第一章 青く
この度は私の小説に興味をもっていただき、嬉しい限りです。ありがとうございます。この小説は、エンタメでも、物語でも、高尚なものでもありません。ただ、一人間の生涯の記録(今回は悠さんの)、のようなもので、決して面白いものでもありません。それでも、彼の日々をみてくださるのであれば、私としてはこの上ない幸せです。どうか、この文字の連なりが、貴方の人生に足跡を残しますように。
少年がいた。髪はボサボサ、ツヤがなく、目の周りは少しくぼんでいて、姿勢は悪いが目つきが異様に鋭い。白い半袖シャツと、黒い長ズボン。歳は17歳。その少年を悠といった。一月、冬のカンとした風が頬を突き裂く。時は今、午前七時00分。人は少ない。悠は今、歩道橋にいた。そこから見えた日の出は、今まで見たなによりも美しかった。
「中学受験、してみない?」母にそう言われたのが全ての始まりだった。齢十一。悠ははっきり言って天才だった。絵のコンクールでは毎回賞を獲り、英語のスピーチコンテストでは県知事賞を、水泳では中央ブロックで優勝、テストは毎回100点。友人も多く、おまけに正義をなによりも大切にしていて、彼の周りにはひとが絶えなかった。当然、いじめられた。
「暇つぶしになりそうだし、いいな。それに、あいつらとは離れたいし。」小学五年生の、世間知らずの少年はそう考えた。
一年間、勉強した。父が、おにぎりとジュースを持ってきてくれた。おにぎりは、父が握ったらしいのか、少し崩れていて、でも、真心がそこにはあった。私は、もう、なにをしたのかは覚えていない。ただ、勉強を真面目にやらなかったことだけは覚えている。罪悪感を、覚えた。結果は第一、二、三志望不合格。当然である。報いだ。(あいつらと一緒の中学はいやだ...)父に呼び出される。その日は、嫌に晴れていた。
「あと、二十分しかないぞ、どうする?行くか、行かないか」父は、六十七歳。いつもは温厚な父が、この日は怖かった。その一言一言が鉛のように私にのし掛かる。チラチラとこちらに向けられる視線。その主は私の母だ。眉間にしわを寄せ、困った顔をしている。「私立は、お金がかかるから、」そう言っていた。確かに、それは、わかっている。
私は迷っていた。できれば、行きたくない。お金がもっとかかるから。妹と、弟もいる。だけど、それ以上に、両親がこの為に一体いくらのお金を自分にかけたのか、具体的な数字はわからないにしろ、決して少なくないことはわかっていた。もし、私がK中学校に進まなかったら、それは大金をドブに捨てるのと同じだ。いやな汗が流れる。目線が定まらない。心が、心臓が嫌な音をたてる。どうしたらいい?どうすればいい?いったい...あぁ...どうしたら......
私は、両親のせいにした。
進んだ中学校では、友人が一人もできなかった。話し方が、突然、わからなくなった。自分は、今までどうやって話してきた?韓流スターも、ユーチューブも、ちっともわからない。興味があることは、星と、鉱石と、本と、絵だ。特に絵は、私のアイデンティティでもあった。私はそれを、スマホのせいにした。私はスマホを、持っていなかったのだ。
「毎日1ページ、ノートを書いてください」私ら、一日を除いて毎日書いた。優等生になろうとした。父に、報いるために。立派な人間になろうとした。今学期初めての通知表。結果は、四十三人中五位。美術の評価は4だった。聖書は5だった。つらかった。絶望した。しくじった。父は、「美術、こんななのか?」と言った。その通りです。
二年次、私は精神を病んだ。母が、泣いていた。「あんたなんか、私の子じゃない」私が学校を早退した日、車の中、ハンドルをガンガン叩きながら、泣いていた。私は、外を見ていた。もうダメだと思った。涙も、もう出なかった。
友人もいない。才能もない。両親を悲しませる。おまけに子どもでないと言われた。誰の特別にもなれない劣等生。学校さえ、息ぐるしいよ。一体、私は、
ゴールデンウィーク明けの最初の登校日。いつもは通り過ぎるバス停を今日は降りた。午前六時五十五分。日はもうすでに登っている。昨日は雨だったから、空気がしゃんと澄んでいる。死ぬには、いい日だ。K公園を挟んだ向かいの歩道橋に、悠は歩いてゆく。詰襟を着た、目の死んだ少年が、歩いてゆく。彼の通り過ぎてゆく他校の生徒たち。誰が、彼がこれから死のうとしていることに気がつくのだろうか。歩道橋の、最も高い所にきた。頭が重い。下をのぞく。意外にも痛くなさそうに見える。
一歩を、踏み出そうとした。私は、死ななければならないから。もう疲れたから。友達もいないし、欲しくないし、でもいないと生きにくいし、家族とももう会いたくないから。私は、なにもないから。手を、橋にかける。時計は、八時になっていた。悠は、動けなかった。よく、わからない。自分の死ぬ理由もある。けじめもついた。もう、帰るバスはない。太陽の光を浴びた体があたたかい。もう、どうしようもできないのに。これしか道はないのに。
野性による恐怖。この世に未練なんてちっともないのに、体がこう言う「死にたくない」と。橋の下をずぅっと眺めながら、それ以上はなにもできなかった。
少年は、歩道橋をおりた。
最後まで読んでくださってありがとうございました。この本は、きっと続きます。