59.足りない才能
今日はX話を差し込みます。
数日が経過したが、ハジメの怪我の完治はまだまだ遠い。クロッサから治療薬は貰っており左手の傷は治ったが、右腕は動かすと痛みが出るため固定している状態。今の所後遺症もなく、時間が解決に向かっている。
ドロスはラナラスにも謝罪して許してもらえたらしいが、アスティアにはかなり怒られたらしい。頬に平手の跡が残ってる日があった。
それでも罪と責任を背負い、やるべき事を分かってからは少し明るくなった。落ち込んでるだけでは始まらないと理解したらしい。その様子にクロッサも一安心したようで、ハジメに謝罪とお礼に来た。
現在リリア、エリス、アスティアの3人は一緒に近くの見回りに行っている。エレメンターウルフはもう居らず、近くに来た形跡もない。森の奥に戻っていったと思われるがそれでも調べておくのは重要だ。
サカムも別パーティを組んで調べているが一切痕跡が見つからず、今日の調査次第だがほぼ問題は無いだろう。
ラナラスは完全復帰しており、今はオルビと共にギルドの最終チェックをしている。一切問題がなく私達の出番はないと嬉しそうに笑っていた。
そして並行して明日の出発に向けた馬車への荷物の運び込みが行われていて、アマラが力を発揮している。
しかしハジメは今も療養中で全力で動けないため、少し遅れが発生していた。
それでもハジメの離脱を補うためにドロスがずっと働いている。ハジメの代わりにはならないが助っ人として頑張っており、当初の予定よりは早く終わりそうだ。そのしっかりとした動きからも、反省しながらも自分のやるべきことが分かっている様子。
それでも足りない部分は、軍から助っ人として駆り出されたアビエスが頑張っている。
「これで最後だよ」
「ありがとうございます。休憩に入りましょう」
ドロスはハジメから荷物を受け取ると荷馬車の中に綺麗に並べた。他の馬車もいくつか積み込みが終わっており、既に休憩に入ってる人も居る。
「ハジメさん。問題はありませんか」
「問題ないよ。右腕を動かさなければ大丈夫だからね」
一声かけるとドロスはすぐに荷馬車から降りて、食事を受け取りにハジメと一緒に歩き出す。もうお互いにしがらみは無い、とは言いづらいがそれでも気楽に話せるようになっていた。
それでも罪悪感は残っているらしくドロスは言葉が丁寧なまま。ちなみに他の人は仕事の関係とは言え共同生活も長いため、丁寧な口調を使っていない。それでもドロスは責任を感じてるらしく、言葉として残っている。
当然ドロスに厳しい視線を向けられる事はある。それでもハジメが仲良くやっているため、その視線を落ち着いてきた。
「2人分お願い」
「気を付けて持てよ」
ドロスがハジメの分の食事も受け取ると、列から離れて座れる場所を探す。各々が馬車や草原のど真ん中など自由に座っているが、ハジメ達はすぐには座らずに人を探していた。
「……」
目的の人を見つけると、2人は顔を見合わせてすぐに向かう。その人はどこか落ち込んだように、1人静かに食事を取っていた。
「隣空いてる?」
ハジメが声をかけると驚いて顔を上げる。ハジメと顔を合わせると小さく頷き、アビエスは座るように促してくれる。素直に座るとドロスから自分の食事を受け取り、ドロスも一緒になって座った。
アビエスは何も言わず何かを考えており、少し居心地の悪い沈黙が場に広がる。
「何かあった?」
「……」
ハジメがスープを一飲みして声をかけると、アビエスは何も言わずに固まった。
――ハジメとの訓練試合からアビエスの様子がおかしい。
きっかけはデンドンがアビエスの様子に違和感を感じた事だった。しかしデンドンが聞いても何も言わなかったので、リリアに相談が流れて来る。
けれどリリアはどうにも出来ず、ハジメなら何とか出来ないかと相談されたのだ。
ハジメも何か出来る訳ではない。それでも何とかしたいと思いドロスに相談し、話を聞くタイミングを伺っていた。
「何もないよ」
「……」
アビエスはどう聞いても嘘と分かる表情で拒絶する。ハジメもそれ以上聞くことが出来ずどうしようか悩んでいると、救いの手は予想外なところから差し出された。
「……何不貞腐れてるんですか」
何かを思いついたドロスが苛立ったように吐き捨てた。想定外の言葉にハジメは固まり、アビエスも目をパチパチとさせてドロスを見る。
アビエスの困惑した、けれどどこか諦めを含むような表情をドロスは鼻で笑う。
「何でしょう?言われて痛い言葉でしたか?」
「何だお前。急に来たと思ったら喧嘩売ってるのか」
アビエスは苛立ちに任せて持っていた食事を置くとドロスを睨む。けれどドロスは気にせずスープを飲み干すと、こちらもトンと地面に置いた。
「この程度で喧嘩売られたなんて、沸点が低すぎます。その頭は飾りですか?」
「は?」
「ちょ、ちょっとドロス」
予想外の喧嘩腰にハジメが慌てる。しかしドロスは気にしない。
「頭使えって言ってるんです。武器振るしか能が無いのですか?」
「……言わせておけば。戦う力もない無能が粋がりやがって」
「落ち込んで何もしていない臆病者にだけは言われたくないですね」
「何だと!」
「アビエスは喧嘩買わない!ドロスも売らない!」
誰の目も無かったら殴り合いになっていそうな気配を漂わせるので、ハジメは慌てるしかない。しかしドロスは気にせず、アビエスの痛い所を突く。
「落ち込んでる臆病者だって言ってるんです。何があったか知らないけど、くだらない事で落ち込んでるようにしか見えません」
「くだらないだと!」
アビエスの怒鳴り声と共に、怒りに任せて立ち上がる。ドロスもよく見るとうっすらと青筋が浮かんでいる。
近くに居た人にも聞こえて目線が向くが、2人は気にしない。
「くだらないです。結論が出てるのに動くことも止まる事も出来ず、悲劇の主人公してるようにしか見えません」
「っ!」
「ちょっとドロス!」
ドロスの言葉にアビエスが悔しそうに唇を噛む。何かを言い返そうとするが、けれど言葉が浮かばずに怒りが霧散していくと悔しそうに座りなおした。
「お前に、何が分かるんだ」
「うじうじしてる他人の悩み事なんてわかりません」
「……」
「ドロス?あの、流石に強く言いすぎだから、ね」
普段のドロスからは想像も出来ない言葉の数々にハジメが唖然としているが、アビエスに必要だったのは無理矢理にでも吐き出させる相手だったのだろう。
何かを諦めた様に肩を落とすと、ぼそりと絶望を吐き出す。
「……才能も何もない俺の事を、お前の何が分かるんだ」
「……」
アビエスの呟きにドロスが黙る。それでもドロスによってアビエスの心の蓋が壊された今、ポツポツと心を溢れさせる。
「ハジメに圧倒され、自分に才能が無いと知らされたんだぞ」
強く手を握り、泣きそうになりながら言葉を紡ぐ。それだけで止まらず、言葉は溢れ続ける。
「圧倒されただけじゃない。徹底して手加減されて、それでも何も出来ず、好き放題された。勝つ負ける以前の話だ。俺は、同じ土俵にすら立ててないんだ」
ハジメは何も返せない。ドロスも静かに聞いているが、言葉は続く。
「アスティアさんだってそうだ。クロッサさんやデンドンさんと組んであんな戦うなんて、俺には無理だ。俺じゃ手も足も出ない相手に、信頼されて協力するなんて到底出来ない」
もう怒る気力もないのだろう。目線を落とし、何もしていない。
「リリアだってそうだ。あんな才能、俺にはない。俺じゃどうやっても辿り着けない才能の壁だ。軍で訓練して、鍛えて、上位に居たはずなのに。居たはずなのに。俺の今までは、何だったんだよ」
思いを吐き出すと、泣くことも出来ず静かに項垂れる。
――才能
その言葉にハジメは何も返せない。慰めの言葉が思いつかない。何かを言わなければ、そう思うのだが何を言って良いのか分からない。
「くっだらねぇ」
それを助けたのは本当にキレたドロスだった。とても簡単で、とても雑で、興味なさそうに切り捨てた。
「なんだ――」
「才能ってなんだ?負けたら才能か?勝ったら努力か?」
「……」
相当腹が立ったらしく、ドロスが苛立ちながらも何とか取り繕っていた丁寧な言葉が消える。
「この隊商レイドに来るまでに色んな人と関わってきた。圧倒的才能を感じることあったし、努力で積み上げてきた人だって見た。私みたいに絶対やってはいけないミスで身を壊した人を見た事があるし、反対に1度のチャンスを掴んだ人だって見た」
ハジメが怪我をしてからドロスと一緒に動くようになったが、こんな雑な言葉を聞いた事はなかった。目の前の信じられない言葉に呆然としてしまう。
「私は絶対しちゃいけない過ちを犯した。でもハジメさんの、ラナラスさんのおかげで救われた。だから私はこの救いを無駄に出来ない。無駄にしたら私はただの屑になる。それは才能以前の、人間としての問題だ。ならお前はなんだ、そんな致命的なミスでもしたのか?」
「ドロス?頼むから冷静にな」
ハジメの動揺も無視して持っていたパンをかじると、自分を落ち着けるようにもぐもぐと口を動かす。その一瞬の静けさもすぐに消えると、言葉を続ける。
「今のお前は才能以前の話をなんだよ。何もしてない、する気も無い。自分が勝てる場所だけで強くなった気でいて、何の努力もしていないだけだ」
「……」
「それでいて自分より強い人と戦って、負けたら才能が理由?馬鹿言ってる暇があったら考えろよ。もし才能だって言うんなら、そんな事を言えるお前が才能なんてある訳ないだろ」
「落ち着いて、な」
キレたドロスと落ち込むアビエスと言う地獄絵図を宥めようとするが、ハジメの言葉が届いてるかは怪しい。
「グダグダくだらなく悩んでるなら、言葉にしたらどうだ。この時間は無駄か?」
「頼むから落ち着いてくれ」
そこまでしてドロスは懇願にやっと気づいたらしく、ハジメと顔を見合わせると深く息を吐いてと目線を逸らした。
「……申し訳ありません、キレてました」
「知ってる」
多分落ち着いたと思われるドロスに、ハジメが溜め息交じりに肩を落とす。けれどおかげでアビエスも吹っ切れたようで、深く息を吐くと自分の手をじっと眺める。
落ち込みながらも今の言葉はしっかりと届いたようで、言葉を探しているように見える。
「……ハジメは、ないのか。自分の才能を疑ったりすることは」
「そもそも、自分に才能があるなんて思ったことが無い」
何も考えず、ハジメは心にあった言葉を溢れさせる。だからこそ感じた本音にアビエスが顔を上げる。そこには心から微笑むハジメが居た。
「俺はさ、ずっとリリアから訓練受けて来たんだ」
「……それが?」
「分かると思うけどずっとボコボコだった。勝つ負ける以前の問題。リリアの強さを見たでしょ。訓練試合じゃ2刀持ってたけど、俺と訓練するときは1刀か無手なんだよ。なのにボコボコ。それで何で才能を考えるの?そんなの探してる暇があるなら、自分が出来る事を増やすよ」
ハジメの自虐にアビエスが固まる。けれどすぐに再起動すると、すっと目線を落とす。
「ボコボコって。辛くなかったのかよ」
「辛かったけどそれどころじゃなかったし。それに才能って言ったけど、知ってる?俺、才能無いの」
「……知ってる。だから、そこを狙おうと思った」
ハジメが笑って言う自虐にアビエスは小さな後悔を抱える。しかしハジメは気にしない。
「俺も同じ対策すると思う。あの時は上手く対応出来たけど、それが対策になるぐらいに俺って才能ないんだよ。剛力じゃアマラが圧勝だし、実力じゃリリアに勝てない。戦闘でもアスティアの足元にも及ばないし、頭脳じゃラナラスが上」
「……」
ハジメが自分の弱さを羅列すると、アビエスは何も言えない。横で聞くドロスも静かに聞く。
「だから才能が無いのを言い訳にしたら何も出来ない。目の前の事を必死にやるしかなかったの。俺にはリリアが居たから冒険者としても実力が付いたし」
「……何で、そんな前向きに考えられるんだ」
自分には出来ない、絶望を含んだアビエスの心の叫びにハジメが小さく笑う。
「前に荷車を運ぶ時があって、途中でリリアと交代したんだ。俺は剛力があるのに、だよ。全部やるよって、適材適所で得意な人に任せれば良いって言ったら怒られたんだ」
「なんでだ?」
理解できない、そんな感じのアビエスの言葉にハジメがにやりと笑う。
「適材適所が理由なら、他に得意な人が居るなら何もさせられないって」
「……」
当たり前の指摘にアビエスが固まり、ドロスさえも何も言えずに呆然とする。その反応にハジメが小さく微笑む。
「結局、俺より得意な人が居るかなんて関係ないんだ。必要なのは1番じゃなくて、それが出来る能力を持つこと。勝った負けたより、出来る能力が重要なんだって思うようになった」
「……」
「そうやって目の前の事を一つ一つやるようにしたら、才能なんてどうでもよくなった。まだ出来ない事は多いけど、それでも成長を実感するようになったね」
ハジメの勝った負けたのその先の話にアビエスはもう何も言えない。自分が何と戦っていたのか分からず、話をただ聞き続ける。
「クロッサさん、凄く飛ばされてたでしょ。最初の頃は俺もあんな感じで飛ばされてたよ。最近も飛ぶけど、それでも回数は減ったね」
ハジメが楽しく地獄を話すのでドロスがかなり引いている。
「それでさ。アビエスはどうなりたいの?誰にも負けない最強になりたいの?」
アビエスは何も言わない。自分が何に落ち込んでいたのか気づいてしまい、その愚かさを自覚する。
そのまま、まるで自分の中で答えを探すようにじっくりと時間が過ぎて行く。
「……」「……」
ハジメもドロスも何も言わない。
そしてここまで来て、ドロスの狙いが分かってきた。アビエスの様子はおかしかったが話しかけただけでは絶対に言わなかっただろう。ドロスはすぐに気付きアビエスを煽ったのだ。
おかげで素直に悩みを言ってくれた。ハジメ1人では悩みを聞くことも話を進める事もきっと出来なかっただろう。
アビエスの思いを待つ間、その事に気付いたハジメは「ありがとう、助かったよ」とドロスに微笑を向ける。
それに気づいたドロスも「これぐらいお安い御用です」と笑って返した。
そのまま何もなく時間が過ぎて行き、休憩を終えた人達が仕事が再開しようと動き出している。けれど何も言わず、2人は待つ間に自分の食事を進める。
「……俺は多分、」
ハジメ達が食べ終わって少し経った頃、アビエスがぼそりと呟いた。その言葉に目線を向けるが、アビエスは自分に語り掛けるように自分の手を見続ける。
「多分、誰かに頼られる存在になりたかった」
「……」「なら充分だと思いますよ」
「えっ」
ハジメが回答に困ると、ドロスがあっけからんとした様子で答えてしまう。
「隊商レイドに呼ばれるんですから、それだけ頼られてるって事でしょう」
「……」
「だから、アビエスはもうちょっと周りを見た方が良いんです」
「周り……」
ドロスはハジメを無視して話しかけると、アビエスが小さく繰り返す。
「そうですよ、周りです。勝った負けたも重要だけど、それだけ見てたらおかしくなります」
ドロスの言葉にアビエスが少し目線を上げる。そのタイミングを逃さず、ハジメが小さく微笑む。
「ほら、そろそろ時間だし食事も終わりにしよう。まだやる事が残ってるから」
ハジメが軽く言うと、アビエスが少しずつ顔を上げる。ハジメは見えるように微笑むと、やる気を出させる言葉を見つける。
「今、怪我で動けないからさ。食事の後も協力、頼むよ」
「……ああ!ヒッ」
「ん?」「何?」
ハジメの言葉にアビエスがしっかりと顔を上げて返事をすると、続いたのは悲鳴だった。その悲鳴の意味が分からず首を傾げると、ハジメ達の後ろに居た悲鳴の原因が声を出す。
「キミ、さぁ。今のはどういう意味」
「「……」」
激怒した鬼がハジメの背中側から声をかける。見回りを終えて戻ってきたらしく、隣にはアスティアとエリスが居る。
「えっと。食事が終わったから残ってる仕事を頼もうかなと――」
「違うよね。まだ働くつもりで、しかも食事前もずっと働いていた言い方だよね」
的確な分析にハジメが冷や汗を流して固まる。危険な気配にドロスが助け舟を出した。
「あ、あの。怪我に響くような事はさせてませんから」
「それは当たり前。鈍らないようにしたい、って言うから1時間ぐらいなら許したの。完治には時間がかかるから、せめて数日は動いて欲しくないのをそこまで譲歩したんだよ」
「……」
助け船を一撃で砕き沈めると、リリアは怒りのままに隣に座る。さすがのエリスも怖かったのだろう、「ごはん取ってくるね」と言って逃げ出した。
「じゃあ私はラナラスの様子見て来るね」
アスティアも話に混じるとまずいと判断したのか、さっさと逃げ出す。誰も止める事も出来ないリリアに、アビエスとドロスも立ち上がると残っていた食事を一気に流し込んだ。
「私、そろそろ仕事に戻りますね」
「俺も行く。ドロス、色々と相談に乗ってくれてありがとな」
「気にしていませんから。残りも片づけちゃいましょう」
「そうだな、任せろ」
「……」
逃げ出した2人にハジメは何も言えずに固まる。逃げる事も出来ず、怒ったヒカリの時に感じたような圧に震える。
「……次の町も働くの禁止ね。ずっと見張るから」
「ずっと!?」
「ずっと。ダメって言っても働くんなら、目を離すわけにはいかないでしょ」
「リ、リリアも働く必要あるでしょ」
「アスティアが動けてるから問題ない。サカムと一緒に動いてもらえば、私が居なくても大丈夫」
「つ、次の町ではジッとしてるから」
「信用できない。怪我はまだ治ってないんだからね」
「……」
怒りながらも滲み出る心配にハジメはそれ以上何も返せない。そのままじっとしていると、逃がさないように手を掴まれる。逃がさないと言うよりは、心配が行動になってしまっただけにも感じる。
「……ごめん」
「謝ってもダメ」
結局、リリアは有言実行し過ぎた。次の町と言わずその次の町でもしっかりと見張り、ハジメは何も出来ずに暇ながらも穏やかな時間を過ごすことになる。
そのおかげで予定より早く回復し、王都に戻る頃には復活したと言う。




