67.前を向いて
隊商レイドが終わってから日が経ち、寒さも本格化してきた。
王都の様子は変わらず、けれどギルドではBランク昇格試験に緊張する人たちが目立つようになってくる。
そしてその昇格試験は受験するCランクの人以外にも影響を与える。
レイドの期間と比べて、王都の依頼は状況も環境も違う。だからこそ求められる能力にも違いがある。
集中を維持する期間、注意する事、仲間との連携、自分の危険の優先順位。
だからこそハジメは、リハビリも兼ねて依頼を抑え気味に動いていた。城壁内の依頼か、外に出ても日中の短い時間。
徹底した安全管理、リリアから教わった事を丁寧に丁寧に実践する。
だからこそ、ハジメは他の人に比べて時間をかけた。元に戻せる、そうしっかりと確認すると、やっといつも通りが始まった。
いつもの早朝、人通りも少ない中でエリスと一緒にハジメも並ぶ。先にエリスが城門の外に出たので、ハジメも追いかけるように手続きを済ませて行く。
「久しぶりだな。時期的に隊商レイドに参加してたのか?」
「はい、参加してました」
いつもの城門、いつもの衛兵。久しぶりの慣れ親しんだ情景に外に出る緊張よりも安心が先に来る。いつも通り冒険者タグを見せると、そこに書かれたランクに驚いた。
「Dランクまで上がったのか。おめでとう」
「ありがとうございます」
ランクを覚えてると思わず、ハジメはかなり驚いた表情でお礼を言ってしまう。その表情に兵士はフッと笑みを浮かべる。
「見張りをしてるんだ。これでも記憶力には自信がある」
少し自慢するような表情にハジメもつられて笑う。衛兵はそこで意識を切り替えると、次に待つ人に目を向ける。
「お願い」
「あぁ。1人か?」
「パーティ。今行ったハジメと組む」
その言葉に衛兵は驚くと、慌ててハジメに目を向けた。
「ハジメ、リリアはどうした」
ハジメとエリス、そして最後に並んでいたアマラの3人で外に出る。そこにはリリアもアスティアも居ない。まるでリリアに何かあり、新しくメンバーを入れたよう。
最悪の事態を想像したのか衛兵は焦りと不安を混ぜて聞いてくる。
その表情にハジメとエリスは一瞬顔を見合わせると、安心させるように微笑んだ。
「Bランク昇格試験の準備です」
久しぶりに歩く早朝の森はとても静か、他の冒険者もほとんど入っていないのだろう。雪は降っていないがとても寒く、周りの草花も元気が無さそうだ。
「でも、本当に良いの?」
そんな森の中をいつも通り歩いていると、アマラが不安そうに聞いていた。
既に何度やったか分からないやり取り。やはり不安なのだろう、もう帰る選択肢はないのに再び聞いてしまう。
エリスは隣で周囲を警戒しながら、気にしないように返す。
「居てくれた方が私も嬉しいよ。ハジメだけだと不安だし」
「おいエリス。それはどういう意味だ」
エリスの遠慮ない言葉にハジメが文句を言って拳を作る。エリスは「キャー」と楽しそうに言うばかりで反省する様子はない。
当然、ハジメは怒っておらず遊んでいるだけ、エリスも分かっているので一切気にしない。なのでハジメも気楽に言葉を続ける。
「アマラも気にする必要ないよ。戦闘が起きても安心なのは本当だから」
「ハジメの方が強いと思うんだけど」
「どこがだよ。最近はほぼ互角じゃん」
ハジメがほんのちょっとの嘘を含んで返すが、アマラは納得いかない様子。けれどハジメは気にしない。
慣れ親しんだウルルの森。想定外が起こるようなら既に情報は出ているはず。出ていない状況からも安全と言えるだろう。しかしその情報を過大評価せず、何が起きてもしっかりと判断出来る実力者がここには揃っている。
それでも戦力は多い方が対応の幅は広がる。
「でも私、中層の経験は浅いよ」
「大丈夫。もし実力が足りないならリリアが止めてるから」
「それはそうだけど」
不安そうなアマラを笑って鼓舞する。まだまだ浅層、周囲には小動物の物音はあるが危険な気配はしない。
何かあったらエリスが気づくだろう。それでも気を抜かずに進んで行く。
「でも本当に良いの?」
「何が?」
それでも不安なようで、同じ言葉を再び口にする。今までとは違う様子の不安にハジメもエリスも困惑する。
「今日行く場所は普段リリア達が採りに行ってる場所。私達は場所を知らないのに」
ウルルの森は広く、中層まで入ると誰にも言っていない採集場所なんかを確保してる人も居る。そして今回はリリア達の秘密の採集場所へ向かう事になっている。アマラはそれを不安視してるのだ。
そのもっともな不安をエリスは一切気にしない。
「リリアとも話して問題ないのは確認したでしょ。魔物や魔獣が比較的多くて他の人が入らないエリアだから、アマラ達が知っても問題ないって。そりゃ根こそぎ採られたら困るけど、するの?」
「しない」
アマラの返事にエリスが嬉しそうに先導する。
「なら大丈夫。急ご、早く帰りたい」
「急いで偵察適当になるなよ」
「ハジメにだけは言われたくない!」
ハジメのからかいにエリスは楽しそうに文句を言うと、先へと歩き出した。
「……」
「アスティア、手が止まってる」
「うっ」
リリアの言葉にアスティアが固まると、手に持っていた本を閉じてのびをする。
「やっぱりアマラの事が気になる?」
「……」
リリアの図星に何も言えずアスティアは掘りゴタツに突っ伏した。その様子にリリアが微笑むとお茶を一口飲んで一緒に休憩に入る。
ここはリリアが買った家、そこのリビング。部屋は暖炉で温まっているが、この国では一般的ではない畳に掘りゴタツまでセットしている。
コタツは暖炉の温風が流れ込むように作られており、出るのに苦労しそうな程に丁度いい温かさになっている。
日本ではもう珍しくなった掘りゴタツだが、基本が椅子のリリア達には合っていた。入りやすく、使いやすい。
そんな掘りゴタツの快適さを実感しながら、少し不安そうなアスティアに笑いかける。
「エリスとハジメが居るから大丈夫だよ」
「それは分かってるんだけど。でもやっぱり不安で」
いつも居る仲間が居ない、たったそれだけでも不安は増す。
現在リリアとアスティアはBランク昇格試験に向けての勉強を進めている。当初はギルドの資料室を考えていたのだが、他の受験者で混み始めていた。そこで資料を借りてリリアの家で勉強しようと言う事になったのだ。
「アマラを心配するより自分の事を心配した方が良いよ」
「うっ」
リリアの的確な指摘にアスティアは固まる。アスティアの能力は決して低くない。ただBランクに求められる知識も多い。
Aランク程ではないにしろ今まで不要だった知識も求められるため、アスティアだけでなくリリアも再勉強が必要になっていた。
「リリアだって心配そうにしてるじゃん」
「そう?いつも通りだけど」
「ハジメ」
「――まぁ、色々とあったけどね」
まるで仕返しをするするようなアスティアの言葉は簡単に流されてしまう。
当然アスティアも2人の喧嘩を知っている。詳細は説明してないのだが「ただの痴話喧嘩か」と言われた時は流石のリリアも動揺した。
しかしアスティアの今の指摘には一切反応しない。その揶揄いがいの無さにつまらなそうにする。
「何も反応ないとつまらないんだけど」
「アスティアは何を考えてるの」
「面白い話聞けないかなって」
「何もないよ」
「本当はハジメを連れ込んでいて、こう色々と――」
「家から追い出すよ」
「冗談だよ。もう、ごめんってば」
アスティアの楽しそうな表情にリリアは物凄く冷たく当たる。これ以上揶揄うと本気で追い出されそう。
けれどリリアはすぐ少し寂しそうな表情になると呟いた。
「そもそもハジメは家の場所も知らないから」
「そうなの?」
「うん。色々思う所があるみたいで、ご飯とか誘ったけど来ないの」
リリアの控えめだけど本当に寂しそうな表情に、アスティアも何も言えなくなる。
「……もう、この話は終わり。時間も丁度良いし食事にしよう」
湿っぽくなる空気を無理矢理絞めるとリリアは掘りコタツから出る。そのままキッチンに向かうとお湯を沸かし始めた。
「買っておいたパンで良い?」
「良いよ、ありがとう」
アスティアも何も詮索せず、素直に準備を始める。
なんだかんだ言ってお昼もかなり過ぎた時間。アスティアも小腹を通り越して空腹なので余計な事は考えずにさっさと動き出した。
――コンコン
丁度そのタイミング、家のドアをノックされた音がする。2人ともその音に意識を向けると知った気配に安心し、アスティアがすぐに迎えに行く。
「おかえり」
「お、お邪魔、します」
鍵を開けて扉を開くとラナラスが立っていた。オドオドしながら周りをキョロキョロ見ており、かなり挙動不審だ。その様子にアスティアが笑いそうになる。
「ラナラスったら、気にしないで入りなよ。そんな怯える必要ないんだから」
「だ、だって。こんな良い、お家、だよ」
「それ昨日もやったから」
アスティアが呆れるとラナラスが家の中に入る。
「ラナラス、おかえり」
リビングに入ると、キッチンに立つリリアが優しく声をかける。当然と言ったその調子にラナラスも落ち着くと、普段通りの表情を浮かべた。
「ただいま、です」
「気を張らないで大丈夫だよ」
どこか緊張を残したラナラスの言葉にリリアが微笑んだ。
数日前に話は戻る。
きっかけはラナラスの不調だった。
普段のギルド業務なのだがラナラスの様子が少しおかしい。作業ペースもいつもより遅く、ミスは起きていないがかなり怪しい。
気を抜くとウトウトとしており、時折可愛らしいあくびもしている。周りは不安そうにちらちらと見ているが、その事に気付かない程に余裕がない。
「ラナラス、大丈夫?何かあった?」
代表してリリアが心配して声をかける。声をかけられるとラナラスはあくびを返してしまう。
「ごめん、なさい。ちょっと、寝不足、で」
「寝不足って。アスティアがまた何かした?」
リリアは可愛い物好きの友人を呆れ混じりに思い浮かべる。けれどラナラスは苦笑いで首を振った。
「寮の、お隣、が。夜、いびきが、凄く、うるさく、て」
ラナラスが困ったように笑うが、再び小さくあくびをする。そのどう見ても寝不足な状態にリリアも不安になる。
「アスティアとアマラは大丈夫なの?」
「アスティア、は、全然、気に、してない、です。アマラは、少し、辛そう、かな」
ラナラスの困ったような言葉にリリアが悩む。
アスティアは今勉強で資料室に居るそうだが、アマラはハジメと一緒に親方の元へ依頼に行っている。不調が原因で怪我していない事を祈るしかない。
だが何とかしようにも寮の部屋は一杯。他の宿に移るか諦めるかしか選択肢はない。
何か良い方法は無いか、リリアが考えるとすぐにある選択肢が浮かんだ。
「ならさ、私の家に来ない?」
「へ?」
ラナラスには予想外だったらしく、かなり間抜けな声が出てしまう。その言葉を気にせずリリアは続ける。
「今エリスと住んでるんだけど、2階建てで1階は少し余裕があるの。客間とリビングを使えば泊まれると思う」
リリアが指を折って眠れそうな場所を思い出す。
「え、でも、いいの?」
「調子落とされる方が困るよ。それに今、アマラはエリスとハジメとよく一緒に動いてるから、調子崩されたら危険だし」
リリアの当然の指摘にラナラスが悩む。ありがたい誘いにどう答えれば良いのか分からないのだろう。
なので了承しやすいように提案をまとめる。
「寮が混んでる間だけ、だけどね。いびきが煩いなんてこれまで聞いた事無かったから、昇格試験受けに来てる人達だと思う。だから昇格試験が終わるまで、期間は1ヶ月くらいになるかな」
リリアはそう話しながら手元で確認していたギルドの書類を完成させる。終わった書類をまとめると、次に回すために提出してくる。
「私はこれで終わり。それでラナラスはどうする?」
席に戻ってくるとリリアの仕事は終わった。リリアの確認にラナラスは頷くと、準備していた答えを嬉しそうに口にする。
「凄く、嬉しい。帰ったら、アスティア、と、アマラ、にも、言い、ます」
「なら晩御飯一緒に食べよう。エリスが戻ってきたら一緒に食べれば丁度良いし」
「うん」
気分は友達の家へのお泊り。気心知れた相手なだけあり、返事は簡単だった。
話はとんとん拍子に進む。
親方の仕事を受けていたハジメとアマラとも合流すると、そのまますぐに決まった。
アスティアだけは別の宿を探す、と言う悲しい話が出てしまったのは日頃の行いだろう。




