4.ピチピチの大学生
その日、華世は大家である恵美が入院している病院を訪れた。
手に花を持ち、病室までお見舞いに来た。
「失礼しまーす」
中で誰かが話している気配がする。
「?」
そっと中を覗くと、ベッドにいる恵美と話す若い男の姿があった。
それは、あの彼である。
「!?」
華世は、反射的にこれはまずいと思った。しかし、時はすでに遅い。
「あら、姫野さん。来てくれたの?」
「あ、は、はい。あ、でも、お邪魔でしたか。でしたよね?」
「そんなことないわよ」
恵美は笑った。
「大家さん、大丈夫ですか? その体調とか……」
「大丈夫よ。心配かけてごめんなさいね。持病が悪化しただけで大したことないわ」
「悪化って……」
「救急車呼んじゃったもんだから、みんなびっくりしちゃったわよね」
「まぁ……。大丈夫ならいいんですけど」
「すぐ退院できると思うから、大丈夫よ」
「なら、よかったです」
華世は、すぐ横にいる男をチラリと見た。
「あ、わたし、もう帰るので。これ、どうぞ……」
華世は花を渡すと、逃げるようにその場を去ろうとした。
「姫野さん、待って!」
「は、はい……」
つかまってしまった……。
「紹介するわ。こちら、霧島智司君。ハタチのピチピチの大学生」
「どうも」
霧島と紹介された男は、華世に頭を下げる。
「ど、どうも……」
華世も頭を下げる。
「こちらは、わたしの部屋の上に住む、姫野華世さんよ」
霧島は、華世をじっと見つめた。
ひぃい!
あんまり詳しく紹介しないでほしい。
え、サンライズミストさんって、ピチピチの大学生なんですか!?
そんな感じ? どんな感じ?
ちょっと、そんなに見ないでください……。
華世の心の声はうるさかった。
「二人とも棟は違うけど、同じ『メゾン梅津』の住人だからよろしくね」
恵美は微笑んだ。
「花、花瓶に入れるんで、大家さんと話しててください」
霧島はそう言うと、華世の持って来た花を手に、病室を出て行った。
「あの子、ちょっと不愛想に見えるかもしれないけど、いい子なのよ。気が利くし、イケメンだし!」
「イケメン……」
「そうそう。この前、炊き込みご飯頂いたって話したでしょ? あれ、霧島君からのお裾分けだったのよ」
「えっ!? そうなんですか?」
「お料理男子っていいわよね。やっぱり大学でもモテモテなのかしらね」
「……!」
夕方、病院の帰り道。
華世と霧島は並んで歩いていた。
華世にとっては、とても気まずい時間である。
どうしよう……。帰るルート自宅前まで一緒じゃん!
気まずい……。でも、わたしが年上だし、何か話しかけないと。
何か、話題話題……。
沈黙が流れ、ひたすらにあわあわする華世だったが、霧島は正反対に動じない様子で、常にポーカーフェイスだった。
「き、君、モテるでしょ?」
華世は、唐突に話しかけた。
「え……」
「ほら、顔もカッコイイし?」
「はぁ……?」
「え、待って、自覚なし……?」
「……モテたって仕方ないですよ」
「えっ? モテてる自覚はあるのか……」
「ホントに好きな人にモテなきゃ、何の意味もないです」
霧島の言葉に、華世はハッとさせられた。
確かにその通りだ。
目的が、好きな相手に振り向いてもらうことだった場合、その人に想いが届かなければ、そのクエストは失敗である。
「好きな人、……いるの?」
「へ……?」
「あ、いや、ごめん。ゲームばっかりなのかなって……。あ、勝手に……」
「ゲーム? 僕、そんな話しましたっけ……」
しまったぁあ!! やっちまったぁあ!!
わたし、口を滑らせすぎたぁあーー!!
「あ、いや、その……違うの、違う! えっと、そう、大家さんから聞いたの。ほら、ゲーム好きだって……」
「……」
えーこれ無理ある? 大家さんゲームのこと知ってる?
まさか話してない? 知ってるであれぇ……!
「そうですか……」
耐えたぁーー!
「よかった、知ってた……」
「ん?」
「あ、なんでもないです。ってか、ハタチだし? そりゃいるよね? 好きな人の一人や二人。あはははは……」
わたし心の声、出過ぎてるぅう!!
「姫野さんは、好きな人いるんですか?」
「えぇっ……!?」
直球!!
なんで、なんでそんなこと聞くのよ、サンライズミストさん!!
「あ、彼氏ですかね?」
「あーいやいや、いないいない! 全然! それはもう、孤独死まっしぐら!」
華世はテンパって、謎に決めポーズを決めた。
「……」
霧島は、ポーカーフェイスのままだった。
「ご、ごめん。夢ないよねー。こんなおばさんのことはスルーして! 全然大丈夫!」
「おばさんって、そんな年変わらないですよね?」
「変わるよ! だって、わたし27だもん! 小学生ですら、わたし達って出会わない差なんだよ?」
「年の差って、そんな問題なんですか? 大人になったら同じじゃないですか?」
「君はまだ若いから分かんないんだよ。だんだんひしひしと年齢を実感するよ」
「そうですか。僕、正直恋愛とかよく分からないって思ってるんで、まぁ他人事なんですけど。どうでもいい人に好意を寄せられても迷惑なだけっていうか」
「……」
「でも、結局はそれで、相手を勝手に傷つけてるのかなって」
「そっか……」
イケメンにはイケメンの悩みがあるわけだ……。
「どうしてわざわざあんな面倒なことして、記念日祝ったり、一緒に過ごしたりしてるのかなって思うんですよね」
「確かに、そうだよね。そもそも恋なんて、いらないんだよ」
「え……」
「ほら、恋はサブクエストだから……。なくても、困らないんだよ」
華世は、霧島に笑って見せた。霧島は、呆然とそんな華世を見つめていた。
そう、恋はサブクエスト。
本編には関係ないのだから。
想いを伝えて、今が壊れるくらいなら、挑戦しなくていいクエストなの。