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【3節終了】『英雄たちの愛娘』  作者: 西日爺
3節 天才と凡才

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55.護るための戦い

それからは平和と言える道程だった。

野営は続くが気になるほどでもなく、問題なく隊商は進む。ハジメ自身も訓練試合(エンターテインメント)のおかげで様々な人と仲良くなり、特に軍からの参加者が気にかけてきた。

内容は基本的に一緒、試合をしようだった。アビエスとの試合で興味を持ったようで遊び(訓練)相手が欲しかったらしい。

時間を省くために3本先取で何度も戦ったが、残念ながら全敗。1本は取れるがそれ以上が取れず、実力の差を実感した。しかし相手からしたら逆で、1本取られた事を本気で悔しがりそれ以上に楽しむ。

おかげで勧誘も受けたが笑って受け流した。

それはアマラも同様だったが、ハジメとは違い1本も取れていなかった。けれど気にせず、反省と訓練を繰り返す。

もちろんフィルマも混ざり、そして何本か木刀を折ってデンドンとアスティアに叱られる。

そんな平和な繰り返し。


そんな平和が続くと思っていた。



次の町まであと1日。今日の野営場所を早めに設定したら、明日の昼前には着くだろう。その予定を立てていた。

最初に気付いたのはエレファントホース(エリザベス達)だった。それでも違和感を覚える程度で、ほんの少し周囲を警戒し歩幅が変わるぐらい。

ペースも変わらず、乗っている人は全く気づかず隊商は進んでいた。

「……?」

その小さな異変に唯一、御者台に座っていたエリスだけが気づいた。しかし何が変なのか分からず、耳をピョコピョコと動かして周囲を探る。

「どうしたのエリス」

その変化を隣に座っていたアマラが気づく。最近はハジメ以外にアマラも座るようになり、今日はたまたまアマラが座っていた日だった。

「分から、ない……。何だろう」

けれどエリスは分からず疑問で返す。それでも耳は止まらず、忙しなく周囲を探っている。

「アスティア、リリア先輩。ちょっと来て」

何かある、そう判断しアマラはすぐに2人を呼ぶ。その焦ったような緊張した声に2人はすぐに反応し、御者台に体を出す。狭くなるが誰も気にしない。普段エリスを襲うアスティアすらも静かに周囲を警戒しだした。

隊商が進む音に馬とエレファントホースの足音。右に広がる草原からは草花が揺れて擦れる小さな音が聞こえ、左に広がる森からはかさかさと葉が風に揺られている。

「……リリア先輩、分かる?」

「分からない。アスティアは?」

「分からない。ハジメ!後ろは!」

「分からない!」

2人は分からず、周囲を警戒する。ハジメも緊張感を感じ、荷馬車の後ろから周囲を観察するが何もない。後ろの馬車に乗る人と目が合うが、挨拶する余裕もない。

「エリス、違和感はどんな感じ?」

リリアの問いかけにエリスは首を傾げ、首を横に振る。

「分からない。ただ何か、変?」

漠然としたエリスの言葉に誰も答えを出せない。しかし全員がエリスを信頼している。何かがある、そう信じて周囲を探る。

「アマラ。ラナラスと席変わって」

「「はい」」

アスティアの指示に2人はすぐに席を交換する。ラナラスは席に座るとエリザベスの手綱を掴んで自分を落ち着けて、アマラはそのまま後ろへと行ってハジメと一緒に周りを観察する。

「――――!」

後ろの馬車もハジメ達の異変に気付いたのか、何か指示を出して周囲の観察を始めた。何も分からない様子だが、それでも周囲を警戒している。

「ラナラス、狼煙(ライト)異常なし(青三つ)

「はい」

アスティアの指示に、ラナラスはすぐに狼煙(ライト)を上げる。連絡は異常なしだが隊商ではこれまで1度も上げてない狼煙(ライト)

――異常は見つからないが、何かある。確認を。

言外の意図は他の馬車にもすぐに伝わり、警戒態勢に入った。

すぐに先頭の馬車から青三つ(異常なし)の返答が返り、少し経つと最後方の馬車からも同じ返事が返ってくる。

けれどそれを信じる程能天気な人はここには居ない。

戦闘人員は全員が武装を整え戦闘態勢に入り、周囲への警戒を強める。隊商も速度を少し落とし、何が起きても対応できるように準備していく。

それはハジメとアマラもである。2人とも実力が認められ、育成候補ではなく実力者として見られている。革鎧を着こみ、完全武装になる。

「……」

そのまま全員が周囲を探るが何も起きないし分からない。隊商の緊張はどんどん増してく。

そんな中、最初に気付いたのはエリザベス、エリザベスと会話ができるリリア、そしてその動きに気付いたハジメだった。

「エリザベスの動き、()の方を警戒してる!」

エリザベスが森を警戒し、耳を向けた事に気付くとハジメが真っ先に叫ぶ。ハジメの言葉に全員がエリザベスに集中し、すぐに森へと目を向けた。

「ラナラス、左警戒(黄色青青)!」

「はい!」

まだ何も見えないが、何かあるのは確実だろう。アスティアの指示にラナラスが狼煙(ライト)を上げると、隊商の動きは早かった。

即座に森から距離を取ろうと草原へと道を逸れ、1列から2列に隊列を変化させる。安全を確認しながら移動すると、ギリギリまで距離を詰めて停車した。

馬車から馬を外し荷馬車を壁のようにして人も馬も移動する。不安もあるが早い対応のおかげで混乱もなく順調に避難が進む。

すぐに避難を終えると軍とギルド、そしてクロッサが集まり情報整理と対策を練り始めた。

その頃には馬も原因に気付いたらしく、警戒を強めて同じ方向を警戒する。

そしてそれはエリスの警戒範囲でもある。クンクンと臭いをかぎ、異変の原因を突き止める。

「ウルフ、だと思う。かなり多い」

エリスの呟きに緊張が走る。緊急事態と理解しているため、アスティアが珍しく冷静に確認する。。

「エリス。数は?」

「そこまでは分からない。でも、単独じゃない」

「ウルフだと……魔獣はエレメンターウルフだっけ?」

「うん。大型だと思うからその可能性が高い」

エリスは話しながらも耳を細かく動かし、ずっと警戒を続ける。しかしそれ以上に軍に緊張が走り私語が増える。

「エレメンターウルフって、マジかよ」

「優秀とはいえ、ギルドのメンバーで対処出来るのか?」

「群れだとCランク相当だろ?数によってはそれ以上――」


「黙れ!!」


デンドンの怒号が響いた。場に広がっていた緊張は違う緊張となり、私語をしていた面々の背筋が伸びる。

「お前らが喋ると何が出来るんだ!代わりに戦うのか!?今お前らがやるべきことは喋る事じゃねぇ!情報を聞いて、最善の判断を出来るようになる事だ!」

「……」

「アスティア。(俺たち)はどうすれば良い?」

場を沈めると、デンドンがアスティアに確認する。リリアとの戦闘訓練を経て、言葉は丁寧だがお互い余計な遠慮なく話すようになっていた。

アスティアは既に答えを準備しており、止まることなく返す。

「軍は護衛対象(スノーライト)の周囲を固めて、万が一に備えて」

「それだけで良いのか?」

「魔獣との戦闘になるけど、どれくらい自信ある?」

「……その通りだな」

ぐうの音も出ない的確な言葉に、デンドンは苦笑いを浮かべそれ以上返さない。それ以上何も言わずデンドンはすぐに指示を出し、周囲の警戒と防衛網の構築を始めた。

「俺の手は居るか?」

「クロッサはギルド(うち)のオルビ、ラナラス、エリスを預けるから、何かあった時の依頼者(スノーライト)の誘導と対応をお願い。エリスが何か気づいたら対応と判断は任せる」

「了解だ」

魔獣や魔物の戦いになったら軍やスノーライトは足手まとい。それを理解しているからアスティアの指示を聞いて動き出す。誰もサポート(経験者)のリリアに確認を取っていない辺り、信頼されているのが良く分かる。

「時間が無い。サカム、どう思う?」

森から聞こえる音がおかしくなってきた。小動物と思われる葉の擦れる音がどんどん遠くなっていく代わりに、何かが近づいてくる音が聞こえてる。

アスティアも少し焦ったような、けれど冷静を保とうとする言葉に緊張感が広がる。話しかけられた同じ冒険者のサカム――サカム・サイシアは一瞬悩むが、すぐに考えをまとめた。

「基本は荷馬車を壁にして後ろへの道を閉じる形になる。リリアとアスティアが組んで陽動に近い形で対処するのが有効だろう。俺らの実力じゃ2人に合わせられないから、防衛ラインに入れても足を引っ張る」

「それが最善か……。サカム、防衛ラインは頼んでいい?」

「任せろ。ハジメとアマラは少し引き気味に、最終防衛を頼む。他は少し前方で迎撃だ、1匹たりとも通すな!」

剛力2人を少し引き気味に任せる。2人は力はあるが実力はまだ足りず、乱戦や集団戦は出来ない。そのため、こういう局面での防衛ラインは戦闘に不安が残る。

一番重要なところを任せるのは躊躇いそうになるが、それでも少し立ち位置を下げて来る敵を限定させれば実力を発揮できる、はず。そう判断した上でのこの配置だった。

「来るよ!」

アスティアが叫ぶ。その場の全員が気づくと、森から10近いウルフたちが出てくる。ウルフは巨大でハジメの腰の高さ近くある。下手に戦ったら大怪我は避けられない。

しかも森の中にもまだ控えており、同じくらいの数が居そうだ。

「大きい。やっぱり魔獣だ」

リリアは森を警戒し、呟きながら前に進む。隣を歩くアスティアも臨戦態勢、けれど気負いもなくゆっくりと進む。

「リリア先輩ごめんね、一番危険なのに付き合わせちゃって」

「大丈夫、倒す必要はないし引き寄せるだけでしょ。討伐考えなければ、私達なら問題ないよ」

「軽く言うね」

「重く言うと変わる?」

「変わらない」

リリアの軽口にアスティアが笑う。すぐにでも始まる戦いに、緊張感をより高めて構える。

「私からも聞いて良い?」

「何?」

リリアも構えながらアスティアに軽く聞いてくる。戦いが始まる前とは思えない程気軽な口調だ。

「なんでサカムに頼んだの?」

アスティアが目をパチパチとさせ驚くが、すぐに微笑む。

「そりゃ、パーティリーダーしてて戦術に詳しくて、多分だけど私達についても詳しく調べてる人だから」

「……」

あっさりとした言葉にリリアが苦笑いする。実際アスティアをリリアと組ませる、ハジメとアマラを少し後ろに置くなどに的確に指示していた。しっかりと実力を調べ、このレイドの間もしっかり見ていたのだろう。

例えそうだとしても、すぐに意見を求めて参考にするなど簡単にできる事ではない。

「……アスティア、やっぱりリーダー向きだよ」

「え?」

リリアの呆れの様な誉め言葉の様な溜め息にアスティアが困惑するが、すぐに戦闘は始まった。


リリアとアスティアと言うCランクでも実力者の2人。リリアは王都(サイシア)で有名だったがアスティアは違う。王都(サイシア)に来たばかりで、しかもリリアと戦って完敗したのをサカムも見ていた。

けれどそこで折れずギルドの信頼を実力と真面目さで勝ち取り、今ではリリアの隣に立って戦っている。実力的にはまだ届かないが、それは足手まといと言う意味ではない。

孤立している2人にウルフたちは集中して狙っている。討伐は頼んでいないため躱す、反撃で傷を負わせるしかしていない。けれどもそのおかげで後ろは余裕が出来ていた。

「それほど余裕ではないな。でも、何とかなりそうだ」

サカムは2人の戦いを眺めながら対策を考える。

リリアとアスティアは想定以上に戦っていた。現在防衛ラインに流れてきているエレメンターウルフは8体。

ウルフの連携が良いため討伐までは至っていないが確実に傷は負わせている。

このまま続けば問題なく倒せる。又は撤退するだろう。

「そう簡単に行くならCランク相当にはならないな。全員警戒!」

ウルフの動きが変わった。サカムはすぐに気付くと、注意を促すために叫ぶ。

「リリアとアスティアには最小限か。そりゃあ俺でもそうする」

リリア達を囲んでいたウルフが数体を残してこちらに流れてきた。リリアとアスティアは囲んでも倒せない。しかし気を付ければ致命傷は受けない。

なら最少数で対応し、他に回した方が効率的だからだ。

「さて、俺も仕事しないとな」

防衛ラインに来るウルフは10匹を超える。1人1匹以上を相手にしなければならず、全員が対応できるわけではない。どう頑張っても数匹は抜かれる。

「大丈夫、とは思うんだがな」

サカムは後ろに全く見ず、迫りくる2匹に向けてロングソードを構えた。


「ハジメ、大丈夫?」

「大丈夫、落ち着いてる」

最終防衛ライン、なんて言葉だけ聞けばかっこいいが言ってしまえば後がないだけだ。能力的にここが一番適切とは言え、精神的に適切かと言われれば悩んでしまう。

「3匹か。アマラは魔獣との戦闘経験は?」

「何度かある。属性見るまでがすごく大変だった」

すぐに戦いは始まるが、無駄に緊張しないように会話を続ける。意識して息を吸うと、草原のすがすがしい匂いが鼻を通る。

「でも大丈夫?私、ハジメとちゃんと合わせて動いた事無いけど」

「大丈夫でしょ。お互い何度も訓練してるから、動きの癖は分かってる」

そう言いながら、ロングソードを構える。剛力の関係でアマラのロングソードの方が一回り大きいため、アマラの方が威圧感がある。ウルフはどちらも警戒しているが、弱そうに見えたハジメを集中して狙おうとした。

「ふっ!」

それでも初手はアマラだった。1歩踏み込んでの思いっきりの横薙ぎ。これが当たれば一撃で仕留められて苦労はしない、そんな一撃。

そしてそれはウルフ達も分かっている。しっかりと止まり、出来た隙をしっかりと狙う。

「当たれば苦労はしないか」

振り抜いて出来たアマラの隙を潰すようにハジメが前に出て威嚇気味に武器を振る。それで当たれば苦労はしない。当たるようなら、そもそもハジメ達の元までたどり着いていないだろう。

――グルルルル

お互い威嚇(挨拶)の様な攻撃だったが、ウルフはハジメ達の攻撃を嫌がり距離を取って唸り声を上げる。ハジメもアマラも気にせず睨み合うが次の瞬間、地面が少し陥没した。

「っ」

「後ろに引け!」

地面が無くなる。単純だが対応が難しいその事象(攻撃)にアマラが体勢を崩した。その隙を逃さずウルフは突っ込んでくるが、ハジメは問題なく対応するとアマラを庇うために1歩前に出た。

1匹目はハジメが振るうロングソードを下がって躱すと、その隙を突いてもう1匹が襲い来る。

「クッソ!」

迎撃するように蹴りを放つが、それさえも引いて躱される。完全に崩れた体勢、そこを狙って、3匹目が顔に飛び掛かってきた。

「っ……」

「ギャン!!」

それで致命傷を食らうならハジメは戦力として見られていない。近寄ってきたウルフの顔を、空いてる左手で全力殴り、吹き飛ばす。

剛力としては弱いとは言え殴られたら相当効く。そのままドサッと地面に落ちるとふらついているので、とどめを刺そうと前に出ると、先に陽動をしていた2匹がカバーに入った。

時を同じくして、倒れて下がったアマラが立ち上がる。どこか怪我した様子もなく、反対にハジメの左手を気にしている。

「ごめん、対応出来なかった。次はしっかりと耐える」

「気にしてない。怪我はしてない?」

「私は大丈夫。ハジメは?血が出てる」

「大丈夫、ちょっと牙が当たって切っただけ」

殴った時に牙が当たったのだろう、手に傷があり血がタラタラと流れていた。その状況にハジメはにやりと笑う。

「これじゃ、皮を切らせて肉を断つ、だな」

「皮じゃ済んでないし、拳だから断ててない」

「与えたダメージ的にはそれぐらい、って事にしたいんだよ」

軽口を叩きながら、次の手を探して様子を見る。

ハジメ側から攻めれば後ろが空き、突破される可能性があるため自発的に攻めずらい状況になった。しかもまだエレメンターウルフの属性が分かっていない。1匹は土属性なのは分かったが残り2匹はまだ不明。下手に攻めて手痛い反撃を貰うのは避けなければならない。

そしてウルフ側は下手に攻めるとダメージを食らう。今回はハジメに傷を負わせたが痛い1撃を返されている。しかも、次からはアマラへの魔法攻撃(足元破壊)は効果が薄いだろう。

そうなると今度はアマラも含めたぶつかり合いになる。致命傷は避けられない。しかし防衛ラインに下がろうとすれば、ハジメもアマラも許さない。

お互い睨み合い、防衛ラインの戦況の変化を待つしか無くなっていた。睨み合いの中、相手の出方を待つ。

ウルフが隙を探して一気に進もうとすると、その動きに合わせて武器を構える。

アマラがジリジリと近寄ろうとすると、近寄った距離だけしっかりと距離を取る。

「……めんどくさい」

「でも、狙った形になった」

アマラの愚痴も気にせず、お互いに動けず時は過ぎて行く。しかしこれはハジメ達が狙っていた形。

ハジメもアマラもかなり無理をすれば倒せるだろう。けれどそれは大怪我する可能性が濃厚で、しかも突破される危険を多く含む。今必要なのはリスクを取る事ではなく、抜かれず後ろを守る事。

そうして時間を稼げば、陽動をしているリリアとアスティア、防衛ラインのサカム達がウルフを撃退して状況が好転する。

ハジメもアマラもそれを理解し、相手を動けない状態にして後は待つだけだった。



そのはずだった。



――グルルルル

ハジメ達と睨み合っていたウルフの目線が、何故か少し逸れた。

罠を疑い様子を見てしまったが、それが致命的なミスとなる。

「――ひっ」

「「えっ?」」

後ろから悲鳴が聞こえてきた。荷馬車の壁があり、距離もあるためそんなしっかりと声が聞こえるはずがない。なのに聞こえてきた声に驚き、ハジメもアマラも後ろを見てしまう。


そこには、避難していたはずの護衛対象(スノーライト)が、何故か荷馬車の間に立っていた。

抜けていた敬称の追加(2025/11/11)

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