61.逆鱗
12月5日、2話更新の2話目になります。
「何緊張してるの?」
前にも来たことがある通路を歩きながら、緊張するアスティアをハジメが呆れる。リリアも同じことを思ったのかクスリと笑うので、反対にアスティアが呆れるように2人を溜め息を吐く。
「当たり前でしょ。こんな凄い所に来るなんて滅多に無いんだから」
今歩いている通路は元帥が居る部屋へと通じる道、アスティア達も来た事があるが滅多にくる場所ではない。
「でも受け取らないと」
「分かってるよ。それでもやっぱここは緊張するの」
アスティアが背筋を伸ばしながら歩く。現在ハジメ達はグレンに預けていた荷物を受け取りに来ている。隊商レイドに参加するにあたり持っていけない物は多数あり、部屋に置いておく訳にも廃棄する訳にもいかなかった。
リリアは毎年そういう物をグレンに預けていたので、他の面々も同じ様に預かってもらう事になったのだ。
そして受け取りに来たが、簡単にくる場所ではないので緊張する。けれど不思議な事に、前回気絶しそうな程に緊張していたラナラスはどこかワクワクして歩いていた。
「ラナラス、何かあった?」
いつもと違うラナラスにアマラが話しかけると、ラナラスは不思議そうに首を傾げる。
「何も、ない、よ。どうして」
「ワクワクしてるように見える」
「それは、うん。楽しみ、だから」
「楽しみ?何が?」
ラナラスが当然と言った感じで返すので、アマラはもっと分からない。そんな話をしていると、目的地にすぐに着く。
目の前には何度も来た元帥の部屋。リリアが全員来ている事を確認すると、扉をコンコンと叩いた。
「リリアです。グレンさん、居ますか?」
「居るぞ。入ってくれ」
「失礼します」
緊張する2人を無視して声をかけると中から返事が返ってくる。リリアが緊張も無く扉を開けると、そこにはいつも通りの景色が待っていた。
「おかえりリリア。みんなも、怪我は無いな」
まるで本当の親のように優しく語り掛けられた言葉に、自分たちの場所に戻った事をゆっくりと実感した。
「今年はどうだった」
リズウェルが人数分の飲み物を準備する間、グレンが話しかけてくる。前回ほどの緊張感は無く、気楽な世間話と言った感じだ。
ハジメとアマラはリズウェルに先導され、預けていた荷物を扉近くまで運ぶ。アスティアやエリスも手伝おうとしたが、グレンが話し相手が欲しいとリリアごと引き留めていた。
「エリザベスが一緒に来てました。グレンさんは知ってたんですか?」
「エリザベスの事か?」
リリアの言葉にグレンが驚くが、けれどすぐに楽しそうに笑う。
「知らなかったぞ、アイツは今は自由だから。去年、リリアが隊商レイドに行った時は後から聞いて拗ねてたし勝手について行ったんだろう」
リズウェルも思い出して吹き出してる辺り、本当に拗ねていたのだろう。馬車を引く力強い姿しか知らない他の面々は、その姿が思い浮かばずにポカンとする。
「それとおばあちゃんと会いました。グレンさんからルートと時期を教わったって」
「会えたようで何よりだ。元気そうだったか?」
「元気でしたよ。おかげでデンドンが頭抱えてました」
「マリー様は一体何をしたんだ。怖いから詳しくは聞かないが」
グレンも頭を抱える羽目になるので、アスティアが笑いそうになる。笑わずに堪えたつもりが零れた吐息を聞き取られたらしく、グレンに目線を向けられる。
「アスティアも。初めてのリーダーと聞いたが大丈夫だったか?」
「は、はい。トラブルはありましたが無事終える事が出来ました」
「それは良かった。そうだ、手紙は届いたか?」
「受け取りました。推薦、ありがとうございます」
グレンが褒めながら思い出したように確認する。するとアスティアが冷や汗を流しながらも頭を下げる。その様子をグレンが不思議そうに眺める。
「どうした、冷や汗なんか流して。何かあったか?」
預け荷物の移動を終えて戻ってきたハジメ達が席についたのでグレンが労いの言葉をかけると、かなり緊張気味のアスティアに笑いかける。けれどアスティアはどう返して良いか分からず、困惑気味に口をパクパクさせる。
その様子に何か気づいたリズウェルはポンと小さく手を合わせ、机から紙を一枚取り出す。
「推薦人が足りませんでしたか?私も出しますよ」
「違います、足りてます、足り過ぎてます!そうではなくて、その……」
「その?」
「……初めての試験で、しかも合格者が極端に少ないと聞いて。その、推薦して貰ったのにご期待通りに出来ないかもと、不安で」
アスティアがそのまま小さくなる。本音を聞いたグレンが目をパチパチとさせると、耐え切れなくなって笑い声を響かせる。リズウェルも隣で口を抑えた。
「気にする必要は無いぞ。合格できると思ったから推薦したんじゃない、試験に参加させても問題ないと思ったから推薦したんだ。自信をもって受けてこい」
「ダメでしたら今度は私も推薦しますから。でも、問題は起こさないでくださいね」
「もちろんです」
心配させないようにアスティアが背筋を伸ばすと、グレンが満足そうに微笑む。
「でも、推薦者が足り過ぎてるとは凄いな。俺以外の推薦者は誰だ」
「えっと。クロッサさん、デンドンさん、サシウスギルドマスターです」
相手がグレンのためしっかりと敬称を付ける。その錚々たる面々にさすがのグレンも驚く。
「軍とスノーライトの責任者にギルドマスターか。期待の高さが伺えるな」
「……」
グレンの誉め言葉にクラリと体が揺れる。その様子にリズウェルが嬉しそうに微笑むと、安心させるように言葉を紡ぐ。
「合格者が少ないのは聞いてると思います。大丈夫ですよ、ヒカリさんですら1回落ちてるんですから」
アスティアが誰の事だろうと不思議そうに頭を傾げると、ハジメをボコボコにしてた人、とリリアから恐ろしい紹介をされる。思い出された記憶にアスティアの頬が引き攣る。
しかしリズウェルは気にせずに鼓舞をする。
「それぐらい難しいんです。大丈夫ですから、頑張ってください」
期待が膨れ上がっている事にアスティアは気づくと、限界が来たようで人目も気にせずに机に突っ伏した。
その様子に優しい笑い声が広がる
これ以上アスティアで遊ぶことはしなかったが、グレンはずっと気になっていたようでワクワクしているラナラスに目線を向ける。
けれどラナラスは驚きもせず、向けられた視線も気にしない程浮かれている。
「それで気になってたんだが、ラナラスは何かあったのか」
「……ふぇ!?」
ラナラスは気づかれていないと思ったらしく不思議な悲鳴を上げる。その悲鳴で視線が集まってしまったのに、ラナラスは全く気にせずハジメに目線を向けた。
「俺?」
「はい。ハジメ、先輩。あの、あれが、欲しい、です」
「あれ?」
「本、です」
「……あぁ!」
ラナラスが何を楽しみにしていたのか分かったハジメは、笑いながら自分の荷物へと向かう。待ち切れないラナラスは追いかけると、ハジメの荷物を見に行く。
がさがさと漁ると荷物の奥からこの世界では考えられない、元の世界で使っていた化学繊維のカバンが出てくる。もうずっと使っていないそのカバンを開けると、中には懐かしい本が出てきた。
「色々あるけど、数学はどうだろう」
数冊あったうちから数学の参考書を渡すと、ラナラスは待ち切れないと言った様子ですぐに開く。多数の計算式と文字に固まると、慌てて自分の荷物から筆記具を取り出すとハジメに渡した。
「ハジメ先輩。数字と、記号、だけで、良いので。意味を、教えてください」
「え、それだけで良いの?」
「はい」
ラナラスの楽しそうな表情に推され、数字と記号の翻訳表を作って渡す。そのまま周りに集まった人の事も忘れ、ラナラスは急いで席に戻って計算式を解き始めた。
「……え、解けるの?」
開いたページをチラリと見ると、そこは2次関数が書かれたページ。『x』の数字を求めるのだが、凄い勢いで紙に仮定とメモ、そしてそこから導き出した計算式を書いていく。
「その式知ってるの?」
「知らない、です。見た事も、なかった、です」
ラナラスは意識半分で言葉は返したが目線を一切外さずに計算を解き続ける。ハジメは公式を知っているからすぐに解けるが、公式も何も知らないはずのラナラスが挑戦し続ける事に唖然と眺める。
「……読めないし、分からん」
その様子にグレンが驚く。グレンも挑戦しようとハジメから物理の参考書を借りるが、日本語を喋れるが文字は読めないらしくすぐに閉じた。
リリアもその後に借りたがすぐに本から目線を逸らす。エリスも後ろからひょっこり見に来たがすぐに諦めた。
「――ふぅ」
「ラナラスは日本語読めるの?」
ラナラスがものの数分で1問解き終えた。しっかりと正しい答えが書いてある事に驚きハジメが恐る恐る聞くが、ラナラスは当然と言った様子で首を横に振る。
「文字は、読めま、せん。でも、数式の、法則は分かった、ので」
「……そっか」
ハジメが何も言えずに固まると、ラナラスは自分がどこで何をやっていたのか思い出したらしい。集まる視線に気づくと、固まった。
「ごめん、なさい。私、あの、ごめん、なさい」
「気にしてないよ。……凄いとは思っていたけどここまで出来るんだ」
リリアの驚嘆の言葉に小さな頷きと驚愕の視線を返される。特にグレンが驚いており、ラナラスから視線を外せない。
「ラナラス。ギルドの仕事辞めて軍の研究施設に来ないか?国の研究所でも良い。給料は弾むぞ」
「……ふぇええ!?」
グレンの勧誘に悲鳴を上げる。けれど適当な事を許さない本気の視線に気づくと、体を震わせながらも深呼吸をして落ち着かせる。
「わ、私、は。い、今の、ギルドの仕事、が。好き、なので」
「大丈夫だ、給料は。そうだな、このぐらいはどうだ」
「…………」
ラナラスの言葉を無視してギルドで貰っている倍近い金額を書き込むと、ラナラスが助けを求めるようにアスティアに目線を向けた。
「グレンさん。お願いですからラナラスの話を聞いてください」
「分かった。もう少し乗せよう」
「グレンさん」
アスティアの珍しく怒りを混ぜながら放った声は、グレンが諦めるまで止まる事は無かった。
そうして荷物の移動も終えると、隊商レイドは本当に終わりを迎える。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様!」「お疲れ様」
やっと戻ってきた王都、いつもの店のいつもの個室、食べ慣れた食事が並ぶこの場所で、ハジメはリリアとエリスに連れられて食事に来ていた。
ハジメも20歳になり、この世界でも元の世界でもお酒を飲める年齢となった。隊商レイドの最中は飲まないようにしていた。
終わった今、人生最初のちゃんと飲む酒となる。
「……美味しい」
「でしょ。みかん酒好きなんだけど、他の町だとほとんど見かけないんだよね」
リリアは自慢げに、けれど少し寂しそうに言うと一飲み。隊商レイド中には無かった気の抜いた様子を見せる。ちなみにエリスはビールを飲んでおり、2人を気にせずに減らしていく。
「でも本当に良かったよ。キミが大怪我した時はどうなる事かと思った」
リリアが食べ物に手を伸ばしながら不安そうに呟く。エリスもうんうんと頷くと、口の中に残っていた肉をビールで流し込んだ。
「私も、最初見た時はもうダメかと思った。後遺症も体調不良も出なかったから良かったけど」
「もう、悪かったってば。あの時はこれしか対応策が思いつかなかったんだよ」
心配なのか怒りなのか分からない2人の追及に強く返せず、困ったようにリリアと同じみかん酒を飲んで誤魔化す。リリアも分かってるからか、とても優しく微笑んで返す。
「分かってるよ。護衛としては最善の判断したし間違ってなかったけど、それでも心配するんだから。だからこそちゃんと言う事聞いて欲しかったな」
「それは、その通りですごめんなさい。次からちゃんと聞きます」
「約束だよ。今度無視したら、ベットに縛り付けて動かさないからね」
「その時は私も手伝う」
リリアの恐ろしい言葉にエリスが同調する。冗談かと思いきや目が本気なので、楽しい食事のはずが背筋が伸びる。
「分かったよ。もうしないから」
どうやっても負けそうな気配に、話を切ろうとご飯にフォークを伸ばす。そのまま食べ慣れた味を噛みしめてると、良い話題転換を思いついた。
「それで、リリアはどうするの?」
「どうって、何が」
「Bランク昇格試験。受けるんでしょ」
「……」
リリアは何を言ってるのか分からないと言った様子で固まる。エリスも驚いているが、不安と期待を混ぜてリリアを見る。
「だってアスティアが受けるんでしょ。リリアも受けるんだと思って」
「……考えて、なかったよ」
「やっぱり俺のせい?ずっと迷惑かけて来たけどもう大丈夫だから。……多分だけど、去年受けなかったのは俺のせい、だよね」
「違う。キミは関係ない」
リリアの表情が変わるがハジメは気づかない。
去年の同じ時期、リリアはハジメに付きっ切りだった。そのため試験は受けておらず、ハジメに至っては宿が少し混んでいるぐらいは気づいたものの試験があるのを知らなかった。
しかし今年は違う。ハジメも独り立ちできるぐらいには実力を付けて、リリアが試験を受けても問題ない。
「なら推薦者?でもクロッサさんもデンドンさんも推薦しそうだし、クロッサさんやグレンさんも喜んで推薦しそう。ライファさん達も推薦出来るなら、全力でしそうだし。もし推薦者が足りないなら、俺がお願いしに行くよ」
「……推薦は足りてるよ。でも、まだちょっと考えてる」
リリアは何かを悩みながら、困惑しながら不安そうに言葉を返す。その不安を払拭するようにハジメは微笑む。
「何で?普段からちゃんとしてるし、事務仕事だって完璧だよ。ラナラスは凄かったけどそこまで求められないでしょ」
「それは……そうだけど」
「やっぱり不安?」
「不安ではないんだけど……」
リリアは口ごもりながらも何とか返す。その様子に、ハジメが笑顔で背中を押した。
「大丈夫だよ、リリアぐらい才能があったらBランクぐらい簡単だよ。Aランクだって行けると思う。今まで鍛えられてきた俺が言うんだから間違い――」
――パンッ
頬に響いた衝撃に、言葉が止まった。
ハジメは最初、何が起きたか理解できなかった。急に顔が振られ、一拍遅れて広がる痛みと衝撃に頭が追い付かない。
すぐに何が起きたか分かると、けれど起きた事が理解できずに呆然と固まる。
――リリアに、頬を叩かれた。
「リリア?」
その事を理解すると呆然と名前を呼ぶ。そこにはうっすらと涙を浮かべ、怒り、悲しみ、不安、困惑、絶望、様々な感情をないまぜにしてこちらを見るリリアが居た。
「リリア?」
「キミに……」
怒りに任せて立ち上がるとハジメを睨む。唇を噛み冷静になろうとしながらも、制御しきれない怒りを向けて来るその表情が理解できず、その涙が浮かぶ辛そうな顔と向き合う。
「キミにだけは言われたくない!!」
リリアの怒りが部屋に響き渡った。




