7.いつもの訓練
魔法適性の確認から2ヶ月程が経ったが、最近訓練の様相が変わって来た。
「……っ」
いつもの木刀を持ち、2刀のリリアの猛攻を捌いてる。周りから見てもそこそこ出来ているように見えるが、実際は手加減されているだけである。当たり前だが実力差は縮まらない。
しかも最近は蹴りや拳が加わるようになってきた。全く予想していないタイミングで来て、しかも鳩尾などの急所に的確に当ててくる。
1度でも食らうと痛みから動きが鈍り、やりたい放題されてしまう。なのでそれだけは絶対に避けようと動くが、それが隙となり手痛い一撃を受ける。その繰り返しだ。
こう変わったの魔法訓練直後、剛力と呼ばれる体質が顕現した頃からだ。
――剛力とは。
体質で先天魔法の1つと考えられている。が、後発的に顕現することもあり、詳しくは分かっていない。
文字通り、通常では考えられない程の力を発揮する。
ただしこれは個人差が大きく、「常人が全力で鍛えたぐらいの力」の場合もあれば「人間をやめた怪力」になる場合もある。これよりももっと低い場合もある。
大半は「常人が全力で鍛えたぐらいの力」であるがそれでも怪力に変わりなく、冒険者などの力を求められる職業では有力な力とされている。
最初に気付いたのはいつもの打ち合いをしていた時だった。
「ん?……あっ!」
それは、本当に急激な変化だった。魔法適性で魔法を使った感覚に近く、体内のよく分からない力が急に体を走り回る感覚。
魔法の時はその力が体外に排出され何かしらの形になったが、これは体内で留まっていた。
ハジメはその感覚が分からず普段通り打ち込んで、リリアは普段通りそれを流そうとした。
「えっ」
だがその力はこれまでとは全く違い、リリアにとっても不意を打たれる形になって流し切れなかった。
それでも持ち前の技術と反射神経で、ハジメの剣の勢いに何とか乗る事で後ろに跳んだ。これまでのリリアからは見られなかった反応だ。
「……あっぶな」
それでも流し切れない部分は地面を転がり、強すぎる衝撃によって手を離した木刀は宙を舞って飛んで行った。
リリアの信じられない対応に、ハジメは自分の力への困惑よりもリリアへの心配が圧倒的に勝り、慌てて駆け寄った。
「ごめん!大丈夫?」
「大丈夫だけど。え、何今の?」
「分からない。何か急に体の中に力が膨れ上がって、気にせずいつも通りに……あの、それよりもリリアは大丈夫?怪我は?」
ハジメの急激な馬鹿力を受けたリリアだが、受けた手を軽く振りながら飛んで行った木刀を取りに行く。ハジメの言葉に返事もせず、険しい顔をしていた。
「リリア!?やっぱりどこか怪我を――」
「私は大丈夫。予想外過ぎて手が少し痺れたけどちゃんと流したし。キミは?」
「俺は何ともないけど。何今の?」
「それは私が聞きたいんだけど……。いえ、多分……、うん、大丈夫」
ハジメの言葉にリリアは困ったように笑う。しかしその笑顔は歪んでいる。ハジメもよく分からないので、確認のために横を向いて木刀を正面に向けて振り下ろす。
リリアに打ち込むことも考えたが、今のように跳ぶほどの威力になったら危ないので素振りである。
「どう?」
「軽い……気がする?よく分からない」
本当に分からず何度も確認するが、成果はよろしくない。リリアはそんなハジメを見ながら、再び険しい顔で考え始める。
「やっぱりこれ……」
リリアが、つい最近感じたピリピリした威圧感を出しながら、何かを考えている。しかも表情の険しさは魔法訓練の時以上だ。
「この後時間ある?」
「ずっとリリアとの訓練の予定が入ってる」
「そうだったね。なら早いけど切り上げよう。今の確認したいから、グレンさんに相談に行く」
「うん、分かった」
リリアの険しい顔に、何か良くない事が起こってるのではないかと緊張する。
リリアがいつもの装備に着替え、道中すれ違う兵士に軽い感じで挨拶しながら、兵舎の中を我が家のように歩いていく。ハジメも着替え、そんなすれ違う兵士に緊張しながらも後を追う。
歩いて数分、ずっと前に一度だけ来た扉の前に来ると、リリアがその扉をコンコンと叩いた。
「リリアです。グレンさん、居ますか?」
「おぉ、入って良いぞ」
「おいライファ、何でお前が返事するんだ」
グレンが、と思ったら違う声が帰ってきてリリアとハジメが顔を見合わせる。
「ん?良いぞ入ってきて」
「ライファ、頼むから人の話聞いてくれ。リリア、大丈夫だから入っておいで」
「……失礼します?」
「えっと……失礼します」
「お、ハジメも居たのか」
扉を開けると、予想外の人達がグレンと一緒にお茶を飲みながら書類とにらめっこしていた。
「……それで、何でライファさん達が?」
空いてる席は一つしか無く、他は全て埋まっていた。先日会ったライファ、キョウヤ、ヒカリが仲良く書類とにらめっこしていたからだ。
空いてる席の持ち主であるリズウェルは、壁ぎわでお茶を入れている。
「あぁ。先天魔法の確認で依頼の調整してたから今は少し暇でな。遊びに来てたんだ。これはただの手伝い。それで今日はどうした?」
ライファが手元の書類から目を話してハジメに目を向ける。それに返事を返したのはリリアだ。
「打ち合いしてたらコレの筋力が急激に上がったの。『剛力』の可能性は?」
「えっ!?」
そこに居た4人が驚いて、完璧にハモった声をあげた。返事をしなかったのは壁ぎわにいたいたリズウェルだけだ。ただ一番慌てているようで、カップを大急ぎで置くと、
「リリアちゃん、怪我はしてない?大丈夫?」
「だ、大丈夫ですから!リズウェルさん落ち着いて」
リリアの手を握って近距離で見つめてきた。さすがのリリアも少しのけぞり、照れて顔を少し赤く染めている。
グレンも慌てたように立ち上がり、リリアのもう片方の手を握った。
「本当に大丈夫なんだな」
「はい。上手く流しました」
それを聞いて一安心、と息を吐いた。
一歩遅れたライファは、ゆっくりと立ち上がるとリリアの前へと移動する。いつもと違う様子にグレンもリズウェルも横にずれ、リリアも背筋を伸ばす。
「そこは流石だな。細かい状況を教えろ」
「はい。先ほどハジメと戦闘訓練を実施していたところ、急激な筋力の増加がありました」
リリアがそこで一旦区切るとライファが険しい顔をして悩む。すぐ横では心配するようにグレンがリリアを見ているが、誰も気にしていない。
「リリアちゃん……つまり不意打ち気味に受けたんだな」
「はい。ただ、上手く流したので跳んで躱しています。怪我は――ありません」
リリアが体を軽く動かし怪我の有無を確認する。あれを怪我もなく流せる辺りさすがだ。
「この症状は『剛力』に該当すると判断しましたが確証が持てず、分かる人に話を聞きたいとグレンさんに会いに来ました。そうしたらライファが居ましたので、ライファに確認をお願いしたいです」
「……そうか」
リリアの報告を受けたライファが見定める様に、ハジメをまじまじと見る。
「……思ったより早かったな」
ライファが誰にも聞こえないぐらい小さな声で呟く。そしてクルリと後ろを向くと、机に立てかけてあった身長近くありそうな巨大な剣に手を伸ばした。
「ハジメ、これ持てるか」
ライファが柄をこちらに向けて差し出してきた。
「あの、良いんですか?」
「確認するのに必要なんだよ。あぁ、大丈夫だ。お前に持たせたところで危険も何もねぇよ」
ハジメの怪我と言うよりは、何かしようとしても何もさせずに制圧するという無言の圧を感じる。その事に気付き唾を飲む。
ハジメは差し出させた柄を片手で握り、ゆっくりと力を込める。
「んん!?」
ライファがゆっくりと力を抜くと、加わってきた信じられない重量に唸り、慌てて両手で握る。ライファが片手で軽々と持っているのが嘘のようだ。
「う――うおおおおぉぉ……」
ライファが支えているのとは思えない、信じられない重さに慌てて力を込める。無理!!と落としそうになったところでライファが持ち上げて回収した。
「はあぁぁぁぁぁ~~……」
ほんの一瞬だったのに腕がプルプルしている。それほどの重さだった。それを軽々持ち上げ動かしているライファが異常だ。
「最大は予想通りになりそうだな」
その状態を安堵した様子で見ていると、ライファはグレンに話しかけた。
「グレン。闘技場空いてるか?」
「屋内訓練場の事?空いてるよ。最近人気が無くてな」
「俺たちが兵士の頃は人気だったのにな」
「それは俺たちが毎回使ってたからだ。連絡か予約は居るけど周りの目がないから、好き放題出来たからな」
「懐かしいな。よく酷い目にあったけど……。キョウヤ、鍵と連絡頼めるか?」
「へいへい。どれくらい?」
「あー。2時間もあれば余裕だろ」
「了解。先行ってて」
席に座って状況を見守っていたキョウヤは声をかけられると、慣れたように動き出した。キョウヤは武器を手に取り、さっさと部屋を出て行った。
「待たせるわけにもいかないし、俺らも行くか」
ライファがそう声をかけると、その場にいた全員が武器を取り動き出した。
余りの速さにハジメは動けなかったが、ライファに背中を軽く叩かれると遅れて動き出した。
個人的考えから、次のお話はすぐ投稿します。