6.出逢っちゃいけないわたし達
その日、華世は当選した『魔物狩人の結び』のコラボカフェに来ていた。
コートを脱ぐと、霧島に付け直されたボタンに触れる。
「アレが今どきの子? つかめん……」
サンライズミストの正体を知った今、華世は複雑な心境だった。
コラボメニューを選び、やがて華世のもとに『ダムカレー』が運ばれてきた。
『ダムカレー』のダムを崩すと、皿にカレーが流れ出す。
正直に、わたしが姫華ですって言ったら、どんなリアクションしたんだろう……。幻滅されて、もうデュオしてくれなくなるのかな……? もしそうだったら……
溢れそうな想いに、華世はただ、流れるカレーを見つめていた。
「姫野さんじゃないですか!」
ハッとして顔を上げると、そこには霧島の姿があった。
「え? なんで!」
「それはむしろ、僕のセリフですよ。『魔物狩人の結び』のコラボカフェに、なんで姫野さんがいるんですか!」
「……!」
まずい、この状況、もはや言い訳する余地がない!
「お、しかも、ダムカレー食べてるじゃないですか! このダムに棲みつく魔物強いですよねー?」
霧島は目を輝かせ、そう言うと、華世の向かいの座席に腰掛けた。
ガチ勢だとバレた……。つんだ……。
ちょっと考えれば分かることだったじゃないか!
彼もこのカフェに来る可能性があるということは……。
油断し過ぎだろ、わたし!
もっと変装するなり、なんなり……。
「なんで隠してたんですか?」
いきなり、直球キタァアア!
「え? へ?」
「だって、抽選受けて、当選したからここ来てるんですよね?」
おっしゃる通り。ふらっと、たまたま入ったカフェなわけがない……。
「……。うん、そうだね。あの時は、とっさに隠そうとした……」
「なんで?」
「なんでだろう……。会社とかでもあんまり悟られないようにしてるクセかな?」
「じゃあ、アカウント教えてくださいよ! で、今度一緒にやりましょ?」
「えっ! そんなの絶対ダメ!」
「え!?」
「あ、いや……。ほら、わたし弱いから遠慮しとく」
「えーそんなの関係ないですよ!」
「そうやって、いつもすぐ、誰とでもフレンドになってデュオするの?」
「へっ?」
「あ、いや、なんでも……」
「なら、姫野さん、いつもソロでやってるんですか?」
「それは……。ソロだったり……一応、友達と?」
「なら、友達になりましょうよ!」
「いや、それはちょっと……」
「えー? なんでですか!」
「もう少し強くなったらね……」
霧島は、ふてくされた様子だった。
言えない!
もうすでにめちゃめちゃベストフレンドなんです……。
華世はゲーム初心者を演じつつ、霧島からの誘いを断るのに必死だった。
コラボカフェを楽しんだ後、お会計を済ますと、華世と霧島は店員からコインを手渡された。
「知ってました? このコインで隣のゲーセン一回無料でやれるんですよ!」
「え、そうなの?」
「行きましょ!」
霧島は、突然華世の腕を掴むと走り出した。
「えぇっ、別に走らなくてもよくない!?」
「どれにします?」
ゲームセンターに着くと、霧島は辺りをきょろきょろしながら、はしゃいだ。
華世は、その霧島のギャップに思わず笑った。
「君、子供みたい」
「え!?」
「クールで何考えてるんだろって思ってたけど、ゲームの話になるとめちゃくちゃ楽しそうだし、今もこんな感じだし……?」
「!」
「いや、もちろん良い意味でね?」
「姫野さんも、素直になればいいじゃないですか?」
「えっ?」
「悟られないように隠すんじゃなくて、ガチ勢出していきましょうよ!」
「!」
ホント、サンライズミストさんの言う通りなのかもしれない。
わたしは、素直じゃない。
今もわたしは、彼に自分の正体を隠している……。
とあるクレーンゲームの前で、霧島は足を止めた。
中には『魔物狩人の結び』に出てくる魔物のぬいぐるみが沢山ある。
「これ! これやりましょ!」
「うん、いいよ。でも、わたしクレーンゲーム得意じゃないから」
「まあ、見ててくださいよ」
霧島は袖をまくり上げ、戦闘モードになると、コインを入れ、クレーンを動かした。
クレーンは見事に魔物のぬいぐるみを挟み、持ち上げた。
「おお! 凄い凄い!」
しかし、あと僅かのところで、ぬいぐるみは滑り落ちていった。
「あぁ!」
「めっちゃ惜しい!」
「あれは、一発で行けると思ったのにぃ!」
「はい、わたしのも使って!」
サンライズミストの別の特技も知った華世は、自分のコインを霧島に握らせた。
「! でも……」
「これで取って!」
「はい!」
動き出したクレーンは、再びぬいぐるみを持ち上げた。
「おお! いっけぇー!」
すると今度は、クレーンからぬいぐるみが離れることはなく、見事、ぬいぐるみを手にすることに成功した。
「やったー!」
思わず、二人はハイタッチをした。
「クエスト成功!」
霧島は、華世の前にぬいぐるみを差し出した。
「はい、あげます!」
「え、でも、せっかく君が取ったんだし……」
「姫野さんのコインで取ったんで」
「そうかもだけど……」
「じゃあ、これあげるんで、僕のこと名前で呼んでください」
「へ……」
「僕は、君じゃなくて、霧島です」
「! ごめん……。ありがとう、霧島君……」
霧島は、にっこり微笑んだ。
帰りのバスの中、華世に手には魔物のぬいぐるみがあった。
不意に、華世の肩に霧島がもたれかかった。
「! はしゃいで疲れて、ホント子供かよ」
霧島は、スヤスヤ夢の中だった。
「ごめんね。わたしの中では、あなたはサンライズミストさんだから、君って呼んじゃってた……」
曇った窓に目をやる。
矢が刺さったハートに、剣が描き加えられた落書きが浮かび上がっている。
華世は、更にりんごの絵を描き加えた。
サンライズミストさん、やっぱり、わたし達は……
きっと、リアルの世界では、出逢っちゃいけなかったんだよ。