第3話 騎士団からの依頼
2025/5/5 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
なにとぞよろしくお願い致します。
妖怪バァさんが経営してる〈隠れ家ミツバ〉は夜間営業だ。
つまり昼の今時分には開いていない。
「こちとら夜の蝶だっつってるだろーがボンクラ勇者。なに準備中に堂々と飯食いに来てんだテメー」
咥え煙草にすっぴん。
顔を土気色にした妖怪バァさんがカウンターからツカツカやってきて、俺に憎まれ口っつーよりただの悪口を浴びせかけた。
「うるせーな。ツケ払えそうだったから急いで来てやったんじゃねーか。あと誰のどのへんが夜の蝶?百歩譲っても蛾だろ、コレおかわり」
この程度慣れたもんだ。
対するテーブル席の俺も負けじと言い返しながら皿を差し出す。
本来5、6人で使うデカいテーブルの上には、俺がここ最近摂りたくても摂れなかった肉や卵を気前良く用いた賄い飯が並んでいた。
何の肉かも何の卵なのかも知らんが、こっちも元の世界と食ってるもんは大して変わりゃしないので無問題。
ていうかいちいち気にしてられっか。
「誰が蛾だコラァ!つーかおかわりじゃねーよ!どんだけ食やァ気が済むんだテメーは!ウチゃ定食屋かァ!?」
「経験上、食える時に食っとかねーと後で後悔すんだよ。次はもうちっとしょっぱい感じで頼むわ」
声を荒げたバァさんに皿と注文を押し付けた俺は次の料理に取り掛かった。
日頃摂取できないカロリーをここぞとばかりにガツガツ平らげていく。
うん。この……なんだ、野菜炒めか?みたいなのも美味い。
どうやら口の悪さと料理の腕は関係ねぇらしいや。
「ちげェよ!よそで食ってこいっつってんだ腐れ勇者!つーか払い切れるんだろーな!?」
バァさんよ、働いてる猫耳っ娘を借金取りに仕立て上げるような店に、昨日の今日で金のないまま来るワケねーだろ。
「大丈夫だって、心配すんなよバァさん。今回は依頼人がいるからな。依頼相談料としてここのお代持ってもらうって話になったんだよ。な?ケントくん。あれ?ケントくんで合ってたよな?」
そう言って俺は対面に座るパツキン美青年に確認を取った。
ぱっと見、歳は二十歳くらい。
両隣に目つきのキツい貧乳娘とメガネを掛けた貧乳娘を連れた、無駄に甘いマスクの優男の名はケント・クロサワ。
それ以外のことは知らん。忘れた。
「え……?あ、はい!そうです」
バァさんの剣幕に度肝を抜かれてたっぽいケントが慌てて頷く。
昨日の夜、人面魚の如きオカマ共の群れから救出してやったらなんでも勇者に頼み事があるだとかで「んじゃとりあえず時間も遅いし、明日この店で」と指定して現在。
俺は依頼相談料と言う名目でガツガツ、パクパク、ムシャムシャと〈隠れ家ミツバ〉のまかないを豪快に平らげていた。
ふぅ~~~~、やっぱタダメシは旨いぜ。
「ちょっと玖馬、さっきから気になってたけどこの子ら何者だィ?随分キレイなカッコじゃないさ」
「あー……あァ?確かナントカ団の団長とお手つきのハーレムメンバーだっつってた。わざわざ王都から俺を尋ねて来たらしいよ」
せっかく料理口に運びかけてたのに話しかけんじゃねーよ。
レンゲを置いて朧げな記憶を頼りに答えると、
「いや全然違いますから!王国第三騎士団の団長です!それにお手付きではなくお付き!彼女らは団長補佐と副団長ですよ!」
ケントがサラサラの金髪を振り乱してツッコんだ。
「字面だけなら大して変わらねーだろ?細けェこと言ってんじゃねーよ」
「いや細かくないですよ!?意味合いが全く違うじゃないですか!」
案外ノリが良いなコイツ。てっきりドがつく真面目くんだと思ってたぜ。
「そ、そうよ!私は貴族出身だし、だ……誰がこんな平民出なんかと!」
そこへ目つきのキツい方の茶髪貧乳娘が顔を真っ赤にしながら会話に横入りしてきた。
なにそのツラ。団長さんの方チラチラ見てんだけど。
どう見ても意識しまくってんじゃね―か。
「あン?あーはいはい。どーせアレだろ?平民だからって見下してたけど、イケメンでぇ~、優しくてぇ~、有能ぉ~とかそんな感じですっかり惚れちまったんだろ?いーって説明しなくて。見りゃわかる」
俺はラブコメの波動を嗅ぎ取って早々に潰すことにした。
そんな甘酸っぱいやり取りなんぞ、この玖馬さんがみすみす見逃してやると思うなよ。
異世界くんだりまでやってきて魔王と戦ったってのに、俺にゃそんなイベントちっともなかったんだぞ。
「んなあっ!?は、はぁ!?そんなワケないじゃない!」
とうとう高飛車貴族娘が耳まで真っ赤にしてガタッと立ち上がる。
反応ベタ過ぎるだろ。
「そ、そうですよ。私たちはれっきとした貴ぞ――――」
「あ、メガネっ娘の方も参戦してんのね。はいはいりょーかい。関係性はわかった」
なぜかもう一人の黒髪メガネ貧乳娘も喋りだしたので潰しておく。
「「ちょおっ!?」」
「おいおいケントくんよォ、やっぱハーレムメンバーで合ってるじゃねーか」
これ以上ラブコメの波動は出させねえぞ。飯がマズくならぁ。
とっとと認めて次の話題に行け。
「だ、だから違うって言ってるでしょ!?いくら勇者様だからって――――」
「い、いい加減にして下さい!ケント団長と私たちは――――」
「わーったわーった。ガキの色恋なんぞにいちいち首突っ込まねえって。玖馬さんが悪かったって。だからそうムキになるなよ、高飛車&メガネっ娘チョロインズ」
「「だ、誰がチョロインですかぁっ!」」
甲高いチョロインズのツッコミが店内に響く。
カウンターの裏で俺のおかわりをよそっていたバァさんが反応した。
いや、注文じゃねえから。まだ店開ける時間じゃねーだろ。
「玖馬様、その、あまりそういうことを言われると業務に差し障りが出ますので」
ケントの方は……ってあれ?
こういうのって「ハハハ、まったくしょうがないなぁ」とか、満更でもないけど?みたいな顔とか、2人の気持ちにまったく気付いてないですよ的な「いやお前なんでそこだけコミュニケーション能力ゼロになんの?バレバレなんだけど」みたいなイケ好かないモテ男ムーブするもんじゃねーの?
ホントに困ってそうなんだけど。きれいな眉毛八の字なんだけど。
まさかソッチ系?いやでも昨日のオカマバーでは死にそうな顔してたっけ。
「あー……えっと様付けはやめてくんね?おちょくられてる気分になるから。普通に玖馬さんで構わねーって昨日も言ったろ」
少し戸惑いつつも俺がそう言うと、
「で、では……オホン。僭越ながら玖馬さん、と呼ばせて頂きます」
ケントは恥ずかしそうに照れ笑いした。
いや、照れるとこソコじゃねーだろ。
どこで頬染めてんだ。
「それにしても王都からだって?アンタとうとう年貢の納め時かィ?溜まったツケだけは払って牢屋にブチ込まれんだよ」
このババァ、おかわりに頼んでもねえ悪口雑言トッピングしてきやがった!
「ちっげーよ!マジブッ飛ばすぞババァ!確かにこの町来たときゃ王都で指名手配食らってたけど、一年くらいで解除されたっつったろーが!」
縁起でもねェこと言いやがって!
よくよく考えたらやべーかもと思って一回コイツらからも逃げたけどさ!
「けど今も出禁なままって聞いたよ、アタシゃ」
「……知るかよ。 ド腐れ王族のせいだろ。 異世界から無理矢理喚んどいて帰せねーから王国軍で兵卒から頑張ってくれとか抜かしやがったんだ。 ワンパンで済ませてやっただけ恩情ってもんだろーが。 それをいつまでもダリぃ真似しくさりやがってあのハゲ」
次見かけた時は毛根根絶やしにしてやんよ。
「あのぅ……玖馬さん。その、申し上げにくいのですが王都出禁は陛下を殴り飛ばした件よりもう一つの件で」
あ……………………?
あぁ~………………。
「アンタ、他にも何かやらかしてたのかィ?」
鋭いババァだ。
「とんと身に覚えがねーな」
「ええっ!?いやあの件ですよ?」
俺はバァさんとケントとチョロインズから目を逸らして吸い物をズズッと一口、
「知らねェ、冤罪じゃねーの?連中の得意技だろ。それよかとっとと依頼とやらについて話せ。その為にわざわざ人払いできる店選んでやったんだぞ。あ、バァさん。シメに鮭チャーハン頼むわ」
そのまま対面にピッと箸を向けた。
これ以上余計なことを話されちゃ困る。
「ウチは融通の利く定食屋か!つーか人の店勝手に密談場所にしてんじゃねーぞ、ったく」
バァさんがツッコミを入れつつ厨房へ向かった。
俺が文無しでこの町に辿り着いたときも、勇者だと知りもしねェで減らず口叩きながら飯作ってくれたバァさんだ。
なんやかんや面倒見だけは良い。
「あの、ご迷惑をお掛けしてすいません」
「そこのアホ勇者に言ったのさ。アンタに謝罪される謂われはないよ」
ケントが申し訳無さそうにすると、バァさんが無駄にサマになる仕草で後ろ手に煙草を振る。
「そーだぞケントくん。あのバァさんは生まれつき口がひん曲がってるっつー世にも奇妙なレア妖怪なんだ。気にしたら負けだぞ、聞き流せ」
なんだかカッコ良く見えたのが悔しかったので本性をバラしてやると、
「オメーはちったぁ気にしろォ!!」
「あづぁふぁぁぁぁぁっ!?」
後頭部にカカト落としを食らっておかわりの皿に顔面を叩き込まれた。
畜生、煮物おかわりするんじゃなかった。
~・~・~・~
バァさんも鮭チャーハンを作りに行ったことだし、改めて依頼内容とやらを訊くか。
「そんで?一切音沙汰なかった王都の連中が今度は俺に何させようって?」
「あの玖馬さん。煮物の汁、拭いた方が……」
そういうのは気になっても黙っててくんない?
玖馬さんだって恥って概念はあるのよ?
つーかお前だけだよ、俺を勇者として見てんの。
貧乳チョロインズなんか見てみろ。
勇者か疑ってるどころの目じゃねーよ。敵を見る目ぇしてるよ。
これだから貴族の娘は苦手なんだ。気位が高過ぎていけねえ。
「…………そんで?」
おしぼりで顔をゴシゴシ拭いて訊き直すと、ケントは緊張した面持ちで咳払いを一つ。
「玖馬さん、今月末にこの町で講和以来二度目に当たる【人魔会談】が行われることはご存知ですか?」
「【人魔会談】?まあな。街頭銀幕でやたらめったら取り沙汰されてたし」
俺自身、勇者として【人魔大戦】の講和に参加してそれっきりだ。
あん時は当時の外交官連中がなんとか痛み分けって形に持ってったんだっけ?
「はい。今回も連合加盟国の各外交官と魔族の代表らに拠る折衝が行われる予定です。我らが王国からも新しく任に就いた外交官が派遣されます」
「ふーん。で、俺とどう関係あんの?」
ぶっちゃけ関心が薄い。
折衝でも交渉でも好きにすりゃいい。
「はい。当日は我ら第三騎士団とこの町の特殊憲兵が警護に当たることになっているのですが、そこに玖馬さん――――あなたも加わって頂きたいのです」
特殊憲兵ってのは魔族の流入激しいこの町特有の警察のことだ。
分類で言えば文官に当たるお巡りさんと違って、武官で体面さえ整えりゃあらゆる戦闘行為が許可されるっつう超法規的集団。
たびたびメディアの槍玉に挙げられてるが、ちっとも控えやしねぇならず者みてーな連中だ。
つーかアイツらもいるのかよ。折り合い悪ぃんだよな。
「……どう、でしょうか?」
俺が黙っているとケントが恐る恐る訊いてきた。
「どうもクソもお前らと警察がいるのに魔族から恨まれてるであろう俺まで警護に出張んなきゃいけねー理由がわかんねーよ。 せっかく鎮まり掛けてる火種に油注ぐようなもんじゃねーか。 そこんとこもちゃんと話せ」
魔王軍のトップ斬ったの俺だぞ?忘れてねーか?
「そうですよね、すみません。実を言うと国内で不逞の輩が暗躍しているという情報を掴んでおりまして」
「はぁ?不逞の輩だぁ?」
「はい。 その者らは自らを祓魔国士と称し、過激な魔族排斥思想を掲げて各地で諍いを起こしているそうです。 特に割譲することになった我が国の元領土を奪還すべく魔族の官邸に襲撃を仕掛けたり、王国領土内にある他種族の領事館へ徒党を組んで押し入ったりと蛮行を重ねています」
つまりテロリストってヤツか。
「何だよそりゃ。大戦時代に逆戻りでもしてえのかソイツら」
「まさしくそれが狙いだと言う騎士もいるくらいで我々も取り締まりを強化しているのですが……」
「ゴキブリみてーに後から後から湧いてくるって?」
「……はい。お恥ずかしながら、奴らがどれほどの規模を抱える武装集団なのかもわからないのが現状です。祓魔国士と一口に言っても細かく党が分かれているようでして」
不甲斐ない、とケントが俯く。
「はぁー……なるほどね。つまり興味ゼロの俺でも知ってる【人魔会談】はソイツらにとっちゃ格好の的ってワケか」
「はい。魔族側も相応に戦力を連れて行く、と。そのせいで前回とは比べものにならないほどの緊張状態に陥ってしまってるそうなんです」
「……一触即発かよ。ち、下らねぇ話聞いちまったぜ」
思わず舌打ちを漏らすと、
「こちらとしては折衝が不利に終わることを覚悟の上で、戦回避を最優先と考えています。どうか勇者と呼ばれたあなたの御力を我々にお貸し下さい」
ケントは懐かしさを覚える目で俺を真っ直ぐに見つめて頭を下げた。
「「お願いします」」
しかも貧乳チョロインズまで意外なことに躊躇いなく頭を下げやがった。
「はぁ〜〜〜…………ったく、仕方ねぇな。わかったよ。手ェ貸してやる」
「ほ、本当ですか!?」
ケントがパッと表情を明るくした。
喜んでくれてるとこ悪ィが一言断っておかなきゃならないことがある。
「その代わり報酬はキッチリ取り立てるし、軍属ってワケじゃねーから俺ァ俺の好きにさせてもらう。それでも構わねぇんなら、って話だ」
ズバリ金とやり方だ。
今更軍の連中に従う気にゃなれねぇからな。
「勿論、構いません」
ゴネられるかと思えばケントはあっさり頷いた。
「あン?妙に物わかり良いじゃねーか」
「上層部からもそのように指示を出されています。国王で玉座を砕いた男が僕のような若輩者の言うことを聞くわけがない、と」
「嫌な信用の仕方しやがる」
あれは殴り飛ばした先に玉座があって、そこに国王がケツからぶっ刺さっただけだっての。
事故だ、事故。
「とにかく助かります。肩の荷が少し降りた気分です」
なんかずっと思ってたけど、コイツ勇者への信頼がやけに高くね?なんで?
「んなこた終わってから言いな。で、その祓魔国士ってのは今度の会談でマジに動くって裏取れてんのか?」
「裏までは。ですがここ最近各地で活発化している奴らの動きがこの町周辺だけまったくないんです」
「嵐の前の静けさってか」
「はい。【人魔会談】に向けて潜伏している可能性があると我々は見ています」
「なるほどな。そんで連中の正体は?割れてんのか?」
「様々です。思想家が指導者に収まってる党もあれば、ただのならず者の集団もあったり、中には大戦に参加していた兵士や騎士が参加している党もあるようです」
「……そうかい」
くっだらねぇ。心底、気に入らねえ。
「あ……玖馬、さん?」
「鮭チャーハンだよ」
そこへバァさんが横合いから現れて大皿を置いた。
「お、来たか。ってなんか多くね?」
どう見てもシメの量じゃねーぞ。
そう思って見上げれば、
「アンタたちも食いな。このダメ勇者が当分ツケで済ませなさそうな仕事持ってきてくれたみたいだからね。なんか頼みな、成功祈願で一食奢りだよ」
と言ってバァさんは煙草の煙を「フゥ――――……」と天井へ吐いた。
ケントと貧乳チョロインズが顔を見合わせて年相応に嬉しそうな顔を見せる。
「それじゃありがたく頂きます!」
「ありがとうございます」
「女将さんって粋な方なんですね」
「よしなィ。ほらメニューならそこだよ」
え、なにこの和気藹々とした雰囲気。
バァさん、さっきからちょいちょいコイツらの好感度上げてたけどなんなの?
チョロインズ一回も俺に見せなかった笑顔浮かべてんだけど?
やめろよォ! タダメシに一人盛り上がってた俺がブザマに見えるだろーが!
なんかしょうもない、空しい人生送ってるヤツに見えるだろーが!
このええカッコしぃ!年の功見せつけてんじゃねーぞ!
はっ……いや、待て。奢りっつってたな。
つまり俺もなんか頼んでいいってことかコレ。
「バァさん、じゃあ俺はビールで」
「調子に乗るんじゃないよ」
「「…………」」
注文した途端、ババァとチョロインズが人でも殺せるんじゃねーかってくらい冷ややかな目を向けてきた。
ねぇ、なんで俺だけそんな感じ?
誰かァ!たまに里帰りしたときのお母さんくらいな優しさ大急ぎで持ってきてぇ!
コメントや誤字報告、評価など頂くと大変励みになります!
是非とも応援よろしくお願いします!