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【3節終了】『英雄たちの愛娘』  作者: 西日爺
4節 求めた強さ

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69.罪の責任

Bランク昇格試験までもう少し。

人によっては毎日の訓練を減らしてでも追い込みをする中、リリアとアスティアは特に変わらずいつも通りの生活を続けていた。

大丈夫とは思っていない、けれど普段通りを心掛け、大変さと忙しさの中の楽しさを味わっていた。

「……」

けれど今だけは違う。

クロッサから会って欲しい人が居ると言われ、とある衣料品店に来ていた。冒険者でも普段使い出来るようなしっかりとした衣服が並んでいて、それに見合っただけ少し高価で手が出づらい価格設定なお店。

ハジメも、オルビに連れられて1度だけ来たことがあるが値段に負けてすぐに出て行ってしまった。そのお店の売り場、ではなく客間に通されて数分。強い緊張の中で人を待っている。

ソファに座ってるのは2人。

少し緊張気味のハジメと、緊張で背筋を伸ばして固まっているラナラスだ。

その後ろでは4人が立っている。

いつも通りのリリア、少し警戒しているエリス。そして腕を組み出来るだけ冷静で居ようとしているアスティアと目を瞑って意識しないようにしているアマラ。

「忙しいはずなのに、わりぃな。このタイミングを逃すと次がいつになるか分からなくてよ」

反対側にはスノーライトのクロッサが1人で座っていた。隊商レイドの時とは違いきっちりとした服装、戦闘よりも見た目を優先したその姿は、レイドの時とは別人に見える。

「気にしていません。それよりも、畏まってここに呼ばれた事に困ってます」

ハジメが苦笑いを浮かべると、クロッサも似た感じの笑みを浮かべた。

「そこは必要な事と諦めてくれ。ハジメも分かるだろ」

「分かります。だから困ってるんです」

2人が困ったように話していると、コンコンと扉を叩く音と共に扉が開いた。

「皆さんすみません、お待たせしました」

返事も待たずにドロスが部屋の中に入ってくる。全員の視線が集まるが、気にする様子はない。

手に数枚の紙を持ち、落ち着いた様子でクロッサの隣へと向かった。

「皆さんお久しぶりです」

「ドロスも久しぶり。大丈夫だった?」

入ってきたドロスにハジメが気楽に話しかけると、疲れた様に肩を落とす。

「大丈夫でしたが、久しぶりのせいか疲れました。隊商レイドの前は問題なかったので慣れの問題と思うのですが、変な感じです」

ドロスの返事にハジメが少し困ったような表情で返事を返す。ドロスは1つ呼吸を置くと、持っていた紙を机に並べた。

「それでは、今日はお時間を取り申し訳ありません」

ドロスはクロッサについて何も言わず話を始める。並べた紙をハジメとラナラスの前に移動し、2人も内容に目を通す。

「隊商レイドでは、本当に申し訳ありませんでした。謝罪で済むような事ではありませんが、もう1度謝らせてください」

これまでと違う、言葉だけの謝罪。その言葉にアスティアが少し顔を顰める。

「今回お時間を頂いたのは、その謝罪の内容についてです」

ドロスがまるで責任者のような言葉使いと表情で2人を見る。その表情に促されて渡された紙の内容を精査していく。

「な、なに、これ?」

読み終わったラナラスが困惑の声をあげる。その声に釣られて後ろで見ていた4人も紙に目を落とす。

けれどドロスは気にせず、真剣な表情で2人を見つめる。

「書いてある通りです」

「書いて、ある、通り、じゃ、ない、です!こんなの、誰が、許すんですか!」

ラナラスが珍しく叫ぶがドロスは気にせず視線で返す。ハジメもやっと読み終えると、困惑と焦りを交えてドロスを見つめる。

「何だよこれ。ドロス、本気か?」

「本気じゃなかったら、こんな用紙(契約書)の形にしません」

ドロスの真剣な表情にハジメも飲まれる。後ろから契約書をのぞき込んでいたリリアが、ハジメ以上の困惑を込めてドロスを見た。

「期間は1年、ハジメとラナラス、及びパーティメンバーに月1着、当店の衣料品販売価格の――え、9割引きで販売する?」

リリアが契約書の重要部分を復唱すると、既に読み終わっていた他のメンバーにも緊張が走る。

衣服は高価だ。

水車を使った布織物があり、布自体はゆっくりとではあるが安く提供できるようになってきている。けれど裁縫など未だに手作業が基本。古着でも大銅貨10枚越えがほとんど、良質な新品なら銀貨数枚するのが基本だ。

だから何度も補修して大切に使う。

ハジメも簡単な針仕事なら慣れたもの。この世界に来た直後に買った衣服も修理しながら使っており、まだまだ現役だ。

それを9割引――ほぼ古着の値で売る。しかも月に1着。異常とも言える契約書だ。

ラナラスは何度も契約書を読み直し、それでも信じられずに叫ぶ。

「こ、こんなの、お店が、潰れ、ます!」

「大丈夫です。私が個人で買い取り、値引き後の値段で皆さんにお渡しする形になります」

「それ、でも!お店は、ドロスさん、の、両親のお店、ですよ、ね」

「縁を切りました。現在私の身柄はクロッサさんが持っていて、全て私の責任になるようになってます」

「ドロスは一体何を――っ」

信じられない言葉にリリアが横から口出ししたが、クロッサが強く睨んだので言葉を止める。

ラナラスも言葉を探し、けれども見つからずにクロッサに目を向けた。止めてください、その意思を込めた視線にクロッサは肩を竦める。

「これでも草案よりもマシになったんだ。最初は無期限、際限なしの無償譲渡だったからな」

クロッサの言葉に何も言えず、場に沈黙が降りる。そしてゆっくり考える時間を許さず、ドロスが頭を下げた。

「今回私は愚かな事をしてハジメさんとラナラスさんに迷惑をかけました。すみませんでした、では済まない事です。だからこそ、どうか受け取ってください」

有無を言わさぬ謝罪。

小さく息を飲む音が聞こえる。驚きから身じろぎし、服の擦れた音が聞こえる。誰かが力を込めたのか、ソファが小さく音を立てる。

きっとドロスはこれから苦労の中に落とされる。長い間借金に悩まされる事になるだろう。それほどの値段になる。

けれどもそれしかドロスには()返せる(償う)方法が無い。自分の無力を理解している。

ハジメが止めようと色々考えるが、何も思い浮かばず呆然としてしまう。


「嫌、です」


だからこそ、ラナラスの呟いた言葉が部屋に響いた。

「こんな物、なら、要りま、せん」

ラナラスが有無を言わさず契約書を破り捨てる。ハジメに渡された契約書も勝手に破るとくしゃくしゃに丸め、机の上に置いた。

その動きをアスティアとアマラは優しく微笑み、予想外だったリリアは目をパチパチと困惑させ、エリスは本気で怒っているラナラスに怯えた。

ハジメは勝手に蚊帳の外にされたが、それでもラナラスの行動に感謝する。

ドロスは驚き固まるが、ラナラスは気にせず言葉を続ける。

「ご両親、との、縁も、戻して、ください。そんな覚悟、要りま、せん」

「しかし――」

「もし、それでも。売ると、言うなら。買いに、来ません。何も、要りま、せん」

「ラナラスさん!」

ドロスが叫ぶ。しかしラナラスは普段の少し引っ込み思案な様子が嘘のように強く見つめ、意志を込める。

「……でしたら、勝手に送らせていただきます。これは私が払わなければならな――」

「そんな、事したら、全て、お店、に、届けます」

「ラナラスさん!」

「届け、ます」

「――でも、私にはそれしかもう返せないんです!」

ドロスが思い(責任)を声に出すがラナラスは引かない。その言葉を気にせず、ドロスを見つめる。

「でした、ら。1着、だけ、ほんの少し、安く、売って、くだ、さい。1割、引きで、良いの、で」

ドロスが後悔で強く手を握り込む中、ハジメがその提案に喜ぶ。

ラナラスもハジメも全く気にしていない。

ミスはあった。けれど守り、庇い戦ったのは2人の仕事だったからだ。ドロスは既にそのミスの罰は受けた。そう思っていた。

けれどドロスは責任を思い、ずっと悩んでいたのだろう。だからこそ自分に出来る最大限の物を渡そうとした。

――だからこそラナラスは全て分かった上で拒否して、誰も損しないようにまとめようとした。

1人1着だけ、1割値段を引いてもらう。

6人全員を考えたら相当な額になる。それでもお店からしたら充分黒字、ラナラス側から見ても質を考えたら充分プラスだ。古着を買うより長く持ち相対的に安くなるはず。

話を聞きながら考えていたのだろう。けれどドロスも引かない。

「1着なら、プレゼントで大丈夫ですね。皆さんの分を払う余裕がありますから」

出来るだけ何かしら責任を果たしたい。例え嘘を含んだとしても、思いが行動になって現れる。

「1割引き、で。それ以上、は、聞き、ません」

ラナラスも引かない。

お店に入った時に見た素晴らしい品々。後ろめたい値段でなんて買えない。

「……9割引きです。それ以上は――」

「2割引き」

「……」

ドロスが引いた瞬間、ラナラスも引いた。

上手な譲歩にドロスが固まってしまう。お互いに見つめ合うと、ドロスが再起動して意地を張る。

「プレゼントします」

「……」

頑固な答えに今度はラナラスが黙る。けれどドロスの目を見て何かを悩むと、どう返すか答えを探す。その一瞬の沈黙にドロスが先に答えを出した。

「大丈夫ですね。1人1着ですし、せっかくなら今から品物を――」

「2割、引き、です。それ以上は、嫌、です」

「……」

今度はラナラスが意地を張る。そのまま2人で睨み合うとお互い引かない。

「9割引き」「1割引き」「8割引き」「1割」「8割」「1割」「8割」「2割」「9」「1」「9」「2」

お互い数字を言い合いながら、着地地点を奪い合う。その数字はほとんど変わらず、それでもギリギリで近寄ってると思いたい。

「――みんな、一旦外出よう」

アスティアがその様子に苦笑いを浮かべると、睨み合い(見つめ合う)ラナラスとドロスを放置して声をかけた。2人にその声は届いてないらしく、睨み合いながら数字を言い合っている。

「良いのか?」

クロッサが困惑するが、アスティアは無視してアマラと一緒に部屋の外に出る。ハジメも困惑していたがリリアに肩を突かれたので素直にソファから立ち上がるとエリスも引き連れて外に出る。

「――2人とも、終わったら声かけろよ」

クロッサが呆れながら声をかけるが2人の耳には入っていないらしく、延々と近寄らない数字を言い合っていた。


「それで、アスティアは何やってるんだ」

部屋を出た後、アスティアはお店の中を歩いて回り買う服を決めていた。リリア達も良さそうな服を探している。

「何って、買う服決めてるの」

アスティアは当然と言った様子で答える。その中でも良さそうなのを見つけるが、どう見てもアスティアが着れるサイズではない。その服を広げるとリリアに向けて何かをイメージをしている。とても危ない視線は当然すぐに気付かれ、ハジメの陰に逃げられた。

「そうじゃなくてだな――」

「ラナラスの事だし、お互い悪くない値引きで抑えるはずなの。ドロスだってちゃんとした思いがあったんだし、何も買わずに帰る方が失礼でしょ」

アスティアがこれじゃないなと綺麗にたたむと、他の服を探す。アマラはどれにしようか目移りしており、のんびりとアスティアの後を追いかける。

「そうだな。あの値引き合戦……ん?値引き合戦?あいつら、変な事してなかったか」

クロッサは2人の言い合いを思い返すと違和感を覚える。

よくよく考えると、買う側が値上げして売る側が値下げしていた。普通は逆だ。

凄まじい矛盾を含んだ戦いにアスティアは笑う。

「変な事してたよ。でもラナラスらしいから」

アスティアは再び違う服を選ぶと、今度はエリスに向けて広げる。が、広がる前に視線に気づきハジメの後ろに隠れた。

盾にされたハジメだが既に服を選び終え、女性陣の買い物が終わるのを待っている。

「ラナラスは昔から真面目で頑固だから。良い物は良い、ダメな物はダメって言えるぐらい。だからギルドでも信頼されて、レイドに参加したの」

出費が痛くないと言ったら嘘だが、何とでもなる額。冒険者として働いていて、かつギルド職員もしている。リリア達も同様で収入はしっかりしていて、1着ぐらいなら問題は無いはずだ。

お店としても何とでもなる。恐らく最初言ってた通り、ドロスが割引分を補填する形になるだろう。ドロスの懐には響くだろうが、何とでもなるはずだ。

「そりゃあ、そうか」

クロッサが適当に1着取ると、アスティアに向ける。アスティアが「似合う?」と聞くと「分からん」と答えすぐにたたむ。

その後ろでは店番をしていたドロスの両親がリリア達と話をしている。

全てを知った上でドロスの選択を受け入れ、そして今何が行われているか聞くと涙を浮かべて頭を下げていた。

――息子の覚悟も命も、悪いようにはならない。

その事が分かると安心したようで、リリアの手を握ってお礼を言っている。

少し困ったようにアスティアを見て来たので、棚にあった可愛らしい服を開いて返事をするとすぐに目線を逸らした。

「それに、クロッサもこうなるって予想してたんじゃないの」

悲しそうに服をたたんで棚に戻すと、クロッサはとぼける。

「何のことだ?」

「とぼけないの。クロッサがあんな契約を認めるとは思えないから。どうせ私達なら大丈夫って判断して、止めてもらう予定だったんでしょ」

「……」

図星過ぎてクロッサは何も言えない。けれどすぐに溜め息を吐くと降参と手を上げた。

「その通りだよ。ドロスは優秀なんだが、1人で先走る所があってな」

そのまま近くの服を取る。装飾はほぼなくシンプルだが、細部はしっかりと補強がされていてそう簡単には壊れない使い勝手のいい服だ。

再びアスティアに向けて広げると「似合うんじゃないか」と褒めるので、アスティアは「ありがとう」と少し照れ気味に答える。

「事前にちゃんと俺に相談したから良かったがな。おかげで立ち会えた」

その服をアスティアに渡すが、買うつもりはないらしく綺麗にたたんで棚に戻す。

ちらりとハジメ達の方を見ると、既に3人は服を選び終えた様子。

リリアとエリスが申し訳なさそうにハジメに服を渡し、気にするなと言わんばかりに微笑ながら受け取っていた。

アマラはまだ悩んでいて、今はリリア達と一緒に選んでいる。時々リリア達に見せてはあれでもない、これでもないと楽しそうにしていた。

アスティアも再びリリア達の服を選び始めると、小さくぼそりと呟いた。

「これで借りは返したからね」

借りが何のことか思い当たる節が無く、クロッサが眉を顰める。

「何のことだ、アスティアに何か貸してたか?」

「B級昇格試験の推薦」

その言葉に驚くとクロッサは笑うので、アスティアが不思議そうに視線を向けた。

「貸しでもなんでもねえよ。昇格した時にうちから声をかけたかったから推薦したんだ。いや、これで貸し借り無しになるならありがたいな」

「……やっぱり、これは貸しね」

アスティアが少し嫌そうにするので、クロッサは笑って返した。



少し経つとラナラスとドロスの部屋から出てきたので、ドロスの両親が不安そうに話しかけた。

結局5割引きに落ち着いたらしい。

お互い少し悔しそうな表情を浮かべていたので、全員が笑いそうになったのは仕方ないだろう。

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