59.x.始まらなかった物語
リリアとエリス、そしてアスティアは周辺の探索と警戒を行っていた。
もうエレメンターウルフは居ない、状況からもそう判断しているが安心は出来ない。しっかりと調べて安心できる要素を探していた。
そんな中、エリスが何か気配を感じた。その先導に従い森の中を警戒して進む事約10分、特に変哲もない森の中にそれは居た。
それには野獣が集まっており、周囲には血の匂いが漂ってくる。濃い血の臭いに反射的に口を抑えてしまうほどだ。
「リリア」
「うん」
アスティアが辛そうに呟くとリリアも小さく答える。
そのままゆっくり近寄ると、それに群がっていた野獣が去って行く。
「……。」
残ったそこには人だった物が残っていた。この世界ではありえない科学繊維を着た人。しかし襲われたためにボロボロになり、もう誰だったのかすら、性別すら分からない。
「変、だよね」
アスティアが周囲を見渡す。リリア達はここに来るのに一番近い道から来たのだが、人が通った痕跡は全くなかった。
――まるで、この人が急に現れたように。
「多分、そう言う事だと思う」
リリアもある答えを予測しているがあえて口にはしない。
――運が悪かったら、ハジメもこうなっていた。
言葉にしたら遺体がハジメの姿で投影されそうになり、リリアは頑張って口を紡ぐ。
「……」
何も言えず小さく黙とうすると、エリスが周りの警戒を始めた。
残った2人で軽く遺体を確認する。身元を表す物は残っておらず、近くに散乱する持ち物は獣達によって砕かれ壊れ、リリア達では元が何か分からない。
「これ」
そんな中、アスティアが何かを見つける。
持ち上げたのはただ500円玉、特に身元を表す物ではないがアスティアにとっては見たこともない謎の物体だ。
「確か、異世界のお金だよ」
「これがお金なの?」
「うん。グレンさんから知識として教わった」
リリアから硬貨の説明を聞きながら、アスティアは布で包むと胸ポケットに仕舞った。他に残っている物は壊れているが、それでも持っていく価値はありそうに見える。
「報告用にはそれだけで大丈夫だよ」
アスティアが周辺に落ちる破損物を持って行こうとするとリリアが止めるので、不思議そうにアスティアが目線を向ける。
「でも情報としては欲しいんじゃない?」
「……アイツにこのことを知られたくない」
リリアが呟くと辛そうに遺体に目を向けるので、アスティアは黙ってしまう。
もし破損品から情報を取ろうとしたら、詳しい人が必要になるだろう。この場ではハジメしかいないため、ハジメに迷い人の遺品を確認してもらう必要がある。
それはつまり、迷い人の遺体があった事を説明する必要がある。それでも500円玉だけならリリアが説明できる。
リリアは手に入る情報より、ハジメに遺体があった事を知らせない事を選ぼうとしているのだ。
その思いにアスティアは気づくと小さく息を吐く。
「そうだね。運ぶ事も出来ないし、このままゆっくり眠ってもらおう」
リリアとアスティアは小さく頷き合うと、遺体の下の土を魔法でほぐして穴を開けて行く。ゆっくりと地面に潜って行く遺体を2人は何も言わずに眺める。
数分かけて地面へと潜ると、そこには少し湿った土と血痕だけになる。これから長い時間をかけて、この世界の土になっていくだろう。
「ありがとう」
リリアがお礼を言うとアスティアが小さく笑う。
「私もこれ以上、ハジメに辛い思いをさせたくないからね」
怪我をした友人を思い浮かべ、アスティアは優しく微笑む。そのまま何も言わず黙っていると、周りを警戒していたエリスが戻ってきた。
「森の奥の方から人が通った形跡が残ってた。獣に追われた跡があったし、そっちから来たんだと思う。でも途中で消えてそこから先は一切ない。そこに現れたみたい」
――迷い人
エリスの報告から浮かんだ言葉は誰も口にしない。そこでエリスは一呼吸置くと報告を続ける。
「多分、これ以上痕跡は出ないと思う」
「分かった。戻るよ」
アスティアが声を出すと埋まった地面に背中を向けて皆の元へと向かう。
戻るまでに忘れるように、けれどずっと忘れないように。
小さな血痕が残るだけとなったその場所はこれからも何も変わらず、ただそこにあり続ける。




