2.恋愛は後回し
翌朝、華世はあくびをしながら、ゴミ袋を手にゴミ捨て場へと向かった。
すると、大家である梅津恵美と鉢合わせした。
「おはようございます。あらら、姫野さん寝不足?」
「! おはようございます。大家さんに会って、今、目が覚めました」
「あら、そう? お仕事大変なのね。それはお疲れ様。無理しないでね」
恵美は笑った。
「え……あ、はい……」
言えない……。
連日、深夜までゲームをしているだけなんて……。
「近頃は過ごしやすくなって、すっかり秋ね。そうそう、先日炊き込みご飯を頂いて食べたのよ」
「炊き込みご飯ですか?」
「しめじとか、まいたけとか入ってて、とっても美味しかったわ」
「へぇー、美味しそうですね!」
大家さんと少し立ち話をすると、わたしは職場へと向かった。
オフィスでは、デスクワーク中、華世に澪が話しかけてくる。
「華世さん、休みの日って何してます?」
「えー、ぼーっとしてるか、ゲームしてるか?」
「ヤバイですね」
「!」
「うちのいとこもそんな感じで、どうやら重度のネトゲ廃人なんですよ」
「そうなの? わたしもヤバイのかしら?」
「引きこもってたら、何も始まりませんよ?」
「始まる?」
「恋とか」
「恋?」
「社内でって考えると……」
澪は辺りを見回した。
「同期の牧田さんとかどうです?」
「え?」
「仕事もできて、ビジュアルもいいし!」
「はぁ……?」
「あ、もしくは年上派ですか? 石川部長とか? 優しいし、イケメンで独身ですよ?」
「わたし仕事仲間って思ったら、それ以外の見方全然できないんだよね」
「えー! もったいない!」
「そう?」
「華世さんは結婚願望とかないんですか?」
澪はスマートフォンを開くと、華世に写真を見せる。
「結婚式?」
「先日、友達の結婚式に行ってきたんです。もう周りもちらほら結婚し始めたんですよね」
「え、早くない?」
「そうですか? でも、あっという間に30になっちゃいますよ? 女はいつでも今日が一番若いんですから」
「いやそれ、人類みんなそう」
「そうだ、ゲームしてて恋が始まることってないんですか? ほら、一緒にプレイしててとか?」
「え……」
華世の脳内で、サンライズミストが手を振った。
「いやぁー、ないな……」
「あ、今絶対、誰か思い浮かべましたよね? それです! それ!」
「いやいや。たとえプレイスタイルが似てたり、息が合ったりしてもよ? どこにいる誰かも知らないんだもん。本名だって分かんないし」
「じゃあ、聞けばいいじゃないですか!」
「はっ? ないない!」
「ボイスチャット越しに彼の声がイケボすぎて、ああもう、お名前教えてください! とか?」
「そんなことしないよ。ゲームの世界だけの仲間だし」
「ふーん。そうですか」
澪はつまらなそうな顔をした。
彼女は恋愛にアクティブだ。わたしとはまるで正反対。
わたしは、ずっと恋愛は後回しだ。
でも、気付けば、そうこうしているうちに、年齢=恋人いない歴を更新し続けている。
華世は、仕事から帰宅すると、炊き込みご飯を作っていた。
炊飯器の蓋をパカッと開く。キノコの炊き込みご飯が出来上がっている。
「おお!」
炊き込みご飯を食べながら、華世はいつものように『魔物狩人の結び』にログインする。
「どんな人か……そんなの考えたこともなかったなぁ……」
サンライズミストのことを考えていると、タイミングよく彼からの誘いが来た。
「噂をすれば。サンライズミストさんって、いつログインしてもいるんだよなぁ。ホント何してる人なんだろ」
華世は、炊き込みご飯をかきこみ、ヘッドセットをするとボイスチャットを繋いだ。
姫華の前に、サンライズミストが現れる。
「こんばんはー!」
「こんばんは」
「姫華さん、何か食べてます?」
「あ、いや、ちょっと、炊き込みご飯を少々……」
「炊き込みご飯ですか! 僕もこの前作ったんですよ。なかなかの出来でした」
「サンライズミストさん、料理とかされるんですね!?」
「ゲームしかしてないと思いました?」
「あ、いや、えっと……」
「生きるために食べる。食べるために作る。それだけです」
「なんか名言みたい」
「さ、出かけますか」
「はい!」
「始まったイベントやってみます?」
「わたしもそれ、やろうと思ってたんですよ」
「じゃあ、決まりで!」
姫華とサンライズミストは、遊園地にやって来た。
「これ、実際に遊園地に魔物が出たら、たまったもんじゃないですね」
「そうですね」
二人は遊園地内を散策し始めた。
「ホントはカップルで行くところなんだろうな……」
華世の口から独り言がこぼれた。
「え?」
「あ、いや、すみません。今日会社で、恋愛とか結婚の話が出ましてね」
「そうですか」
サンライズミストの気のない返事が返って来た。
「わたし、恋愛と仕事なら、仕事! 恋愛と友情なら、友情! 振られて気まずくなるなら、今のままでいい。そうやって恋愛後回しにしてきた人生で」
「……」
「炊き込みご飯じゃないですけど、食べないと我々は生きていけないけど、恋愛って、しなくても生きていけるじゃないですか?」
「……」
「あ、ごめんなさい。わたし、こんなどうでもいいことをベラベラと……」
「それって、いけないことなんですか?」
「え……?」
「好きなこと好きにやればいいじゃないですか」
華世のゲームする手が止まった。
それは、サンライズミストからの予想していなかった肯定発言だった。
サンライズミストさんは、なんでいつもわたしを誘ってくれるの……?
顔も名前も年齢も何も知らない。わたし達のこの関係って何?
ただひたすら、魔物を倒すために……。
「あ、いた!」
サンライズミストは声を上げた。
魔物が現れた。しかし、姫華のアバターは停止している。
「姫華さん? どうしました? 画面かたまりました? 魔物、観覧車のところに出現しました!」
華世は、ハッと我に返った。
「ご、ごめんなさい! 今行きます! おりゃああ、くらえーー!」
姫華の弓から矢が放たれ、それは魔物のもとへ飛んでいった。