その言葉と二人の短いやり取りが、夕暮れの屋上に重く響き渡った
第十話、お読みいただきありがとうございます。
作者の京太郎です。
これは「集英社小説大賞6」に応募中の作品です!!!
今回は、三好編のクライマックスであると同時に
次なる物語への橋渡しの回でした。
轟木剛造、そして坂元要介。
新しい怪物たちが、登場し物語はさらに複雑になっていきます。
皆様に楽しんでいただけていれば、幸いです。
自らの脚本で、哀れな道化を断罪した主人公。
しかし、その脚本は彼自身をさらに巨大な影の帝王の前へと、引きずり出してしまいました。
「礼を言いたい」
轟のその言葉の真意とは。
次回、音無奏と轟木がついに邂逅します。
面白いと思っていただけましたら
下にある【★★★★★】での評価
そして【ブックマーク】での応援
よろしくお願いします。
皆様の声が何よりの力になります。
それではまた次の話でお会いしましょう。
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結城 莉奈
年齢:17歳(高校2年生)
所属:洛北祥雲学園高等部 2年4組
立場:久条亜里沙の最も近しい側近/クラス内エリシオンNO2
家柄:全国展開する大手アパレルメーカー「YUKI Holdings」の社長令嬢
性格:自由奔放・自信家・計算高い
キャッチコピー:
「久条亜里沙の“右腕”にして、舞台と教室を支配するカリスマ」
■ 人物像
幼少期からクラシックバレエを学び、中学でコンテンポラリーダンスに転向
現在は「プロダンサー志望」で、国内外のワークショップにも頻繁に参加するほどの実力者
その表現力は舞台上だけでなく日常にも滲み出ており、 “高校生離れした色気” で周囲を圧倒
SNSでも数万人のフォロワーを抱え、ファッションやダンス動画はたびたびバズる
クラス内スクールカースト最上位「エリシオン」でも、久条亜里沙の片腕として強い発言力を持つ
■ 久条亜里沙との関係
亜里沙とは小学校時代からの幼馴染で、互いに絶対の信頼を置いている
亜里沙が「戦略家」であるなら、莉奈は「実行者」
情報収集・噂操作・人心掌握、どれも得意で、エリシオンの求心力を支えている
時には亜里沙の代わりに“矢面”に立つことで、彼女を守る役割も担う
■ 音無奏との関係
当初は存在すら認識していなかったが、奏が次々と状況をひっくり返すのを見て、興味を隠せなくなっていく
表立って敵対するわけではないが、彼女の背後には常に亜里沙の影があり、奏にとっては侮れない存在
高校生とは思えない大人びた色香と自信、そして冷静な観察眼――奏にとって彼女は最も読みにくいタイプの人間




