63.心の拒絶
12月19日、2話更新の1話目になります。
「リリア!」
エリスは逃げるように進むリリアを追いかけ、何とか追いついた時には普段来ない高級住宅街の中だった。既に日も落ちてほとんど人が居ない状態。
エリスが抱きつくと、リリアはやっと止まり立ち尽くした。
「リリア?」
そのまま動かないリリアを不安そうに見ると、涙を流していた。
「ごめん、抜け出しちゃったね」
リリアは小さく呟くと、エリスを安心させるように微笑む。しかし涙は止まらず、その不器用な笑顔は見る人を不安にさせる。
「グレンさんの家に行こう。ここからなら近い」
「……」
弱り切ったリリアをエリスが引っ張っていく。普段は絶対に見れない姿にエリス自身も深いダメージを負う。
それでもリリアを守ろうと、腕を抱きしめながら歩き出した。
「お邪魔します」
「……」
リリアから家の鍵を借りると、真っ暗な家へと入っていく。グレンもリズウェルもまだ帰ってない。
「部屋に行こう」
何も言えないリリアを引っ張って3階に上がり部屋の扉を開ける。そこは一人暮らしを始めるまでリリアが住んでいた部屋で、一時期エリスも一緒に居た部屋だ。
2人が寝れる大きめのベットに机、そして小さな衣装棚に本棚が並んでいる。本棚は全てが勉強用。何度も読み直した跡がある先天魔法や病気治療などの本が埋まっている。
エリスはリリアをベットに座らせると、部屋の照明を付ける。グレンもリズウェルも2人が来ている事を知らないため、帰って居る事を知らせるためでもある。
「……」
そのまま2人でベットに座ると、辛い沈黙が広がる。いつもだったらリリアがエリスを慰め、褒めて、一緒に笑う。普段と真逆の状況に、エリスもどうしていいか分からない。
「……叩いちゃった、ね」
「良い。ハジメが悪いから」
リリアは手に残る痛みと衝撃に後悔するが、エリスはその後悔を否定する。けれどリリアの瞳には再び涙が溢れる。
「才能なんて、無いのにね。私に先なんて無いのにね」
声も上げず、静かに涙を流す。聞こえない嗚咽に、エリスはリリアを支えようと抱きしめる。
「エリスは、さ」
「うん」
その体温と優しさに甘えるように、リリアが呟く。エリスは小さく頷くと、次の言葉を待つ。
「……兵士寮を出るって言ったらどうする」
「付いて行く」
――もう、会いたくない。
リリアの思いに間髪入れず、何も悩まずに答える。元々家を買うのは計画していた。けれどハジメと行動する機会が多くなり、そのまま兵士寮に居る方が都合が良かったからそのままだった。
エリスの言葉に安心したのか、リリアは少し力を抜く。その安心を支えるようにエリスは少し強く抱きしめる。
「私はリリアが一番。あんな奴より、リリアが居てくれればいい」
「……ありがとう」
抱きしめると、リリアはゆっくりと眠りに落ちて行く。
そのままエリスに寄りかかるようにぐっすりと眠ったので、起こさないように横にずれる。
そのまま布団をかぶせて寝かせると、グレンとリズウェルを待つためにエリスは静かに部屋から出ると1階へと降りて行った。
そこからの動きは早かった。
翌日朝一、ハジメがリリアを探している間に事は進んで行く。
お金はギリギリ溜まっており、家の候補は決まっていた。契約が終わると、すぐに住める状況になってしまう。
ハジメがグレン達と話をしている間に、兵士寮から荷解きもまだだった荷物を持ち出し、引っ越しは静かに終わりを告げる。
ギルドに行くとオルビからハジメが探していた旨を伝えられるが笑って誤魔化してシフトを調整。
王都は広く大きいため、人1人探すのも一苦労。エリスが居る以上、近い場所に住んでいても避ける事が出来てしまう。
――もう会う事は、ないかもしれない。
引っ越しした翌日。リリアは後悔と寂しさから何も出来ず、けれど家に1人で居たら壊れそうな心に気付きハジメを警戒しながら家を出た。どこに行くでもなく、誰かに会いたい。
その思いに引っ張られるように武具屋へと向かうと、誰も居ない和室で横になった。
万が一ハジメが来てもばれないようしっかりと靴を隠し、けれど心の奥底では見つかる事を望む。そんな矛盾した自分の動きに気付かず、ただ1人で横になる。
当然ソフィラがすぐに気付いて部屋に来た。そこに居たのは落ち込んで放っておいてと横になっているけれど、何があったか聞いて欲しいと言う矛盾を含んだリリアの背中だった。
「それで、何があったの?」
「……」
ソフィラの言葉にリリアは何も言えない。一瞬小さく動いたので言葉は届いているのだろう。ソフィラにとって手間のかからない妹の様な存在が、何かあったからソフィラを頼った。
その事が嬉しくて、話を聞こうとお茶の準備を始める。
「……」
リリアは何も言わない。言おうとする気配はあるのだが、どうやって言葉にするのか悩んでいる様子。だからソフィラは何も言わず、ただ静かにリリアが言葉にするのを待つ。
「……アイツに、言われた」
「ん?」
気にしていなかったら聞き逃しそうなリリアの小さな声。それでもしっかり聞き取ると、ソフィラの反応も気にせず先を言う。
「才能がある、って」
「それは酷いね」
言葉を聞くとそれ以上何も言わない。既にリリアから怒りは無い。あるのは深い後悔と寂しさ。それが分かるからこそ、ただ静かに言葉の先を待つ。
「叩いちゃった」
「良いと思うよ。叩かれて当然の事をしてるから」
「……逃げ出し、ちゃった」
「誰も怒らないよ。それだけの暴言を吐いたんだから」
「アイツが私に暴言吐くわけないよ」
ソフィラの言葉にリリアが少しムッとしながら信頼を呟くと、それ以上何も言えず背中を見せ続ける。その普段より小さい背中は、自分の心を言葉にして形にしていく。
「他の人に言われた事、あったのに。才能あるって言われたり、天才だって言われたり。気にしなかった。例え言葉に棘があっても興味も無かったのに」
「うん」
「でも、手が出ちゃった。こんな事無かったのに。今まで何ともなかったのに」
「うん」
リリアは辛そうに言葉を続ける。ソフィラはただただ言葉を嬉しそうに受け止めて、リリアの思いを引き出す。
「私、何やってるだろう。アイツは私を支えようとしたのに。叩いて、拒絶して。最低、だよね」
「そんなことないよ」
「最低だよ。アイツの思いを台無しにした」
「関係ないよ。何も考えずに言ったハジメ君が悪い」
「……」
落ち込んだリリアはそれ以上何も言わず、小さくなって動かない。その様子をソフィラは嬉しそうに眺める。リリアが見せた弱さ、それは今まで表に出さずにずっと隠していた物だ。
それを表に出せるようになった事。それが嬉しくて、けれど言葉に出さずにリリアを眺める。
まるでそれは、いつもと違う様子の妹のよう。
「それで、リリアはどうしたいの?」
「……」
ソフィラの質問に、リリアは何も返せない。
答えはあるのに、その通りに動いて良いのか分からない。そんな様子だからソフィラはそれ以上何も言わない。出ている答えをこちらが催促しても良い方向にならない時がある。分かっているから、ゆっくりと言葉を待つ。
「……仲直り、したい」
どれほど待っただろう。小さく絞り出した答えを、涙と共に吐露する。
――でも、拒絶した。それも、徹底的に。
自分の人生を否定され、自分の能力を否定される一言。
だからこそ拒絶しなければリリアの心は持たなかった。
リリアもその事を分かっているから、自分の言ってる事がどれほど難しい事か分かっている。再び会っても、きっと拒絶してしまう。
リリアだけではない。相手がどう対応するのか想像が出来ない。
「すればいいじゃん」
ソフィラが軽く言うと、リリアが小さく首を動かす。
「多分、顔を合わせたら怒りがぶり返す。また叩くかもしれない。叩くで済まないかも」
小さく声が震えた。リリアにとって絶対に触れられたくなかった場所。
他の人では触れる心の距離ではなかったのに、ハジメは触れてしまった心の逆鱗。その事に気付かず、何故こんなにも心が揺れているのか理解できずに悩んでいる。
「私、どうすればいいんだろう」
答えは出てるのにその道が無い。その事を自覚するとリリアはより落ち込む。
けれどその事を一切他責しない。自分が悪いからと自分の行動だけを見る。でも後悔している。そんなリリアの背中を押そうと、ソフィラは近くの戸棚に向かう。
「そんなリリアに良い物をあげよう」
とても優しくソフィラが言うと隠していた手紙を取り出す。リリアはこちらを一切見ないので、タトタトと膝立ちで歩いて近づくと、顔にポンと優しく置いた。
「……」
リリアは分からないと言った様子で、顔に置かれた宛名も書かれていない何の変哲もない手紙を手に取る。けれどそこにあるはずもない気配を感じるとドクンと心臓が高なる。
「えっ」
慌てて起き上がるとソフィラと目を合わせる。とても優しく微笑んでいて、その表情だけで誰からの手紙か分かってしまった。
――でも。
大慌てで封筒を開け手紙を取り出すが、内容を見ようとして手が止まる。
何が書いてあるか分からない。
謝罪だろうか、文句だろうか。そう思ってしまうと見るのが怖くなる。
「リリア。大丈夫だから一緒に見よう」
悩んで固まったので、ソフィラが優しく支える。
リリアは深呼吸すると、手を震わせながら一気に手紙を開いた。
そこに書かれている几帳面で綺麗な文字は、この世界に来てから必死に勉強して覚えて書いていた、ずっと見てきたハジメの文字だ。
「…………」
「…………」
2人でその並んだ文字を見て、意味は理解できたのだが何を言ってるのか理解できず固まる。
『屋内訓練場 夜7時』
流石のリリアも理解できず、文字から目を離すとソフィラに目が合う。ソフィラも首を傾げる事しか出来ないが、何か読み間違いがあったのかと再び文字に目を向ける。
『屋内訓練場 夜7時』
書いてある文字は変わらない。場所と時間だけ、なんなら日付も宛名も差出人の名前も無い。
「……」
ふと、ソフィラの頭に浮かんだ言葉に笑いそうになるが、そんな訳ないと考える事を放棄した。
「それでソフィラ。どうなったんだ?」
「ハジメ君が置いて行った手紙を渡したら、帰っていきましたよ」
リリアが帰るとソフィラは武具屋の奥に戻り、ニルグが研ぐロングソードを見て勉強する。
「何が書いてあったんだ」
「場所と時間でした」
「は?」
「だから、場所と時間でした」
聞き間違いを疑いニルグが再確認するが、帰ってきた答えは変わらない。研ぎが一段落したのでロングソードを置くと、理解出来ないと言った感じで頭を捻る。
「もっと面白いのを想像したんだがな」
「ニルグ老は何を考えていたんですか」
「ラブレターだった、とかも面白いだろう」
「ニルグ老も意外と乙女ですね」
ソフィラが茶化すと、ニルグはコンと頭にチョップを落とす。威力は無く、揶揄った事への仕返しだ。
「それで、手紙を見た嬢ちゃんの様子はどうだった?」
「凄く嬉しそうでしたよ。手紙の内容を見た時は困惑してましたが」
「ったく、不器用なこった」
ニルグが楽しそうに笑う。釣られてソフィラも笑うが、手の痛みに表情を歪めてしまう。
「お前もだ、馬鹿野郎。手加減せずにビンタするからそうなるんだ」
「仕方ないじゃないですか。聞いたら腹が立ったんですから」
リリアにいつも通りの注意力があればソフィラの違和感に気付いただろう。それほどにリリアは落ち込んでいた。
昨日、グレンに部屋から追い出されたハジメはどこに行くでもなく、武具屋に来てリリアと似た感じに落ち込んでいた。ソフィラは何があったのか問いただした時、ハジメを全力で引っ叩いてしまったのだ。
強くやり過ぎたのか1晩経ったのにまだ手がヒリヒリしている。
その後、リリアの時とは逆に厳しく説教したら、仲直りする何か良い方法はないか聞かれた。
――そんなの、私よりハジメ君が知ってるでしょう。
そう返すとじっくりと長い時間悩んで、リリアが来たら渡して欲しいと手紙を書いて置いて行った。本当は渡すつもりはなかったが、リリアの様子を見たら渡したくなった。
「にしても、嬉しそうだな」
ニルグが楽しそうに言う。ソフィラは何のことか分からなかったが、意味に気付くと一緒に微笑む。
「だって、リリアが私を頼ってくれたんですよ」
「そうだな。ソフィラもやっと姉みたいになれたと考えると、成長を感じるぞ」
「ニルグ老、その言い方は酷いですよー」
ソフィラ拗ねたように笑うと、ニルグも釣られて笑う。
――ラブレターではない。まるで果たし状。
ソフィラが頭に浮かべた言葉は誰にも言わず、心の中で笑った。




