1.ボタンは連打するものだっ!
今夜も、わたしは魔物を倒すために奮闘する!
「いっけーー!」
姫野華世は、『魔物狩人の結び』というオンラインゲームに夢中だった。
『姫華』という名で、弓使いとしてクエストに挑んでいる。
ゲーム内で知り合った『サンライズミスト』は、剣を得意とし、姫華とプレイスタイルも似ており、共に魔物を倒す仲だった。
「あ、攻撃くらった!」
姫華がダウン。すぐにサンライズミストが回復薬を持って現れた。
「ありがとう!」
魔物に二人で立ち向かう。
姫華が魔物に矢を放つ。剣を振るい、サンライズミストがとどめを刺す。
魔物は消滅した。
「ナイスー!」
報酬をゲットし、アイテムボックスが現れた。
「姫華さん、どうぞ!」
「え、でも……サンライズミストさんが倒したから……」
「いえいえ。姫華さんがいなかったら今日のクエストは失敗してたと思うんで!」
「そんな、こちらこそ……」
「今日も遅い時間まで、ありがとうございました!」
「こちらこそ、ありがとうございました!」
サンライズミストは手を振り、画面から消えた。
姫華はアイテムボックスを開ける。
そこにはりんごが3つ入っていた。
「りんご……?」
『メゾン梅津』の二階の部屋では、華世がヘッドセットをしたまま、オンラインゲームのりんごの画面を見つめていた。時計を見ると、1時を回ろうとしてる。
「やっば!」
こうして、華世の変わらぬ一日が、今日も終わるのだった。
風も冷たく感じ始めた東京の秋。
この日、オフィスでは、華世が上司のスーツのちぎれた袖ボタンを付けさせられていた。
神崎誠が、様子を見にやって来る。
「いやー、助かるよ。ありがとう! 姫野さんは、きっとイイ奥さんになれるよ」
「それはどうも……。ありがとうございます」
華世は苦笑しつつ、そう答えた。
神崎はご機嫌な様子で去っていった。
華世の手元が狂い、指に針が刺さった。
「痛っ!」
「あれ? 華世さん、また神崎さんに雑務押し付けられてるんですか?」
片平澪が話しかけてきた。
「澪ちゃん、これがわたしの業務ってどうよ? 奥さんが付けてくれなくてーだってさ」
「また喧嘩したんですかね?」
「そもそも女がやる前提ってなんなのよ!」
「確かに、自分で付けろって話ですね」
「本当はわたし不器用だから、そもそもこんなの得意じゃないんだよね。ボタン付けるの得意そう顔してんだか? とりあえず、なんとなく付いてりゃいっか」
「ウケる、テキトー」
澪は笑った。
その日の仕事帰り、バスに揺られる華世は、同じバスの少し前の座席でゲームをしている若い男の姿に目がいった。
「若者は気楽でいいよね。戻りたい……」
バスの窓に目をやると、窓ガラスは少し曇っていた。
華世は、窓ガラスになんとなくハートマークを描き、更にそこに矢を加えた。
矢が刺さったハートを見つめ、ため息をつく。
停留所に到着し、バスを降りると、ゲームをしていた男も同じ停留所で降りた。
すたすたと歩いて行く男の後ろ姿を見ながら、華世はその後ろを進んだ。
男は、華世の住む『メゾン梅津』の道を挟んで向かいのアパートの別棟へと消えていった。
華世は、近くの住人であったことに少し驚いた。
帰宅した華世は、一人、『魔物狩人の結び』に没頭していた。
「ボタンは付けるもんじゃなくて、連打するもんだっつうの!」
本日の上司への怒りも込めて、華世はボタンを連打した。
姫華は魔物からの攻撃で倒れ、ゲームオーバーとなった。
「あぁー、クエスト失敗! やっぱ誰かとパーティ組むか」
すると、タイミングよくサンライズミストから誘いが来た。
「サンライズミストさん!」
思わず笑みがこぼれ、華世の顔が緩む。
ヘッドセットをして、ボイスチャットを繋いだ。
姫華とサンライズミストは、一緒に魔物を倒しに繰り出した。
「そっち回り込んで!」
「オッケー!」
「今! そっちから!」
「りょーかい!」
サンライズミストの声を受け、姫華は矢を放つ。矢は見事に魔物に命中した。
「よしっ!」
「ナイスー!」
クエストは成功した。
「今日もお誘いありがとうございました!」
「いえいえ。こちらこそありがとうございましたー。おやすみなさい」
サンライズミストが手を振り、消える。
「あーー! スカッとした!!」
時計を見ると、1時を過ぎている。
ああ、今日もやってしまった……。
毎日、同じことの繰り返しである。
現実世界にも、サンライズミストさんのような息の合う相手がいたら、このわたしの人生も、もう少しクリアに見えるのだろうか?
いやいや、面倒ごとはごめんだ。
イイ奥さんってなんだよ。
幸せはゲームの中だけでいい。
わたしはそんなことを思いながら、眠りについた。