65.亡くした思い、生まれた思い
12月26日、2話?更新の1話目になります。
「聞いて良い?」
ハジメが小さく呟く。
リリアは静かに涙を流していたが、落ち着いて来たのか小さく頷いた。
「リリアはAランクを目指してるんだよね」
「……誰から聞いた?」
「グレンさんとリズウェルさん」
ハジメの答えにリリアが困ったよう微笑む。
「そうだよ、Aランクを目指してた」
リリアも自覚していない過去形。けれどハジメは指摘しない。
「何でリリアは、Aランクを――旅をしたいと思ったの?」
ハジメの目標もAランク。世界を自由に旅して、色んな事を知りたいと思ったからだ。
ギルドが実力を保証し、好きに動き見て回れる特権。だからたいていの人はBランクを目指す。そこまでは要らないからだ。
「……キミは、私の両親について知ってる?」
リリアは質問の答えではなく質問を返す。ハジメは余計な事を言わずに自信なく首を振る。
「ほとんど知らない。お父さんがルウさんで、お母さんがユイさんって事しか」
「そうだよ。ルウ・アルファとユイ・アルファ。元々軍に努めてて、前の戦争では先天魔法を使って活躍したらしいの」
リリアも伝聞でしか聞いてない。けれどその活躍のおかげでグレンもリズウェルも、ライファもキョウヤもヒカリも生き残ったと恩を言っていた。
「でも私が13歳の頃かな。死んじゃって」
リリアがとても辛そうに言う。けれど必要な事なのだろう。ハジメはその絶望も苦痛も受け入れる。
「それは、病気?」
「謎の病気って言ってたけど、多分違う。私に隠れて話していた時に老衰だって言ってた」
「……え?」
「グレンさんが辛そうに謝ってるのを、隠れて聞いちゃったの。グレンさんが悪いわけないのにね」
信じられない言葉にハジメが固まる。けれどリリアの表情は嘘を含まない。
「……そんなに高齢だったの?」
「グレンさん達より少し若かったはず。30ちょっとだったって聞いてる」
「正確には分からないんだ」
「お父さんもお母さんも孤児だったから」
続く信じられない言葉にハジメは混乱する。
「え、孤児?待って、マリーさんは?」
「お父さんとお母さんを養子で引き取ったんだって。私もずっと知らなくて、本当のおばあちゃんだと思ってた。だから本当は私、一人ぼっちなんだ」
でもおばあちゃんの事は本当のおばあちゃんだと思ってる、とリリアが笑う。ハジメの混乱はどんどん増していく。けれど混乱も無視してリリアは続ける。
「それでさ、おばあちゃんの孤児院名覚えてる?」
「確かガンマ、だったよね?」
「うん。お父さんとお母さんが戦後に受け持った孤児院。おばあちゃんがそこで孤児院名を取ったの。だから私も、孤児じゃないけど孤児院育ちなの。元々の名前もリリア・ガンマ。もう使う事もないけどね」
「あれ?でもリリアの孤児院名はアルファだよね」
「アルファを名乗れるように、サイシアで受け直したの。お父さんとお母さんとの繋がりが無くなっちゃう気がしてね」
リリアの過去にハジメは絶句するが、それでも全て知るためにすぐに復活する。その様子にリリアは懐かしむように微笑む。
「孤児院は隣のノビリ町にあってね。普通の馬車なら1日ぐらいかかるけど、エリザベスが急げば半日かからずに着く距離なんだ。グレンさんもリズウェルさんも忙しいはずなのに、兄さんを連れてよく遊びに来てね」
「……」
「ライファとキョウヤさん、ヒカリさんは一緒にノビリに住んで孤児院を手伝ってたの。ライファなんて孤児院で寝泊まりしてたよ。あの頃はBランクで色んな所から声がかかってるのにね。お父さんが、気にしないで好きな所行って良いんだよ、って言っても無視してたなぁ」
懐かしむ楽しそうな言葉にハジメは何も言えない。
ライファ達の実力なら行きたい所に行けただろう。色んな所から声がかかっただろう。
それを無視してでも、そこを居る事を選んだ。
しかしリリアが「でも」と続けると辛そうな表情に変わる。
「お父さんもお母さんもどんどん弱って行ってね。看病しても治らなくて、何とかしなきゃって近くの森や草原で薬草探すのに冒険者になったの。それが私の冒険者の始まり。色んな所で探せるように、寝る間も惜しんで鍛えて、勉強して。でも子供だから戦えなくて、魔物や魔獣は避けるから誰でも行ける所しか探せなくて。でも頑張って探し続けて。結局無駄だったけどね」
リリアが絶望を混ぜながら微笑む。全てが終わり、もう何も変わらないからこそ言える言葉。
その表情をハジメは欠片も逃さないと受け止める。
「全部が終わった後、ライファも凄い落ち込んだらしくてね」
「らしいって、一緒に住んでたんじゃないの?」
「その頃の事、ほとんど覚えてないの」
リリアが辛そうに微笑む。ハジメはその表情も思いも全て受け入れ、小さく頷いて先を促す。
「みんなでサイシアに戻ったんだけど、ライファはその後もずっとお墓の前に居たって聞いてる」
「……ライファさんはノビリ町に残ったんだ」
「サイシアだよ、お墓はこっちに移したの。こっちで眠ってるって言ったでしょ。グレンさんとリズウェルさんの願いだって聞いてる。2人と、2人が守ったこの国をずっと守りたいから、って」
絶対に忘れられない優しく甘く辛い思い出。けれどリリアは様々な感情を混ぜながら微笑んで話す。
「それでさ、最近もライファ達は旅に出てたよね。なんでか知ってる?」
また変わる質問。必要だと分かるがハジメは分からず、小さく首を振る。その返事にリリアが微笑む。
「世界を見て来るんだ、って」
「世界?」
ハジメの疑問にリリアが何かを思い出す様に表情を小さく歪める。
「ライファは戦争が終わってから、どうしていいか分からなかったんだって。知ってる?ライファって優秀な兵士だったんだよ。部隊を預かり指揮までしていた、って。今じゃ面影ないよね」
リリアが無理に笑う。けれど話は終わらない。
「私がグレンさん達の養子になってね。その直後くらい、ライファが世界を見て来るって言ってAランクに上げたの」
リリアが思い出す様に、少しだけ嬉しそうに呟く。
「2人が命をかけてくれたおかげで、俺は命を救われた。でもそれに見合った事は何も返せなかった」
ライファの口調に似せながらその時の言葉を口にする。涙声になってきたのは気のせいではないだろう。
「これで返せるとは思わない。だけど俺にはこれしか出来ない。だから世界を見てくる。いつか死んで2人に会いに行くときに、ルウとユイ嬢ちゃんが俺たちを守ってくれたおかげで世界はこうなったよ。ありがとうって言うために、だってさ。カッコいいよね」
涙声ではない、もう嗚咽のような声にハジメは何も言えない。
それでもリリアは腕で目元を拭い言葉を続ける。
「それを聞いて、一緒に行ったのがキョウヤさんとヒカリさんなの。2人もお父さんとお母さんに助けられた、ってね」
そこまで聞けばリリアがAランクを目指す理由が分かってしまう。けれど何も言わず、リリアの言葉を待つ。
「……羨ましいって、思ったの。私も同じように、お父さんとお母さんに話がしたいって」
でも、と続ける。何が続くか分かってしまう。理解してしまう。
「私には才能がないから。どれだけ頑張ってもAランクにはなれない。ライファ達みたいに、気軽に世界を見に行けない」
きっとライファ達に言えば一緒に連れて行ってくれるだろう。甘えも許すだろう。
しかしそうなったらリリアは自分を許せない。しっかりと1人で立ち、自分の力を認められたうえで行きたいのだ。
――だからこそ、ハジメがどれほど残酷な事を言ったのか。
リリアには致命的なほどに力がない。きっとBランクはなれるだろう。実力も頭脳もある。
しかし、その先は無い。なれてA-ランク、それでは夢には届かない。
いや、夢は達成できるだろう。だがしっかりとした事前準備をして行く事になる。それは目的地を明確に決めて、期間を決めて行かなければならないと言う事。ライファ達程気楽に世界を見に行けない。それはリリアの目的とは違う。
色々なところに気の向くままに世界を見たい。その夢とは違うのだ。
けれどハジメは違う。実力ならリリアが上だろう。しかし才能という意味ならハジメの方が上だ。
このまま行けばきっとハジメはAランクになれる才能がある。剛力と言う体質、そしてリリアと言う師に出会えたことが大きい。
なのにリリアに「才能がある」なんて残酷な事を言ったのだ。
――なんて酷い話だろう。
「それでも、頑張ればって思ってたの。思っちゃってたの。上を見れていれば、きっと届くって。キミと会うまでは」
未だにハジメはリリアに勝てない。決定的な実力差がある。
だがリリアにはAランクに求められる力が無い。
「ごめんね。こんな事で叩いちゃって」
リリアの言葉に、ハジメは何も返せない。こんな事、と自分を貶める事で何とか心を折らずに済んでいる。
「ごめんね。酷い事しちゃって。痛かったよね」
ただの自分の罪悪感を減らすための言い訳。
響き始めた控えめな泣き声がハジメの心を叩いた。
「リリア、聞いて良い?」
「……うん」
初めて聞いたリリアの泣き声が落ち着いた頃、ずっと天井を見上げていたハジメが声をかけた。
「Aランクは、一緒に居る人じゃダメなの?」
「ダメじゃないけど、そもそも目指す人が居ないよ」
リリアは何を言ってるのかと不思議そうに返す。
Aランクと言っているが名誉ランクと言う意味合いが強い。Bランクを目指す人は多い。それは実力だけでなく頭脳などの実務能力を保証するランクでもあるからだ。
「俺はAランクになろうと思っている。この世界を見て、ちゃんとこの世界を知りたいから」
「元々、そういう話だったね」
ハジメ自身、言ったはいいけど無理だと思っていた。それでも一つ一つ出来るようになりここまで来た。
リリアに出会い絶対的な実力の違いを理解して、足掻き続けた。やっと見えてきた世界。
それでもハジメの実力では厳しいだろう。その事を理解した上で言葉にする。
「でもAランクになれたとしても、きっと世界は回れない。この世界を良く知らないし能力も無い。回ろうとしたらランク以外の面で危険だと思う」
ハジメが覚悟を決めて呟く。もっと強くなってもハジメは迷い人。色んな所にずれがあるから、致命的な結果に繋がる恐れもある。
リリアもその事を分かっているから、最善の選択肢を答える。
「それはライファ達と組めばいいと思うよ。Aランクだしキミの苦手な部分もフォローしてくれる。今は実力差あるけど、しっかり鍛えて行けば――」
「だからリリア。その時は一緒に行かない?」
「……え?」
ハジメの言葉にリリアが固まる。けれどハジメは気にせずもう1度言葉を続ける。
「一緒に世界を見に行かない?多分エリスもついてくると思うから、3人でさ」
ここに呼ぼうと決めたときから考えていた事だ。
――もし自分のランクが上がったら。
ライファ達と世界を見るのもありだろう。安全的にも行ける範囲の話でも、きっと1番良い。ライファ達に認められる実力を付ければいい。
だが多分、ハジメはその選択肢を選ばない。例え一緒に行ったとしてもお互いに遠慮が生まれてしまう。
けどリリアとエリスは違う。実力差はある。得意不得意の差もある。能力の差だってある。
けれど対等だ。お互いに話し合って、ぶつかり合って、文句を言って、笑いあえる。
「リリアがA-ランクになれたらパーティとして違和感はないし、文句も言われないと思う」
「……」
リリアは信じられないと呆然としている。だからハジメは言葉を続ける。
「俺じゃ足りないかもしれない。でも、誰か一緒にって思ったらリリアとエリスしか思い浮かばなかった」
ハジメはそこまで言い切ると、目線をリリアに向けた。泣いていたためうっすらと目元を赤くして、ハジメの言葉にまだポカンとしていた。
けれど何を言われたのか気づいたのだろう。ゆっくりと口を開いた。
「キミ、本気?」
「うん、本気」
「私じゃ、私の実力じゃ迷惑かけるよ」
「それ以上に俺が迷惑かけるから」
「それはそれでどうかと思うよ」
「でも迷惑かけると思うよ。俺はこの世界の事、まだまだ知らないから」
ハジメが笑う。とても楽しそうに。
その表情にリリアは一緒に微笑みながら思いを告げる。
「私がキミを利用することになるよ」
「それなら利用してよ。ずっとリリアに鍛えられてきたんだからさ」
「私と一緒だと旅が厳しくなるかも。力足りないし、厳しく当たるかも」
「旅は厳しいものだよ。でも3人だったら楽しいと思う」
「うん。そうだね、楽しそう」
リリアも笑う。けれどすぐ悲しそうにすると、小さく息を吸った。
「叩いて、ごめんね。痛いよね」
「俺こそごめん。リリアに酷い事言った」
「私の方が、キミが貶す思いで言わないって分かってるのに我慢出来ずに叩い――」
「それは仕方ないよ。あれは俺が悪かった」
「その後も怒って、顔を合わせただけであんなに酷く――」
「気にしてないから!俺に責任があるんだ、リリアが気にすることはない」
「でも!」
リリアもハジメも引かない。きっと何を言っても聞かないだろう。
ならばどう納得させるか悩み、ふとハジメの頭に言葉が浮かんだ。その言葉に少し微笑み、リリアが不思議そうに小さく首を傾げる。
「――だったら、1つだけお願い聞いてもらっても良い?」
「何?」
リリアが素直に聞く。
ハジメは普段通りを意識して表情を作る。
ずっとなんでだろう、と思っていた事。こんな機会で無いと言えない事。
「俺を、ちゃんと名前で呼んでほしい」
「……」
リリアが言葉の意味を理解できず悩む。けれどすぐに理解すると、驚いて目をパチパチさせた。その反応にハジメは苦笑いを浮かべる。
「気づいてなかった?」
「気づいてたよ。でも、言われると思わなくて」
リリアは驚くとハジメと顔を見合わせる。
気づいていない、訳が無い。けれどどうしても認める事が出来なかった。
歳の近い異性。孤児院にも異性は居たが、歳が離れている兄弟の感覚。護衛と言う事もあり、どうすれば良いのか分からなくなったのだ。
立場の問題もあった。
元帥の義娘。その事を知っている相手は思惑を持って近づいてくる。下手な距離感でグレンとリズウェルに迷惑をかける訳にはいかなかった。
けれどハジメは違う。急に現れた同い年の異性。裏がそもそも存在しない相手。
距離感に困りキミ呼びで距離を取り、けれど居心地の良さからどんどん距離が詰まっていく。そこには悪意も嫌味も無く、ただただ仲良くなっていく。
だから治そうか悩んだ先の剛力騒ぎ。
リリアのプライドがざわめき、ハジメを認める事が出来なかった。
でも今は違う。向き合い、悩み、逆鱗はただの傷跡となって抱えられる。その心の変化に気付くとリリアは小さく微笑んだ。
「ダメ、ですか?」
リリアの表情にハジメが怯えながら聞いてくる。その反応に微笑みは笑いとなって吹き出してしまう。
「ハジメはそんな事で良いの?」
テレも恥ずかしさもなく自然と出た言葉。
その言葉にハジメが嬉しそうにするのでリリアも同じように微笑む。
そしてリリアは立ち上がるとハジメに手を向けた。
「ほら、いつまで時間取ってるか知らないけど、帰ろう」
「そうだね」
ハジメはその手を掴むと、リリアが勢いよく体を起き上がらせた。
はずだった。
「え、きゃっ!」
ハジメは倒されてからずっと剛力を解除していない。そして剛力の副効果として体重増加がある。
元々リリアにはハジメを引き上げる力は無い。あくまで勢いを付けるだけ。重くなったハジメは当然だが微動だにしない。
つんのめるリリアはそのままハジメの胸に飛び込んだ。
「あぶなぐえっ!」
ハジメは飛び込んでくるリリアを受け止めようとしたが、そこはリリア。それを無視してハジメの胸に手をつくと、そのまま綺麗な側転を決めて着地した。
マット代わりにされたハジメは潰れたカエルような悲鳴を上げる。そして呻き声を上げながら、隣で着地して不安そうに眺めてくる犯人を恨めしそうに見た。
「そこは、素直に飛び込むのが正解だと思う」
「嫌だよ。それならちゃんと剛力解除しておいてよ」
「忘れてたんだよ」
ハジメが胸を押さえながら何とか立ち上がると、リリアは不満そうに、けれど不安そうにハジメの様子を確認する。
そこで再び目線が合うと、堪えきれずに笑い声が響き始めた。




