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第1話 召喚勇者の賑やかなる日常

2025/5/5 連載開始致しました。


ゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


なにとぞよろしくお願い致します。

 血で血を洗う戦乱の世。

 

 後の世に語られ続けるであろうと言われた大戦があったのも今は昔。


 およそ30年前、高度な魔導技術を有する魔王軍が人間の統治する国々へ突如として軍事的侵攻を開始した。


 宣戦布告の理由は魔王軍率いる魔族の生存圏を広げる為であったという。


 しかしながら当初、圧倒的な人数で優っていた人間の国々はこれを軽視。


 あっという間に小国が呑み込まれ、魔王軍の支配地域は日を追うごとに広がっていった。


 ここで初めて人間の国々は危機感を感じ、国家連合軍を形成。


 魔王軍と国家連合軍による大規模な領土戦争が各地で頻発し、激化した。


 だが初動を誤ったせいで態勢を整えきれなかった連合軍側はじわじわと押し込まれ、どんどんとその数も減らしていき、とうとう国々の平均人口はおよそ半減。


 数の優位が消失し、絶望が轟音を立てて迫りくるなか連合軍の主力国である王国は起死回生の一手として〈勇者召喚〉の儀を執り行った。


 これが大戦の行く末を大きく捻じ曲げることとなる。


 〈勇者召喚の儀〉よりおよそ2年後――――。


 大戦は、魔王の死亡によって呆気なく幕を閉じた。


 指導者を失った魔王軍と形ばかりの講和によって非服従と生存を得られた人間。 


 どちらが優勢なのかなど火を見るより明らかであった。


 戦場と化した元人間の領土は魔王軍によって皮肉にも各国首都より近代的に再建され、魔族の流入はもはや留まることを知らず。


 誰が呼んだか新時代――――。


 それから9年近くの月日が流れた。



* * *



 朝のラッシュアワーをほんの少し過ぎた繁華街。


 眼の前には俺と同じ大学生らしき若い男や可愛い服でバッチリオシャレに決め込んだ女の子達の背中。


 彼らはこれまた俺と同じくスッカラカンのリュックサックやバッグを片手にスマホを弄ったり、ハイテンションにくっちゃべったりしていた。


 その雰囲気はどうにも初々しく、華やかだ。


 それもそのはず。


 今日は大学の入学式を済ませた翌日。


 履修登録のやり方と1年生に向けた教科書販売の案内日だ。


 きっと彼らも新入生なんだろう。


 一足先に高校を卒業したチャラい先輩曰く「何でも良いからサークル勧誘は受けとけよ。んで可愛い子の多そうなところに入れ。そうすりゃ今頃俺みたいに彼女とイチャコラできる」とのこと。


 つまり最初が肝心。


 俺は期待で胸をいっぱいにしながら借りたばかりのアパートと大学までの新しい通学路を歩いていた。


 だが、どこか違和感を感じる。


 率直に言って変だ。


 確かに4月の朝にしてはポカポカと些か陽気に過ぎる気が――――ってああ、そうか。


 ()()()()と感じるのが変なんだ。 


 この光景を見たのはもう1()0()()()()()()


 つまり、コイツぁ夢だ。


―――――…………那!


 聞き馴染んだおっさんの声が聞こえる。


―――――……玖馬(きゅうま)の旦那!起きて下せえ!


 にしてもあんな夢を見たのは何年ぶりだろうか?


「旦那ってば!」


「ふぁい?くわぁ~~~あ……んで、何だっけ?祭りで踊ってるおカミさんに一目惚れしたってとこだっけ?」


 ここは俺の行きつけの呑み屋だ。


 親子でやってるそうな。


 ガリガリと日本人らしい黒髪を掻いた俺が顔を上げた先にはここの初代店主――――俺より20近く歳上のおっさんの呆れ顔があった。


「起きてましたってツラはよして下せえや。そんなシメたばっかの鶏みてェな目しなっくても、あっしにゃ旦那が寝てたことくらいお見通しですぜ」


 穏やかな顔をしたオヤジが鋭く指摘するがこちらにも言い分ってもんがある。


「話が長過ぎるんだよ。あと誰の目が死んでるだ、一言多いわ。つーかもういいって、あんたとおカミさんの馴れ初めは。何べん聞きゃあ良いんだ」


 これだ。絶望的に話が長いのだ。そんでもって同じ話を何度だってやる。


 最初の方こそ相槌も打っていたが最近は暖かいし、アルコールの回った頭には眠りを誘うイイ感じなお経にしか聞こえん。


「そう言わねえで下せえよ。未だにあそこまで愛想良しな別嬪見たことありやせんぜ」


 満足げな顔でオヤジが言う。


「アンタ達、いつまで起きてんだい!?とっとと寝な!いい加減にしないと簀巻きにして外放り出すよ!」

 

 ちょうどその背後――――厨房裏手の倉庫からどえらい怒声が鳴り響く。


「だって母ちゃんまだ眠くね――――フゴッ!?」


「だって小腹すい――――あうっ!」


「黙らっしゃい!」


 オヤジが「ヤンチャ盛りでさぁ」と言う息子2人がどうやら食料倉庫へ盗み食いに来たらしい。


「……前の嫁さんの話とかじゃ、ねえんだよな?」


 一応確認してみるも、


「当ったり前じゃねえですか!あっしの嫁さんは今も昔もかかあだけでさァ!」


 オヤジの顔には一変の曇りもなかった。


 ま、子供の躾に熱心で夫にゃ優しいのかもしれん。


 悪いことじゃねえやな。


「あ、そ。幸せそうで何よりだよ」


 色んな意味で満腹だ。


「で、旦那。そろそろ閉店ですぜ?」


 ふと時計に目をやりゃ夜の11時。ギリギリまで起こさなかったらしい。


 ニクいオヤジだ。こういうところがモテるのかもしれん。


「あー……わかったわかった。どっかで呑み直すかねぇ」


「の前に――――」


「わーってるよ、お代だろ。ほら」


 紙幣を数枚、小銭を数枚。というか財布をひっくり返した中身をすべてオヤジに手渡した。


「旦那」


「なんでィ?」


「二千と少し足りやせんぜ」


 マジ?有り金全部なんだけど?


 オヤジも申し訳なさそう――――いや、こりゃ情けねえって顔だな。


「……………………ツケで頼む」


 何とかその言葉を搾り出す。 


「はぁ~、月末払い切れるんでしょうね?」


「大丈夫だって。これからいっちょ稼いでくっからな」


 俺は空っぽになった財布を懐に放り込んで「よっこらせっ」と席を立つ。


「そう言って魔族のやってる賭場に行った挙げ句、そのご立派な剣だけ抱えてウチの玄関で寝てたのはどこの旦那でさァ?かかぁが驚いちまって可愛い悲鳴あげてたじゃねえですか」


「何言ってんだ。おカミさんは俺の最後の装備を箒でぶっ壊したから悲鳴上げる羽目になったんだぞ」


「何が装備なもんですかい。股間の葉っぱを服とは呼ばねえや」


 オヤジの目が冷たい。


「それにほれ、次の日ちゃんと払ったじゃねーか。あそこの若頭を五厘に刈り込んだついでに頂戴した金で」


「そんなことしてるから組に追い回されたんでしょうが。あそこの賭場はダメだって言ったでしょうに」


 伊達にこの町に根を下ろしてるだけあってオヤジの言う事はなかなか含蓄がある。


 確かに言う事を聞いときゃ良かった(二敗)。

 

 二度と賭博なんぞやらん(惨敗)。


「イカサマなんぞやってる方が悪い。大体チャラチャラ、チャラチャラ似合わねーロン毛振り乱してんのが悪ィーんだ。掴みやすい位置に合ったのも悪い」


「そうやって目についた相手全部に喧嘩売って回るから王都も出禁になったんじゃねェんですかい?勇者様ともあろうお人が、何やればそんなことになるんだか」


 憮然と言い返した俺に痛烈な火の玉ストレートがぶっ刺さった。


「俺も知りたいもんだね。そんじゃあなオヤジ。火のもと気ィつけろよ」


 これ以上痛いところを突かれたくもないし、とっとと出てくことにする。


「あいよ。旦那も変なお嬢さんに引っ掛かかっちゃいけやせんぜ」


「なぁ最近俺あっこらへんの姉ちゃん達に声掛けられないんだけど、なんで?」


 あっこらへんとはここからほんのちょいと行ったところのいかがわしい店が並ぶ通りのことである。


 エロい見た目の姉ちゃんや明るいところで見たらシワがヤバそうなババ――――お姉さんがよく男性客に声を掛けているのだ。


「そら旦那が文無しなの知ってるからでしょうや」


 このオヤジ、歯に衣着せるって言葉を知らねえのか。


「……足元見やがるぜ。春だってのに寒くていけねェ」


 ブルブル身震いすると、


「旦那が寒いのは懐だけでさぁ。頭はいつも春じゃねえですかい」


 清々しさすら感じる返しが飛んできた。


 オヤジ、言葉の暴力って知ってる?


 容赦ねえってレベルじゃねえぞ。


「うっせーやい」


 どうやら言葉の警察はお留守らしい。


 ここ10年近く見た覚えがねえ。


 酔った頭でオヤジに後ろ手を振り、呑み屋の扉をガラリと開けてすぐだった。


「ん」


 ガタイの良い誰かとぶつかっちまった。


「おっとと、悪いね」


 俺が顔も見ずにテキトーに横を通り過ぎようとすると、乱暴な手つきで腕を掴まれた。


「おいこら△∬∠ℵ⊥¥ぅ!⧻∀⊕⊄∮√∴+ぁ!?」


 なんて?


「無粋はよしな。親父の顔に泥塗る気か?カタギさんにゃ手ぇ出しちゃあならねえ。悪いね兄ちゃん」


 顔を上げればイカつい顔つきにスーツ姿の如何にも魔族のヤクザもんの姿。


 人間の俺らとは肌の色すら違う。


 なんてーの?赤っぽい感じ?いや酒のせいじゃなくて。


 地の色が朱色っぺえ感じで山羊みたいな角が生えてる。


 翼まで生えてりゃ立派な悪魔って感じ。


 その顔には組を表す入れ墨が…………ってやっべ。


「すっ、すいやせんアニキ!」


 如何にもチンピラ風情な子分その1が大慌てで頭を下げる。


「さっすがアニキ!」


 子分その2はイカついアニキの言動に感激したのか、キラキラした目を向けていた。


 ふーむ。


「さすがアニキ」


 俺も乗っかっとくか。


「いやおめえさんのアニキじゃねえ」


 冷静じゃねえか、アニキ。


「いやどうもすいまっせ~ん。あ、ここもう閉店らしいんで別の店行った方が良いっすよ。そいじゃ失礼」


 俺はヘコヘコと腰を曲げ、そそくさとその場を逃げ出すように横を通りすぎる。


「そうなのかい。親切にありがとよ」


「いえいえ~」


「………………んっ?あれ?ちょ待てあの剣……」


 くそ。その2、黙ってろ。


「うん?どうかしたか?」


 アニキが聞き返した。


 こいつぁマズい。


「ああっ!アニキあいつっすよ!若が毎日二時間も掛けて手入れしてた髪刈り上げた挙げ句、財布までパクりやがった太えヤローは!」


「なにぃ!こいつが!?って、いねえ!くそォ、どこ行きやがったあの野郎!」


「消えちまいやがった!」


 危なかった。近くにゴミ箱があったおかげでなんとかなりそうだ。


 すまねえ、オヤジ。中のゴミひっくり返しちまって。


「探せ!若の前に引っ立ててやる!あの財布にゃ若の大事なもんも入ってんだ!」


 あの趣味の悪い財布ならもうねーぞ。


 その日の内に質屋に売り飛ばしたからな。


 組の若頭が使ってる財布だけあって案外良い値がついて助かった。


 今頃似たようなチャラロン毛が持ってんじゃねえかな。


 つーか大事なもんってなんだ?


 美容院のポイントカードなら知り合いの姉ちゃんにやっちまったぞ。


 ドタドタと足音が遠ざかっていく。


「行ったか。まったくオチオチ酒も呑めやしねえ」


 ゴミ箱の蓋を開けてそろ~っと周囲を見回すが誰もいなかった。


 ふ、俺の勝ちだな。


「あ、あのぅ~……」


 だが突然背後から声を掛けられた。


「うおぅっ!?」


 びっくーんとして振り返ってみればそこには獣人種っぽい女の子が申し訳無さそうな顔で佇んでいる。


 なかなか可愛い猫耳姉ちゃんだ。


 服装も動きやすそうなパンツルック。


「あのぉ、もしかして勇者様でしょうか?」


 彼女はそんなことを訊いてきた。


「ん?まぁ如何にも。俺があの勇者、鬼辻玖馬(おにつじきゅうま)さ。それでお嬢さん、ご用件は何かな?」


 やっぱ気付いちゃうかぁ。


 ま、なんてーの?俺の凛々しい勇者オーラ?出ちゃうよね。


「えっとぉ、その、うちのママがそろそろ溜まったツケを――――」


「フハハハハ!お嬢さん、さらばだっ!」


「ああっ!?ホントに逃げた!」


 違ったわ。完全にブラックリスト入りしてやがる。


 おかしいと思ったんだよな、やたら一緒に写真撮ろうとしてくるから。


 畜生めぇ!


 何が悲しくてゴミ箱から手足を生やして走らにゃならねえんだ。


「ま、待って勇者様!ツケの支払い!」


 くっそう。あそこのママ(ババァ)め!運動神経の良い獣人種の女の子を追手に仕立てるとはなかなかやる!


「あ!いやがったぞ!捕まえろ!」


 さっきのアニキか!


 そらそうだよな!こんだけ騒いでんだから気付くわな!


「ふんぬううぅぅぅ~!勇者ナメんなぁっ!」


 走る。走る。俺達。


 流れる汗もそのままっつうかちょっと……しんどい。


 気分悪い。アルコール入れて走るとか心底きつい。おえぇぇ。


「ゴミ箱かぶってるくせしてなんて足の捷えやつなんだ!くそ!追え!追えぇいっ!」


 伊達に借金取りから逃げ回る日々は送ってねえんだよ!何ならゲロぶちまけたろか!?


「勇者様待って下さぁい!」


 猫耳っ娘、足捷ええええ。


「勇者!?あいつが!?や、やべえっすよアニキ!」


 そうだ子分その……どっちだっけ。まぁいいや言ってやれ!


 勇者追っかけ回したらいくらヤクザもんでもタダじゃ済まんって言ってやれ!


「んなバカな話があるか!勇者がこんなとこにいるわけねえだろ!大体ゴミ箱かぶってる勇者がどこにいんだ!」


 …………痛いとこ突きやがる。


「ってうるせえ!俺も好きでかぶってるわけじゃねえわ!」


 さっきからチョイチョイ思ってたけどあれか?


 インテリヤクザってやつか?頭回るじゃねえの。


 だったらあんなイカサマしてんじゃねえよ!


 おかげで風邪引きかけたんだぞ!


「ほ、本物なのか?じゃねえ!いいから待ちやがれ!」


 フッ、ビビったな。


 この隙に距離を離してやるわ!


「やなこった!てめーんとこのロン毛な!ありゃ善意で刈ってやったんだ!そろそろ春だから!蒸れたら将来コトだろーが!」


 ただし捨て台詞は忘れない。


「組の連中からはサッパリしたって好評だが、あれから若が部屋から出てこねえんだぞ!引きこもりになったらどうしてくれる!?」


 どうもこうもあるか!


「知るかァんなもん!見た目涼しげになったんなら良かったじゃねーか!感謝しやがれってあのすっとこどっこいに伝えとけ!」


「待てコラ!」


「待って~!ママがツケ払えって~!」


「うおぉぉっ!持ってくれよ俺の足ィィィ!」


 これが大戦を終結に導いた俺こと〈勇者〉鬼辻玖馬の日常である。

評価や応援等頂くと非常にうれしいです!


是非ともよろしくお願いします!

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