51.大切な家族
「あら、どうしたの?」
部屋中に広がった緊張感に、マリーが不思議そうに尋ねる。クロッサがちらりとデンドンに確認をすると、目線だけで肯定を返してきた。そのためこの場の代表のクロッサが、緊張感も驚きも全てに蓋をして確認する。
「失礼しました。私の不勉強で前元帥のマリー様と知らず」
「マリー様だなんて、もう過去の話なんだからいいのよ。忙しい所を邪魔しちゃったのは私なんだから」
「そう言って頂けると助かります。今日はどういったご用件ですか」
これまでのクロッサとは思えない程とても丁寧に、立場ある人への対応になっている。その事が余計に緊張感を増して行く。
「そんな、ご用件って程でも無いわよ。ただリリアに会いに来ただけだから」
「……えっと」
クロッサもどうしていいのか分からずに、リリアに目線を向ける。リリアはとても軽く、そうだよと言う風に頷いた。
「うん、おばあちゃんなの。何年ぶりだろう、いつもおばあちゃんって呼んでたから名前忘れちゃってた」
「あらまあ。そう言って貰えると嬉しいわね」
マリーがとても嬉しそうに笑う。その表情は立場も緊張もなく、ただただ家族に向けた笑みだ。
「先ほどデンドンから聞きましたよ。リリアを呼びに行ってくれたのがクロッサさんですね。呼んで来てくださり、ありがとうございます」
「光栄です。クロッサ。クロッサ・ベータ・ルベルと申します。紹介が遅くなり申し訳ありません、今回の隊商の代表をしております」
「あらあらご丁寧に。マリー・ガンマ・サイシアです。孫がお世話になっています」
クロッサの名乗りに、マリーは深々と頭を下げる。しかしすぐに顔を上げると、その後ろに居たエリスに目線を向けた。
「エリス・イオタです。リリアとパーティを組んでいます」
「そう、なのね。リリアをよろしくお願いします」
「こ、こちらこそ!」
マリーは一瞬驚くが、すぐに穏やかに笑いかけるのでエリスが頭をしっかりと下げる。エリスが頭を上げるのを待つと、ちゃっかり隣にいたアスティアに目線を向けた。
「アスティア・タウ・クドラと申します。今回の隊商レイド、ギルドのリーダーを務めております」
「あら、ギルドのリーダーなのね。ならそちら3人はパーティの方?」
「いえ、2人です」
マリーはハジメ達に目線を向けると、アスティアの言葉に少しだけ頭を捻る。なので自分のパーティであるアマラとラナラスに自己紹介するように促した。
「アマラ・クドラ……です。アスティアとパーティを組んでる」
「ラナラス・タウ・クドラ、で、です。同じく、パーティを、組んで、ます」
丁寧に下げられる頭に、マリーも嬉しそうに返す。頭を上げると、リリアに目線を向けた。
「お友達?」
「……うん、友達」
思ってみない言葉にリリアは一瞬固まるが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。
そしてマリーは最後に残ったハジメに対して、少し敵意を向けながら微笑みかける。
「それで、あなたは?」
何となく、どこかで覚えのある視線を受けながらハジメは先ほどよりも背筋を伸ばした。
「ハジメ・アルファ・アズマと言います。リリアとパーティを組ませて貰ってます」
「そう。あなたがグレン元帥の言ってた子ね」
「ちょっとおばあちゃん」
ハジメの自己紹介に怒りを混ぜて来たマリーに、リリアが慌てて窘める。
しかしマリーは気にせず、リリアに付いた悪い虫に怖い微笑を送り続けた。
「立場があるって難しいね」
アスティアはそう呟きながら、自分たちのテントで着替えの準備をしている。リリアはその言葉に苦笑いを浮かべた。
「仕方ないよ。それだけの責任を持ってるからね」
リリアはそう言いながら、いつもの客先用の服に着替えようとしていた。
今はもう夕方。マリーとリリアがとても楽しそうに話をしたので、そのまま時間が過ぎて行ってしまった。
最初は緊張していた面々だったが、リリアの近況を聞いたりしているうちにどんどん女性陣と打ち解けていく。途中からはマリーの事をおばあちゃんと呼び、マリーはとても嬉しそうにその呼び方を受け入れ、より親密になっていく。
しかしハジメだけには定期的に怖い微笑が送られており、近寄る事も出来ずにデンドン達と一緒に護衛として立っていた。
そのまま時間が過ぎていき、ならこのまま夕飯にしようかと言う話になった。
ちょっと行ってくるわね、とマリーがとても気楽に言ったのだがクロッサ達、と言うより軍はそれどころではない。
実際は家族に会いに来ただけなのだが、今回は軍を訪ねてしまったため傍から見るとそうはいかない。軍の立場からすると、「軍の前責任者が、隊商レイドの中心人物でもあるギルドの有力者に挨拶に来た」と言う状況なのだ。
一緒に食事してくる行ってらっしゃいで済ませたら、何故ちゃんと歓迎しなかった?と言う問題になってしまう。
マリーもそれは分かっているが、軍の見られ方よりも家族を優先した。それを宥め、何とか理由付けしたのがリリアだ。
「なら、軍の前責任者がギルドの責任者に会食を申し込んだ。は、どう?」
アスティア達ともお話したかったし、それなら。とマリーも納得すると、デンドンが冷や汗を流しながら感謝の視線を送る。
それでも護衛などの問題で、お店で買ってきて食事を軍の応接間で食べる事になるのだが。
「それでリリアはその服装で行くの」
「そうだけど、なんで?」
「久しぶりなんでしょ。せっかくだし、違うの着れば」
リリアがいつもの、汚れの目立たない濃い色合いの動きやすい服を着ようとしているとアスティアが呆れて止めた。
「そう言っても、私これしか持ってきてないし。会食とは言え、私達も護衛の役割を求められてるから……え、なにそれ?」
リリアがどうしようもないと肩を竦めると、アスティアが自分のカバンをガサゴソと漁り一着の服を取り出す。淡い薄青色の、どう見てもアスティアには着れないサイズのワンピースだった。
誰が着るのか、その事にはすぐに気付き、けれどなぜあるのかが分からずに固まってしまう。アスティアは気にせず前後ろとリリアによく見えるように動かし、とても嬉しそうにニコニコと微笑む。
「リリアの」
「……なんで?」
「買ったから」
「……だからなんで?」
「ほら、買い物付き合ってくれたでしょ。そのお礼に」
着たくないと言う思いから適当な理由を探しつつ、ジリジリと距離を取ろうとする。
「……いつもに比べて動きづらくなるから」
「着せ替えした時、動きやすさは確認してたでしょ」
「……」
アスティアがさも当然と言った感じで近寄ってくる。リリアにはどこか見覚えのある、けれど思い出したくない記憶が頭の片隅から掘り起こされた。
「良いと思う。似合ってた」
「アマラ?」
慌てて着替えて逃げようとしたリリアをアマラが後ろから捕まえた。予想外の動きに、リリアも躱せない。
「いいじゃん。おばあちゃんに見せてあげようよ」
「アスティア?アマラ?」
残念なことに、この狭いテントの中にはリリアにの味方も逃げ場も無かった。
ちなみにエリスとラナラスは巻き込まれないよう、テントの隅で静かに着替えるのであった。
「……」
「……」
女性陣が楽しく準備をしている間、さっさと着替えを終え応接間に着いていたハジメは地獄の様な緊張感の中に居た。
先ほどの様な穏やかさも和やかさもないマリーの様子に、ハジメは背筋をピンと伸ばして椅子に座っている。最初は部屋の隅で立っていた軍の護衛も、「要らないので、部屋の外で待っててください」と言うマリーの言葉によって居なくなり、2人きりだった。
部外者と二人きりになるのは、と言う心配も言われたが、大丈夫ですと言うマリーの言葉に負けた。
そのため今はマリーと2人きり、一応ハジメも武器も革鎧も着た完全武装、護衛の戦力にはなっている。しかしこんな緊張感の中に居るとは考えておらず、流れる冷や汗を拭くことも出来ずに固まっていた。
「……グレン元帥から、」
その緊張感の中、マリーがぼそりと呟いた。居心地の悪い沈黙に小さく響くと、ハジメはそっとマリーに視線を向ける。
「グレン元帥から、あなたの事は聞いています」
「……はい」
予想出来ていた言葉に、ハジメは小さく言葉を返す。ハジメが迷い人である事も、しっかり知っているのだろう。
「立場上、グレン元帥の判断に否を言う事は出来ません。それでも状況によっては色々考えていました」
「はい」
ハジメはしっかりと、言い訳もせずに受け止める。
先ほどの様子からもリリアを大切に思っているのが良く分かる。そこに馬の骨とも言える、素性も良く分からないハジメをリリアに任せたのだ。全てが終わった後とは言え、不安も心配もあるだろう。
「リリアが不幸だと感じたら、それこそ処分することも考えていました。私は戦えませんが、それが出来る権力がありますから」
「……」
「本当に、そのつもりだったんです」
マリーの恐ろしい言葉に黙ってしまう。けれど続いた、どこか寂しそうな言葉にハジメは何も言えなくなる。
「とても、幸せそうでした。最初はアスティア達のおかげと思いましたよ。でも、ハジメさんの事もちゃんと気にかけてるんです」
「はい」
先ほどまでの怖い微笑はなりを潜め、ただただリリアを心配する祖母がそこには居た。その様子に、ハジメは定型文しか返せない。
「ハジメさん。あの子は、ちゃんと役目を果たせてますか」
とても不安そうに、目線を落とす。
――役目。
言葉の意味を理解すると、その不安にどう返すべきか悩む。けれど誤魔化すことが出来ず、嘘偽りのない自分の思いを吐き出した。
「俺を守る仕事、としては分かりません。冒険者として一緒に危険なところも行きましたから」
「……」
マリーは静かに言葉を聞く。ハジメはここで深く息を吸うと、自分の言葉に思いを込める。
「けれど、俺をこの世界で生きれるようにする、と言う意味なら最高の仕事をしたと思っています。もし。もしリリアが居なかったら、俺は人間として弱く、この場に居ませんから。だからリリアさんは。リリアは、俺の大切な恩人です」
「……そう、ですか」
普段通りの言葉でリリアへの感謝を伝える。その言葉を聞くと、マリーはゆっくりと顔を上げると、先ほどまでの不安はとてもほのかな微笑となっていた。
そのまま、リリア達を待ちながら穏やかに会話を続ける。先ほどまでの緊張感は全くなく、リリアの近況を聞いたり、ハジメの状況を聞いたり。お世話になった事、自分の失敗。それらを面白おかしく話すと、一緒に笑って反応してくれる。
リリアの心配と言う要素が無ければ、マリーはとても穏やかな老婆だった。人の話を聞いて上手く引き出し、自身の言葉を返して会話がしっかりと出来る。前元帥の立場は伊達ではなかった。
「聞いても良いですか?」
「はい」
そんな中、マリーは会話が途切れたタイミングで改まって聞いてきた。その声には会った時の不安も心配もなく、少し気になった様子の言葉だった。
「ハジメさんは、この国に来て2年ぐらい、で合ってますか?」
「はい。そのぐらいになりますね」
「……やはりこの国は苦労しましたか?」
「はい」
今までにないハジメを心配した言葉に反射的に答えてしまう。けれどマリーは気にせずに言葉を続けるので、ハジメもすぐに気持ちを切り替える。
「今後の勉強のためにも教えて欲しいのですが、何が大変でしたか」
「そう、ですね。……言葉と食事でしょうか」
「言葉、ですか?違和感なく話してますけど」
「全部覚えたんです」
マリーの驚いた表情に、ハジメは自信をもって答える。もうこの世界に来てほぼ2年、もう20歳になる。最初は無理矢理叩き込み、それからずっと使い続けた事もあり今では違和感はない。
逆に日本語が危ないかもしれない、と心の中で笑う。
「では、食事は?」
「……恥ずかしい話ですが、俺、この世界に来るまで食べるって事をちゃんと理解してなかったんです」
マリーが分からない、と言った様子で小さく首をかしげる。その動きに、ハジメは小さく笑う。
「いつも食卓に並ぶのは買って来たお肉で、母が調理した後でした。その前は生きていたのは当然知っています。肉も、野菜も。けれどそれはどこか遠くのお話で。自分で肉を作るって、初めての経験だったんです」
ハジメの自虐めいた言葉にマリーが驚き、けれどすぐに優しく微笑んだ。それはまるで、子供を慰め叱るような表情である。
「でも今は違うのでしょう?」
「はい。ちゃんと出来るようになって、食べる事を理解できるようになりました。でもやはり、一番大変だったと思います」
「良い事です。……これではまるで、子供に説教しているみたいですね」
「俺もそう思います。まさかこの世界で、そんな事に気付くなんて思いもしませんでした」
「環境が違うのだから当然ですよ。ミノルさんも苦労したと聞いています」
「やはり苦労するんですね」
「違う環境ですからね。最初はニワトリも絞められなかったそうです。ヒーヒー言ってるのを実際に聞いてます」
「俺も似たようなものです。でも、それを聞いて安心しました」
2人で静かに笑いあう。まるで本当のおばあちゃんのように、ハジメを優しく受け入れていた。
そんな小さな笑い声をかき消す様に、ドアの外からパタパタと足音が響いてくる。
「おばあちゃん、お待たせ」
「ごめんなさい、着替えてたら時間かかっちゃった」
リリアとアスティアが、お盆に食事を一杯乗せて戻って来た。もう敬語も形だけで、ただ仲の良い友達に遊びに来たような感じだ。
けれどその様相は目立たずもしっかりとしており、これから何か重要な会議があるのでは勘違いする。
特にリリアは顕著で、淡い薄青色のワンピースは普段のリリアからは想像できない程の美しさと儚さを表現している。しかしその上から使い込んだいつもの皮鎧、腰には2刀をしっかり装備しており、その姿は可憐な令嬢と言うよりはお転婆姫だ。
「リリア、そんな服持ってた?」
「アスティアがくれたの」
「そうなんだ。凄く似合ってる」
「そう?ありがとう」
しかしリリアの普段と違う装いに、ハジメは一切照れも無く本音で褒める。リリアも嬉しそうにする以外、照れも何も表に出さないため、その会話はよくも悪くもいつも通り。
その揶揄いがいのなさに、「反応が違うでしょ」とアスティアが呆れた。
マリーもリリアの格好を見ると、こちらは「わぁ」ととても嬉しそうに驚き笑顔を浮かべる。
「とっても可愛いわね、そのワンピース」
「そう、かな」
「えぇ、とてもよく似合ってるわ」
「……ありがとう」
マリーの誉め言葉にリリアが照れて、自分の姿を見下ろす。その様子に再び「だから反応が違うでしょ」とギリギリ聞こえるぐらいの言葉でアスティアが余計に呆れる。
「っとごめん、話し込んでる場合じゃなかった。重くない?」
そこでやっと、ハジメは2人が荷物を持っている事に気付き受け取ろうとした。それほど重くはなさそうだが量があり、運ぶのは大変そうだ。けれど2人はハジメに渡さず、そのままテーブルに並べて行く。
「私達は大丈夫だから。それよりもアマラをお願い」
「アマラ?って何その量!?」
「……デンドンがこれぐらいは、って」
2人の後ろから入って来たアマラが、大きなビールケースの様な木枠を2つ重ねて持って入ってくる。ただし中に入ってる瓶は1種類ではなく、多種多様のお酒やジュースが取り揃えられている。
ハジメが慌てて1つ受け取るとその重さに驚き、慌てて剛力を使う。
「アマラ、流石に重くなかった?」
「このぐらいなら問題ない」
「……羨ましいよ」
アマラの力を羨ましく思いながらも、邪魔にならない位置に木枠を置く。その間も食事の準備は進めて行く。持ち込まれた大量の食事に、エリスとラナラスが静かに持ってきていた取り皿とコップを分けて行く。
ハジメも並べるのを手伝いながら、と言っても人数が居るのでそこまで時間もかからずに終わる。
テーブルには餃子の様な包み焼や唐揚げような揚げ物、野菜サラダにスープなど多種多様に並んでいる。どこか元の世界でも見覚えある景色に懐かしさを覚えながら、ハジメも席につく。
マリーも楽しそうに並べられた食事を見ると、ふと何かを思いついたようにハジメを見た。
「ハジメさんは、食べ物には苦労しなかったのですか?」
「えっ?」
そのタイミングでマリーから掛けられた声に驚いて固まる。
「先ほどのお話は、作るのに苦労した感じでしたから。食べるのには苦労しなかったようなので」
「……あぁ、はい。そこには苦労しませんでした」
ハジメは慌てて頷く。この世界の食事は少し薄味だが、それでも少しの範囲。先にミノルが居た事も大きく、ハジメとしては一切違和感なく、とても美味しく食べれている。
「ハジメさんの世界と似てるのですか?」
「似てる部分はかなり多いです。この包み焼なんかも、元の世界にありましたから」
「餃子ですよね?」
「餃子、ですか。俺の居た世界と同じ名前です。昔から迷い人は居るそうですから、その人たちの影響でしょうか」
「その可能性は高そうですね。でも、良かったです。ご飯を楽しめないのでは大変ですから」
「本当です」
マリーが嬉しそうに笑うのでハジメもつられる。
「……どういう、意味、です、か?」
その笑いに紛れる様に小さく響いた言葉があった。言葉の咆哮に目を向けると、ラナラスと目が合う。不思議な物を見るような目線に驚き、周りに助けを求めるとアスティアは呆然とした様子で、アマラは何を言ってるのか理解できないと言った感じでハジメを見ている。
しかしなぜそんな目線を向けられるか理解できず、リリアとエリスに助けを求めた。
「あ。もしかして、言ってないんじゃない?」
「何が?」
そこで気付いたエリスよりも早く、ラナラスが答えを呟いた。
「迷い、人?」
ラナラスが呟いた答えに、ハジメはそのまま答えて良いのか分からずに周りに助けを求め続けた。




