3.あなたがサンライズミストさん!?
朝、バスに揺られる、若い男の姿があった。
あの日、華世が乗っていたバス内でゲームをしていた男である。
男は曇った窓ガラスに目をやり、少し微笑んだ。
そこには、矢が刺さったハートの落書きが浮かび上がっていた。
華世が描いたものである。
男は、その落書きに何かを付け加えた。
オフィスでは、恋愛体質の澪の話が止まらない。
「聞いてください、華世さん!」
「ん?」
「わたし、牧田さんにお昼誘われちゃいました!」
「そうなの?」
「これって、脈ありですかね?」
「さあ、どうだろう……」
「華世さん、牧田さんと同期じゃないですか。どういう人がタイプとか知らないんですか?」
「うーん……。さあ?」
「華世さんって、なんか人に興味なさそうですね」
澪は呆れたように言った。
「……。ねえ、何度も誘うって、それって気があるわけ?」
「え!?」
「あ、いや、なんでもないです……」
「じゃ、お昼行ってきまーす!」
危ない危ない。思わず聞いてしまったじゃないか。
これで、深掘りされても困るというのに……。
わたしは他人に無関心なのか。なんだかつまらない人間みたいだ。
仕事帰り、華世はいつものようにバスに揺られていた。
ふと、曇った窓に目をやる。
「!」
そこには、矢が刺さったハートに、更に剣が描き加えられ、ハートが上から斬られそうになっている落書きがあった。
「マジで……!?」
帰宅すると、華世はいつものように『魔物狩人の結び』にログインする。
そして、いつものようにサンライズミストからの誘いが来る。
姫華とサンライズミストは、今日も魔物と戦うのだった。
「よし! 今! 今!」
サンライズミストが上から剣を振り下ろし、魔物は消滅した。
「ナイスー!」
「すごい良いコンビネーションでしたね!」
サンライズミストからの弾んだ声が聞こえる。
「サンライズミストさんって、他にはどんな人とプレイしてたりするんですか?」
「えっ? そうですね。お馴染みメンバーでスクワッドやったり、デュオやったり……って感じですかね。時折ソロとか。まぁ、ソロはきついですけど」
「そうですか……」
あれ? わたし……今、がっかりした?
わたし以外とも組んでやるんだって、なんかショックだった?
いや、そんなの誰でもそうじゃん。わたしだって……。
「でも、最近は姫華さんとデュオばかりしてる気がします」
「わ、わたしもです……」
華世は、サンライズミストの声の奥から、かすかに救急車のサイレンが聞こえた気がした。
「ん?」
救急車のサイレンは、次第に近付いてくる。
「!?」
華世は、ヘッドセットを少し浮かせ、外の音を気にした。
サイレンが近付く。
あれ? こっち? うちの近く?
しかし、ボイスチャット越しにも、同じ救急車のサイレンが聞こえる気がする。
華世は、耳を澄ませ、困惑した。
やがて、救急車は華世のアパート前に止まり、救急車の赤色灯で窓のカーテンは赤く染まった。
「へ……?」
華世は、カーテンを開き、窓を開けて外を覗いた。
下の階にタンカーが運び込まれている。
「大家さん!?」
華世はヘッドセットを外し、下を覗き込んだ。
運ばれて行くのは、『メゾン梅津』の大家、梅津恵美だった。
「!」
顔を上げると、向かいのアパートの二階の窓から身を乗り出す、ヘッドセットをした若い男の姿が目に入った。それは、バスの中でゲームをしていたあの男である。
「えっ……!」
男に見られそうになり、華世は慌ててカーテンを閉めた。
心臓がバクバクしている。
「噓でしょ!? いや、まさか、そんなわけ……」
華世は、『魔物狩人の結び』の画面に映るサンライズミストの姿を見つめた。
「ないない、さすがにそんなこと……」
華世は、もう一度、そっとカーテンを開け、向かいのアパートを確認した。
やはり、ヘッドセットをした男の姿がある。
「……」
華世は、一度はずしたヘッドセットを恐る恐るしてみた。
サンライズミストの声が耳に飛び込んでくる。
「あ、姫華さんすみません。なんでしたっけ。今、家の前に救急車が来てて、気を取られてました。続きやりますか?」
「ああぁ、無理無理無理!」
思わず、声が漏れた。
「えっ? やめます?」
声を殺し、華世は一人その場でジタバタした。
「あーえー、やりまーす……!」
テンパりながら、そう返答してみたものの、動揺は止まらない。
確定である!
気になっていたサンライズミストさん……。
どこの誰かも知らない、ゲームの世界だけの仲間……。
嘘でしょ!?
ねえ、あなたがサンライズミストさんなの!?